2015-06-21(Sun)

戦争法案 「違憲」法制 (6)廃案で出直すしかない 150616-17

まだ強弁を続けるのか 原点に返り議論し直せ 会期延長せずに撤回を

<各紙社説・論説>
朝日新聞)「違憲」の安保法制 廃案で出直すしかない(6/16)
秋田魁新報):安全保障法案 原点に返り議論し直せ(6/17)
信濃毎日新聞)安保をただす 違憲法案 まだ強弁を続けるのか(6/17)
高知新聞)【憲法審公聴会】安保法案に深まる疑念(6/17)
佐賀新聞)安保法制と憲法 「違憲」の指摘に耳傾けよ(6/17)
宮崎日日新聞)安保法案 撤回含め議論やり直すべき(6/17)
沖縄タイムス)[安保法制 広がる反対世論]会期延長せずに撤回を(6/16)


以下引用



朝日新聞 2015年6月16日05時00分
(社説)「違憲」の安保法制 廃案で出直すしかない


 国会で審議されている法案の正当性がここまで揺らぐのは、異常な事態だ。
 安倍内閣が提出した安全保障関連法の一括改正案と「国際平和支援法案」は、憲法違反の疑いが極めて濃い。
 その最終判断をするのは最高裁だとしても、憲法学者からの警鐘や、「この国会で成立させる必要はない」との国民の声を無視して審議を続けることは、「法治への反逆」というべき行為である。
 維新の党が対案を出すというが、与党との修正協議で正されるレベルの話ではない。いったん廃案とし、安保政策の議論は一からやり直すしかない。
 ■説明つかぬ合憲性
 そもそもの間違いの始まりは集団的自衛権の行使を認めた昨年7月1日の安倍内閣の閣議決定である。
 内閣が行使容認の根拠としたのは、集団的自衛権と憲法との関係を整理した1972年の政府見解だ。この見解は、59年の砂川事件最高裁判決の一部を取り込み、次のような構成をとっている。
 (1)わが国の存立を全うするために必要な自衛の措置をとることを9条は禁じていない。
 (2)しかし、その措置は必要最小限の範囲にとどまるべきだ。
 (3)従って、他国に加えられた武力攻撃を阻止する集団的自衛権の行使は許されない。
 歴代内閣はこの考え方をもとに次のように説明してきた。
 日本は国際法上は集団的自衛権を持っているが、憲法上は集団的自衛権を行使できない。行使できるようにするためには、憲法の改正が必要だ――。
 ところが閣議決定は、(1)と(2)はそのままに、(3)の結論だけを必要最小限の集団的自衛権は行使できると改めた。
 前提となる理屈は同じなのに結論だけを百八十度ひっくり返す。政府はその理由を「安全保障環境の根本的な変容」と説明するが、環境が変われば黒を白にしてよいというのだろうか。この根本的な矛盾を、政府は説明できていない。
 入り口でのボタンの掛け違いが、まっとうな安全保障の議論を妨げている。
 ■安保政策が不安定に
 この閣議決定をもとに法案を成立させるのは、違憲の疑いをうやむやにして、立法府がお墨付きを与えるということだ。
 その結果として可能になるのが、これまでとは次元の異なる自衛隊の活動である。
 限定的とはいいながら、米国など他国への攻撃に自衛隊が反撃できるようになる。政府の判断次第で世界中で他国軍を後方支援できるようになる。弾薬を補給し、戦闘機に給油する。これらは軍事的には戦闘と表裏一体の兵站(へいたん)にほかならない。
 9条のもと、私たちが平和国家のあるべき姿として受け入れてきた「専守防衛の自衛隊」にここまでさせるのである。
 リスクが高まらないわけがない。世界が日本に持っていたイメージも一変する。
 その是非を、国民はまだ問われてはいない。昨年の衆院選は、間違いなくアベノミクスが争点だった。このとき安倍氏に政権を委ねた有権者の中に、こんなことまで任せたと言う人はどれだけいるのか。
 首相が国民の安全を守るために必要だというのなら、9条改正を提起し、96条の手続きに従って、最後は国民投票で承認を得なければならない。
 目的がどんなに正しいとしても、この手続きを回避することは立憲主義に明らかに反する。
 数を頼みに国会を通しても、国民の理解と合意を得ていない「使えない法律」ができて、混乱を招くだけだ。
 将来、イラク戦争のような「間違った戦争」に米国から兵站の支援を求められた時、政府はどう対応するのか。
 住民への給水などかつて自衛隊が実施した復興支援とは訳が違う。派遣すれば国民は反発し、違憲訴訟も提起されるに違いない。断れば、日米同盟にヒビが入る。かえって安全保障体制は不安定になる。
 憲法学者から「違憲」との指摘を受けた後の対応を見ると、政権の憲法軽視は明らかだ。
 砂川事件で最高裁がとった「統治行為論」を盾に、「決めるのは我々だ」と言い募るのは、政治家の「責任」というより「おごり」だ。
 ■憲法の後ろ盾は国民
 先の衆院憲法審査会で、小林節慶大名誉教授がこんな警告を発している。
 「憲法は最高権力を縛るから、最高法という名で神棚に載ってしまう。逆に言えば後ろ盾は何もない。ただの紙切れになってしまう。だから、権力者が開き直った時にはどうするかという問題に常に直面する」
 権力者が開き直り、憲法をないがしろにしようとしているいまこそ、一人ひとりの主権者が憲法の後ろ盾となって、声を上げ続けるしかない。
 「憲法を勝手に変えるな」



秋田魁新報(2015/06/17 付)
社説:安全保障法案 原点に返り議論し直せ


 安全保障関連法案をめぐる国会審議で、法案が憲法違反か否かの対立が深まっている。違憲という憲法学者の指摘を受けて野党が追及、政府・与党は合憲との主張を崩していない。
 そもそもなぜこんなに急いで安保法制を整備しなければならないのか。国会審議を聞いても疑問は解けない。安保法案に対する国民の理解は進まず、反対論も根強い。
 政府・与党はいったん法案を取り下げ、一から議論し直すべきではないか。
 歴代政権は自衛権について次のような見解を堅持してきた。
 (1)憲法は日本の存立を全うするために必要な自衛の措置を禁じていない(2)ただし自衛の措置は必要最小限度にとどまる(3)他国への攻撃を武力によって阻止する集団的自衛権の行使は必要最小限度を超えており、憲法上許されない。
 安倍政権は(1)と(2)はそのまま維持。(3)について中国の台頭など安全保障環境の変化を理由に、限定的であれば集団的自衛権の行使が必要最小限度に含まれるとの解釈を打ち出した。
 議論の道筋を変えずに、結論だけひっくり返す論理展開には無理があり、「集団的自衛権の行使は違憲」と多くの憲法学者から指摘された。
 これに対し政府・与党は「憲法の番人」とされる最高裁が自衛権について唯一判断した56年前の「砂川判決」を持ち出し、集団的自衛権は否定されておらず、法案は合憲と主張。
 だが憲法学者は「砂川判決では集団的自衛権は争点になっていない」とあっさり退けた。
 安保関連法案とは「平和安全法制整備法案」と「国際平和支援法案」の2本を指す。
 一見少なく思えるが、「平和安全法案」は、自衛隊の活動範囲の制限を撤廃する重要影響事態法(周辺事態法改正)や自衛隊法、武力攻撃事態法など関連する改正10法案を一括したもので、他国軍の後方支援を随時可能とする「国際平和法案」と合わせると、計11法案となる。どの法案も「専守防衛」という戦後日本の基本政策を揺るがしかねない内容を含んでいる。
 自衛隊が地球規模で派遣されれば、リスクが高まらないか。これまでの国会審議でこの懸念が払拭(ふっしょく)されたともいえない。
 法案の多さや内容の重要性からして、たとえ今国会を9月まで延長したとしても時間が足りないのは明らかだ。
 何より国民の理解が進んでいない。5月末に共同通信社が実施した世論調査によると、法案について安倍政権が十分に説明しているとは思わない人が80%を超えた。法案に反対の人は47・6%、今国会での成立に反対する人も55・1%と、それぞれ賛成を大きく上回っている。
 与党は法案の採決に向けて維新の党への働き掛けを強めているが、主権者である国民を置き去りにしたまま採決することがあってはならない。



信濃毎日新聞 2015年06月17日(水)
社説:安保をただす 違憲法案 まだ強弁を続けるのか


 政府の反論に説得力がない以上、当然だろう。安全保障関連法案に対して憲法違反との批判がさらに高まっている。とても今国会で成立を目指すような状況ではない。
 憲法学者の長谷部恭男早稲田大教授と小林節慶応大名誉教授がそろって記者会見し、法案は撤回すべきだと主張した。衆院憲法審査会で集団的自衛権の行使容認を違憲としたのに続き、政府の手法を批判している。
 政府が反論のため持ち出したのは1959年の砂川事件最高裁判決だ。両氏は「問われたのは米軍基地の合憲性」「集団的自衛権を行使し得るかどうかは全く争点になっていない」と一蹴した。
 「他国防衛のための海外派兵を本質とする集団的自衛権行使はできない」(小林氏)「憲法9条の下で許される武力行使は個別的自衛権までで、集団的自衛権の行使は典型的な憲法違反だ」(長谷部氏)。曖昧さのない分かりやすい憲法解釈だ。
 法案は、政府の判断次第で自衛隊の海外活動が際限なく広がり得る。武力行使の新3要件などで歯止めをかけたとする安倍晋三首相の説明は受け入れられない。「今はしないと言っていることも考えを変えれば、それまでの話」。長谷部氏が指摘する通りだ。
 小林氏は、違憲の法案がまかり通れば「憲法に従って政治をするというルールがなくなる」とも述べている。立憲主義や法の支配を崩すという問題点にも、あらためて目を向けたい。
 反対論は、憲法学者にとどまらない。物理学や哲学などさまざまな分野の学者でつくるグループも反対の声明を出している。
 衆院憲法審査会の地方公聴会では、6人のうち5人が法案は違憲との立場だった。集団的自衛権を行使できるようにすべきだと考える人も「解釈変更や関連法の整備は憲法の形骸化や憲法規範の軽視になる」と指摘する。
 衆院の特別委員会は、議論がかみ合わないままだ。野党議員の質問に閣僚らが正面から答えようとせず、審議が中断するといった場面が目立つ。
 政府は、現憲法下では認められないとされてきた集団的自衛権行使を解禁しながら、「憲法解釈の基本的な考え方を変えるものではない」と繰り返している。出発点から無理のある法案だ。強弁を重ねても国民の理解は得られない。



高知新聞 2015年06月17日08時03分
社説:【憲法審公聴会】安保法案に深まる疑念


衆院憲法審査会の地方公聴会が高知市で開かれ、県民ら6人が意見を述べた。焦点の安全保障関連法案については反対意見が相次いだ。
 今月4日の審査会で憲法学者3人全員が法案を「違憲」と明言したことと合わせ、国民の間に反対論が根強い実情をあらためて示した。
 政府はこうした声を真摯(しんし)に受け止めなければならない。
 公聴会での陳述者は尾﨑正直知事や高知大の岡田健一郎准教授ら6人。
 憲法解釈を見直すことで集団的自衛権の行使を可能とした安保法案について、憲法学が専門の岡田准教授が「条文から大きく逸脱した憲法解釈は許されず、違憲と言わざるを得ない」と述べるなど、5人が反対または否定的見解を示した。
 このうち1人は集団的自衛権の行使に賛成だが、そのためには解釈変更ではなく憲法改正が必要との立場だ。尾﨑知事はあくまで自衛目的を条件に法案を容認した。
 各種世論調査で法案への国民の反対は根強く、政府の説明不足を指摘する声が圧倒的に多い。公聴会の「反対多数」にも、それらが反映したものと考えられる。
 問題はこうした民意をどこまで真剣に受け止めているかだ。
 憲法審査会の保岡興治会長(自民党)は、憲法改正をテーマとする審査会が個別法案の論議の舞台となってきていることに「(本来の役割から)脱線している」と違和感を示している。
 しかし、安全保障と憲法は密接に関わる問題だ。国会では今、集団的自衛権の行使を憲法の解釈変更で認めたことの是非が問われてもいる。審査会で安保法案を取り上げても不都合はあるまい。
 審査会には憲法改正問題への国民の関心を高めるという役割もあろう。そのためには公聴会をもっと頻繁に全国各地で開催し、安保法案に関する国民の意見を聞くべきではないか。
説明責任果たせ
 政府、与党もかたくなである。
 憲法学者3人の違憲発言に対し菅官房長官は「全く当たらない」。自民の高村副総裁も
「憲法学者の言う通りにしていたら、自衛隊も日米安全保障条約もない。日本の平和と安全が保たれたか疑わしい」と反論した。
 まるで聞く耳を持たないかのような対応には、高知市の公聴会でも厳しい批判が出た。
「多くの憲法学者が支持しないような強引な法解釈をどうして国民が納得できるのか」。極めてまっとうな意見である。
 専門家が政府に都合のいいことを言えば「お墨付きを得た」と歓迎し、そうでなければ無視を決め込む。そんな姿勢で国民の理解を深めることなどできるはずがない。
 安倍首相が橋下徹・大阪市長(維新の党最高顧問)と会談したことを受け、政府、自民党は維新の党と安保法案をめぐる修正協議の検討に入った。法案採決に維新の党議員の出席を得ることで、与党による「強行採決」の批判をかわしたい狙いがあるのだろう。
 野党分断という政局絡みのやり方に力を注ぐよりも、安倍首相の口癖である「国民に丁寧に説明する」ことにもっと汗を流してはどうか。
 憲政の中枢を担う人たちは「重要な地位にある以上、批判に対して相当の説明責任を果たすべきだ」。公聴会で出た意見に、しっかり応えなければならない。



佐賀新聞 2015年06月17日 05時05分
論説:安保法制と憲法 「違憲」の指摘に耳傾けよ


 安全保障関連法案に対して専門家から疑問の声が相次いでいる。衆院憲法審査会に出席した参考人3人全員が「違憲」と指摘したほか、高知市で開かれた地方公聴会に登壇した憲法学者も「違憲」の見解を示した。「違憲」の法制がまかり通れば、立憲主義が土台から崩壊してしまう。政府は専門家の声に真摯(しんし)に耳を傾けるべきだ。
 政府にとって誤算だったのは、憲法審査会に自民党推薦で招致された長谷部恭男早稲田大教授による「違憲」の指摘だろう。「集団的自衛権の行使容認は憲法違反で、従来の政府見解の基本的な論理の枠内では説明がつかない」と明快に言い切った。15日の会見でも「95%を超える憲法学者が違憲だと考えているのではないか」と話している。
 現実に今月3日、憲法学者が廃案要求の声明を発表したが、16日午前の時点で呼びかけ人・賛同者は230人にのぼる。声明では「法案策定までの手続きが立憲主義、国民主権、議会制民主主義に反する」「法案の内容が憲法9条その他に反する」とし、法案の前提となる昨年7月の集団的自衛権行使容認の閣議決定から撤回すべきと訴える。そもそもの閣議決定自体が無理筋だという考えだ。
 それはもっともな指摘だ。集団的自衛権の行使容認をめぐって、過去に「憲法改正が必要」とした内閣法制局の答弁がある。1983年2月の衆院予算委員会で角田礼次郎内閣法制局長官が「集団的自衛権の行使を憲法上認めたいという考え方があり、それを明確にしたいということであれば、憲法改正という手段を当然取らざるを得ない」と明確に答えている。
 さらに96年2月の衆院予算委員会では大森政輔内閣法制局長官が「政府がその政策のために従来の憲法解釈を基本的に変更するということは、政府の憲法解釈の権威を著しく失墜させ、(略)憲法を頂点とする法秩序の維持という観点から見ても問題がある」とまで言及している。
 安倍晋三首相は、砂川事件最高裁判決を安保法制合憲の論拠としている。ただ事件で問題とされたのは日米安保条約の合憲性で、集団的自衛権は問われていない。憲法審査会で意見陳述した小林節慶応大名誉教授は「合憲の根拠に砂川事件を引用するのは珍妙だ」と切り捨てた。
 中谷元・防衛相は「政府による憲法解釈の裁量の範囲内」とし、将来的な解釈の再変更の可能性に言及する答弁もあった。権力を縛る最高法規としての憲法の重みを感じていないのではないか。
 日本国憲法98条は「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」と規定する。憲法違反の法律は存在しえない。多くの専門家が違憲と指摘する安保法制をそのまま成立させれば、根本矛盾に陥ってしまう。
 安全保障に関する環境が厳しさを増しているという安保法制の必要性は理解できる。そのための法整備を進めたいのであれば、憲法改正が本筋だろう。菅義偉官房長官は維新の党などから修正案が出れば対応したいとの考えを示したが、小手先の対応では本質的な問題解決にならない。政府はそれを認識すべきだ。(梶原幸司)



宮崎日日新聞 2015年6月17日
社説:安保法案 撤回含め議論やり直すべき


 ますます国民から遠ざかってきた印象だ。安全保障関連法案の議論である。「違憲」だとする憲法学者たちの指摘をはねのけ、国会を大幅延長してまで成立を目指そうとする政府・与党。
 さらに野党連携の分断を狙うかのようなタイミングで、安倍晋三首相と維新の党最高顧問の橋下徹大阪市長が会談した。内容は定かではないが、密室で流れが決まるようなことはあってはならない。国民の不安を聞き国民の見える舞台で堂々と議論を進めてほしい。
■噴出する「違憲」見解■
 安保関連法案に対し、衆院憲法審査会で憲法学の専門家3人全員が「憲法違反」との認識を表明したのに続き、高知市であった衆院憲法審査会の地方公聴会で、意見陳述した6人のうち5人が「違憲」の立場から見解を示した。
 「(現行憲法の)平和主義や立憲主義に深刻な影響を与える。政府は撤回すべきで、違憲と言わざるを得ない」「多くの憲法学者が支持しないような強引な解釈を、どうして国民が納得できるのか」といった声が上がった。
 安倍首相はじめ政府・与党が感じ取らなければならないのは、今回の法案が、憲法の根幹に関わることだと不安に感じている人が多くいるという現実だ。この現実にまっすぐ向き合うべきだろう。
 自民、公明両党と次世代の党が推薦し、衆院憲法審査会に参考人として出た早稲田大の長谷部恭男教授は記者会見で、与党議員から「安全保障の素人」と言い捨てられたことに触れた。「自分にとって都合が悪いことを言えば、素人だと侮蔑の言葉を投げつける」と発言した。言い得て妙だ。
 国会提出時も安倍首相は戦争法案との指摘を「レッテル貼り」と一蹴した。批判を受け止めず侮蔑的態度で流す。こんな中で議論が成熟していくとは考えられない。
■自民党にも批判の声■
 健全な議論を生みだす役割が求められるのは野党だが、国民の声の受け皿になり得ていない面もあり、安倍政権は強気でいられるのだろう。ところが「違憲」との見方は日を追って広がり、自民党内からも批判の声が聞こえ始めた。
 流れを変えるきっかけにしたいと狙ったのか、安倍首相は橋下市長と会談した。橋下市長はツイッターに「維新の党は民主党とは一線を画すべきだ」と投稿。野党の共闘にくさびを打ちたい安倍首相を後方支援する形となった。
 維新の党は対案づくりを急ぎ始めた。あらゆる観点から法案を見つめることは重要だ。しかし、これまでの議論の積み重ねで明確化してきた大きな論点がぼけるようなことがあってはならない。
 それは、法案は違憲ではないのかという素朴な疑問である。複雑で難解で、さまざまな解釈が可能な答えしか用意できないようでは、国民不安は解消されない。分かりやすく筋の通った説明ができないなら、法案撤回も含めて一から議論をやり直すべきではないか。



沖縄タイムス 2015年6月16日 05:30
社説:[安保法制 広がる反対世論]会期延長せずに撤回を


 安全保障関連法案を審議する衆院の平和安全法制特別委員会が、週明けの15日から正常化された。
 与党は24日までの国会会期を大幅に延長し、法案の成立を図る考えである。14日には、安倍晋三首相が維新の党の橋下徹最高顧問と会談するなど、野党分断を狙って維新の党への働き掛けを強めている。
 だが、安保法案はあまりにも問題が多すぎる。
 内閣法制局の長官経験者を含む圧倒的多数の憲法学者が、審議中の法案を違憲だと断じているのである。廃案呼び掛けに賛同する憲法学者の数は200人を超えた。
 元自民党幹部の山崎拓、亀井静香、藤井裕久、武村正義の各氏も会見で「歴代政権が踏襲してきた憲法解釈を一内閣の恣意(しい)によって変更することは認めがたい」と法案を批判した。
 圧倒的多数の専門家や自民党OBから重大な指摘を受けたということは、法案に欠陥があることを示すものだ。
 政府側答弁は二転三転し、ただでさえ理解困難な法案をますます分かりにくくしている。共同通信社が5月に実施した全国電話世論調査では、安倍政権の説明不足を指摘する回答が81%に上った。
 安倍首相は、戦後日本の安全保障政策の根本的な転換をもたらす法案の今国会成立を、事もあろうに、訪米時に、米国に約束した。国会無視、主権者無視の従属的姿勢は、それだけでも廃案理由に当たるほどの失態だ。
    ■    ■
 政府は、新3要件を満たせば集団的自衛権の行使が限定的に認められる、と主張する。
 わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、それによって「わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」とは、具体的にどのような事態を指すのか。
 岸田文雄外相は昨年7月の衆院予算委員会(閉会中審査)で、日米同盟はわが国の平和と安全を維持する上で死活的に重要なので、「米国への攻撃は3要件に当てはまる可能性が高い」と答弁した。
 日米一体化を推進する外務省の本音が出た発言だが、極めて危うい発想だ。この抽象的な要件が具体的に何を指すのか、どのような状況で武力行使ができて、どのような場合にはできないのか、特別委員会の質疑でも、明確に示すことはできなかった。
 厳しい歯止めのつもりで打ち出したにもかかわらず、実際の運用においては骨抜きにされる可能性が高い。
    ■    ■
 政府・自民党は、集団的自衛権の行使容認を合憲とする根拠として、1959年に最高裁が出した「砂川事件判決」を挙げるが、この点についても、多くの憲法学者は「根拠にならない」と否定的だ。
 法律に合わせて憲法を解釈し直すというのは、立憲主義を無視したあべこべの考えだが、国会答弁で中谷元・防衛相はそれをぽろっと口にしてしまった。あとで答弁を修正したが、事ほどさように危なっかしい法案なのである。

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