2015-05-03(Sun)

戦後70年 憲法記念日 (1) 平和主義の逸脱を危ぶむ

「変えない」という重み 主権者不在の改正論だ 力で押す解釈改憲の愚 

<各紙社説・論説・主張>
朝日新聞)安倍政権と憲法―上からの改憲をはね返す(5/3)
毎日新聞)憲法をどう論じる 国民が主導権を握ろう(5/3)
日本経済新聞)憲法のどこが不備かもっと説明せよ (5/3)
東京新聞)戦後70年 憲法を考える 「不戦兵士」の声は今(5/3)
東京新聞)戦後70年 憲法を考える 9条を超える「日米同盟」(5/2)
東京新聞)戦後70年 憲法を考える 「変えない」という重み(5/1)
しんぶん赤旗)憲法施行記念日 初心生かし壊憲阻むことこそ(5/3)
北海道新聞)きょう憲法記念日 平和主義の逸脱を危ぶむ(5/3)
東奥日報)改憲論議 進め方に危うさ/憲法記念日(5/3)
秋田魁新報)憲法記念日 主権者不在の改正論だ(5/3)
岩手日報)憲法記念日 力で押す解釈改憲の愚(5/3)



以下引用



朝日新聞 2015年5月3日(日)付
社説:安倍政権と憲法―上からの改憲をはね返す


 その日は、夜来の雨に風が加わる寒い日だった。
 それでも1947年5月3日、皇居前広場には1万人が集い、新憲法の施行を祝った。
 朝日新聞はこう伝えた。「おのおのの人がきょうの感慨に包まれながら来る中に、わけて嬉(うれ)しげに見えるのはその権利を封建の圧制から解き放たれた女性の輝かしい顔である」
■またも「裏口」から
 それから68年。安倍政権は再来年の通常国会までには憲法改正案を国会で発議し、国民投票に持ち込む構えだ。
 自民、公明の与党は衆院で発議に必要な3分の2の勢力を持つが、参院では届かない。このため自民党が描いているのが「2段階戦略」だ。
 自民党の最大の狙いは9条改正だ。だが、国会にも世論にも根強い反対があり、改正は難しい。そこで、まずは野党の賛同も得て、大災害などに備える緊急事態条項や環境権といった国民の抵抗が少なそうな項目を加える改正を実現させる。9条に取り組むのは、その次だ。
 「憲法改正を国民に1回味わってもらう」という、いわゆる「お試し改憲」論である。
 安倍氏は首相に返り咲くと、過半数の賛成で改憲案を発議できるようにする96条改正を唱えた。ところが、内容より先に改正手続きを緩めるのは「裏口入学」との批判が強まった。
 9条改正を背後に隠した「お試し改憲」もまた、形を変えた裏口入学ではないか。
 このところ国会で、首相はこんな答弁を繰り返している。
 「これは占領軍がつくった憲法であったことは間違いない」「(GHQの)25人の委員が、全くの素人が選ばれて、たったの8日間でつくられたのが事実であります」
 「押しつけ憲法論」である。GHQのやり方は時に強引だったし、首相のいうような場面もあったろう。ただ、それは新憲法制定をめぐる様々な事実のひとつの側面でしかない。
■だれへの「押しつけ」か
 GHQが憲法草案づくりに直々に乗り出したのは、当初の日本側の案が、天皇主権の明治憲法とあまり変わらぬ代物だったからだ。
 GHQ案には西欧の人権思想だけでなく、明治の自由民権運動での様々な民間草案や、その思想を昭和に受け継いだ在野の「憲法研究会」の案など国内における下地もあった。
 古関彰一独協大名誉教授によると、敗戦による主権制限としての戦争放棄という当初の9条案に、帝国議会の議論によって平和を世界に広める積極的な意味合いが加えられていった。
 GHQ案にはなかった「生存権」が盛り込まれたのも、議員の発案からだ。
 憲法が一から十まで米国製というわけではないし、首相も誇る戦後の平和国家としての歩みを支えてきたのは、9条とともに国民に根をはった平和主義であることは間違いない。
 一方で天皇主権の下、権力をふるってきた旧指導層にとっては、国民主権の新憲法は「押しつけ」だったのだろう。
 この感情をいまに引きずるかどうかは、新憲法をはじめ敗戦後の民主化政策を「輝かしい顔」で歓迎した国民の側に立つか、「仏頂面」で受け入れた旧指導層の側に立つかによって分かれるのではないか。
■棄権でなく拒否権を
 自民党が2012年にまとめた改正草案の9条は、集団的自衛権を認め、自衛隊を「国防軍」に改めている。
 また、「生命、自由及び幸福追求」や「表現の自由」などの国民の権利には、「公益及び公の秩序」に反しない限りという留保がつけられている。これでは天皇によって法律の範囲内で恩恵的に認められた明治憲法下の人権保障と変わらない。
 自民党幹部は草案がそのまま実現するとは思っていないというが、同党が理想とする憲法像を映しているのは間違いない。
 安倍政権はすでに集団的自衛権の行使を認める閣議決定をし、自衛隊の活動を地球規模に広げる安保関連法案を用意している。報道や学問の自由などお構いなしに放送局に介入し、国立大学に国旗・国歌に関する「要請」をしようとしている。
 党の草案がめざすところを、改憲を待つまでもなく実行に移そうというのだろうか。
 昨年の9条の解釈変更から明文改憲へと向かう自民党の試みは、権力への縛りを国民への縛りに変えてしまう立憲主義の逆転にほかならない。名実ともに選挙に勝てば何でもできる体制づくりとも言える。
 憲法を一言一句直してはならないというわけではない。だがこんな「上からの改憲運動」は受け入れられない。政治に背を向け選挙に棄権しているばかりでは、この動きはいつの間にか既成事実となってしまう。
 戦後70年。いま必要なのは、時代に逆行する動きに、明確に拒否の意思を示すことだ。



毎日新聞 2015年05月03日 02時30分
社説:憲法をどう論じる 国民が主導権を握ろう


 「憲法とは、未完のプロジェクトである」−−。今年初めに亡くなった奥平康弘元東京大教授は、米国のある憲法学者の考え方として、こんな言葉を紹介していた。
 時代にそぐわない部分があれば、手直しすることもあっていい。だが憲法には、時代を超えて、変えてはならないものがある。自由や平等などの基本的な人権である。これらは「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」(97条)として、私たちが享受しているものだ。
 未完のプロジェクトとは、そうした理念に新しい生命を与えて、社会に根づかせていく、絶え間ない歩みのことにほかならない。
 ◇憲法への尊重欠く政治
 いま政治に携わり、国を動かそうとしている人々に、憲法へのそうした理解と尊重が、果たしてどれだけ備わっているだろうか。
 安倍政権と自民党の憲法改正の議論を見ていると、そこには、憲法の本質をゆがめかねない危うさが、潜んでいるように思える。
 確かに、憲法をより良いものに作りかえることは、民主国家なら、当たり前のルールである。
 ただし、憲法を論ずる際、忘れてはならないことがある。
 国民を縛るものではなく、国や政治家など権力を縛るもの、という憲法の根本原理だ。11条が基本的人権を「侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる」とうたい、99条で閣僚や国会議員、公務員らに「憲法を尊重し擁護する義務」を課しているのは、まさにそのためである。
 ところが、自民党の改憲草案は、政治家の擁護義務の前に「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」という項目を盛り込んだ。まず国民に憲法尊重義務を課す、という逆立ちした原理が、自民党の改憲論を支える思想なのだ。
 さかさまの憲法原理が目指す、改憲の目的とは何か。それは、国や政治家が、自分たちの手に憲法を「取り戻す」ことであろう。
 そこには、二つの側面がある。一つは、連合国軍総司令部(GHQ)が作った憲法を、日本人自身の手で書き換えること。いわゆる「押しつけ憲法」論である。憲法を、国家のアイデンティティーの確立に利用する、上からの憲法論だ。
 二つ目は、憲法を、国民の手から政治家の手に「奪い取る」という発想だ。安倍政権が2年前、96条を改正し、国会の改憲発議に必要な数を衆参両院の3分の2以上から過半数に下げて改憲しやすくしようとしたのは、その典型である。
 改憲の矛先を、本丸の9条から96条に変え、国民に受け入れられないと知るや、今度は環境権や緊急事態条項、財政規律条項などを追加してはどうか、という。変えやすいところを変えて、国民の抵抗感を薄め、次の9条改正をやりやすくする、という「お試し改憲」論は、憲法をもてあそぶ態度に等しい。
 皮肉屋で知られたドゴール元フランス大統領は「政治は、政治家に任せるにはあまりに重大すぎる」と語ったことがある。それにならって言うならば、立憲主義や憲法体系に対する無理解が政治にはびこる現状には「憲法改正は、政治家に任せるにはあまりに重大すぎる」と、同じ皮肉を込めざるを得ない。
 ◇押しつけ改憲にさせぬ
 ここ数年、私たちは、憲法の理念がないがしろにされている現実を、目の当たりにしてきた。
 長年の憲法解釈をあっさり踏み越えた、集団的自衛権の行使容認と安保法制の拡大。知る権利を制限し、民主社会の基礎である自由な情報の流通を妨げる、特定秘密保護法の制定。震災復興の遅れ。貧富の格差の拡大。選挙に勝てば何でもできると言わんばかりの、異論を封じ込める空気。13条の幸福追求権も、25条の生存権も、さまざまな基本的人権が危機にさらされている。
 改憲に向けた衆院憲法審査会の議論は、大型連休明けに本格化する。憲法の根本原理を作りかえ、政治が使い勝手を良くするための「押しつけ改憲」には、明確にノーを言いたい。憲法が国民のものである以上、論議の主導権も、政治家ではなく、国民が握るべきである。
 憲法をめぐる議論はまず、窒息しかかっている理念や条文に、もう一度、新しい空気を吹き込むことから始めるのがいい。既にある憲法を生かすことさえできない政治が、別の憲法を作って生かそうとしても、できるはずはないからだ。
 そのうえで、あえて見直す必要があるとすれば、それはどこか。例えば、衆院と参院の関係など、統治機構の改革によって、政治家の質の向上を図るのも一つの考えだ。政治による発議をただ待つ、受け身の姿勢ではなく、改憲することの是非も含め、議論の優先順位は私たち国民が決める姿勢を持ちたい。
 成文憲法のない英国の国王ジョージ5世(1865〜1936年)は憲法と国のあり方について「忍耐と伝統と経験の積み重ねであり、一つの時代や政党の発明ではない」という言葉を残した。憲法とは、政治家や政党の玩具ではない。それは国民の、権利の基盤である。



日本経済新聞 2015/5/3付
社説:憲法のどこが不備かもっと説明せよ


 68年前のきょう、日本国憲法が施行された。皇居前広場で開いた記念式典には雨にもかかわらず、1万人もの群衆が詰めかけた。この国をどうすればよくできるのか。多くの国民がそうした思いを抱いていたからだろう。大事なのは、そこにあふれていた熱気をいまも忘れないことだ。
 現憲法は96条に改正のための規定を置く。必要が生じれば見直すのは、憲法制定時から組み込まれた当たり前の流れである。
■世論はなぜ揺れるのか
 改憲に向けた環境整備は近年、着実に進む。国民投票のための法整備が2007年になされ、投票年齢をいくつにするのかという課題も昨年、「18歳以上」で最終決着した。衆参両院には国民投票にかける改憲案を練るための憲法審査会もできている。
 「国民投票に至る最後の詰めの入り口までやっと来た」。1993年の初当選以来、改憲を掲げてきた安倍晋三首相は今年の国会答弁でこんな感慨を漏らした。早ければ来年中にも改憲案の国会での発議にこぎ着けたいというのが安倍政権の目下の胸算用である。
 有権者の意識はそこまで至っているだろうか。日本経済新聞とテレビ東京が憲法記念日に先立ち実施した世論調査によると、「現在のままでよい」(44%)が「改正すべきだ」(42%)を上回った。男性は改憲賛成が現状維持よりも6ポイント多かったが、女性は逆に8ポイント少なかった。
 2年前には改憲賛成が56%を占めていたことを考えれば、大きな変化である。安倍首相が改憲を訴えれば訴えるほど、そこに危うさを感じる人がいるのだろう。集団的自衛権を巡る憲法解釈を昨年、変更したことも影響していよう。
 安倍政権が本気で改憲を目指すならば、世論がなぜ大きく揺れるのか、その理由を考える必要がある。なぜいま改憲が必要なのか、現憲法のどこに不備があるのか。その説明が足りていない。
 戦後日本の憲法論争は保革両陣営の勢力争いと絡み、観念論的なせめぎ合いを繰り広げてきた。改憲勢力は「GHQ(連合国軍総司令部)が押し付けたマッカーサー憲法を捨て去らなければ日本人の誇りは取り戻せない」と息巻く。護憲派は「平和主義の最後のとりでである憲法に指一本触れさせない」と身構える。
 現憲法の原型をGHQが作成したのは多くの証言や記録から疑う余地はない。敗戦国にそれをはねのける力があったはずはなく、押し付けとの見方は誤りではない。現憲法の前文は民主主義に関する欧米の古典をつぎはぎしただけと酷評する向きもなしとしない。
 ただ、押しつけだからすべて廃棄するというのは現実味がない。成り立ちにかかわらず、現憲法はそれなりに定着してきたという護憲派の主張にも一理ある。
 安倍首相は先の米議会での演説で「民主主義の基礎を日本人はゲティスバーグ演説の有名な一節に求めてきた」と語った。後発の日本国憲法が過去の名文に似ていたとしても恥じることはない。
 改憲か護憲かの二者択一を迫るような憲法論議で国民の理解が深まるとは思えない。現憲法がどんな支障を生んでおり、どう直せばどうよくなるのかがわかる説明をすることが必要だ。
■緊急事態条項の検討を
 東日本大震災では多くの行政機能がまひした。自衛隊や警察・消防が臨機応変にできる活動にさまざまな制約がある現体制のままでよいわけがない。憲法に緊急事態条項を新設することには、与野党の枠を超えて賛同する声がある。
 大規模な自然災害で国政選挙ができない場合の国会議員の任期の延長も定めておいた方がよい。
 にもかかわらず、なかなか議論が煮詰まらないのは、改憲論者の中に、戦争放棄を定めた9条の改正こそが本丸であり、緊急事態条項は前哨戦にすぎないなどと軽くみる気分があるからではないか。
 緊急事態条項は行政府に超法規的な権限を付与するものだ。発動要件は厳格であるべきだし、いつまで効力を有するのか、国会の事後承認の仕組みはどうあるべきかなど課題は多い。与野党の真剣な検討を求めたい。
 現憲法には(1)参院の権限が強すぎる(2)参院の半数改選は1票の格差を生みやすい――などの問題点もある。だが、現職議員は我が身が脅かされることを懸念し、これら統治構造の弊害には目をつぶりがちだ。
 この国をよくしたい。いまの国会議員にその気概が本当にあるのか。有権者が首をかしげている限り、憲法論議は本格化しまい。



東京新聞 2015年5月3日
【社説】戦後70年 憲法を考える 「不戦兵士」の声は今


 昨年は集団的自衛権の行使容認、今年は安全保障法制…。政権の次の狙いは憲法改正でしょう。戦後七十年の今こそ、しっかり憲法を考えたいものです。
 昨年暮れに「石見(いわみ)タイムズ」という新聞の復刻版が京都の出版社から出されました。社屋が島根県浜田市にあった、この小さな地方紙の創刊は一九四七年で、今のところ五三年までの紙面が読めるようになったのです。
 故・小島清文氏が主筆兼編集長を務めました。小島氏が筆をふるったのは約十一年間ですが、山陰地方の片隅から戦後民主主義を照らし出していました。
◆白旗投降した海軍中尉
 「自由を守れ」「女性の解放」「文化の存在理由」「文化運動と新しき農村」…。社説を眺めるだけでも、新時代の歯車を回そうとする言論の力がうかがえます。
 例えば「民主主義の健全なる発達は個人の教養なくしては望めないし、自らの属する小社会の改善から始めねばならない」などと論じます。日本に民主主義を根付かせ、二度と戦争をしない国にするという思いがありました。何しろ経歴が異例な人です。
 小島氏は戦時中、慶応大を繰り上げ卒業し、海軍に入りました。戦艦「大和」の暗号士官としてフィリピンのレイテ沖海戦に従います。その後、ルソン島に配属され、中尉として小隊を率いました。
 でも、この戦いは米軍の攻撃にさらされ、同時に飢えや病気で大勢の兵隊が死んでいきました。ジャングルの中は死屍(しし)累々のありさまです。「玉砕」の言葉も出るほどの極限状況でした。
 小島氏は考えました。「国のために死ね」という指揮官は安全な場所におり、虫けらのように死んでいくのは兵隊ばかり…。連合艦隊はもはや戦う能力もない…。戦争はもうすぐ終わる…。考えた末に部下を引き連れて、米軍に白旗をあげ投降したのです。
◆傍観者では亡(ほろ)びの道
 この投降を誰が非難できるでしょうか。むしろ「生きて虜囚の辱めを受けず」という「戦陣訓」により、死なずに済んだ命は無数にあったはずです。白旗は無責任な戦争指導への非難にも思えます。
 小島氏の名前が世間に知られるようになるのは、新聞界を退いてからずっと後です。八八年に「不戦兵士の会」を結成し、各地で講演活動を始めたのです。ひたすら「不戦」を説きました。
 九二年に出した冊子ではこう記します。
 <戦争は(中略)国民を塗炭の苦しみに陥れるだけであって、なんの解決の役にも立たないことを骨の髄まで知らされたのであり、日本国憲法は、戦勝国のいわば文学的体験に基づく平和理念とは全く異質の、敗戦国なるが故に学んだ人類の英知と苦悩から生まれた血肉の結晶である>
 憲法の平和主義のことです。戦後日本が戦死者を出さずに済んだのは、むろん九条のおかげです。自衛隊は本来あってはならないものとして正当性を奪い、軍拡路線にブレーキをかけてきました。個別的自衛権は正当防衛なので、紙一重で憲法に整合しているという理屈が成り立っていました。
 しかし、安倍晋三政権は従来の政府見解を破壊し、集団的自衛権の行使容認を閣議で決めました。解釈改憲です。今国会で議論される安全保障法制は、他国への攻撃でも日本が武力行使できる内容です。「専守防衛」を根本から覆します。九条に反してしまいます。
 権力を縛るのが憲法です。これが立憲主義の考え方です。権力を暴走させない近代の知恵です。権力が自ら縛りを解くようなやり方は、明らかに立憲主義からの逸脱です。
 小島氏は二〇〇一年の憲法記念日に中国新聞に寄稿しました。
 <権力者が言う「愛国心」の「国」は往々にして、彼らの地位を保障し、利益を生み出す組織のことである。そんな「愛国心」は、一般庶民が抱く祖国への愛とは字面は同じでも、似て非なるものと言わざるを得ない>
 <われわれは、国歌や国旗で「愛国心」を強要されなくても誇ることのできる「自分たちの国」をつくるために、日本国憲法を何度も読み返す努力が求められているように思う。主権を自覚しない傍観者ばかりでは、権力者の手中で国は亡(ほろ)びの道を歩むからだ>
 権力が改憲をめざす以上、主権者は傍観していられません。
◆戦争は近づいてくる
 小島氏は〇二年に八十二歳で亡くなります。戒名は「誓願院不戦清文居士」です。晩年にラジオ番組でこう語っています。
 <戦争というのは知らないうちに、遠くの方からだんだん近づいてくる。気がついた時は、目の前で、自分のことになっている>
 「不戦兵士」の忠告が今こそ、響いて聞こえます。



東京新聞 2015年5月2日
【社説】戦後70年 憲法を考える 9条を超える「日米同盟」


 日本国憲法が施行される前から日本に駐留している米軍。今後はその米軍とともに自衛隊が地球規模で武力行使を含む軍事行動に参加するというのです。
 日本は太平洋戦争後の一九五二年、サンフランシスコ講和条約により、主権国家として国際社会に復帰しました。同時に日米安全保障条約(旧条約)が施行され、敗戦後から駐留していた米軍は正式に基地を置くことが認められました。旧条約は「日本は軍隊を持たないので国を守る手段がない。だから米軍にいてもらう」という内容でした。ただし、日本防衛についてはっきり書かれておらず、日本で暴動が起こった場合、米軍が出動できる決まりがあるなど不平等なものでした。
◆「片手間」の日本防衛
 六〇年、当時の岸信介首相のときに改定され、米国には日本を防衛する義務があること(第五条)、その代わり、日本は米国に基地を提供する義務があること(第六条)が明記され、条約上、日米は対等になりました。
 現行の日米安全保障条約について、外務事務次官、駐米日本大使を務め、「ミスター外務省」と呼ばれた村田良平氏は「村田良平回想録」(二〇〇八年)の中で、こう指摘しています。
 「米国は日本の国土を利用させてもらっており、いわばその片手間に日本の防衛も手伝うというのが安保条約の真の姿である以上、日本が世界最高額の米軍経費を持たねばならない義務など本来ない。もはや『米国が守っている』といった米側の発想など日本は受け付けるべきではないのだ」
 村田氏は〇九年、安保条約改定時に核兵器を積んだ米艦艇の日本寄港に事前協議は必要ないとする日米核密約が存在することを証言した人物でもあります。日米外交の舞台裏を知り尽くした外務官僚の本音といえるでしょう。
◆空文化する安保条約
 村田氏のいう世界最高額の米軍経費とは、日本の米軍経費負担(本年度約五千七百億円)がドイツ、韓国など米軍基地を抱えるどの国よりも多いことを指しています。経費負担は義務ではありませんが、日本政府は在日米軍について、他国が日本への侵略を思いとどまる「抑止力」と説明しており、米軍にいてもらうためには基地だけでなく、カネも差し出さなければならないというのです。
 在日米軍の姿をみていきましょう。在日米軍司令部によると米兵は四万二千人、日本政府が給料を支払う日本人従業員が二万五千人います。主要基地は青森・三沢、東京・横田、神奈川の横須賀、厚木、座間、山口・岩国、長崎・佐世保、沖縄の嘉手納、普天間などで陸海空海兵隊の四軍が使用しています。
 日米安保条約第六条によると、基地は「日本の安全と極東における国際の平和と安全」のために使われ、極東は「フィリピン以北並びに日本およびその周辺の地域」(政府見解)とされていますが、在日米軍は古くはベトナム戦争、近年では、アフガニスタン攻撃、イラク戦争に参戦しています。
 例えば〇五年、沖縄の第三一海兵遠征隊は佐世保基地の強襲揚陸艦、岩国基地のヘリコプターとともにイラクへ派遣され、兵員二千二百人のうち、五十人が死亡、二百二十一人が負傷して沖縄に戻っています。
 「極東」を越える地域への出撃は日米の事前協議が必要ですが、一度も行われたことがありません。日本政府は事前協議が不要な「移動」と解釈し、実際の「出撃」を黙認し続けることによって取り決めを空文化させているからです。戦争放棄を定めた日本国憲法がありながら、在日米軍が行う「米国の戦争」には目をつぶってきたのです。
 日本政府はその態度を改めることなく、今後は米軍との関わりを深めていきます。安倍晋三政権は先月、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)を改定し、米国の戦争に積極的に参加することを約束しました。地球規模で連携する日本と米国は、安全保障条約はもちろん、日本国憲法さえも超越した軍事同盟となります。まさに安倍首相が著書「この国を守る決意」の中で言っていた「血の同盟」の誕生です。
 一方で米軍は日本が武力攻撃を受けても自衛隊の作戦を「支援しおよび補完する」(新ガイドライン)にとどまります。村田氏のいう通り「片手間に日本の防衛も手伝う」のかもしれません。
◆「戦争しない国」の変質
 確かなのは、憲法が求め、戦後七十年かけて実現した「戦争をしない国」が変質していくということ。望んで従うのですから、米国が歓迎するのは当然です。憲法九条から逸脱すれば、平和国家としての国際的な信頼は失われていくのではないでしょうか。



東京新聞 2015年5月1日
【社説】戦後70年 憲法を考える 「変えない」という重み


 憲法は永遠に「不磨の大典」たり得ませんが、これまで変えなかったことにも意味があります。戦後七十年、私たちの憲法は重大な岐路に立っています。
 ワシントンの米下院議事堂に安倍晋三首相の登場を告げる声が響きました。米議会での首相演説。日本の首相としては吉田茂、岸信介、池田勇人三氏に次いで五十四年ぶり四人目ですが、上下両院議員が一堂に会する合同会議での演説は初めてです。
 「希望の同盟へ」と題された演説は、英語で四十五分間行われました。出席議員や傍聴者が総立ちで拍手を送る場面も十数回あり、おおむね好意的に受け止められたようです。
◆9条に「普遍の価値観」
 首相の演説は、米国と戦火を交え、和解した歴史を振り返り、戦後日本がアジアの繁栄に貢献した意義を強調し、未来への希望を語るものでした。
 その中で、首相はこう語っています。
 「アジアの海について、私が言う三つの原則をここで強調させてください。第一に、国家が何か主張するときは、国際法に基づいてなすこと。第二に、武力や威嚇は自己の主張のため用いないこと。そして第三に、紛争の解決は、あくまで平和的手段によること」
 このくだりは、東シナ海や南シナ海で海洋進出の動きを強める中国をけん制したものですが、何かに表現が似てはいませんか。
 「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又(また)は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」
 そう、憲法九条第一項です。九条に込められた理念は、今でも国際的に通用する「普遍の価値観」にほかなりません。
◆侵略戦争をしない決意
 首相は真珠湾、バターン、コレヒドール、珊瑚海と、日米両軍が激しい戦火を交えた戦場を列挙して「歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです」と振り返り、犠牲者を悼みました。
 そして「戦後の日本は先の大戦に対する痛切な反省を胸に、歩みを刻みました」と表明しました。
 日本人だけで約三百十万人が犠牲になった過酷な歴史です。戦後日本は二度と侵略戦争をしないと反省し、その決意を書き込んだ新憲法は一九四六年十一月に公布、翌年五月に施行されました。
 当時は連合国軍の占領下です。新憲法に日本の非武装化、民主化を目指す米国の意向が色濃く反映されていることは間違いありません。それが「押し付け憲法論」となり、改憲派が改正の必要性を主張する理由にもなっています。
 ただ、それは歴史の一側面にすぎません。五二年の独立回復後、六十年以上たちます。その間、憲法改正の機会は幾度となくあったにもかかわらず、国民はそのような選択をしませんでした。
 今の憲法は、押し付けられたというよりは、国民が長い年月をかけて選びとった、といえるのではないでしょうか。
 国際情勢の変化で自衛隊という実力組織を持つに至りましたが、海外で武力の行使をしない「専守防衛」に徹しました。日本は再び戦火を交えず、軍事上の脅威にもなりませんでした。平和国家の経済的繁栄は、九条の効用です。
 しかし、この憲法が今、重大な岐路に立っています。
 一つは、政府が昨年七月の閣議決定で憲法解釈を変更し、それまで違憲としていた「集団的自衛権の行使」を認めたことです。
 他国同士の戦争への参加を認めるこの新しい解釈に基づき、米国との間で「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」の再改定に合意、今月中旬には安全保障関連法案を国会に提出します。自衛隊の役割を大幅に拡大し、活動地域も地球規模に広げるものです。「戦争法案」とも呼ばれます。
 もう一つは、憲法改正に向けた動きが大型連休明けに本格化することです。首相にとって改憲は祖父・岸元首相以来の悲願です。国会も、衆院では与党が改憲の発議に必要な三分の二以上の多数を占めます。来年の参院選で勝利し、二〇一七年の通常国会での改憲発議を目指しています。
◆アリの一穴にはするな
 自民党はまず環境権など九条以外の条項から改正発議を提起する腹づもりのようですが、改正しなければ、国民の生命や権利を守れない切迫した事情があるとは到底考えられない。他条項の改正を九条改正に向けた「アリの一穴」としてはなりません。
 平和憲法をつくり、七十年近く改正しなかった先人の選択の重さを今こそ深く考えるべきではないか。それが戦後七十年の節目を生きる私たちの使命と思うのです。



しんぶん赤旗 2015年5月3日(日)
主張;憲法施行記念日 初心生かし壊憲阻むことこそ


 戦後70年憲法記念日を迎えました。日本国憲法は、アジア・太平洋戦争での日本の敗戦から約2年後の1947年5月3日に施行されました。侵略戦争を反省し、国民主権、恒久平和、基本的人権の尊重などを原則にした憲法は、戦後70年、憲法施行から68年のいま、その解釈を踏みにじる解釈改憲でも、条文そのものを変えてしまう明文改憲でも、かつてない“憲法破壊”の攻撃にさらされています。日本を「海外で戦争する国」に変えてしまう“壊憲”の企てを、憲法の初心に立ち返り、力を合わせて阻止することが求められます。
正しいことを先立って
 「こんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました」「みなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです」。68年前の憲法施行の直後、当時の文部省が教科書として配布した『あたらしい憲法のはなし』の一節です。
 その2年前まで日本が繰り広げた侵略戦争で日本国民とアジア諸国民に甚大な被害を与えたことを反省し、憲法は前文で「政府の責任によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」決意を明らかにしました。9条で戦争を放棄し、戦力は持たないと決めたことが、『憲法のはなし』でいう「二つのこと」です。
 戦後70年、日本はこの憲法の下で自ら戦争を起こしたことはありません。朝鮮戦争で機雷掃海に駆り出された日本人の戦死や、アメリカの戦争に協力しイラクに派兵された自衛隊員の帰国後の自殺などはありましたが、日本の自衛隊として一人の戦死者も相手国の犠牲者も出していません。憲法の平和原則が支えとなり、日本への国際的信頼を広げてきたのです。
 いま安倍晋三政権が進める、「集団的自衛権行使」の憲法解釈を変更し、アメリカが起こすどんな戦争にも自衛隊が参加する「戦争立法」の企ては、憲法前文と9条の平和原則を乱暴に踏みにじるものです。憲法記念日を前に安倍政権はアメリカと戦争で協力する新「ガイドライン」で合意し、まだ国会にも提出されていない「戦争立法」の成立を約束しました。憲法の平和原則はもちろん、主権と民主主義を破壊するものです。
 安倍政権が進める、沖縄県民の「島ぐるみ」の反対を押し切った米軍新基地建設や原発の再稼働、消費税増税や労働法制の改悪など暮らし破壊の数々の暴走も、憲法を破壊するものです。安倍政権と自民党は憲法そのものの明文改憲にも乗りだし、改憲案をまとめようとしています。いままさに憲法破壊政治との対決の正念場です。
国民がしっかり守り抜く
 「この憲法は、みなさんのつくったものです」「みなさんは、国民のひとりとして、しっかりとこの憲法を守ってゆかなければなりません」。『あたらしい憲法のはなし』はこうも指摘しています。
 改憲派は憲法を押し付けられたものだといいますが、戦後70年、国民が改憲なしで、なんの不都合も感じなかったことが、憲法の国民への定着を証明しています。
 戦後70年を「改憲の年」にするのは許されません。平和といのち、人権を守り抜くために、この憲法を守り生かしていく決意を新たにしようではありませんか。



北海道新聞 2015/05/03 08:50
社説 :きょう憲法記念日 平和主義の逸脱を危ぶむ


 日本国憲法が施行されてきょうで68年になる。今年は戦後70年。時代の変化にさらされながらも平和国家の礎となった。その節目の年に重大な危機が訪れている。
 安倍晋三政権は昨年7月の閣議決定で集団的自衛権の行使を容認し、先の日米防衛協力指針(ガイドライン)の改定で米軍支援の地理的制約をなくした。自衛隊の活動は地球規模に広がる。安全保障政策の一大転換である。
 憲法は大きな岐路に立たされている。武力に頼らない平和主義の精神を未来へと引き継ぐ決意を新たにしなければならない。
■守るべき歯止め失う
 1月に死去した函館出身の憲法学者奥平康弘さんの「志をつぐ会」が先月、東京都内で行われた。最後に出席した集会の映像が上映され、奥平さんは安倍政権の「積極的平和主義」を「まやかしの平和主義」として厳しく批判した。
 その「積極的平和主義」のもと、安倍政権は日米の新ガイドラインで切れ目のない協力関係をうたった。グローバルな軍事協力にほかならない。「専守防衛」の原則を捨てたに等しい。
 集団的自衛権の行使容認の閣議決定を受けた安全保障法制の論議は後半国会の焦点である。
 その審議を行う前に、新ガイドラインには早々と行使容認が反映されている。
 歴代政権は憲法9条のもと武力行使を受けた場合だけ自衛のための必要最小限度の武力行使ができ、他国を守るための集団的自衛権行使は許されないとしてきた。
 湾岸戦争後、国連平和維持活動(PKO)への自衛隊参加に道を開き、自衛隊の海外派遣は拡大の一途をたどった。
 それでも自重する一線があった。外国の戦争に日本は参加しないことだ。この歯止めがあればこそ自衛隊は戦争に巻き込まれることがなく、創設以来、戦闘で一人の死者も出さなかった。
 安倍政権の方針は海外での武力行使に道を開き、他国の戦争に巻き込まれる可能性が否定できない。戦後の国づくりの原理からの逸脱だ。国民を置き去りにしたまま突き進もうとする政府の姿勢を認めるわけにはいかない。
 憲法前文に「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し」とある。奥平さんら戦争を知る世代の願いとともに思い起こしたい。
■力に勝る共存の視点
 安倍首相は軍事的な拡張を図る中国を念頭に「わが国を取り巻く安全保障環境は厳しさを増している」と繰り返す。だが国の安全保障は武力だけではあるまい。
 中国の海洋進出に自制を求めるのは必要だが、抑止力を口実に軍拡競争に入る愚は避けたい。
 未来の日本と、そこに生きる国民、近隣諸国民との共存にとって何が望ましいのか、いま一度立ち止まって考えるべきだ。
 国際情勢を冷静に分析し、力の対決を避ける外交が今ほど求められている時はない。
 日中は経済をはじめ相互依存関係にある。人的交流も幅広い。気候変動や大気汚染など、ともに取り組むべき問題もある。
 人やモノの交流をさらに深め、緊密化すれば、軍事的対立が国益を損ねる機運が生まれるはずだ。
 大事なのは力に頼らない共存の視点である。
 日米同盟の軍事的な側面ばかり目を奪われていては、地域の平和と安定は守れない。
■立憲主義の確認こそ
 平和主義の柱である9条の行方が懸念される。
 自民党は国会の憲法審査会で議論を行い、来年夏の参院選後に最初の改憲発議を目指す。大規模災害時などに特例を定める「緊急事態条項」など、抵抗の少ないテーマから手を付けたうえで、本丸の9条改憲に進む案が論じられる。
 与党の一存で強引に前に進めるのではなく、冷静な議論を積み重ねていくことが大事だ。一度改定を経験すれば、9条改憲は容易だという発想は認められない。
 憲法は不磨の大典ではない。改憲のための議論ではなく、人権や生活を守る上で不具合が生じたならば、その実態に応じて改定を論議すればよい。
 いまの憲法が戦勝国の押しつけだとの主張もある。だが国民主権や基本的人権の尊重、平和主義を根幹とする憲法は国民にすでに定着している。押しつけとの主張には意味を見いだせない。
 衆院憲法審査会の保岡興治会長は「政権や政策をめぐる対立から距離を置き、大局的な見地に立って議論すべきだ」と訴えた。
 そうであるならば、まず権力に縛りをかける「立憲主義」の確認を求めたい。縛られる側の権力者に都合の良い内容にしてはならない。憲法はだれのためのものか。この点があらためて問われる。



東奥日報2015年5月3日(日)
社説:改憲論議 進め方に危うさ/憲法記念日


 きょうは、戦後70年という節目の年に迎える68回目の憲法記念日だ。安倍晋三首相が掲げる「積極的平和主義」の下で集団的自衛権行使を解禁し、安全保障法制の整備が急ピッチで進む中での、記念日である。先行して改定された日米防衛協力指針(ガイドライン)では「地球規模の協力」がうたわれた。
 憲法9条の改正を宿願とする安倍首相は2013年、衆参両院の総議員の3分の2以上による賛成という改憲発議の要件(96条)緩和を提起。「立憲主義に反する」と猛烈な批判を浴び引っ込めざるを得なくなると、目標を憲法解釈の変更に転じ昨年7月、集団的自衛権の行使を可能にする閣議決定にこぎつけた。
 以来、自民、公明両党は与党協議を重ね、5月中旬に関連法案の全条文について正式合意し、やっと本格的な国会論戦が始まる。7日には衆院の憲法審査会で各党が今後議論すべき内容をめぐって見解を表明する。そんな中、自民では、衆参の憲法審査会で16年夏の参院選までに改憲原案を取りまとめ、国民への発議を経て17年にも国民投票-という日程が語られている。
 首相や自民幹部はこれまで何度も「国民の生命と財産を守るため」と繰り返してきたが、その振る舞いは「国民不在」が過ぎる。このままの進め方で9条改正に突き進もうとするのは許されない。
 自衛隊の海外での活動は戦闘現場から離れた「非戦闘地域」に限られ、武器使用も厳しく制限されてきた。安保法制はこうした制約を緩め、自衛隊を前線に近づける。さらに自国防衛のみで許された武力行使を集団的自衛権の行使によって他国防衛にも広げる。
 日本の存立が脅かされる明白な危険(存立危機事態)という要件はあるが、中東のホルムズ海峡での機雷掃海をめぐり「できる」(自民)と「できない」(公明)の隔たりは埋まっていない。
 一方、自民は憲法審査会で、大災害や武力攻撃の際に個人の権利を一定程度制限するなど特例的な対応を可能にする緊急事態条項や、良好な環境を享受する環境権の新設などから議論を進めようとしている。各党の賛同を得やすいからだ。まず改憲の実績をつくって抵抗感を和らげ、「本丸」の9条改正に取り掛かるという声も聞こえてくる。国の根本に関わる改憲論議の進め方に、そういった策を講じるようでは、危うさを覚える。



秋田魁新報 2015/05/03 付
社説:憲法記念日 主権者不在の改正論だ


 憲法施行から68年。いつも以上に日本の将来を考えさせられる憲法記念日である。戦争の放棄、戦力の不保持を定めた9条をはじめとする憲法の改正論議が本格化しつつあるからだ。
 仮に改憲が国会で認められれば、最終的に国民投票で一人一人が是非を判断することになる。憲法が国民を主権者と定めていることをあらためて認識して改憲をめぐる動きを見守り、議論に加わる必要がある。
 改憲は「積極的平和主義」を掲げる安倍晋三首相の悲願だ。今年の自民党運動方針で改憲を党是と再確認し、「改憲原案の作成を目指す」と明記した。2012年発表の党の改憲草案は、自衛隊を「国防軍」に改めるなど9条改正に言及した。
 憲法改正は、衆参両院でそれぞれ議員総数の3分の2以上が賛成した場合に発議される。その後の国民投票で過半数の賛成が得られれば改正される。
 与野党の衆院憲法審査会で改憲項目に関する協議が近く始まる。項目として、大災害時や武力攻撃の際に、個人の権利に一定の制限を加える「緊急事態条項」や、環境保全に関する国や国民の責務を定める「環境権」の創設が挙がっている。
 だが政権にとっての「本丸」は9条改正である。いきなり9条を俎上(そじょう)に載せるのでは、他党や国民の抵抗は必至だ。そのため自民党は緊急事態条項や環境権の創設を先行させ、9条改正につなげたい考えだ。
 自民党の船田元・憲法改正推進本部長は「ずるいようだが、改正しやすい項目からやるのが正解」「(9条改正は)2回目でやりたい」と述べた。
 「緊急事態」や「環境」についての改正なら理解が得られやすいと踏んでいるのだろう。だが自ら「ずるい」と認識していることを進めるのでは、国民軽視も甚だしい。
 専門家からは緊急事態条項、環境権とも、現行の憲法や他の法令でカバーできるという指摘がある。緊急事態条項については東日本大震災の被災地の弁護士会から「被災者を含む国民の基本的人権を不当に制限しかねない」と、創設に反対する声明が出ている。
 改憲が必要だというのなら、なぜ今なのか、背景や理由は何なのかを、自民党は丁寧に説明しなければならない。
 自民党は、早ければ次期参院選後の来年秋にも最初の発議を実現させ、2017年前半に国民投票を実施したいとしている。憲法審の実質的議論も始まっていないのにこうした日程を描くのは、前のめりに過ぎる。
 安倍政権は昨夏、集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈変更を閣議決定した。4月には国会で審議していない安保法制を反映させた日米防衛協力指針(ガイドライン)を改定した。改憲論議も国民不在のまま進んでしまうのか。政権の姿勢と、それに歯止めをかけられない政治状況に、危機感を覚える。



岩手日報(2015.5.3)
論説:憲法記念日 力で押す解釈改憲の愚


 きょうは68回目の憲法記念日。戦後占領下の1947年に施行されたこの日に、日米同盟強化という米国公式訪問の成果を引っ提げて安倍晋三首相が帰国するのは、憲法を取り巻く情勢変化を暗示するようではある。
 安倍政権は昨年7月の閣議決定で、歴代内閣が「憲法上許されない」としてきた集団的自衛権の行使に、「一部容認」という形で道を開いた。
 憲法解釈の変更による行使容認への転換を前提とした安全保障法制の見直しは、後半国会の最重要課題。国内に議論を抱えたまま、米国との合意が先行した格好だ。
 戦後70年。平和国家日本の屋台骨である憲法の「重み」が問い直されている。改憲論と護憲論のいかんを問わず、議論の核心が「戦争の放棄」を定めた第9条の存在にあることは論をまたない。
 昨年秋、一主婦のアイデアが元となり「憲法9条を保持してきた日本国民」がノーベル平和賞候補になった。
 政権が、「占領軍の押しつけ」とする憲法の根幹が国際社会の評価を仰ぐ状況は、護憲運動という意味にとどまるまい。既成事実化という形で国民的な議論を省く与党政治への痛烈な皮肉と解釈するべきだろう。
 日本の首相として初めて、安倍首相が米議会上下両院合同会議で演説した直後、共同通信が行った世論調査では、首相訪米の大きな眼目だった新たな日米防衛協力指針(ガイドライン)の合意に反対が47・9%。賛成を10ポイント以上も上回ったのも、9条に関わる問題で政府与党が先走ることへの警戒感と受け取れる。
 一方、多様な民意を反映すべき野党は、改憲反対で揺るがない共産、社民両党は別にして総じて憲法観が判然としないのは、これも責任を果たしているとは認め難い。
 4月初めに再稼働した衆院憲法調査会も、与党公明を含め、2年後の改憲発議へ改憲項目の絞り込みを急ぐ自民への警戒感が先行。引き続き議論の深まりが見通せないままに日米同盟の深化が既成事実化する現状は、国民にとって望ましい状況ではない。
 現憲法は、マッカーサー率いる連合国軍総司令部(GHQ)と、占領政策の最高決定機関である極東委員会のせめぎ合いの末、結果的に一般国民の意思を確かめたとは言い難い状況で成立した。自民党が「自主憲法制定」を党是とする論拠の一つに違いない。
 そうであれば、世論調査が示唆する国民の意思を脇に置いて、巨大与党の決定力を頼み解釈改憲で事を推し進めるのは、同じく後世を惑わせることになりかねない。首相が持論とする未来志向の「積極的平和主義」も、民意の支えがあってこそだ。

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