2015-04-19(Sun)

高浜原発差し止め 再稼働認めず (1)

司法の警告に耳を傾けよ 国民を守る司法判断だ 原発回帰に重い警鐘だ 国は謙虚に受け止めよ

<各紙社説・論説>
朝日新聞)高浜原発差し止め 司法の警告に耳を傾けよ(4/15)
毎日新聞)高浜原発差し止め 司法が発した重い警告(4/15)
東京新聞)国民を守る司法判断だ 高浜原発「差し止め」(4/15)
北海道新聞)「高浜」差し止め 原発回帰に重い警鐘だ(4/15)
秋田魁新報)高浜原発差し止め 国は謙虚に受け止めよ(4/16)
岩手日報)再稼働差し止め 原発の安全に重い警告(4/16)
河北新報)再稼働不可仮処分/問題提起を重く受け止めよ(4/15)
福島民報)【高浜原発差し止め】国は当事者意識を持て(4/16)




以下引用



朝日新聞 2015年4月15日05時00分
(社説)高浜原発差し止め 司法の警告に耳を傾けよ


 原発の再稼働を進める政府や電力会社への重い警告と受け止めるべきだ。
 福井地裁が関西電力高浜原発3、4号機の再稼働を禁じる仮処分決定を出した。直ちに効力が生じ、今後の司法手続きで決定の取り消しや変更がない限り再稼働はできなくなった。
 裁判所が仮処分で原発の運転を認めないという判断を示したのは初めてだ。高浜3、4号機は原子力規制委員会が「新規制基準を満たしている」と、事実上のゴーサインを出している。
 福島での事故後、規制当局も立て直しを迫られ、設置されたのが規制委である。その規制委が再稼働を認めた原発に、土壇場で司法がストップをかけた。国民に強く残る原発への不安を行政がすくい上げないとき、司法こそが住民の利益にしっかり目を向ける役割を果たす。そんな意図がよみとれる。
 ■新規制基準への疑問
 注目したいのは、規制委の新規制基準に疑義を呈した点だ。
 規制委は、最新の知見に基づいて基準を強化した場合、既存原発にも適用して対策を求めることにした。再稼働を進めようとする政治家らからは「世界一厳しい基準」などの言説も出ている。
 しかし、今回の決定は「想定外」の地震が相次ぎ、過酷事故も起きたのに、その基準強化や電力会社による対策が、まったく不十分と指摘している。
 地裁は、安全対策の柱となる「基準地震動」を超える地震が05年以降、四つの原発に5回も起きた事実を重くみて、「基準地震動を超える地震が高浜原発には到来しないというのは楽観的見通しにすぎない」と断じた。再稼働の前提となる新規制基準についても「緩やかにすぎ、これに適合しても原発の安全性は確保されていない」とまで指摘、「新基準は合理性を欠く」と結論づけた。
 ■燃料プールの安全性
 また決定は、燃料プールに保管されている使用済み核燃料の危険性についても触れた。
 格納容器のような施設に閉じ込められていないことを指摘して、国民の安全を最優先とせず「深刻な事故はめったに起きないという見通しにたっている」と厳しく批判した。
 そして(1)基準地震動の策定基準の見直し(2)外部電源等の耐震性強化(3)使用済み核燃料を堅固な施設で囲む(4)使用済み核燃料プールの給水設備の耐震性強化――の必要性をあげ、4点が解決されない限り脆弱(ぜいじゃく)性は解消しないと指摘した。
 これらはいずれも全国の原発に共通する問題だ。
 政府内では、2030年に向けた電源構成を決める議論が続いている。電源ごとの発電コストについても再検証中だ。
 04年時に1キロワット時あたり5・9円だった原発コストは、事故直後に8・9円以上とされた。電力各社は規制委の新基準に沿った安全対策費としてすでに2兆円以上を投じてきているが、今回の決定に則して対策の上積みを迫られれば、費用はさらに上昇しかねない。
 関電は決定に対し、不服申し立ての手続きをする意向だ。
 もちろん規制委も電力会社も、専門的な立場から決定内容に異論があるだろう。
 だが、普通の人が素朴に感じる疑問を背景に、技術的な検討も加えたうえで「再稼働すべきでない」という結論を示した司法判断の意味は大きい。裁判所の目線は終始、住民に寄り添っていて、説得力がある。
 ■立ち止まって考える
 今回のような司法判断が定着すれば多くの原発で再稼働ができなくなる。電力会社にとっては受け入れ難いことだろう。
 だが、原発に向ける国民のまなざしは「福島以前」より格段に厳しいことを自覚するべきではないか。
 今回の決定を導いたのは、昨年5月に大飯原発の運転差し止め判決を出した樋口英明裁判長だ。この判決について、経済界などから「地震科学の発展を理解していない」などと批判もあった。現在は、名古屋高裁金沢支部で審理が続いている。
 しかし、決定を突出した裁判官による特異な判断と軽んじることは避けたい。
 それを考える材料がある。
 昨年11月、大津地裁で高浜、大飯の原発再稼働の是非を問う仮処分申請の決定が出た。同地裁は運転差し止め自体は却下したものの「多数とはいえない地震の平均像を基にして基準地震動とすることに、合理性はあるのか」と指摘し、今回と同様、基準地震動の設定のあり方について疑問を呈していた。
 政府や電力会社の判断を追認しがちだった裁判所は、「3・11」を境に変わりつつあるのではないか。
 安倍政権は「安全審査に合格した原発については再稼働を判断していく」と繰り返す。
 そんな言い方ではもう理解は得られない。司法による警告に、政権も耳を傾けるべきだ。



毎日新聞 2015年04月15日 06時18分
社説:高浜原発差し止め 司法が発した重い警告


 関西電力高浜原発(福井県)3、4号機に対し、福井地裁は再稼働を認めない仮処分決定を出した。原子力規制委員会の安全審査に合格した原発の再稼働についての初の司法判断だったが、決定は審査の基準自体が甘いと厳しく指摘した。
 私たちは再生可能エネルギー拡大や省エネ推進、原発稼働40年ルールの順守で、できるだけ早く原発をゼロにすべきだと主張してきた。それを前提に最小限の再稼働は容認できるとの考え方に立っている。
 それに対し、決定が立脚しているのは地震国・日本の事情をふまえると、原発の危険をゼロにするか、あらゆる再稼働を認めないことでしか住民の安全は守れないという考え方のようだ。
 確かに事故が起これば、広範な住民の生命・財産・生活が長期に脅かされる。そうした危険性を思えば、現状のなし崩し的な再稼働の動きは「安全神話」への回帰につながるという司法からの重い警告と受け止めるべきだ。
 決定は新基準に対して、適合すれば深刻な災害を引き起こす恐れが万が一にもないと言える厳格さが求められると指摘した。事実上、原発の再稼働にゼロリスクを求めるに等しい内容だ。
 関電は規制委への申請後、想定する地震の最大の揺れ「基準地震動」を550ガルから700ガルに、最大の津波の高さ「基準津波」を5.7メートルから6.2メートルに引き上げ、安全性を高めたと強調した。
 しかし、決定は全国の原発で10年足らずに5回、基準地震動を超える地震が起きており、高浜でもその可能性は否定できないと指摘。このままでは施設が破損して炉心損傷に至る危険が認められると結論付けた。
 そのうえで、基準地震動を大幅に引き上げて根本的な耐震工事を施し、外部電源と主給水の耐震性を最高クラスに上げ、使用済み核燃料を堅固な施設で囲い込むことでしか、危険は解消できないと指摘した。
 関電は11月の再稼働を見込んで手続きを進める予定だったが、日程の見直しを迫られかねない。
 今回の決定が示した考え方は、再稼働を目指そうとする国内の多くの原発にあてはまる。関電の大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じた昨年5月の福井地裁判決と同じ裁判長の決定で、共通した安全思想が根底にあるようだ。
 原発再稼働の是非は国民生活や経済活動に大きな影響を与える。ゼロリスクを求めて一切の再稼働を認めないことは性急に過ぎるが、いくつもの問題を先送りしたまま、見切り発車で再稼働をすべきでないという警鐘は軽くない。



東京新聞 2015年4月15日
【社説】国民を守る司法判断だ 高浜原発差し止め


 関西電力高浜原発(福井県高浜町)の再稼働は認めない-。福井地裁は、原子力規制委員会の新規制基準を否定した。それでは国民が守られないと。
 仮処分は、差し迫った危険を回避するための措置である。通常の訴訟とは違い、即座に効力を発揮する。
 高浜原発3、4号機は、動かしてはならない危ないもの、再稼働を直ちにやめさせなければならないもの-。司法はそう判断したのである。
 なぜ差し迫った危険があるか。第一の理由は地震である。
 電力会社は、過去の統計から起こり得る最大の揺れの強さ、つまり基準地震動を想定し、それに耐え得る備えをすればいいと考えてきた。
◆当てにならない地震動
 原子力規制委員会は、新規制基準による審査に際し、基準値を引き上げるよう求めてはいる。
 関電は、3・11後、高浜原発の基準地震動を三七〇ガルから七〇〇ガルに引き上げた。
 しかし、それでも想定を超える地震は起きる。七年前の岩手・宮城内陸地震では、ひとけた違う四〇二二ガルを観測した。
 「平均からずれた地震はいくらでもあり、観測そのものが間違っていることもある」と地震学者の意見も引いている。
 日本は世界で発生する地震の一割が集中する世界有数の地震国である。国内に地震の空白地帯は存在せず、いつ、どこで、どんな大地震が発生するか分からない。
 だから基準地震動の考え方には疑問が混じると判じている。
 司法は次に、多重防護の考え方を覆す。
 原発は放射線が漏れないように五重の壁で守られているという。
 ところが、原子炉そのものの耐震性に疑念があれば、守りは「いきなり背水の陣」になってしまうというのである。
 また、使用済み核燃料プールが格納容器のような堅固な施設に閉じ込められていないという点に、「国の存続に関わるほどの被害を及ぼす可能性がある」と、最大級の不安を感じている。
 福島第一原発事故で、最も危険だったのは、爆発で屋根が破壊され、むき出しになった4号機の燃料プールだったと、内外の専門家が指摘する。
 つまり、安全への重大な疑問はいくつも残されたままである。ところが、「世界一厳しい」という新規制基準は、これらを視野に入れていない。
◆疑問だらけの再稼働
 それでも規制委は新基準に適合したと判断し、高浜原発は秋にも再稼働の運びになった。
 関電も規制委も、普通の人が原発に対して普通に抱く不安や疑問に、しっかりとこたえていないのだ。従って、「万が一の危険という領域をはるかに超える現実的で切迫した危険」があると、福井地裁は判断した。新規制基準の効力や規制委の在り方そのものを否定したと言ってもいいだろう。
 新規制基準では、国民の命を守ることができないと、司法は判断したのである。
 昨年五月、大飯原発(福井県おおい町)3、4号機の差し止めを認めた裁判で、福井地裁は、憲法上の人格権、幸福を追求する権利を根拠として示し、多くの国民の理解を得た。生命を守り、生活を維持する権利である。国民の命を守る判決だった。
 今回の決定でも、“命の物差し”は踏襲された。
 命を何より大事にしたい。平穏に日々を送りたい。考えるまでもなく、普通の人が普通に抱く、最も平凡な願いではないか。
 福島原発事故の現実を見て、多くの国民が、原発に不安を感じている。
 なのに政府は、それにこたえずに、経済という物差しを振りかざし、温暖化対策なども口実に、原発再稼働の環境づくりに腐心する。一体誰のためなのか。
 原発立地地域の人々も、何も進んで原発がほしいわけではないだろう。仕事や補助金を失って地域が疲弊するのが怖いのだ。
 福井地裁の決定は、普通の人が普通に感じる不安と願望をくみ取った、ごく普通の判断だ。だからこそ、意味がある。
◆不安のない未来図を
 関電は異議申し立てをするという。しかし司法はあくまで、国民の安全の側に立ってほしい。
 三権分立の国である。政府は司法の声によく耳を傾けて、国民の幸福をより深く掘り下げるべきである。
 省エネと再生可能エネルギーの普及を加速させ、新たな暮らしと市場を拓(ひら)いてほしい。
 原発のある不安となくなる不安が一度に解消された未来図を、私たちに示すべきである。



北海道新聞 2015/04/15 08:55
社説:「高浜」差し止め 原発回帰に重い警鐘だ


 福井地裁がきのう、関西電力高浜原発3、4号機(福井県)の再稼働を認めない仮処分決定を出した。福井県や関西の住民が安全対策が不十分として差し止めを申し立てていた。
 高浜3、4号機は既に原子力規制委員会から「合格証」を得ている。だが決定は規制委の安全基準の問題点も指摘した。
 仮処分で原発の運転を禁止する決定は初めてだ。安倍晋三政権の推し進める「原発回帰」への重い警鐘と受け止めたい。
 仮処分決定は本訴訟と異なり、すぐに効力が生じる。関電は決定を不服とし、異議を申し立てる構えだ。11月の運転開始にこだわっているようだが、ここは決定内容の意味を深く考えるべきだ。
 福井地裁は関電の地震想定について、全国の原発で10年間で5回にわたり想定を上回る地震があったことを挙げ、「信頼に値する根拠が見いだせない」とした。
 また、事故時に使われる外部電源や給水ポンプなどの耐震性が不十分であると指摘。想定を下回る地震でも「冷却機能喪失による炉心損傷に至る危険が認められる」と断じた。
 決定は福井地裁が昨春、大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じた判決の流れを引き継いだ。
 「想定外」を連発して未曽有の規模となった福島第1原発事故の教訓をくみ、国民の生命と安全を最優先する姿勢を明確に示した判断と言える。
 目を引くのは、規制委の新しい基準に対する見方だ。「緩やかに過ぎ、適合しても安全性は確保されていない。新規制基準は合理性を欠く」とまで踏み込んだ。
 そもそも新基準に基づく審査をめぐっては、解釈に齟齬(そご)が生じている。
 政府は「世界一厳格な基準による審査」と再稼働の前提条件に位置づけている。しかし当の規制委の田中俊一委員長は「安全を保証するものではない」と会見などで語ってきた。
 これでは本当に新基準で安全かどうか判断できるのか、判然としない。今回の決定はそうした疑問や不安を突いたものだ。
 菅義偉官房長官は仮処分決定を受け「国は当事者ではない」と述べた。だが、かつて担当の宮沢洋一経済産業相は「万が一、事故が起きた場合、国が責任を持って対処する」と強調したではないか。
 今回の決定を機に、過酷事故時の責任の所在など、根本から議論をやり直さなければならない。



秋田魁新報(2015/04/16 付)
社説:高浜原発差し止め 国は謙虚に受け止めよ


 関西電力高浜原発(福井県)の再稼働を差し止める決定を福井地裁が下した。原発の安全性への疑問が消えない中、国や電力会社は全国で運転再開の準備を着々と進めている。その動きを司法がいさめた格好だ。
 今回、高浜原発の周辺住民は、差し止めの効力がすぐに生じる仮処分を求め、認められた。通常の訴訟では電力会社側がたとえ一審で敗訴しても控訴、上告と裁判を長引かせれば、判決が確定するまでは再稼働させることが可能となるからだ。
 関電は決定を不服として、福井地裁に差し止めの執行停止を申し立てる。仮処分とは異なる判断が出る可能性もある。しかし、今回の差し止め決定を、再稼働に前のめりになっていることへの警鐘と捉えるべきではないか。
 国も原発の必要性やコスト、リスクを総合的に再検討する機会とすべきだ。「脱原発依存」という選択肢は本当にないのか。国の将来像を見定めながら、再考してもらいたい。
 差し止め決定の最大の注目点は、東日本大震災後に原子力規制委員会が決めた新規制基準そのものを否定したことだ。新基準に適合しても安全性は確保されないとしたのである。
 高浜原発はことし2月、九州電力川内(せんだい)原発(鹿児島県)に次いで、新基準による審査に合格した。原子力規制委も審査合格が「イコール事故ゼロではない」としていた。
 国は新基準が世界一厳しいとして、合格した原発から順次、再稼働させる方針を変えていないが、今回の決定を謙虚に受け止めるべきだろう。
 第二の注目点は、想定を超える大きさの地震が来ないとは言い切れない上、想定内の地震でも冷却機能喪失による重大事故が起こり得るとしたことだ。
 東京電力福島第1原発の事故が示すように、原発事故は放射性物質の拡散により、取り返しのつかない被害をもたらす恐れがある。万が一にも深刻な災害を起こしてはならない。その点、高浜原発が大丈夫とは言い難い。決定はそう言っている。
 第三は、プールと呼ばれる水槽内に多量に置かれている使用済み核燃料に言及している点だ。堅固な施設で囲い込むといった対策を取っていないのは、深刻な事故への認識が甘く、国民の安全を最優先しているとはいえないと指摘している。
 使用済み核燃料にはどう処理するかという別の問題もある。この有害物の処理方法はまだ決まっていないのだ。全国に48基ある既存原発には既に大量の使用済み核燃料がたまり、仮に再稼働となれば、さらに増えることになる。
 国民の生命や生活を最も大切に考えるべきだ。それを脅かす危険性がある限り、原発を動かしてはならない—。今回の差し止め決定は、国民に寄り添い、支えていこうとする視点から導き出された結論といえる。



岩手日報(2015.4.16)
論説:再稼働差し止め 原発の安全に重い警告


 「新規制基準に適合しても、安全性が確保されているとは言えない」
 関西電力高浜原発3、4号機の再稼働差し止めを命じる福井地裁の仮処分決定は、地震列島での「原発の安全」に重い警告を突きつけた。
 再稼働のためには電力会社が原子力規制委員会に申請、基準に基づく審査に合格する必要がある。しかし、地裁は基準を「緩やかにすぎ、合理性がない」とし、新規制基準を根本的に否定した。
 厳しく指摘したのは地震想定の不十分さだ。活断層調査などによる地震規模予測に対し、限られた数しかない昔のデータに頼り信頼性が不足していると疑義を呈した。
 これについて、科学的知見を無視しているとの批判が出ている。しかし、地震国にあって懸念されている重要な論点でもある。
 また、リスクについても、「ゼロリスク」を求める内容で非現実的とする声がある。確かに機械はある程度のリスクを前提にしている。だが、原発の場合、起こり得る被害規模は他と比べものにならず、徹底した対策が求められるのは当然だろう。
 そもそも、新基準は絶対的な安全を意味しているわけではない。高浜原発の再稼働について事実上の合格とした際、田中俊一規制委員長は「求めてきたレベルの安全性を確認した。リスクがゼロと確認したわけではない」と強調している。
 そして政府は「新規制基準に適合すると認めた原発については再稼働を進めていく」と規制委任せの姿勢だ。
 つまり、「絶対的な安全ではない」新基準に依拠して原発政策が進められている。
 このような在り方に一石を投じた地裁の決定を重く受け止め、国民的な議論を深める契機とすべきだろう。
 22日には九州電力川内原発の再稼働差し止めの仮処分決定が予定されている。司法判断がこれまで以上に注目されている。
 かつて、設置取り消しを求めた原発訴訟で裁判長が判決を前に交代する不自然な人事がなされ、批判が起きたことがある。
 今回の裁判長は関西電力大飯原発3、4号機の訴訟も担当、昨年の判決で差し止めを命じている。今春名古屋家裁に異動したが、職務代行の手続きを取り決定を出した。
 安全神話をよりどころに国内に60基近くが建設されてきた原発。これまでも差し止め訴訟や仮処分の申し立てがなされたが、ごく一部を除いてことごとく退けられてきた。
 しかし、東京電力福島第1原発事故で安全神話が崩壊。今回の判断には、行政判断を尊重してきた司法の変化が投影されていると言えそうだ。



河北新報 2015年04月15日水曜日
社説:再稼働不可仮処分/問題提起を重く受け止めよ


 年内再稼働に向けて手続きが進む関西電力高浜原発3、4号機(福井県)について福井地裁がきのう、再稼働を認めない仮処分を決定した。
 関電側が速やかに不服を申し立てる方針のため、決着までになお審理が続くことになるが、安全性に不安を抱く住民らの訴えを認めて緊急性のある差し止め仮処分まで踏み込み、地裁が稼働不可の決定を下した影響は大きい。
 高浜2基については、原子力規制委員会が福島第1原発事故後の新規制基準に沿って安全対策を審査し、2月に「適合」と判断したばかりだ。
 政府が「世界で最も厳しい」と強調する新基準と規制委の合格判断が、司法によって否定される展開は、再稼働を取り巻く不信感や不透明感を象徴する事態と言える。
 何をもって誰が「安全」と判断するのか、そのための議論は十分なのか、審査手続きと再稼働の判断に拙速はないのか。先行した九州電力川内原発1、2号機(鹿児島県)も含めて再稼働が既成の流れになりつつある中で、地裁決定は大きな一石を投じた。
 政府をはじめ関係者は、下級審による不規則な判断と軽視することなく、司法による問題提起の意味をしっかりと受け止める必要がある。
 決定を下した裁判長は昨年5月、高浜原発と隣り合う関電大飯原発の訴訟でも、運転差し止めを命じている。
 控訴審で係争中だが、判断の前提は「具体的危険が万が一でもあれば差し止めが認められるのは当然」との考え方だった。特に「福島事故後は万が一の判断を避けることは許されない」と強調した。
 その姿勢に立てば、仮処分決定は当然の帰結になる。安全対策の前提となる基準地震動など新基準の設定自体を「合理性を欠く」と批判し、「関電の地震想定は信頼に値しない」と指摘した。
 規制委も実は、新基準適合と安全はイコールではない、と再三繰り返している。高浜2基の適合を決定した後の会見でも、田中俊一委員長は「リスクをゼロと確認したわけではない」と述べた。
 あくまで科学的に求める基準に対応できたかどうかを判断するだけとの姿勢に徹する構えだが、安倍政権は規制委が適合と判断した原発の再稼働を進める、と言明する。
 基準適合判断をお墨付きと位置付けたい政府とそれを避けたい規制委の間で、再稼働の前提になる「安全」の判断が宙に浮いている格好だ。
 再稼働推進の立地自治体からも「誰が最後の安全性を確認して守ってくれるのか」と苦言が出ている。責任の所在が曖昧なまま、なし崩し的に手続きや準備が進む状況では不安が収まるわけはない。
 万が一の危険があり得るならば、事故が起きた場合の避難が最も重要になるが、規制委の審査対象ではない。政府が「前面に立つ」と言いつつ、実効ある避難計画の立案や訓練は後手に回る状況だ。
 高レベル放射性廃棄物の処理の行方も含めて、原発政策の将来像が不透明であることにも不信が募る。今回の仮処分決定を機に「とりあえず再稼働」の姿勢は許されないことを確認すべきだろう。



福島民報 2015/04/16 08:06
論説:【高浜原発差し止め】国は当事者意識を持て(4月16日)


 福井地裁は14日、関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)の再稼働を認めないとの決定をした。原発運転禁止の仮処分は全国で初めて。決定は直ちに効力を持つ。関電は決定を不服として同地裁に異議申し立てなどを行う方針だ。
 高浜原発3、4号機は今年2月、原子力規制委員会の審査に合格している。しかし、裁判長は規制委の新規制基準について「緩やかにすぎ、合理性がない」と指摘し、基準に適合しても安全性は確保されていないと批判した。国策として原子力政策を推進してきた国にとって、再稼働差し止めは極めて重い意味を持つはずだ。しかし、国の反応は関電任せとしか映らず、当事者意識が感じられない。
 菅義偉官房長官は決定を受けた記者会見で「国は当事者ではない。あくまでも仮処分であり、事業者の対応を注視したい」と述べた。確かに訴訟の構図は、申立人である周辺住民らと関電との争いだ。原発の再稼働は規制委が新規制基準への適合を審査し、電力会社が運転再開を決めるため、政府は直接関与しない形になっている。だが、安倍晋三首相は国会で「規制委が新規制基準に適合すると認めた原発は、科学的・技術的な判断を尊重し、再稼働を進める」と明言しているのだ。訴訟の形がどうであれ、大きな柱として国の存在があると捉えるべきだろう。
 福井地裁は、政府がこれまで「世界で最も厳しい基準」と主張し、よりどころとしてきた新規制基準自体を根本から否定している。それにもかかわらず、「当事者ではない」との立場を取る官房長官の言葉には、難問は電力会社の責任として済ませ、国が矢面に立つのを避けようとする消極的な姿勢が垣間見える。
 一方で官房長官は会見で「政府としては規制委の判断を尊重し、再稼働の方針に変わりはない」とも話している。そこまで言うのなら、当事者としての国の関わりを明確に認めて対応すべきではないか。
 東京電力福島第一原発の廃炉・汚染水対策でも、安倍首相らは「国が前面に立つ」と言い続けているが、東電任せとの批判が消えない。放射性物質を含む雨水が、原発の排水路から港湾外の海に流出し続けていた問題では、経済産業省が東電に情報開示を積極的に求めなかった管理監督の認識の甘さも露呈した。
 今回の決定を通して浮かび上がったのは、電力会社任せ、規制委任せにしようとする国の相も変わらぬ当事者意識の薄さだ。(佐藤 研一)

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