2014-10-01(Wed)

新幹線50年―安全こそ信頼の支え

何より新幹線信頼を支える安全性 便利さの一方、一極集中を加速した
「さらなる東京一極集中を招く可能性も有している」リニアを進める矛盾・・・


----いま新幹線のルートは青森から鹿児島まで列島を縦断する。オイルショックに国鉄民営化、バブル崩壊。
いくつもの荒波を乗り越えて延伸と高速化を繰り返し、大動脈としての役割は確固たるものになった。

何重もの列車制御システムを生かして乗客の死亡事故ゼロが続く。
安全性に加え、運行の正確さとノウハウも世界に胸を張れよう。
 
こうした財産を踏まえ、次の50年はどうあるべきか。節目の今こそ考えておきたい。
深刻な人口減と向き合うことは避けて通れまい。
需要のパイが増え続けるという前提がもう成り立ちそうにないからだ。

----アベノミクスのもとで強まる残存路線の前倒し論はどうなのか。
「地方創生」の目玉として国費を追加投入したい空気もあるようだ。
 なぜ延伸がすぐ必要かをしっかり説明できなければ、国民の理解は簡単には得られまい。

----新幹線がもたらす便利さの一方、一極集中を加速したとの指摘があることも頭に置きたい。
----リニア中央新幹線が、列島の均衡ある発展につながるとは考えにくい。

----過剰投資との見方もあることを忘れてはならない。
しかも深いトンネルを掘る南アルプスなどでは工事による自然環境への影響を懸念する声も絶えない。
強引に前に進めることがあれば禍根を残しかねない。

単に一企業のプロジェクトとして任せるのではなく、日本の鉄道網の位置付けの中でどうなのか、
国全体で議論を深めるべきではないか。
老朽化や巨大災害の対策にしても、もっと広い視野で考えるテーマだろう。(中国新聞)


----JR東海はリニア中央新幹線計画を推進している。
さらなる高速化にかける思いは理解するが、巨額の投資が必要な事業であり、失敗すれば会社の屋台骨が揺らぎかねない。
経営陣はそれを肝に銘じてほしい。(日経新聞)

----リニアを造る主な理由は三つある。
一つは東海道新幹線を止めて抜本的な老朽化対策を実施するためだ。
次が南海トラフ巨大地震に備え高速鉄道で2ルートを確保する。
最後が東京と名古屋などで巨大都市圏を形成し経済を活性化させる。

だが、複数ルートの確保であれば、来年3月に金沢まで開業する北陸新幹線の整備を急ぐ方が、
同時被災の恐れがより少なくコストも軽減できるのではないか。

地方創生を掲げて政府は、東京一極集中の是正や地方経済の活性化に力を入れる。
一方で「さらなる東京一極集中を招く可能性も有している」
と国交省の答申でも指摘されたリニアを進めることに、矛盾はないだろうか。

政府にはリニア建設の影響を検証するよう提案したい。
国土の均衡ある発展の観点から東京-大阪を同時開業した方が経済的な効果は高まるとすれば、
国が整備を支援する方策を検討する。
一極集中が進むとすれば緩和する方策を取るべきだ。

民間企業が整備するとしても、その影響は国民生活に大きくかかわる。
国はJR東海に丸投げするのではなく、もっと前面に出て国土づくりの責任を果たすべきだ。
このままでは次の50年の評価には耐えられない。(茨城新聞)

----新幹線が走れば地域は安泰という時代ではなくなった。
人を呼び込むだけの魅力を磨く必要がある。
都市が地方の活力を吸い取る結果に終わるか、双方向の行き来を盛んにするか、
新幹線は地域の本気度次第でプラスにもマイナスにもなる。(神戸新聞)

<各紙社説・論説・主張>
朝日新聞)新幹線50年―安全、さらなる高みへ(10/1)
毎日新聞)新幹線50年 この先も安全で楽しく(10/1)
日本経済新聞)「50歳」を迎えた東海道新幹線 (10/1)
産経新聞)新幹線50年 成長から成熟の出発点に(10/1)
中国新聞)新幹線50年 誇るべき技術の明日は(10/1)
茨城新聞)新幹線50年 次の50年間の評価は(10/1)
東京新聞)週のはじめに考える 新幹線と安全思想(9/28)




以下引用

朝日新聞 2014年10月1日(水)付
社説:新幹線50年―安全、さらなる高みへ
 東海道新幹線が開業し、今日で50年を迎えた。これまで運んだのは延べ56億人にのぼる。
 当時世界一の時速210キロ運転は、航空機の台頭で時代遅れとみられてきた鉄道を復権させた。東京と大阪は日帰り圏となり、旅ではなく移動との感覚が強まった。
 来年3月の北陸新幹線・長野―金沢間の開業で、全国の新幹線網は2600キロを超す。社会構造に与えた影響は計り知れないものがある。
 東海道新幹線は、円熟期にある。開業時は4時間だった東京―新大阪間は最速で2時間半を切る。1日60本だった運転本数はこの夏、最高記録を更新して426本となった。1本あたりの遅れが1分を切るという正確さも、世界に類を見ない。
 新幹線の生みの親と呼ばれる元国鉄技師長の島秀雄氏は「新幹線は実証済み技術の巧みな集積」と語っている。19世紀に英国で誕生した鉄道は、狭い国土に大都市が点在する日本で新たな発展を遂げた。成果を集大成し、高速化に成功したのが新幹線の神髄といえる。
 支えは地道な努力だ。保守点検は列車を止める深夜に集中する。大雨が予測されるときは、作業員が空振り覚悟で待機して早い運転再開を図る。終着駅に着いた列車は10分足らずで清掃して折り返す。どれ一つ欠けても、新幹線の質は保てない。
 東海道新幹線にとって喫緊の課題は施設の劣化である。JR東海は昨年度から10年をかけ、7千億円超を投じる大改修に着手した。新技術を駆使し、列車を運休せずにトンネルや橋を補強していく。
 南海トラフなどで起きる地震も心配される。阪神大震災で山陽新幹線の高架橋が落ち、新潟県中越地震では上越新幹線の列車が脱線した。
 JR東海はこれらの経験を踏まえた耐震強化を急いでいるが、今後も最新の知見に素早く対応し、「想定外」を埋めていってもらいたい。
 新幹線の何よりの売りは安全性である。衝突、脱線、火災といった列車事故での乗客死傷ゼロは輝かしい実績だ。
 ただ、95年に東海道新幹線の三島駅で乗客がドアに引きずられて死亡した事故や、トンネルのコンクリートが山陽新幹線の列車屋根を直撃した99年の事故など、新幹線でも死角はしばしば露呈してきた。
 近年はスペインや中国で高速鉄道の大事故が起きた。「新幹線は大丈夫」との「神話」に陥ることなく、不断の向上でさらなる高みを目指してほしい。


毎日新聞 2014年10月01日 02時30分
社説:新幹線50年 この先も安全で楽しく
 「夢の超特急」と呼ばれた東海道新幹線が営業運転を開始し、1日で50年となる。世界最高速の時速210キロ、東京−新大阪をそれまでの最速特急より2時間半短い4時間で結ぶひかり号に始まった新幹線は、海外の高速鉄道にも影響を与え、日本ブランドの象徴的存在になった。
 東京五輪開幕を9日後に控えた1964年10月1日午前6時。ひかり1号と2号の一番列車が、それぞれ東京と新大阪を出発した。「ひかり」の愛称を選んだ公募に、予想の倍近い56万通が届くなど、国民の親しみに支えられ育っていった。
 全長515キロでスタートした新幹線は日本中に延びていき、現在は2387キロに及ぶ。航空機、高速道路に主役を奪われ、「鉄道の時代は終わった」との見方を裏切り、新幹線は日本のレールに新しい息を吹き込んだ。
 世界が感嘆するのは、混雑時に3分間隔で発車する超過密ダイヤにもかかわらず、時刻表通りに運行するその正確さだ。東海道新幹線の場合、列車1本あたりの年間平均遅延が1分を超えたのは、87年にJRとなってから90年度の1回だけである。支えるのはハード面の技術に限らない。約8分で16両編成の清掃を完了する作業員の働きを英BBCは「軍隊並みの精密さ」と驚いてみせた。
 だが何より日本の新幹線の信頼を支えるのは安全性だろう。国土交通省によると、JRの全新幹線でこれまで脱線事故が起きたのは2回。2004年の中越地震と11年の東日本大震災の時だ。中越地震の時、乗客に負傷はなく、東日本大震災時の脱線は回送列車で起きた。乗車中に乗客が死亡する事故は、半世紀の歴史でいまだにゼロである。
 車両の性能を含むシステム全体の技術力はもちろんだが、日々の地道な保守点検があってこその記録だろう。最終列車が通った後、線路や信号機などの点検、交換作業が始まる。始発列車までに確認車両が全線を低速で走り、異物がないかなど最終チェックする。365日だ。守りたい日本の資産である。
 新幹線には今後も新しい挑戦が待っているはずだ。
 ただそれは、高速記録とか、路線の延伸といった、従来の価値観からくる挑戦ではないだろう。人口減少、高齢化、外国人旅行者の増加。役割の変化を先取りしながら、魅力を膨らませていくことが大事だ。もちろん、安全の記録は伸ばしてもらいたい。
 「移動の手段」を超え、乗る体験自体が目的になるような旅へ。鉄道マンの職人技だけでは足りない。女性や若手、外国人のアイデアも積極的に取り入れて、次なる歴史の章を重ねていってほしい。


日本経済新聞 2014/10/1付
社説:「50歳」を迎えた東海道新幹線
 東京、名古屋、大阪を結ぶ日本の大動脈、東海道新幹線が開業してちょうど半世紀を迎える。この間、延べ56億人を運び、現在はピーク時間帯には東京駅から1時間あたり15本が出発するという、通勤電車並みのフル稼働だ。
 50年を振り返って、まず評価したいのは、今日まで乗客の死亡事故を1件も起こさず、安全運行を続けてきたことだ。関係者の日々の努力に敬意を表したい。
 技術面でも進化した。開通直後は東京―新大阪の所要時間が4時間だったが、車両の改良などを重ねて最短2時間25分に縮めた。
 大量の人員を高速で運ぶ新幹線の登場で人の往来が活発化し、それが日本経済の高成長につながった。新幹線誘致の声が今なお各地で強いのも、東海道新幹線の衝撃がそれほど大きかったからだ。
 環境性能の向上も見逃せない。開業当時の最初の車両と今の最新車両を比べると、同じ時速220キロで走った時の消費電力は半分に低減した。飛行機や自動車に比べてもともと高い環境性能に、一段と磨きがかかった。
 とはいえ、いつの時代も順風満帆だったのではない。巨額の赤字に苦しんだ国鉄時代の末期には値上げの頻発や車両の老朽化で乗客が減少した。1987年の国鉄民営化の成功で、事業主体の東海旅客鉄道(JR東海)が投資余力を回復し、「のぞみ」の導入など魅力向上の手を打ったことで、客足が戻った経緯もある。
 インフラの発展には、安定した経営主体の存在が不可欠であることを改めて示したといえる。
 東海道新幹線に限らず、高速鉄道全般の課題は耐震性の強化などもう一段の安全性向上だ。インドなど新幹線導入に関心を示す国もあり、海外展開にも期待したい。
 JR東海はリニア中央新幹線計画を推進している。さらなる高速化にかける思いは理解するが、巨額の投資が必要な事業であり、失敗すれば会社の屋台骨が揺らぎかねない。経営陣はそれを肝に銘じてほしい。


産経新聞 2014.10.1 05:04
【主張】新幹線50年 成長から成熟の出発点に
 東海道新幹線が昭和39年、東京五輪の開催に合わせ開業してから、1日で満50年になった。この半世紀で路線網は東北や九州に広がり、来年3月には北陸新幹線も東京-金沢間で開業する。
 膨大な建設コストゆえに厳しい批判も浴びてきた「夢の超特急」ではあるが、戦後の日本経済を引っ張ってきた事実は否定できないだろう。
 なにより、高速鉄道で50年間も死亡事故ゼロという安全性は、世界に誇っていい。悪天候や事故の影響も含めた遅延時間も、平均で1分を切る。運行システムの正確さも飛び抜けている。
 「ものづくり日本」の評価が揺らぎ始めている今、新幹線の半世紀を改めて振り返ることで、より成熟した技術立国再建への出発点にしていきたい。
 新幹線が登場するまで、東京-大阪間は、特急でも6時間半を要した。それが、現在では2時間半を切る。東阪間の出張は、日帰りが当たり前の時代になった。
 JR東海が年内着工を目指すリニア中央新幹線が完成すれば、東阪間は1時間強に縮まる。これは互いが通勤圏に入ることを意味する。移動時間の短縮は、日本人の仕事や暮らしのスタイルを、根本から変える可能性がある。
 鉄道の高速化は、東京への一極集中化を加速すると心配する声も聞く。しかし、技術革新を地方疲弊の元凶とするのは、短絡的すぎないか。事実、東阪間の移動時間が短くなってきたことで、東京から大阪に本社を逆移転させる企業も出始めている。
 安倍晋三政権は、地方の活性化を政策の重要課題の一つに掲げている。鉄道の高速化を、人の流れや企業活動の活性化に結びつける知恵と工夫が求められる。
 新幹線をはじめとする日本の鉄道技術は、日本が世界で優位に立てる分野でもある。
 東日本、東海、西日本、九州のJR4社は、ことし4月、国際高速鉄道協会(IHRA)を設立した。日立製作所などの車両メーカーと組み、日本の鉄道技術を海外に売り込もうとする試みは、国を挙げて支援すべきだろう。
 むろん、そうした技術を支えているのは、現場の鉄道マンらの日々の工夫であり、不断の努力だ。日本人の几帳面(きちょうめん)さが、世界一安全な鉄道を支えていることもまた、忘れてはなるまい。


中国新聞 2014/10/1
社説:新幹線50年 誇るべき技術の明日は
 50年前のきょう、東海道新幹線が東京―新大阪で開通した。旧国鉄が東京五輪に間に合わせるため急ぎに急いだ巨大プロジェクトである。焦土から立ち上がった敗戦国が世界一の高速鉄道を生む―。ものづくりの底力を示すだけではなく、まさに戦後復興の象徴でもあった。
 当時は自動車や航空機の利用の広がりで鉄道自体を時代遅れとみなす風潮もあり、国家予算の1割に相当した3800億円の投資に疑問もあったと聞く。思えば隔世の感がある。
 右肩上がりの経済成長に支えられて乗客は伸び続け、この半世紀に56億人を運んだ。単なる移動時間の短縮ではない。ビジネスや旅行の需要を膨らませた意味も大きい。首都圏と地方の心理的な距離も縮まり、進学や就職など日本人の生き方に影響を及ぼした側面もあろう。
 いま新幹線のルートは青森から鹿児島まで列島を縦断する。オイルショックに国鉄民営化、バブル崩壊。いくつもの荒波を乗り越えて延伸と高速化を繰り返し、大動脈としての役割は確固たるものになった。何重もの列車制御システムを生かして乗客の死亡事故ゼロが続く。安全性に加え、運行の正確さとノウハウも世界に胸を張れよう。
 こうした財産を踏まえ、次の50年はどうあるべきか。節目の今こそ考えておきたい。
 深刻な人口減と向き合うことは避けて通れまい。需要のパイが増え続けるという前提がもう成り立ちそうにないからだ。
 整備新幹線は来年に長野―金沢、再来年に新青森―新函館北斗の開通が決まっている。そこまではいいとしても、アベノミクスのもとで強まる残存路線の前倒し論はどうなのか。「地方創生」の目玉として国費を追加投入したい空気もあるようだ。
 なぜ延伸がすぐ必要かをしっかり説明できなければ、国民の理解は簡単には得られまい。
 新幹線がもたらす便利さの一方、一極集中を加速したとの指摘があることも頭に置きたい。のんびり旅を楽しむローカル線の魅力が、このところ観光面から逆に見直されてもいる。
 その意味でもリニア中央新幹線が、列島の均衡ある発展につながるとは考えにくい。
 東海道新幹線を運行するJR東海がすぐにも着工を目指す。まず5兆円を投じ、2027年に品川―名古屋をわずか40分で結ぶ計画である。既存の東海道新幹線の老朽化対策の一つであり、来る南海トラフ巨大地震などの備えにもしたいという。
 ただ過剰投資との見方もあることを忘れてはならない。しかも深いトンネルを掘る南アルプスなどでは工事による自然環境への影響を懸念する声も絶えない。強引に前に進めることがあれば禍根を残しかねない。
 単に一企業のプロジェクトとして任せるのではなく、日本の鉄道網の位置付けの中でどうなのか、国全体で議論を深めるべきではないか。老朽化や巨大災害の対策にしても、もっと広い視野で考えるテーマだろう。
 半世紀の蓄積を生かす道は、海の向こうにもある。米国やインドなど高速鉄道の整備を望む国が増えたからだ。新幹線の輸出に意欲的なライバルの中国は安価な半面、技術力への不安が拭えていない。何より安全を誇りにしてきた日本の新幹線を、世界にこそ広げたい。


茨城新聞 2014年10月1日(水)
【論説】新幹線50年 次の50年間の評価は
東海道新幹線が開業から50年を迎えた。東京五輪開幕を9日後に控え、夢の超特急「ひかり」は東京-新大阪を4時間で結んだ。時速200キロを超す世界初の高速鉄道の技術は、日本のものづくりの力を示した。
「のぞみ」は現在、最短2時間25分で走る。東海道新幹線が50年間で運んだ乗客は合計約56億人に上る。乗車中の利用者の死亡事故はなく、遅れは1列車当たりの平均でみると1分にも満たない。
列島の大動脈は、高度成長のエンジンであるとともに安全性、正確性を誇ることができる公共交通機関でもある。
建設については当時、自動車や飛行機の時代が到来するとして反対も強かった。それが1970年の大阪万博を経て国民の足に育った。欧州や中国でも高速鉄道網が整備された。事業を推し進めた当時の国鉄首脳には、先見の明があったと評価してもいいだろう。
新幹線はその後、山陽、東北、上越、長野、九州などと路線を拡大し、総延長は建設中を含めると3千キロを超える。太平洋ベルト地帯の形成、仙台や新潟の発展にも大きく貢献した。国土構造の骨格づくりの役割を果たしてきたと分析できる。
今や新幹線は、海外からの観光客もひきつけ、富士山と並ぶ日本のシンボルである。その技術は台湾で導入され、インドや米国などへのインフラ輸出の目玉だ。新幹線ほど日本人の心を高揚させる乗り物は、もう出てこないだろう。
一方、リニア中央新幹線の工事実施計画については、国土交通省が近くJR東海の申請を認可する見通し。東京-大阪を1時間7分で結ぶ総額9兆円を超える巨大プロジェクトである。
JR東海は約5兆5千億円をかけて東京-名古屋を2027年に先行開業させる方針。名古屋-大阪は45年めどになる。段階的な整備は、借金を5兆円程度に抑える経営判断からだという。国の財政状況は悪化し公共事業費の削減が続く。JR東海が自ら建設すると表明しなければ、リニア計画は動きださなかったといえる。
リニアを造る主な理由は三つある。一つは東海道新幹線を止めて抜本的な老朽化対策を実施するためだ。次が南海トラフ巨大地震に備え高速鉄道で2ルートを確保する。最後が東京と名古屋などで巨大都市圏を形成し経済を活性化させる。だが、複数ルートの確保であれば、来年3月に金沢まで開業する北陸新幹線の整備を急ぐ方が、同時被災の恐れがより少なくコストも軽減できるのではないか。
地方創生を掲げて政府は、東京一極集中の是正や地方経済の活性化に力を入れる。一方で「さらなる東京一極集中を招く可能性も有している」と国交省の答申でも指摘されたリニアを進めることに、矛盾はないだろうか。
政府にはリニア建設の影響を検証するよう提案したい。国土の均衡ある発展の観点から東京-大阪を同時開業した方が経済的な効果は高まるとすれば、国が整備を支援する方策を検討する。一極集中が進むとすれば緩和する方策を取るべきだ。
民間企業が整備するとしても、その影響は国民生活に大きくかかわる。国はJR東海に丸投げするのではなく、もっと前面に出て国土づくりの責任を果たすべきだ。このままでは次の50年の評価には耐えられない。


神戸新聞 2014/10/01
社説:新幹線50年/日本の安全文化を世界に
 1964(昭和39)年に新幹線が東京‐新大阪間で開業して、きょうで丸50年になる。
 開通以来、東西の人と情報の流れは格段に速まり、高度経済成長の原動力となった。航空機と自動車に押されていた鉄道輸送の可能性を切り開き、今も世界の注目を集める。日本の財産と言っていい。
 路線網は青森から鹿児島まで拡大し、最高速度も100キロ以上アップした。2015年には金沢、16年には函館まで伸びる。敦賀や札幌への延伸などの建設費として、本年度は719億円の国費が投入され、さらに延伸を期待する声も強い。
 一方、この半世紀で経済環境は激変し、地域に与える影響が低下した点は否めない。国も地方も巨額の財政赤字を抱え、新幹線も費用対効果を慎重に見極める時代となった。
 兵庫県内に山陽新幹線が走り始めた1972(昭和47)年には目立たなかった現象に、「ストロー効果」がある。90年代から2000年代に開業した長野や東北では、東京や仙台などの大都市と短時間で結ばれた結果、人や事業所が流出し、地域の活力が低下した例が多かった。
 経済成長の勢いが鈍るにつれ、効率化を旗印に企業も商業施設も都市部への集中を強めた。バブル崩壊後の長期不況に加え、新幹線の延伸がそうした流れに拍車をかけた。
 開業直後は沿線がにぎわいを取り戻しても、持続しなければ、人口減や中心市街地の衰退に歯止めをかけることは難しい。
 新幹線が走れば地域は安泰という時代ではなくなった。人を呼び込むだけの魅力を磨く必要がある。都市が地方の活力を吸い取る結果に終わるか、双方向の行き来を盛んにするか、新幹線は地域の本気度次第でプラスにもマイナスにもなる。兵庫にも言えることだ。
 家電製品や自動車の輸出に依存する成長モデルを新興国に奪われ、安倍政権や経済界は社会インフラの輸出を成長戦略の柱の一つに据える。新幹線はその目玉商品である。
 技術に秀でているだけでなく、安全を最優先に日々の運行や保守点検に携わる人々の努力が、半世紀にわたる新幹線の走行を支えた。
 車両や機器類を売り込むだけでなく、そうしたソフト面や人材育成のノウハウも伝え、日本の安全文化を世界に広めたい。


東京新聞 2014年9月28日
【社説】週のはじめに考える 新幹線と安全思想
 新幹線の高速正確な運行は、世界に誇るべき日本技術の一つです。十月一日で開業から五十年。安全を追い求めてきた半世紀といってもいいでしょう。
 東日本大震災の二〇一一年三月十一日。大地が揺れ始めた時、東北新幹線は十九本の列車が走っていました。震源に近い宮城県の仙台-古川間を時速二百七十キロで走行中の列車も。
 その十九本は、間もなく、いずれも脱線することなく無事に停車しました。
◆5秒早く地震を検知
 新幹線は、早期地震検知システムを備えています。沿線のみならず海岸部にも地震計を設置し、初期微動の検知により、送電を遮断。電気が止まれば列車には非常ブレーキがかかり、主要動の前に停止動作が始まるわけです。
 金華山の海岸地震計は、沿線の地震計より五秒早く大地震を検知しました。この五秒の余裕が時速二百七十キロで疾走していた列車を救った、ともいいます。
 こうして、東海道新幹線開業から続く「列車事故による乗客の死傷者ゼロ」の記録を更新できたのです。
 世界に冠たる安全実績をもたらしたものは、どこまでも事故を恐れることで鍛えられた安全思想でしょう。
 安全記録途絶の危機は、幾度も繰り返されてきました。
 一九九五年の阪神大震災で、山陽新幹線は高架橋八カ所が倒壊。午前六時に始発列車が出る直前でした。幸運だった、と言うべきでしょう。
 〇四年の新潟県中越地震では、上越新幹線を走行中の下り列車が脱線し、上り線側に大きく逸脱しました。対向列車との衝突を免れたのは、列車密度の低い上越新幹線ならではの幸運、とも言われています。
◆運転士の目では遅い
 新幹線を運行するJR各社は、阪神大震災を教訓に橋脚など構造物の耐震性強化を進め、中越地震を教訓に非常ブレーキ作動までの時間短縮を図りました。
 東日本大震災で全列車が無事に停車できたのは、阪神、中越両地震後にきちんと地震対策をした成果でもあるのです。
 では、その安全思想は、どこから生まれてきたのでしょう。
 新幹線の生みの親といわれるのは、当時の国鉄総裁だった十河(そごう)信二氏と技師長の島秀雄氏(ともに故人)です。
 五〇年の朝鮮戦争特需を機に日本経済の復興が始まり、五六年に全線電化が完了した国鉄東海道線も輸送力が追い付かなくなりました。既存路線の複々線化、別ルートでの新線建設などが議論される中、スピードの出せる広軌での新線建設を主導したのが十河総裁、島技師長でした。
 目指したものは、従来の鉄道とは異次元といっていい高速鉄道のシステムでした。
 鉄道事故は踏切で多発する-ならば、踏切のない完全立体交差の路線にすればよい。
 時速二百キロ以上の高速走行では、運転士の目による判断は間に合わない。では、どうするか-運転士が非常ブレーキをかけるのではなく、その必要をなくすシステムを考えればよい。
 自動列車制御装置(ATC)、列車集中制御装置(CTC)など、幾重にも張り巡らされた新幹線の安全装置は、このような考え方から生まれました。
 在来の国鉄線では、五一年に根岸線の桜木町駅で架線作業ミスから死者百六人を出した車両火災「桜木町事故」、六二年に常磐線三河島駅構内で死者百六十人を出した「三河島事故」など大事故が続きました。
 桜木町事故の責任を取って国鉄から去ったのが、当時の車両局長だった島氏でした。新幹線建設のため十河総裁に呼び戻された島技師長は、だからこそ、どこまでも安全を追い求めたのでしょう。
 新幹線計画が発表されたのは五八年。世界の大勢は、船と鉄道は斜陽化し、飛行機と自動車へ、という時代でした。国内でも、巨費を投ずるなら高速道路整備を、と新幹線反対論が噴き出しました。
 鉄道ファンの作家、阿川弘之さんも、後にその発言は撤回していますが、「世界の三バカ」と言われた万里の長城、ピラミッド、戦艦大和に例えて計画の再検討を求めたほどでした。
◆リニアは人に優しく
 逆風も吹く中で構想された新幹線が、その後の日本社会にどれほど影響を与えたか、あえて書くまでもないでしょう。
 次の半世紀は、リニア新幹線の時代になるのでしょうか。
 リニアが継承すべきは、まず、これまでの半世紀で磨き上げてきた安全思想です。それに、半世紀前にはなかった環境の重視です。つまり、人に優しい、ということではないでしょうか。

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