2015-03-14(Sat)

3・11東日本大震災 4年 (5) 復興 生活支援

被災者の声をすくわねば  住民本位の再建を急げ  「福祉避難所」の拡充を  暮らしの再生が最優先だ

<各紙社説・論説>
北海道新聞)大震災から4年 「福祉避難所」の拡充を(03/12)
北海道新聞)大震災から4年 支援の手は緩められぬ(03/11)
東奥日報)地域の防災力を高めよう/東日本大震災4年 (03/11)
秋田魁新報)[大震災4年]進む風化 あの日思い教訓伝えよ (03/11)
秋田魁新報)[大震災4年]被災者支援 新たな動きへの対応を (03/08)
秋田魁新報)[大震災4年]進まぬ復興 住民本位の再建を急げ (03/06)
新潟日報)大震災から4年 被災者の声をすくわねば (3/11)
神奈川新聞)津波の教訓 外房に (3/11)
信濃毎日新聞)被災住宅再建 皆で助け合う仕組みを(3/12)
信濃毎日新聞)3.11の記憶 「忘れない」と伝えよう(3/12)
京都新聞)被災地の子ども  育ちの場、支援の充実を (3/12)
京都新聞)大震災4年  生活再建を加速させよ(3/11)
神戸新聞)なりわい再生/「地産地消」超える挑戦を (03/12)
神戸新聞)「浜」の支援/地域ごとに長く寄り添う (03/12)
神戸新聞)【大震災4年】被災地は今/暮らしの再生が最優先だ (03/10)
神戸新聞)防災意識/危機感を具体的な行動に 2015/03/09




以下引用



北海道新聞(2015/03/12)
社説:大震災から4年 「福祉避難所」の拡充を


 大災害が起きた時、介護や介助が必要な認知症などを患う高齢者、障害者、病弱者ら「災害弱者」が身を寄せる福祉避難所の整備が進んでいない。
 一つもない市町村は、国内全自治体の24%超の428自治体にも上る。
 北海道では179市町村のうち61・5%に当たる110自治体が確保できていない。都道府県別で鹿児島、群馬両県に次いで高い。
 東日本大震災では高齢者らの震災関連死が少なくなかった。災害はいつ、どこで発生してもおかしくない。福祉避難所の拡充を急ぎたい。
 福祉避難所は避難生活の長期化により、災害弱者の関連死が目立った1995年の阪神大震災の教訓から生まれた。
 災害弱者にとって、介護や介助環境が手薄な一般の避難所で過ごすことは、健康な人以上に大きなストレスとなる。それが高齢者を中心に犠牲者を増やしたことを忘れてはならない。
 だからこそ、一般の避難所と切り離した空間の必要性が叫ばれ、2000年代に入ってから、国がガイドラインを策定。各市町村が福祉避難所をあらかじめ指定しておく取り組みが本格化した。
 小学校区に1カ所程度、入所者10人に1人めどの生活相談職員の配置―などが目安だ。
 道内の福祉避難所は69市町村に633カ所あり、収容定員は2万7千人余りになる。しかし、学校や公民館など一般の避難所と同じ場所も少なくない。
 要介護・要支援認定者だけでも30万人いる道内の現状を考えれば、絶対的に不足している。
 福祉避難所は、バリアフリー化された設備、知識を持った相談職員の配置などが求められる。そういう点で、既存の老人福祉施設、障害者支援施設、保健センターなどが理想的と言えるだろう。
 まだ避難所を確保できていない市町村は、地域の社会福祉法人などとの連携で実現したい。
 適当な施設や人的確保が難しい地域には、道のサポートも欠かせない。
 東日本大震災時、仙台市では福祉避難所は52カ所指定されていたが、実際に開設されたのは半分程度だった。必要な要員、備品がそろわなかったことが大きい。
 しかも開設できた避難所には高齢者らが殺到し、希望者全員には対応しきれなかった。災害時には想定外の事態が起こりうる。その轍(てつ)を踏むまい。



北海道新聞(2015/03/11)
社説:大震災から4年 支援の手は緩められぬ


 東日本大震災から丸4年の日を迎えた。
 地震や津波で約1万6千人が犠牲となり、約2500人がなお行方不明だ。23万人近くが避難し、自宅に帰れないでいる。
 「未曽有の大災害」の爪痕はいまでも生々しい。
 まちの再建が活発になってきた被災地もある。だがほとんどは将来が見えず、苦悩を深めている。
 気になるのは政府が「自立」の名の下に徐々に復興政策を縮小させようとしていることである。
 いまはまだその時期ではない。復興の遅れは政府の責任が大きい。安倍晋三首相をはじめ国が十分な支援を確約すべきだ。
 被災者にとって緊急課題は住まいの確保である。
 岩手、宮城両県では高台移転や災害公営住宅の建設が進み、入居が始まった所もある。だが、ここにきて懸念されるのは、計画通り建設しても全戸が埋まるかだ。
 復興事業は住宅用地の所有権をめぐる煩雑な事務手続きや安倍政権の経済政策に伴う建設資材の高騰、人手不足などで遅れた。
 避難者には待ちきれずに帰還をあきらめたり、自立再建の道を選んだりする人が増えた。
 住まいが整っても、仕事がなければ生活は成り立たない。津波の被害を受けた太平洋沿岸は主力の水産加工業の立ち直りが遅い。大きな原因は人手不足だという。
 避難先の内陸で安定した仕事を見つける人が目立っている。子どものいる働き盛りの世代ほど、地元に戻らない傾向が強い。まちづくりの担い手不足は深刻である。
 被災地の高齢化は進む一方だ。独り暮らしの家を見回るなどの人材確保は欠かせないが、自治体はどこも財政的な余裕がない。
 この状況で支援を打ち切れば、復興は立ちゆかなくなる。
 首相は2015年度までの集中復興期間の後、次の5年間の支援枠組みを夏までに策定すると表明した。高台移転など復興本体の事業は継続するが、その他は地元にも応分の負担を求める姿勢だ。
 税金を特例的に被災地に投入し続けることに慎重論はあろう。だが政府が被災地以外の地域に復興予算を流用してきたのも事実だ。
 必要な予算が途切れることがあってはならない。実質的に全額国費で事業を進める集中復興期間の体制は維持すべきだ。
 被災者が安心できる日まで支援の手を緩めるわけにはいかない。それを実践するのは与野党の垣根を越えた政治全体の責任である。



東奥日報2015年3月11日(水)
社説:地域の防災力を高めよう/東日本大震災4年


 本県にも多大な被害を及ぼした東日本大震災の発生から4年を迎えた。
 復興の足取りは確かか。どのような課題があるか。政府や自治体、関係機関はもちろん、個人一人一人が現状と課題を見つめ直す必要がある。検証を重ね、震災を風化させることなく、教訓を次世代へ継承しなければならない。
 被災地では、津波浸水区域の土地のかさ上げや移転先の宅地造成が進む。八戸市と仙台市を結ぶ高速道路「三陸沿岸道路」は工事の4割が終わり、常磐自動車道が全線開通するなどインフラは整いつつある。一方、自治体職員や作業員らのマンパワー不足、入札不調の影響で、災害公営住宅などの完成は遅れている。
 復興はこれからが正念場。政府の「集中復興期間」は2015年度で終わるが、引き続き手厚い支援が要る。
 安倍晋三首相はきのうの会見で、16年度以降の復興事業に関し、今夏までに次の5年間の枠組みを策定すると表明した。また、公営住宅については、さらに1万戸の完成を目指し、高台移転を加速させる意向を示した。
 今もなお、約22万9千人が避難生活を強いられている。避難先は全国に及び、本県でも575人(2月12日現在)が暮らす。避難者の一日も早い生活再建を望む。
 懸念されるのはコミュニティーの崩壊と高齢化だ。避難所から仮設住宅、復興住宅へと住環境が変わるたびに、住民らが築いた人間関係や見守り活動は振り出しに戻る。
 仮設住宅での生活が長期に渡り、心身の不調を訴える人は多い。孤独死も増えており、日常のきめ細かいケアが欠かせない。
 被災地に限らず、高齢者ら災害弱者を支えるには地域の力が鍵を握る。災害への備えを総点検すべきだ。
 県防災消防課の調べでは、県内自治体の自主防災組織の組織率は45.2%(15年1月1日現在)と全国平均80%(14年4月1日現在)を大幅に下回る。階上町や深浦町など10町村は100%だが、21市町村は50%以下にとどまる。組織づくりが急務だ。
 災害対策は行政や関係機関の力だけでは限界がある。過去にも自助や共助の力で被害が軽減され、多くの命が救われた。日ごろから近隣のつながりを強め、「地域は自分たちで守る」という防災意識を共有し、住民同士が助け合う地域の防災力を高めたい。



秋田魁新報(2015/03/11 付)
社説:[大震災4年]進む風化 あの日思い教訓伝えよ


 1万8千人を超す死者・行方不明者を出した東日本大震災の発生から、きょうで丸4年。津波に加え、東京電力福島第1原発事故で故郷を離れて生活する人は計約23万人に上る。
 この震災は津波と原発事故両方の恐ろしさを見せつけた。
 岩手県宮古市の田老地区では、「万里の長城」の異名を取る高さ10メートルの防波堤を津波が乗り越え、市街地を襲った。そのすさまじさは、津波が陸地の斜面を駆け上がった高さを見ても分かる。田老地区ではそれが約38メートルにも達した。
 福島原発では、地震・津波被害に原発事故が重なって被害が増幅する「原発震災」を世界で初めて経験した。この事故は発生から4年たつにもかかわらず、一向に収束できそうにない。大量の汚染水は処理のめどが立たず、その先にある廃炉作業も難航することは必至だ。
 原発震災がもたらした大きな変化の一つは節電意識の定着である。大量に電気を使い続ける生活に人々が疑問を持つようになったのだ。その結果、昨年は震災後初めて原発稼働ゼロで電力需要の多い夏を乗り切り、今冬もゼロで過ごせそうだ。
 しかし政府は「原発回帰」の動きを強め、再稼働に向けた準備が進んでいる。原発震災の過酷さと約12万人に上る福島の避難者の厳しい現実を一体どう考えているのだろうか。
 被災地の沿岸部では人口減が著しい。宮城県女川町では震災前よりも人口が3割以上減り、岩手県大槌町などで2割余り減少した。復興の遅れで内陸部に人口が移動したとみられる。
 岩手、宮城、福島3県の仮設住宅で孤独死が増えていることも深刻な問題だ。今年1月末までの累計は146人で、うち65歳以上は6割近くを占める。見守り活動などをもっと強化し、これ以上の犠牲者を出さないようにしなければならない。
 復興が遅れれば遅れるほど、命が失われる恐れが強まる。安倍内閣の閣僚は相次いで復興加速への決意を表明したが、重要なのは被災者が求める対策をきちんと実行することだ。
 ただし、復興を急ぐあまり、強引に事業を進めるのは疑問だ。地域再生の姿を被災者が徹底して話し合い、納得してこそ、その土地にふさわしい復興が可能となるのではないか。
 震災の記憶が風化に向かう中で、教訓を伝えようと若者らが積極的に動いているのは頼もしい。仙台市では14日から5日間の日程で国連防災世界会議が開幕。若い世代や女性を中心としたフォーラムがある。
 シンポジウムに参加する岩手県出身の大学生は「被災した自分たちこそ防災を学び、伝える責任がある」と語る。津波で両親を失ったつらい記憶を抱えての参加であり、震災4年の新たな決意を見る。
 きょうは、あの日の記憶を呼び起こし、風化させないことを再び誓う日でもある。



秋田魁新報(2015/03/08 付)
社説:[大震災4年]被災者支援 新たな動きへの対応を


 東日本大震災の被災地ではハード面の復興が徐々に進み、今後はコミュニティーの形成といった地域の再生に向けた動きが本格化する。
 避難者の意識や生活の在り方も変化してきた。多くは古里に戻ることを望んでいたが、最近では本県などの避難先に定着する動きも出ている。
 大震災から4年、こうした新たな動きを受け、本県はよりきめ細かい支援に取り組まなければならない。
 被災地支援を見ると、まず自治体が被災地に派遣している応援職員が不足している。例えば、岩手、宮城、福島3県の50市町村で必要とされる計約2700人に対し、300人余りが足りない。高台移転や街づくりの本格化で専門職員が不可欠だが、景気回復や東京五輪の建設需要で自治体からの派遣が難しくなっているのである。
 本県からは2014年度、県職員や警察官、秋田市など6市の職員の計約40人を派遣した。だが沿岸部などでは今も人手が足りず、同じ東北の仲間として積極的に派遣を考えたい。
 復興が少しずつ進むのに従って、専門知識を持った人材の重要性も増している。コミュニティーの形成や被災者の再起に向けた支援などの分野だ。
 こうした民間支援で本県ならではの蓄積を生かせる分野は何か。その一例が本県の自殺予防対策を先導した秋田市のNPO「蜘蛛(くも)の糸」の取り組みだ。苦悩する人々に寄り添って命を救ってきた経験を生かし、現地を訪れて被災者の悩みに耳を傾け続けている。まさに経験と知見に基づいた支援である。
 また、ボランティアで被災地に足を運んだ人たちは、その土地の人々との縁を大切にしてほしい。関心を持ち続け、末永く付き合うことは、被災者の支えになることはもちろん、震災の風化を防ぎ、被災地のにぎわい創出にもつながるはずだ。
 避難者支援ではこれまで以上に柔軟な対策が必要となる。
 被災地からの本県への避難者は今月2日現在で996人。ピーク時の4割にまで減った。これまでは帰還を希望する人がほとんどだったが、最近は避難登録の解除を自ら申告し、秋田に定着する道を選ぶ動きが見られるようになった。
 県は避難先での孤立を防ぐ取り組みなどに力を入れてきたが、今後は、就労や定住を含む多様な支援を進めるべきだ。ハローワークとの連携や、避難者と地域の関わりを深めるような仕掛けづくりが欠かせない。
 帰還を望む避難者への支援も重要である。古里を離れたことに後ろめたさを感じている人もいることから、その複雑な思いをくむことが求められる。
 帰還を円滑に進めるためには被災地、避難先双方の社会福祉協議会が連絡を密にできるように、県が調整することも不可欠だ。大切なのは何よりも被災者の目線に立った支援である。



秋田魁新報(2015/03/06 付)
社説:[大震災4年]進まぬ復興 住民本位の再建を急げ


 東日本大震災が発生してから11日で4年になる。大惨事は東北の地と人々に限りなく深い爪痕を残した。
 死者は岩手、宮城、福島の3県で1万6千人近い。いまだに約22万9千人が避難生活を強いられ、8万人余りは仮設住宅に暮らしている。災害公営住宅の建設も進まず、復興の足取りは重い。
 長引く避難生活で体調を崩して亡くなる「震災関連死」は3千人を超えた。特に東京電力福島第1原発事故のあった福島県では約1800人と、地震や津波による「直接死」を上回った。避難生活がどれだけ被災者の痛手になっているかを如実に示す。
 被災者は地震直後の避難所から仮設住宅へと移り、そして災害公営住宅などへと転居する。しかし、それまで築いてきた人間関係やコミュニティーが転居のたびに壊され、孤立感を深める高齢者が多い。20年前の阪神大震災では、孤独死が千人を超えた。
 東日本大震災では、集落単位での仮設住宅入居も行われた。しかし、住み慣れた土地を追われた人たちが、かつての生活を取り戻すのは容易なことではない。
 災害公営住宅は、集合住宅と一戸建ての二つのタイプがある。岩手、宮城、福島の3県で2万9千戸の建設を予定しているが、着工はまだ半数程度で、完成したのは5千戸程度にすぎない。住宅地を高台に移す「防災集団移転促進事業」は計画地の大半で着工しているものの、宅地造成の完了は3割程度にとどまる。
 資材の高騰や人手不足が建設の遅れに拍車を掛け、仮設住宅暮らしが長引く要因にもなっている。
 復興に当たっての最優先課題は被災者の生活再建である。国は事業のスピードアップを図らなければならない。
 国が集中復興期間としたのは2015年度までの5年間。この間に26兆3千億円が投入される予定だ。復興予算は膨大だが、道路整備や鉄道の復旧などのインフラ整備が中心で、住宅再建や企業の業績回復には十分に結びついていない。
 竹下亘復興相は16年度以降の復興事業について、自治体負担の導入を検討するとの考えを示し、現行の全額国費負担を変える姿勢を見せた。仮に変更になれば、事業の遂行に支障を来しかねない。被災地のほとんどが財政基盤の弱い市町村だけに、全額国費負担は維持するべきである。
 未曽有の災害からの復興には、過去にない予算措置と迅速な事業の実施、それに被災者に寄り添う姿勢が不可欠だ。そうした認識を今、あらためて確認する必要がある。
  ◇
 東日本大震災が突きつけた課題にどう対処していけばいいのか。シリーズで考えます。



新潟日報 2015/03/11
【社説】 大震災から4年 被災者の声をすくわねば


 4年目の3月11日を迎えた。あの日、大地が激しく揺れて海があふれ、すべてを奪った。
 死者・行方不明者は岩手、宮城、福島の被災3県で1万8千人を超えた。その数の重さをあらためて思い、目を閉じたい。
 遺族の悲しみが薄れるほどの年月ではない。しかも、なお22万9千人もの人々が故郷を離れて避難生活を送る。
 復興への道のりは、はるかだ。厳しい現実から目をそらしてはならない。兆した希望を大切に育て、着実に生活再建を前に進めることが求められる。
 被災3県でプレハブ造りの仮設住宅に暮らす被災者はまだ8万人を超えている。
 自宅を再建したり、再建が難しいため賃貸で暮らせる災害公営住宅に入ったりして、空き家が目立ち始めてはいる。
◆進む孤立化、高齢化
 復興への変化を感じさせる景色の一つではあろう。だが、残っている人には高齢者が多い。
 その上、仮設は老朽化が目立つようになった。狭くて必要最低限の設備しかない仮設の生活環境は悪化するばかりだ。
 収入面や相談相手として頼れる若手がいないため、身の振り方を考えて決断することが難しい。閉塞(へいそく)感を募らせ「生きる気がしない」「諦めた」と訴える人は珍しくないという。
 災害公営住宅は3県で約3万戸を造る計画で、現在の入居は約1割台となっている。
 自治体へのアンケートでは、入居者の4割弱が65歳以上で、独り暮らしの高齢者が全体の4分の1を占めている。
 阪神大震災の復興で社会問題になっている高齢者の孤立や「孤独死」が、仮設住宅、災害公営住宅で増える恐れがある。
 高齢者にとって、故郷や自宅で暮らすことは生きがいそのものだろう。それを失ったつらさを和らげ環境への順応を促すのは難しい課題には違いない。
 自治体は仮設などの入居者への見守り、声掛けの活動を強める必要がある。
 心身の健康を維持するため、個人の気持ちを大事にしながら住民同士の交流活動を促進していく態勢づくりをしてほしい。
 自治体の力だけでは難しい。周辺住民の参加は大切だし、本県からも多数出掛けている各種のボランティアが果たすべき役割は大きいはずである。
◆ニーズ変化を捉えて
 避難生活を続ける被災者の高齢化だけではない。
 収束に遠い東京電力福島第1原発の事故処理、放射能汚染に起因する福島県の復興の遅れ、本県などで暮らさざるを得ない被災者をどう救うか-といった課題の先行きは全く不透明だ。
 津波に備えて住宅を高台などに移転する事業は、ほとんどの地区で着工したが、宅地造成完了は3割にとどまる。
 損壊した漁港や建物被害があった学校、そして被災した鉄道のそれぞれ9割までが復旧した。しかし、企業の売り上げや町の活気が戻ったわけではない。
 被災地ではダンプカーがごう音を上げて走り回り、インフラ整備は一定程度進んだ。
 被災者が復興を実感できるほどではないにせよ、将来への不安を少しは軽くできたかもしれないと思いたい。
 ただ、復旧、復興に向けた住民ニーズが、その時々の状況に応じて変化するのにも注意していく必要があるだろう。
 例えば震災直後に巨大防潮堤の必要性が叫ばれていたが、その声はやや薄れた。施策を冷静に見直し、予算を効率的に使っていく姿勢は大切だ。
◆地方創生が試される
 政府の集中復興期間は2015年度が最終年度になる。5年間の予算はインフラ整備を中心に26兆3千億円に上る。
 金額の大きさは、つまりカネの掛かるインフラ被害が大きかったからだ。今後はインフラに加え、産業の復活や町に人を呼び込む仕掛けづくり、人づくりへの投資も求められよう。
 政府は集中復興期間を延長せず、その先の5年間に6兆円を追加投入する案を持っている。
 被災3県が求める事業費を大きく下回る。これまでは事実上の全額国費で賄っていたものを、自治体一部負担も検討する。
 異論は出るだろう。しっかりと被災者と自治体の声に耳を傾けてもらいたい。その上で被災地の明日を描き出すことだ。
 被災地での地方創生は大きなマイナスからの出発だ。しかし必ず成し遂げねばならない。政権の真価が問われる。



【神奈川新聞】2015.03.11 11:11:00
【社説】津波の教訓 外房に


 数多くの死者・行方不明者を出した東日本大震災から、11日で4年を迎えた。犠牲になった人々、大切な家族や友人を失った人たちの無念に心を寄せ、同じような災禍を二度と繰り返すまいと一人一人があらためて誓う日にしたい。
 浸水被害こそ発生しなかったものの、東京湾や相模湾にも津波は押し寄せ、多摩川など各地の川を遡上(そじょう)した。神奈川においても津波のリスクにきちんと向き合い、そのときに確実に避難する心掛けを忘れてはならない。わが身に置き換えて備え、行動することは、風化を防ぐことにもつながる。
 海沿いの街並みが根こそぎにされた東北に学ぶ姿勢はもちろん欠かせない。その一方で、同じ首都圏でありながら深刻な被害に見舞われた外房にこそ目を向ける必要があろう。そこには、私たちの生かすべき教訓が数多くある。
 九十九里浜東端の千葉県旭市に押し寄せた津波は東北を襲ったような巨大なものではなく、浸水範囲も広くなかった。それにもかかわらず15人が犠牲になったのは、本震から2時間半以上遅れて最大波が押し寄せたためだ。
 避難先から自宅に戻っていた高齢者の多くが、半世紀前のチリ地震を体験。当時、押し寄せた津波が小さかったため警戒心が薄れ、避難後の油断につながったとの指摘がある。重い教訓であり、後続波の方が大きい場合があるという津波の特徴とともに胸に刻みたい。
 川をさかのぼった津波が堤防を越え、浸水範囲が旭市以上となった山武市は、内陸部まで低地が続き、沿岸部に高いビルは少ない。市は本来は望ましくないとされる車での避難を認め、復興交付金を活用して道路拡幅を急いでいる。津波に対して不利な地域性を考慮した、柔軟な発想に基づくものといえよう。
 両市の例が示すように、外房の沿岸地域は現実の課題として復興に取り組んでいる。そこに将来の津波に対する備えの視点を入れ、避難タワーなどの整備も組み合わせながら住民と訓練を重ねている。
 神奈川では、県が示した最大級の浸水想定の数字や現実味に関心が集まるが、大切なのは過去の経験に学び、命をつなぐことである。地域の人々を交え、地に足のついた取り組みを進める。そうした一歩を踏み出すきっかけにしたい。



信濃毎日新聞 2015年03月12日(木)
社説:被災住宅再建 皆で助け合う仕組みを


 地震で家が壊れても住み慣れた土地でまた暮らしたい。多くの人の願いをかなえることは、今の制度のままでは難しい。
 発生から4年たった県北部地震の被災地、栄村。いまさら自宅を建て直す大きな借金はできないと、村外の子どもの家に移る人たちがいた。
 被災住宅再建の壁は、過疎の村の人口流出に拍車をかける。昨年11月の地震で大きな被害が出た白馬、小谷村などにも共通する課題だ。この壁は、東北3県で今も8万人がプレハブの仮設住宅で暮らす一因にもなっている。
 蓄えや地震保険の「自助」だけで住宅を再建できる人は一部だ。20年前の阪神大震災で大きな問題になり、「公助」の仕組みを盛った被災者生活再建支援法ができた。全壊・大規模半壊を対象に最高300万円が支給される。
 ただ、全壊した家を建て直すとなると、とても足りない。十分な蓄えがなければ多額の借金を背負わざるを得ない状況はあまり変わっていない。長野県は「支援金はお見舞いに近い趣旨」とする。
 補修に数百万円かかる場合もある半壊・一部損壊は支援の対象外だ。「一部損壊でよかったねと言われるが…」とこぼす栄村の被災者もいる。同村では住宅被害の7割余が一部損壊だった。
 支援金の原資は国費と都道府県の拠出金だ。支援金額を大幅に増やしたり、対象を一部損壊まで広げることは、厳しい財政事情の中で制度を破綻させかねない。
 家を持つ人みんなで薄く広く助け合う。住宅再建にもそんな「共助」の備えが必要だ。
 参考になるのは、兵庫県が大震災を教訓に2005年に創設した住宅再建共済制度だ。家の持ち主が年5千円を出し合い、どんな災害でも半壊以上で最高600万円の給付が受けられる。一部損壊でも見舞金を支給した例がある。
 問題は、県単位の共済ではその県に大きな被害が集中した場合、支えきれなくなる恐れがあることだ。兵庫県は共済を全国規模にすることを呼び掛けている。
 長野県は先日、大規模地震が起きた時の被害想定を公表した。県内を縦断する糸魚川―静岡構造線断層帯全体が動いたら、最悪で20万棟余が全半壊する。建物の耐震化など命を守る対策と同時に、復興の土台となる住宅再建の備えを整えることは待ったなしだ。
 災害は全国どこでも起こり得る。お互いさまとして、全国の人々で支え合う仕組みを早急に考えなければならない。



信濃毎日新聞 2015年03月12日(木)
社説:3.11の記憶 「忘れない」と伝えよう


 「復興はまだまだこれから。被災地を忘れないでほしい」
 福島県や都内で開かれた復興シンポジウムでたびたび、大震災の記憶の風化を心配する声を聞いた。
 地震や津波に加え、福島第1原発の過酷事故が起きた。あれだけの災害を忘れるはずがない。そう思う半面、被災者の真意は何だろうか、と考えてみる。
 3年ほど前、作家で僧侶の玄侑宗久さんが、岩波書店がウェブサイトで連載する「3・11を心に刻んで」に被災者の鎮魂句を紹介していた。〈寒昴(かんすばる)たれも誰かのただひとり〉照井翠
 死者1万5891人、行方不明者2584人、避難者約22万9千人、プレハブ仮設住宅の居住者8万372人…。3・11から4年を機に、さまざまな統計が目に飛び込んでくる。
 この一人一人に、親しい人を失った悲しみ、家族が見つからず整理がつかない思い、故郷に帰れず暮らしの先が見えない不安があるだろう。見守る側が、わが身のことと想像して気持ちを寄り添わせる。そんな心の働きが弱まっているのかもしれない。
 気になる数値がある。昨年度、日本赤十字社に集まった義援金は29億円で、3千億円を超えた震災発生後1年間の1%未満だった。自治体に寄せられた金額も減っている。義援金は直接、被災者の手元に届けられる。息長く続けていきたい支援の一つだ。
 被災者は必死に前を向いている。地域の魅力を発信する中高生のグループ、工芸品や地元料理を販売する女性団体、復興に取り組むNPOが各地に生まれている。旅行がてら足を運べば、地元の励みになるだろう。
 安倍晋三政権は10日、被災地の復興を加速すると表明。原発事故の影響に苦しむ福島県の再生に向け、5月までに政策パッケージをまとめる方針を示した。
 意気込みは買うものの、これまでの復興事業は必ずしも被災者の意向に沿っていない。過去には、官僚が復興予算を関係のない事業に流用する問題も起きている。
 直接、間接に被災地の状況を知ることは、政府の復興政策に目を配ることにつながる。福島の事故を忘れたかのように原発再稼働を急ぐ姿勢を含め、おかしいと思ったら声を上げる。これも風化を防ぐ大切な手だてだ。
 長野県内で千人余の避難者が暮らしている。できることを少しずつでも実行に移し「大震災を忘れない」と伝えたい。



[京都新聞 2015年03月12日掲載]
社説:被災地の子ども  育ちの場、支援の充実を


 東日本大震災から4年が経過した被災地では、街や住宅の復興の遅れとともに、子どもたちの成育環境への不安が横たわっている。
 震災による心の傷や家族の別離、不安定な避難生活などから子どもたちの心身の異変が報告されている。被害が大きい東北地方では子育てを支える保育施設の人手が不足し、園児の受け入れを制限する動きが出ている。住民の生活再建や避難者の帰還をはじめ本格復興の足かせになりかねない状況だ。
 被災地再生の将来を担う子どもたちが安心して暮らし、育つことができる環境づくりに向けた支援を充実させたい。
 岩手、宮城、福島3県の保育士不足は深刻だ。保育所施設の復旧は進むが、被災による離職などで人手が足りない。岩手県大槌町が4月から町立1園の0~2歳児の受け入れを中止するほか、一部を廃園する自治体も出ている。
 3県とも保育士の有効求人倍率は1・5倍以上の大幅な求人超過で、募集しても確保が難しい。津波被害や福島第1原発事故の避難者が多い地域に顕著で、生計のため働きに出る母親らの預け入れ希望の増加も背景にある。
 根本的な問題は保育職員の厳しい労働環境だ。現場の負担が増す一方で賃金水準は低く、より待遇が劣る臨時職も多い。これに政府が全国で進める「待機児童解消加速化プラン」が影を落とす。多く待機児童を抱える都市部を中心に保育士の奪い合いとなっており、より好条件の働き口がある首都圏などに人材が流れているという。
 厚生労働省は、離職した「潜在保育士」の再就職支援策を掲げるが、力点は待機児童の多い大都市圏だ。政府は震災復興を最重点に掲げるなら、被災地での保育職員の待遇改善や人材確保への支援強化策を講じるべきではないか。
 被災地では過酷な災害体験や、狭く不自由な仮設住宅暮らしの中、子どもたちが不安を抱え、いらつきやすいなどの傾向が指摘される。復興工事や放射線への不安のため外で思いきり遊べないことがストレスとなり、肥満や体力低下が見られることも懸念されている。
 保育や学校に加え、子どもたちの育ちの場を地域に取り戻すことは大人の責任だ。これまで市民団体やボランティアが安全な遊び場の提供や交流イベントなどで支援している例も数多くある。政府、自治体は、専門家と連携した心身のケアとともに、地域ぐるみで子どもたちを育む取り組みを積極的に後押しする必要があろう。



[京都新聞 2015年03月11日掲載]
社説:大震災4年  生活再建を加速させよ


 マグニチュード9・0の巨大地震が東日本を襲い、津波が街をのみ込んだ「あの日」から4年がたった。死者・行方不明者は岩手、宮城、福島の3県で1万8千人を超え、20年前の阪神・淡路大震災をはるかに上回る。離れた地にいても、決して記憶を風化させず、被災地に思いを寄せ続けたい。
 復興は道半ばだ。今も3県の23万人近くが避難生活を送り、8万人以上が仮設住宅で暮らす。
 生活の基盤である住宅の整備は最優先の課題だが、災害公営住宅は建設予定戸数の2割も完成していない。かさ上げした高台に住宅などを移転する事業でも、宅地造成の完了は3割にとどまる。
 復旧・復興工事の遅れの一因は資材高騰や人手不足だ。2013年度は復興予算の3割以上が使い残され、14年度も3県の発注工事で応札者が現れない「入札不調」が平均で2割を超える。東京五輪に向けた工事に伴い、一層の深刻化も懸念される。復興支援を掲げる五輪のために被災地が後回しになるようでは本末転倒だ。
 国が総額26兆円を投じる「集中復興期間」は15年度で終わる。自治体は延長を求めるが、政府は16年度からの5年間を「後期復興期間(仮称)」とし、自立を促すために事業を絞り込み、自治体の一部負担も検討する。
 4年を経て、被災地には復興の進み具合や住民の帰還状況などに差が生まれている。当初の計画を実情に応じて柔軟に見直すことは重要だろう。一方で、地域経済の停滞や仮設住宅の老朽化など共通の課題も多い。国は支援の手を緩めず、生活再建に目を向けた事業を加速させるべきだ。
 高齢者の見回りや心のケアなど被災者に寄り添う支援も今後の課題といえる。長期の避難生活で体調を崩すなどした震災関連死は3千人を超え、昨年は仮設住宅での孤独死が最多の44人に達した。
 高齢者の入居が進む災害公営住宅は、独り暮らしの高齢者が全世帯の4分の1近くを占める。仮設住宅のような近所付き合いが少なく、孤独死の恐れが高まるとされる。自治体や社会福祉協議会が取り組む見回りに民間の力を借りたり、地域コミュニティーづくりを促したりするなど、孤立化を防ぐ対策を急ぎたい。
 京都府と滋賀県への避難者は今も千人を超える。福島第1原発事故の影響から逃れてきた人の多くは、帰郷のめどが立っていない。公営住宅の提供などの一時的な支援にとどまらず、今後は永住を見据えた住宅や雇用の確保にも策を講じたい。



神戸新聞 2015/03/12
社説:なりわい再生/「地産地消」超える挑戦を


 東日本大震災の被災地経済は、日本経済の好転や復興需要に支えられ、回復しつつある。しかし、震災前の水準には達していない。
 時間の経過とともに、業種や企業規模の違いによって復興度合いに格差がみられる。
 輸出関連など一部の製造業や建設業は、震災前を上回る。一方で、水産業や水産加工業、観光業など地域の暮らしと結びついた「なりわい」の回復が遅れている。気になる点だ。水産業は沿岸部、製造業は内陸部に主に立地することから、地域間の格差にもつながっている。
 なりわいが再生しないと暮らしやコミュニティーの再建もおぼつかない。売り上げの回復が不可欠だ。
 施設や設備の復旧は進み、仮設店舗や工場は569カ所で整備された。中小企業グループ対象の補助金は573グループ・9943社が利用した。7割強の企業が事業を再開し、水産業でも水揚げ量は震災前の約7割に戻り、水産加工施設は約8割が再開した。
 しかし、売り上げが震災前に回復した企業は約4割にすぎない。水産・加工食品では約2割と、さらに低い。観光業も宿泊者数が震災前に届かず、依然として厳しい。
 阪神・淡路大震災のときも、再開した企業が売り上げ不振に陥ったり、二重ローンに耐えきれなくなったりし、息切れする例があった。
 本格復興には、売れる新商品の開発や新たな販路開拓、ブランド戦略などソフト面のきめ細かい支援が要る。人手不足が復興を妨げている面もあり、人材確保も課題だ。
 被災地は、人口減少や高齢化で縮小していく構造的な問題を抱える。持続的成長を図るには「地産地消」にとどまらず、国内外の新たな需要の掘り起こしが欠かせない。
 昨年末、岩手県宮古市の水産加工会社4社の若手経営者らが、独自ブランドの新商品を販売した。復旧段階から設備や人員、ノウハウなどを共有化し、商品開発につなげた。台湾などでも販売し、将来的には広く国内外で販売する計画だ。
 岩手県の若手女性職員のチームは三陸ブランドの第1弾として、車内でスイーツを楽しむ特別列車を三陸鉄道で走らせた。
 被災地の新しいチャレンジを途切れないようにしたい。国は息の長い支援を継続すべきだ。



神戸新聞 2015/03/12
社説:「浜」の支援/地域ごとに長く寄り添う


 宮城県石巻市の牡鹿(おしか)半島では、神戸大など全国の大学の建築系学科が東日本大震災の年から集落を対象にした復興支援を続けてきた。
 全国の建築家でつくる支援ネットワーク「アーキエイド」の呼び掛けで、各大学が特定の地域に関わり続ける。住民との関係を大切にした、息の長い取り組みだ。
 東日本では阪神・淡路大震災と比べて復興の遅れが指摘される。阪神・淡路以上に丁寧に住民と向き合う必要がある。
 宮城県北部や岩手県沿岸部は入り組んだリアス式の地形である。津々浦々に集落が点在し、行政の手はなかなか届かない。高齢化も進み、自力での再建には限界がある。
 東日本の被災地は、阪神・淡路とは異なる困難を抱えている。とりわけ小さな集落では、個別の支援の果たす役割が重要だ。
 湾の奥にある集落では、住民は主に漁業をなりわいとする。地元で「浜」と呼ばれる集落は、それぞれ独自の気風を育んできた。
 東日本の被災地には、「浜」が400以上もある。津波は湾の奥に達し、人や家をのみ込んだ。
 牡鹿半島では、全住宅が被害を受けた地域もある。網などの漁具も流された。大小30の「浜」では行政の被害確認は進まなかった。
 代わって「浜」に入って調べたのは、大学の教員と学生らである。
 大阪市立大の宮本佳明(かつひろ)教授は学生らと前網浜、寄磯浜の2地区を担当した。宮本さんは阪神・淡路で宝塚の生家が全壊判定を受けたが、取り壊さずに再建した。その経験から復興の在り方を問い続ける。
 どちらの「浜」も半数以上の世帯が家を失い、高台への集落移転が最大の課題とされた。「みんな一緒に住みたい」との住民の思いは強く、宮本さんらは地図をにらみ、現地を歩き、山間部に造成が容易な場所を探した。市がそれを引き継いで公営住宅などの建設を進める。
 他にも神社や集会所の再建など、多くの相談が寄せられる。その都度、住民と行政の間に立って解決策を考える。専門知識を駆使しながらも地域の伴走者に徹する。その姿勢が個別の支援には欠かせない。
 被災地の事情は一様ではない。民意を置き去りにすれば復興は住民から遠いものになる。関わり続ける大切さを「浜」の支援は教える。



神戸新聞 2015/03/10
社説:【大震災4年】被災地は今/暮らしの再生が最優先だ


 東日本大震災から明日で4年を迎える。被災地では災害公営住宅の入居が徐々に進み、寸断された鉄道や高速道路の復旧も本格化した。一方で、人口流出は加速し、生活再建や産業再生の格差が広がっている。
 取り残されたと感じた被災者が焦りや孤立感を深め、一層きめ細かい支援が必要となる時期である。
 人々の暮らしはよみがえるのか。被災地で続く明日への模索を、日本が直面する人口減少への処方箋に生かさねばならない。
       ◇
 被災者の生活再建は新たな局面にさしかかったといえる。
 高台移転はほぼ全ての地区で造成に着工し、災害公営住宅は岩手、宮城、福島3県で計画した約3万戸の2割が完成した。プレハブの仮設住宅の入居者はピーク時から約3割減り、空き家が目立ち始めた。
 とはいえ、仮設住宅には今も約8万人が暮らし、来年までの撤去予定は約1割にとどまる。津波対策の大規模なかさ上げや造成工事に時間がかかり、住宅再建が進まないためだ。阪神・淡路大震災では仮設住宅が5年で解消された。二つの被災地の事情は異なるが、共通する課題は少なくない。
 震災20年を迎えた兵庫県内の災害公営住宅は高齢化率が50%を超え、自治会活動が難しい住宅もある。東日本ではこれを教訓に、「多世代混住」の導入を模索する。
 それでも3県の災害公営住宅は高齢化率が37%に達し、入居開始間もない住宅で「孤独死」が報告された。仮設住宅でも年々、亡くなる人が増えている。
 仮設住宅に残される被災者と災害公営住宅の入居者のどちらも孤立させない目配りが要る。住民同士の支え合いには限界がある。行政とNPOなどが情報を共有し、継続的に見守る仕組みを築かねばならない。
【人口減少を見据えて】
 津波被害の大きかった沿岸部では人口減少が深刻だ。
 岩手県沿岸では、南北に分断されていた三陸鉄道リアス線をつなぐJR山田線の復旧工事が始まった。だが、完成までに沿線人口の流出が続けば、路線維持費の負担は沿線自治体に重くのしかかる。
 損壊した3県の漁港は約9割が復旧し、水産加工施設の8割超が業務を再開した。しかし、働き手は賃金の高い建設業に流れ、休業中に販路も奪われ、売り上げが伸びないジレンマにさらされている。
 仮設商店街の悩みはより深い。住宅再建で住民が戻るかが見通せず、移転先での営業再開に踏み切れない事業主が少なくない。
 復興事業の遅れが人口流出に拍車を掛け、まちの将来を見通せない。
 被災地の復興支援を続けるNPO法人神戸まちづくり研究所(神戸市)の野崎隆一事務局長は「本当の課題はコミュニティーやなりわいをどうつくり出すか。人口が減っても存続する戦略を住民主体で練り直す必要がある」と指摘する。
 10年後、20年後を見据えた動きも芽生え始めている。
 人口が約7割に減った宮城県女川町。JR女川駅の復旧に合わせて整備する新たな商店街は店舗数を絞り込むなど、一層の人口減少を見越した「身の丈」の商業復興を目指す。
 宮城県山元町では、Uターンした若者が荒れた農地で高級イチゴづくりに挑む。岩手県大槌町では、職を失った被災者たちが、放置された山の木材を使った家具製作などで新たな人材を育てようとしている。
 「被災者は、人口減少社会の課題解決に挑む先駆者でもある」と野崎さん。逆境での挑戦は地域再生のヒントになる。「支援する」「される」関係を超えた連携を育みたい。
【見えない「後期復興」】
 国が定めた集中復興期間は残り1年。5年間の予算は26兆円を超え阪神・淡路の約3倍だが、建設現場の人手不足などで執行率は低調だ。
 政府は、2016年度以降を「後期復興期間」と位置づけ、実質ゼロとしてきた自治体負担を求める方針をちらつかせ始めた。
 災害公営住宅や防潮堤などの大型事業は計画通り進めるという。一方で、高齢者の見守りなど長期間にわたって暮らしを支える事業がおろそかになる事態は避けねばならない。
 政府は被災者の声を反映し、新たな復興支援の仕組みをはっきりと示すべきだ。自治体は復興計画を冷静に見直す機会ととらえ、住民が本当に必要とする施策に予算を回せるよう、国に働きかけてもらいたい。
 義援金やボランティアの減少など被災地への関心の低下も懸念される。だが、子どもの健康への影響や貧困問題など、時間とともに明らかになる課題は多い。多様なノウハウを持つNPOなどが被災地の外から関わり続けることが大切だ。
 官民が連携し、正念場を迎える生活復興を全力で後押ししたい。



神戸新聞 2015/03/09
社説:防災意識/危機感を具体的な行動に


 東日本大震災から間もなく4年。避難や備蓄など防災への意識は今も高いことが、日本世論調査会が2月に実施した調査で分かった。
 身近で地震や集中豪雨などの自然災害に遭う恐れは「大いに感じている」「ある程度感じている」が計67%で、危機感は強い。災害発生が予想され、避難勧告が発表された際に「避難しようと思う」と考えている人は80%だった。
 こうした災害への関心の高まりや意識の向上を具体的な行動に生かしていくことが大切だ。
 大震災後も2013年の淡路島地震、昨年11月の長野県北部地震などが起きた。昨年は広島市の土砂災害や丹波豪雨、御嶽山噴火など、大きな被害をもたらす災害が相次いだ。
 国土交通省は、日本の人口の約74%が洪水や土砂災害、地震などで大きな被害を受ける危険性のある地域に住んでいると推計している。いつ災害が起きてもおかしくない。
 世論調査の「自宅での災害への備え」(複数回答)では「非常用持ち出し品の準備」が53%、「食料や水の備蓄」が42%と高い割合だった。
 また地震の大きな揺れが予想される場合の「緊急地震速報」を「知っている」「ある程度知っている」は計95%に達し、台風や大雨などで最大級の警戒を呼びかける「特別警報」の認知度も計84%に上った。
 だが、意識の向上が必ずしも現実の行動にはつながっていない。
 昨年8月の台風11号では、三重県を対象に気象庁が大雨の特別警報を発表し、約57万人に避難指示を出した。しかし、実際に避難所に行った人は1%弱の約5千人にとどまった。昨年9月に大雨で特別警報が出た北海道でも、避難所に行った人は勧告対象の約0・2%だった。
 このギャップについて、避難勧告や指示が広域になりすぎると「自分と無関係」と感じがちになるとの指摘もある。情報の伝え方などの工夫は当然必要だが、警報が大げさに出るとの思い込みがあるとすれば、惨事につながりかねない。
 兵庫県は南海トラフ巨大地震の被害想定で、発生直後に全員が避難すれば津波の死者数を99%減少できると推計する。
 油断はないか。大震災の教訓を生かし、自らの身を守る意識をもう一度高め、被害軽減につなげたい。

///////////////////////////////////////////////////////

関連記事

テーマ : 政治・時事問題
ジャンル : 政治・経済

tag : 3・11 東日本大震災 復興 生活支援

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

プロフィール

ajimu-ra

Author:ajimu-ra

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最近の記事
リンク
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ(タブ)
RSSフィード
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
カテゴリー
FC2カウンター
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
FC2ブログランキング
↓↓クリックお願いします↓↓

FC2Blog Ranking

ブログ内検索
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

フリーエリア
blogram投票ボタン