2015-06-16(Tue)

戦争法案 「違憲」法制 (3) 違憲の疑い深まる 150607-11

「合憲」見解 反論の体をなしていない 正当性が大きく揺らいだ 法治国家の原理原則に立ち返れ

<各紙社説・論説>
山陰中央日報)安保法制/いま一度、根本の議論を(6/7)
中国新聞)安保法案と憲法 根本の疑義無視できぬ(6/11)
愛媛新聞)安保法案「違憲」 法治国家の原理原則に立ち返れ (6/8)
徳島新聞)安保法案「違憲」 正当性が大きく揺らいだ (6/9)
高知新聞)【解釈再変更】憲法はそれほど軽いのか(6/12)
高知新聞)【安保法案「違憲」】「反論」の名に値するのか(6/11)
西日本新聞)安保法制「違憲」 反論の体をなしていない(6/11)
西日本新聞)安保法制論議 なぜ機雷掃海にこだわる(6/9)
熊本日日新聞)安保法案合憲見解 「違憲」の疑念は消えない(6/11)




以下引用



山陰中央日報 ('15/06/07)
論説 : 安保法制/いま一度、根本の議論を


 自衛隊の海外での活動を大幅に拡大させる安全保障関連法案をめぐり、前提となった集団的自衛権の行使容認が合憲か否かという問題があらためて焦点になっている。衆院憲法審査会で自民、公明両党推薦の長谷部恭男早稲田大教授ら参考人の憲法学者3人がそろって「憲法違反」と表明したからだ。
 憲法上、長らく禁じてきた集団的自衛権の行使の容認をめぐっては、過去に「憲法改正が必要」との内閣法制局の答弁もある。第1次安倍内閣時に、限定容認できないかと安倍晋三首相から打診されて断った宮崎礼壹元内閣法制局長官ら歴代の長官経験者も解釈変更による行使容認に反対している。
 中谷元防衛相ら政府側は「合憲」と強く反論しているが、関連法案に反対や慎重意見が多い各種世論調査の結果を見れば、国民の受け止めは長谷部氏や宮崎氏らの見解に近いのではないか。
 安倍首相は法案審議について「議論がぐるぐる回ってきている」と述べたと言うが、それは集団的自衛権の行使の是非という大前提が決着していないからだ。いま一度、根本に立ち返った議論が必要だ。
 憲法解釈の変更により集団的自衛権の行使を認めることができるかについては1983年2月の衆院予算委員会で角田礼次郎内閣法制局長官が「集団的自衛権の行使を憲法上認めたいという考え方があり、それを明確にしたいということであれば、憲法改正という手段を当然取らざるを得ない」と明確に答弁している。
 さらに96年2月の衆院予算委員会では大森政輔内閣法制局長官が「政府がその政策のために従来の憲法解釈を基本的に変更するということは、政府の憲法解釈の権威を著しく失墜させ、ひいては内閣自体に対する国民の信頼を著しく損なう恐れもある、憲法を頂点とする法秩序の維持という観点から見ても問題がある」とまで述べている。
 現状を予見し、くぎを刺したような答弁だ。このような経緯もあり、2006年から10年まで務めた宮崎氏はじめ歴代の内閣法制局長官が声を上げている。
 宮崎氏のほか、阪田雅裕(04~06年)、秋山収(02~04年)、大森(96~99年)、工藤敦夫(89~92年)の各氏が反対論をメディアなどで表明している。「憲法の番人」を自任し、表舞台には登場しない長官経験者が、政治問題に対してこれほど意見表明するのは極めて異例だ。
 今月4日の衆院憲法審査会で、長谷部氏は「従来の政府見解の基本的な論理の枠内では説明がつかない。法的な安定性を大きく揺るがす」と指摘、民主党推薦の小林節慶応大名誉教授も「多数決で法案を承認したら、国会が憲法を軽視し、立憲主義に反することになる」と明言した。
 一方、維新の党推薦の笹田栄司早大教授は「内閣法制局は自民党政権と共に安保法制をずっとつくってきて、ぎりぎりのところで保っていると考えていた。今回は踏み越えてしまっている」と批判した。
 中谷氏は5日の国会で「政府による憲法解釈の裁量の範囲内」と述べたが、正面から答えているとは言えない。こんな強弁を続けていれば長官経験者が指摘するように、国民の信頼を失うことになるだろう。



中国新聞 2015/6/11
社説:安保法案と憲法 根本の疑義無視できぬ


 安全保障関連法案は「違憲」という憲法学者の指摘に政府は謙虚に耳を傾けねばなるまい。
 先日の衆院憲法審査会で、参考人3人の認識が一致した意味は重い。とりわけ長谷部恭男・早稲田大教授は自民党の推薦にもかかわらず、昨年7月の閣議決定で認めた集団的自衛権の行使について憲法違反だと明快に語った。大方の憲法学者にとり常識的な受け止めなのだろう。
 さすがに安倍政権も慌てたとみえる。急きょ政府見解を公表し、法案は合憲だと反論した。「これまでの憲法解釈との論理的整合性や法的安定性は保たれている」としたが、従来の主張を繰り返したにすぎない。
 安倍晋三首相は今国会で成立を目指す姿勢は変えていない。しかし平和憲法の根幹に関わる重要な法案である。そこに疑義が残ったまま前に進めていいはずがない。
 安倍政権の本音が語るに落ちる格好になろう。長谷部氏らの指摘を受けて、中谷元・防衛相は「憲法をいかにこの法案に適応させていけばいいのかという議論を踏まえた」と国会で述べた。つまり政府方針に沿った法律を作るため、憲法を都合よく解釈したと受け取れる。
 憲法は最高法規であり、その下に法律を作らなければならない。暴走しがちな国家権力を縛るためである。きのう中谷氏自身が撤回に追い込まれたとはいえ、それで済む話だろうか。
 ここに至る経緯をいま一度振り返りたい。歴代内閣は日本への武力攻撃があって反撃する個別的自衛権の行使は認めてきた。一方で自国への攻撃もないのに他国の戦争に加わる集団的自衛権の行使は9条との関係で自ら禁じてきた。仮に認めたいなら憲法改正が必要という内閣法制局の明確な見解があったにもかかわず、安倍内閣は長年の解釈を大きく踏み越えた。
 今回の問題は法案そのものが抱える問題点をあらためて浮き彫りにしたといえるだろう。
 なのに新たに示された政府見解は反論になっていない。例えば合憲とする根拠に砂川事件をめぐる1959年の最高裁判決を挙げた点も首をひねる。
 「自国の平和と安全を維持し、存立を全うするために必要な自衛の措置をとり得る」との判決文を逆手に取って「個別的」「集団的」を問わず自衛権の行使ができるとの理屈のようだが、果たしてそうだろうか。この判決は日米安保条約に基づく米軍駐留が合憲か違憲かを争ったもので集団的自衛権については全く触れていないからだ。
 安倍首相らは集団的自衛権の行使容認の理由として、安全保障の環境が厳しさを増したからだと強調している。たとえ看過できない事態だとしても、時の政権が安易に憲法解釈を曲げていい理由になるだろうか。憲法はそれだけの重みを持つ。
 憲法下でこの法案が許されるか。その原点から国会で議論し直すべきではないか。
 法案審議は政府、与党の想定に比べて明らかに停滞する。今国会の大幅な会期延長を検討し始めたのは焦りの証しだろう。与党内にも慎重意見が出てきた。世論調査では政府の説明が不足しているとする国民が大半を占める。たとえ数カ月延ばしたところで国民の理解を得られるとは思えない。少なくとも数に頼った採決は論外である。



愛媛新聞 2015年06月08日(月)
社説:安保法案「違憲」 法治国家の原理原則に立ち返れ


 「憲法は国の最高法規」。いうまでもない大原則を、いまあらためて思い起こしたい。
 集団的自衛権行使を可能にする安全保障関連法案について、衆院憲法審査会に参考人として呼ばれた憲法学の専門家3人全員が「違憲」と明言した。
 法案は現在、武力行使の具体的なケースなど細部について国会で論戦が続けられているが、上位規範となる憲法に違反しているとの指摘は、法案の正当性を根底から否定したに等しい。きわめて重大な指摘である。国会は重く受け止め、原点に立ち返らねばならない。
 参考人質疑では、与党推薦の長谷部恭男早稲田大教授も、集団的自衛権行使容認の閣議決定に関し「従来の政府見解の基本的な論理の枠内では説明がつかない。法的な安定性を大きく揺るがす」と断じ、危機感をあらわにした。指摘はもっともだ。
 歴代内閣が維持してきた1972年の政府見解は、幸福追求権を明記した憲法13条を踏まえて、国民の権利が根底から覆される急迫、不正の事態を排除するためにやむを得ない場合の自衛権行使は認めた。だが、戦争放棄をうたった9条により「他国への武力攻撃を阻止する集団的自衛権行使は、憲法上許されない」と結論付けている。
 それを安倍政権は「安保環境が大きく変化した」「他国への武力攻撃が日本の存立を脅かすことも起こり得る」との論理で結論部分をまったく逆に解釈変更し、他国の戦争への参加を事実上認めた。政権による9条の空文化というしかない。
 中谷元・防衛相は「政府による憲法解釈の裁量内で、違憲ではない」とする。だが、国家権力の暴走を防ぐための憲法の縛りを、当事者である政権が外すなど断じて許されない。国民に問わず閣議決定で済ませる手法は国民主権にも反する。
 しかも集団的自衛権行使容認は「憲法をいかに法案に適合させていけばいいのかという議論を踏まえて閣議決定した」(中谷防衛相)。政府の考える法律が先にあり、それに合うように憲法の解釈を変えたという。憲法に従い法律をつくり政治を行うという原理原則が逆転している。このような憲法軽視が通るなら、法治国家の名は返上せねばなるまい。
 「違憲」の指摘に自民党の二階俊博総務会長は「党の方針は初めから決まっている。あくまで参考意見で大ごとに取り上げる必要はない」と言い切った。国会機関である憲法審査会をもないがしろにし、都合よくあしらう姿勢はあまりに傲慢(ごうまん)で危うい。安保法案の武力行使の要件は曖昧で政権の主観で決まる。聞く耳を持たない政権に武力行使決定の判断を委ね、国民の命を預けることはできない。
 参考人だけでなく180人以上の憲法学者、さらには日弁連も違憲を訴え廃案を要求する声明を出している。法案や政府の姿勢には懸念が募るばかりだ。あらためて法案撤回を求める。



徳島新聞 2015年6月9日付
社説:安保法案「違憲」 正当性が大きく揺らいだ


 衆院憲法審査会に参考人として招かれた憲法学者3人全員が、集団的自衛権行使を可能にする安全保障関連法案について、「憲法違反」との認識を表明した。
 参考人3人はともに著名な学者であり、その指摘は重く受け止める必要がある。
 憲法は国の最高法規である。これに反する法律が無効なのは、あらためて言うまでもない。法案の正当性が根底から揺さぶられているのだ。
 表明したのは早稲田大の長谷部恭男、笹田栄司両教授と、慶応大の小林節名誉教授である。
 長谷部氏は、集団的自衛権の行使について「憲法違反だ。従来の政府見解の基本的な論理の枠内では説明がつかない」と述べた。
 笹田氏は従来の枠組みを「踏み越えてしまっており、違憲だ」との認識を示し、小林氏も「憲法9条は、海外で軍事行動する法的資格を与えていない」と断じた。
 与党などが推薦した長谷部氏までが「違憲」と言い切ったのは異例である。
 菅義偉官房長官が「違憲との指摘は全く当たらない」と反論するなど、政府、与党は影響の打ち消しに躍起となっている。
 だが、国民が最も聞きたい合憲と主張する論拠については、十分な説明がなされたとは到底言えまい。
 先月末の共同通信社の世論調査では、安保法案への安倍政権の姿勢について「十分に説明しているとは思わない」が81・4%に上っている。
 これは、国民が安保政策の大転換に対して大きな不安を抱いている証拠である。政府は、国民が納得できるまで丁寧に説明する責任がある。
 「憲法違反」の指摘は、参考人からだけではない。法案に反対する憲法学者ら180人以上が廃案を求める声明を出した。この広がりをどう捉えるべきか。「一憲法学者の意見で政府方針は変わらない」(自民党幹部)などと高飛車に出るのではなく、謙虚に耳を傾けるべきだ。
 集団的自衛権の行使は昨年7月、国民的議論のないまま、安倍政権が憲法解釈を変更し、閣議決定したものだ。
 憲法は権力を縛る規範である。時の権力者が都合のいいように解釈を変えることは、断じて許されない。
 政府は法案の必要性として、日本の安全保障環境の変化を挙げるが、その主張は論点がずれている。今回提起されたのは、集団的自衛権そのものの是非ではなく、安保法案の違憲性なのだ。
 国民の生命財産や地域の安定を守るために、集団的自衛権の行使が必要というなら、堂々と憲法改正に取り組むのが筋である。
 小林氏は「国会が多数決で法案を承認したら、国会が憲法を軽視し、立憲主義に反することになる」と警鐘を鳴らしている。
 政府、与党は今国会での成立を急ぐのではなく、廃案も視野に考え直すべきだ。



高知新聞 2015年06月12日08時03分
社説:【解釈再変更】憲法はそれほど軽いのか


 集団的自衛権の行使を認めた政府の憲法解釈について、中谷元・防衛相が将来的に解釈が再変更される可能性に言及した。
 衆院の平和安全法制特別委員会で、「いろいろ時代が変わる。時代の背景とともに、憲法で許される必要最小限度の範囲で政府として考えている。これからも考えていく」と述べた。
 日本を取り巻く安全保障環境が改善されれば、再び集団的自衛権行使が憲法上許されなくなることもあり得る、と示唆した形だ。しかし、そうたびたび解釈が見直されてよいほど憲法は軽いものではない。野党から「法的安定性が損なわれる」と批判されたのも当然である。
 防衛相だけではない。横畠裕介・内閣法制局長官も「(日本の反撃は)わが国に対する武力攻撃が発生した場合に限られることになると思う」と、憲法解釈を元に戻す可能性を示した。
 集団的自衛権の行使が野放図に広がっていくことはない、と強調する意図もあるのかもしれない。だが、そうした政府の姿勢はかえって、立憲主義をないがしろにしていると言わざるを得ない。
 防衛相らの言う通り、解釈の再変更がまかり通ればどうなるか。
 時の政権が安保環境を判断しその都度、集団的自衛権の行使が「合憲」となったり「違憲」となったりする。それは憲法を政権に都合よく解釈することにつながり、憲法が国家権力を縛る立憲主義とは懸け離れてしまおう。
 政権の意向次第で自衛隊を海外派遣したり、しなかったりするような恣意(しい)的な国家運営では、国際社会から信頼など得られるはずがない。
 内閣による憲法解釈の見直しが一切認められないわけではないが、そのためには従来の解釈と論理的整合性が取れていなければならない。
 集団的自衛権は憲法9条によって禁じられているとして、歴代政権が行使できないとの見解を積み重ねてきた。安保法案はそれを百八十度転換する内容だ。安倍政権がいくら「必要最小限の限定的容認だ」と訴えたところで、論理的整合性を持たせるのは至難の業と言うほかない。
 集団的自衛権の行使がどうしても必要だと言うのなら、堂々と憲法改正を目指せばよい。解釈変更は姑息(こそく)であり、国民の理解は得られないことに政権は気づくべきだ。



高知新聞 2015年06月11日08時08分
社説:【安保法案「違憲」】「反論」の名に値するのか


 果たして「反論」の名に値する内容なのか。政府が集団的自衛権行使を可能とする安全保障関連法案について、「憲法に違反しない」とする見解を文書で野党に示した。
 この文書を出さなければならなくなったのは、4日の衆院憲法審査会で自民党推薦を含む参考人の憲法学者3人全員が、安保関連法案を「違憲」と断じたからだ。
 安保法案の根幹を専門家に真っ向から否定されては、さすがに無視はできなかったようだ。「違憲法案」との見方が広がる前に、反論しておく必要があったのだろう。
 しかし、反論のほとんどは従来の説明の繰り返しであり、憲法学者らにとどまらず、国民に対しても説得力を欠くといわざるを得ない。
 例えば政府見解の「武力行使の新3要件」については、憲法学者から「どこまで武力行使が許されるか不明確だ」と指摘されていた。
 これに対して政府の文書は、「必要最小限度の自衛の措置」は憲法上許されるとした1972年の政府見解を再び引用する。しかしこの見解の結論は「集団的自衛権の行使は、憲法上許されない」というもので、論理のすり替えだとの批判が根強い。
 問題は72年見解でも「わが国に対する武力攻撃」に限られていた自衛のための武力行使が、「新3要件」ではなぜ「わが国と密接な関係にある他国」への攻撃でも許されるのかという素朴な疑問だ。
 政府の文書はその理由を「安全保障環境が根本的に変容」し、「これまでの認識を改め」たからだという。
 この理由もあいまいで、憲法学者を納得させることはできまい。憲法審査会に自民党推薦の参考人として意見を述べた長谷部恭男・早稲田大教授は本紙のインタビューに答え、「安全保障環境が以前より危険だというなら、日本の限られた防衛力を地球全体に拡大するのは愚の骨頂だ」と一蹴した。
 もちろん全ての憲法学者が、安保法案を「違憲」と判断しているのではあるまい。一方、国会で専門家が問題点を指摘し、政府が反論した「論争」自体の意義は認めたい。学者間でも大いに意見を戦わせればいい。
 安保法案はこの国の針路に大きな影響を及ぼす。国会や専門家任せにせず、さまざまな分野で国民的議論を広げていくべきだ。



=2015/06/11付 西日本新聞朝刊=
社説:安保法制「違憲」 反論の体をなしていない


 政府は、集団的自衛権の行使容認に伴う安全保障関連法案について「憲法に適合する」とした見解をまとめ、野党に文書で示した。
 中身は行使容認へ憲法解釈を変更した昨年7月の閣議決定など従来の説明と論法をほぼ踏襲した。
 衆院憲法審査会で自民党や公明党が推薦した長谷部恭男早稲田大教授ら憲法学者3人が突き付けた「違憲」との指摘に対し、政府見解は反論の体すらなしていない。
 歴代内閣が認めなかった集団的自衛権の行使に道を開き、自衛隊の海外派遣など活動領域が飛躍的に拡大しかねない法案である。
 今回の政府見解では「必要最小限度の自衛の措置」は認められるとした1972年の政府見解をあらためて引用した。
 このときの政府見解の結論は憲法上集団的自衛権の行使は許されない-だったが、今回は武力行使の新3要件を満たせば「わが国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として一部限定された場合」に集団的自衛権を行使できると
結論付けた。
 許される武力行使の範囲については「いかなる事態にも備えておく」として、「ある程度抽象的な表現が用いられることは避けられない」としている。
 政府の判断次第で武力行使の範囲が拡大しかねない内容だ。「抽象的な表現」と政府が自ら認めざるを得なかったのは、憲法解釈に無理を重ねてつくられた法案だからではないのか。
 新たな安保法制の与党協議を主導した自民党の高村正彦副総裁は「憲法学者の言う通りにしていたら、自衛隊も日米安全保障条約もない。日本の平和が保たれたか極めて疑わしい」と指摘した。
 それでは何のために国会へ参考人を招いて質疑をしたのか。与党推薦の専門家も含め参考人の発言が意に沿わないからと言って、無視しようとは、ご都合主義そのものではないか。
 政府と与党は、憲法学者の疑義にも真正面から向き合い、法案の根幹に関わる憲法との関係を明確に説明する責任がある。



=2015/06/09付 西日本新聞朝刊=
社説:安保法制論議 なぜ機雷掃海にこだわる


 新たな安全保障法制をめぐる国会の論議で目立つのが、中東・ホルムズ海峡での機雷掃海に対する安倍晋三首相のこだわりである。
 機雷掃海とは、船舶の安全な航行を確保するため、海に敷設された機雷を除去することだ。
 ただ、機雷をまいた側からすれば、領海内に機雷を敷設するのは自国への侵攻を阻止する防御行為だ。だから、戦時における機雷掃海は、設置国の防御力を減じさせる「武力行使」とみなされる。
 湾岸戦争終結後、自衛隊はペルシャ湾で機雷掃海を実施した。このときは停戦発効後なので武力行使ではなく「遺棄された危険物の除去」という位置付けだった。
 安倍首相は海外での武力行使について「一般には憲法上許されない」としながらも、ホルムズ海峡の機雷掃海はその「例外」として可能だと主張する。ホルムズ海峡が機雷封鎖され、この海峡を通って輸入される原油が途絶えて「存立危機事態」に至れば、集団的自衛権に基づく海外での武力行使が可能だ-という論理だ。
 しかし、日本には約6カ月分の石油備蓄がある。ホルムズ海峡の封鎖は確かに重大な事態だが、それが直ちに「わが国の存立が脅かされ、国民の生命や権利が根底から覆される明白な危険」で「(武力行使の)他に適当な手段がない」とまで言えるのだろうか。
 また、ホルムズ海峡の機雷掃海は、どの国との集団的自衛権の行使になるのか。疑問だらけだ。
 2012年、アーミテージ元国務副長官ら米国の超党派グループが日米同盟に関する報告書を発表した。報告書は「イランがホルムズ海峡封鎖に踏み切れば、日本は独自に掃海艇を派遣すべきだ」などと提言している。安倍首相の機雷掃海へのこだわりには、こうした米国からの要求が強く影響しているのではないか。
 海上輸送路の安全確保は国際社会にとって重要である。米国の期待に応えようと無理な論理を押し通すより、従来の憲法解釈通り、停戦後の機雷除去も含めた国際協力の道を探る方が合理的だ。



熊本日日新聞 2015年06月11日
社説:安保法案合憲見解 「違憲」の疑念は消えない


 政府には、真っ向から反論できる材料がないのではないか。
 衆院憲法審査会で参考人の憲法学者全員が集団的自衛権行使を可能とする今国会の安全保障関連法案を「違憲」と指摘したことについて、政府は憲法に違反しないとする見解を文書で野党に示した。だが、その内容は従来の説明の域を出ておらず、突きつけられた疑念を解消するには不十分だ。
 政府見解は「新3要件の従前の憲法解釈との論理的整合性等について」と、「他国の武力の行使との一体化の回避について」の2種類で、内閣官房と内閣法制局の連名。憲法解釈を変更して集団的自衛権行使容認に踏み切った昨年7月の閣議決定を踏まえ、「これまでの政府の憲法解釈との論理的整合性や法的安定性は保たれている」と結論づけた。
 では、その整合性や法的安定性はどう保たれているのか。
 根拠とするのは「必要最小限度の自衛の措置」は憲法上許されるとした1972年の政府見解だ。
 その72年見解は戦争放棄をうたった憲法9条や幸福追求権を明記した13条を踏まえ、「国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態」を排除するため、やむを得ない場合に例外的に自衛のための武力行使が許されるとした。
 一方で、72年見解は「他国への武力行使を阻止する集団的自衛権行使は、憲法上許されない」と結論付けたが、今回政府が持ち出しているのは(1)パワーバランスの変化(2)技術革新の急速な進展(3)大量破壊兵器の脅威、といった「安全保障環境の根本的変容」だ。こうした状況を踏まえれば、他国への武力攻撃であっても「わが国の存立を脅かすことも起こり得る」として、必要最小限度であれば集団的自衛権の行使も例外的な自衛の措置として認められるとした。
 だが、集団的自衛権の行使が、憲法が許す「必要な自衛の措置」に含まれないことは72年以来一貫して政府が示してきた見解だ。安全保障環境の変化が、それを覆す理由になるのか。論理に飛躍があると見るのが一般的ではないか。
 安倍晋三首相は「世界に類を見ない非常に厳しい武力行使の新3要件の下、限定的に行使する」と述べたが、その新3要件について政府見解は「ある程度抽象的な表現は避けられない」とした。矛盾しているとも受け取れる内容で、これではどこまで厳しい要件で限定的なのか、分かりようがない。
 他国軍への後方支援に関して、「外国の武力行使と一体化する恐れが強い」との憲法学者の指摘についても同様だ。「状況に応じて活動の休止や中断をする」と否定したが、他国軍との共同軍事作戦の途中で単独で危機回避行動を取ることが現実的に可能だろうか。
 5月の共同通信社の全国電話世論調査で、安保法案について安倍政権は説明不足だとする回答は81%に上った。政府は、国民を納得させる説明ができないのであれば、いったん法案を取り下げて議論を一からやり直すべきだ。

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