2015-07-04(Sat)

戦争法案 (10)「違憲」立法 強行するな! 150701-03

閣議決定1年出発点の無理が鮮明に 「立憲主義」の基本に返れ 「違憲」の声は広がるばかりだ

<各紙社説・論説>
河北新報)安保法案の審議/必要性揺らぐ集団的自衛権(7/3)
信濃毎日新聞)安保をただす 法案の採決 日程ありきの与党方針(7/3)
西日本新聞)憲法と徴兵制 やはり解釈変更は危うい(7/3)
東京新聞)集団的自衛権容認1年 立憲主義を守らねば(7/2)
しんぶん赤旗)戦争法案と世論 「違憲」の声は広がるばかりだ(7/2)
岩手日報)滞る安保論議 「振り出し」に立ち返れ(7/2)
信濃毎日新聞)安保をただす 閣議決定1年 出発点の無理が鮮明に(7/1)
京都新聞)集団的自衛権  根本の議論が足りない(7/1)
山陰中央新報)集団的自衛権容認1年/看過していい憲法観か(7/1)
愛媛新聞)集団的自衛権決定1年 首相発言で不安と疑念が強まる (7/1)
熊本日日新聞)安保法案 「立憲主義」の基本に返れ(7/1)




以下引用



河北新報 2015年07月03日金曜日
社説:安保法案の審議/必要性揺らぐ集団的自衛権


 歴代政権が踏襲してきた集団的自衛権行使を禁じる政府の憲法解釈を変更し行使容認に踏み切った決断を、どう受け止めればいいのだろう。
 閣議決定から1日で1年。集団的自衛権行使を組み込んだ安全保障関連法案をめぐる国会審議の進展とともに、今、その是非があらためて根本から問われている。
 政府が「合憲」とする根拠について、憲法学者らが「従来の政府見解の基本的な論理の枠内では説明がつかないし、法的安定性を揺るがす」などと真っ向批判、「違憲」との見方が広がっている。
 そのハードルを越え、懐疑的な見方に傾く世論の賛同を得ること、そのこと自体、容易ではないが、国会審議の政府答弁で肝心の集団的自衛権行使の必要性が大きく揺らいでいるからだ。
 集団的自衛権の行使は、米国のような日本と密接な関係にある他国が武力攻撃を受けた場合、自衛隊が武力で反撃することと説明される。安倍政権は憲法の制約を踏まえ、存立危機事態など新3要件を付し、行使を容認した。
 閣議決定後の記者会見などで(1)朝鮮半島有事を想定した弾道ミサイル警戒中や邦人輸送中の米艦防護(2)中東・ホルムズ海峡での停戦前の機雷掃海-を例に、容認の妥当性を強調してきた。
 にもかかわらず、安保法案の国会審議では法が成立しても想定通りの活動が行えるか、疑わせる答弁が相次いでいるのだ。
 ミサイル警戒中の米艦防護をめぐり、安倍晋三首相は衆院平和安全法制特別委員会で「米軍に武力攻撃が発生しても、直ちに存立危機事態になるわけではない」と説明。横畠裕介内閣法制局長官も従来の長官答弁を念頭に「わが国への武力攻撃の着手と認定できるなら、個別的自衛権が許される」と答弁した。
 横畠氏は邦人輸送中の米艦防護に関しても「単に米輸送艦が攻撃を受けることで、武力行使の新3要件に当たるというものではない」と述べ、自衛隊が加われない事態があり得るとの見解を示した。
 機雷掃海についても、経済的要因だけでは存立危機事態とならないというのが政府の立場。横畠氏は「個別的自衛権の発動で処理することはあり得る」と述べており、集団的自衛権行使の必要性は大きく後退する。
 限定容認を強調しなければ、違憲性の疑義を乗り越えられない弱みが言わせている側面はあろうが、緊急性の乏しい法案を慌てて通す理屈はない。従来の解釈に沿って個別的自衛権で対応できるのであれば、なおさらだ。
 新たな安保法制が期待するのはつまるところ、日米同盟強化による仮想敵国に対する抑止効果だ。確かに、日本周辺の安保環境は変化しているが、当該国の警戒感を高めるマイナス効果も見定め、過剰反応は慎みたい。
 安保政策に法的不備があれば、直ちに整備を図るべきである。ただ、そのことと、改憲回避の疑念を呼ぶ手法で実効性も危うい集団的自衛権行使に踏み込むこととは別だ。その政策判断に厳しい目が注がれるのは当然だろう。
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信濃毎日新聞 2015年07月03日(金)
社説:安保をただす 法案の採決 日程ありきの与党方針


 審議を尽くすことなく、押し切ろうというのか。安全保障関連法案について、15日の委員会採決、16日の衆院通過を目指す方針を与党が固めた。日程ありきの姿勢が鮮明だ。
 自民、公明両党の幹事長が会談し、確認した。特別委員会での審議は週内に80時間を超えるとみられる。与党はこれを採決の目安としてきた。問われるのは時間でなく、審議の中身だ。かみ合わないやりとりを重ねても採決を正当化する根拠にはならない。
 衆院憲法審査会で参考人の学者がそろって法案を「違憲」としたのをきっかけに、審議の焦点は憲法との整合性に立ち戻った。ここにきて自民党勉強会での「マスコミを懲らしめる」といった発言をめぐっても紛糾している。
 関連法案は2本、うち1本は10の改正法案をひとくくりにしている。集団的自衛権の行使、地球規模での他国軍支援、国際紛争後の治安維持活動など内容は多岐にわたる。一つ一つ問題点を掘り下げる必要があるのに、精緻な議論ができる状況ではない。
 審議入りから1カ月余り、いまだに分からないことだらけだ。法案にある「存立危機事態」や「重要影響事態」とは、どんな場合を指すのか。政府の説明は「全ての情報を総合し、客観的、合理的に判断する」などと、つかみどころのないものに終始している。
 後方支援には「兵たんなしに戦闘はできない」「戦争の一環」といった批判が続く。中谷元・防衛相は、空中給油機による米軍戦闘機への給油が可能になるとの認識も示している。「他国の武力行使との一体化」を禁じる憲法解釈とつじつまが合うのか。
 武力攻撃に至らない「グレーゾーン事態」への対処、国連平和維持活動(PKO)などの国際貢献の在り方を含め、議論を尽くすべき点はほかにも多い。
 世論調査では、法案そのものについても、今国会での成立についても、「反対」との回答が多数を占める。撤回や廃案、慎重審議を求める意見書の可決も地方議会で広がっている。国民の理解は得られていない。
 与党は、採決の前提となる中央公聴会を13日までに開きたい考えだ。衆院通過の環境づくりを慌ただしく進めようとしている。意見を聴いたという体裁を整え、数の力でごり押しするなら、政治不信をさらに深める
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=2015/07/03付 西日本新聞朝刊=
社説:憲法と徴兵制 やはり解釈変更は危うい


2015年07月03日 10時37分
 安全保障関連法案に関する国会の審議が、徴兵制をめぐる議論にまで発展している。
 衆院平和安全法制特別委員会で野党が同法案に関連し「将来的に徴兵制が導入されることにはならないか」とただした。政府側は「ありえない」と否定している。
 だが、よく考えれば、野党の懸念には十分な理由がある。
 簡単に説明しよう。憲法は「徴兵制を禁止する」とは明記していない。その上で、これまで政府は「意に反する苦役に服させられない」と規定した憲法18条などを論拠に、本人の意思に反して兵役を強制するのは憲法上許されない、と判断してきた。「徴兵制は違憲」という結論は、こうした「憲法解釈」に基づいている。
 この憲法解釈は、歴代政権が引き継いできた。憲法には明記されていないが確定的な解釈で禁じられてきた-という点は、集団的自衛権の行使と同じだ。
 しかし、安倍晋三内閣は1年前の閣議決定で「集団的自衛権は行使できる」と憲法解釈を変更した。これが許されるのなら、そのうち政府が徴兵制についても解釈を変え、「合憲」と言い出すのではないか-。そんな疑念である。
 憲法解釈を安易に変更する最大の問題点はここにある。憲法には何から何まで書いてあるわけではない。そこで、長年の解釈の積み重ねで「できること」と「できないこと」を確定してきた。それが全て揺らいでしまうのは危うい。
 徴兵制をめぐっては、自民党の石破茂地方創生担当相が、過去に国会で「意に反した奴隷的な苦役だとは思わない」と発言し、憲法18条を根拠とする徴兵制の禁止に疑問を呈したことがある。
 現代の軍事行動は専門性が高く、徴兵制は適さないとの指摘がある。一方で、少子化が進み、自衛隊の任務に危険が増して入隊者が減れば、徴兵制が必要になるという観測も現実味が増している。
 国民に直接関わる徴兵制というテーマを通して、今回の憲法解釈変更と安保法案の持つ意味を、もう一度深く考えてみたい。
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東京新聞 2015年7月2日
【社説】集団的自衛権容認1年 立憲主義を守らねば


 安全保障法制に国民の半数以上が反対しているのは、憲法違反の疑いがあるからだ。集団的自衛権の行使を認めた閣議決定そのものを見直すべきである。
 「光陰矢のごとし」である。
 安倍内閣が昨年七月一日、政府の憲法解釈を変更し、集団的自衛権の行使容認に転じる閣議決定をしてから一年たった。
 昨年十二月の衆院選を挟み、自民、公明両党は今年二月、安保法制関連法案をめぐる協議を再開。五月には政府が、集団的自衛権の行使に道を開く安保関連法案を国会に提出し、現在、衆院平和安全法制特別委員会で審議中だ。
◆審議とともに反対増
 特別委での審議時間は、安倍晋三首相も出席する三日の集中審議を終えれば、与党がめどとする八十時間を超える。六日の沖縄、埼玉両県での参考人質疑に続き、与党側は八日に中央公聴会を開くよう提案するなど、委員会採決のタイミングをうかがう。
 しかし、これだけ審議時間を重ねても、安保法制は国民の理解を得るには至っていない。
 共同通信社が六月二十、二十一両日に実施した全国電話世論調査では、安保法案「反対」は58・7%で、五月の前回調査から11・1ポイント増えた。法案の今国会成立「反対」も前回より8・0ポイント増の63・1%。審議を重ねるほど、法案反対が増えているのが実情だ。
 なぜ、国民の理解が広がらないのか。それは安保法案の柱である集団的自衛権の行使が、多くの憲法学者から「憲法違反」と指摘されているからにほかならない。
 法案がよりどころとしている、行使を認めるために政府の憲法解釈を変更した閣議決定の正当性にも疑問が投げかけられている。
 安倍政権はまず、こうした指摘を重く受け止めるべきである。
◆「砂川」持ち出す無理
 昨年七月の閣議決定は、一九七二年の政府見解「集団的自衛権と憲法との関係」の基本的な論理を受け継いではいる。
 憲法九条は、日本の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を禁じておらず、外国の武力攻撃によって国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される急迫、不正の事態に対処し、これらの権利を守るためのやむを得ない措置としての必要最小限度の武力の行使は許容される、というものだ。
 七二年見解では、この基本的な論理から、他国に加えられた武力攻撃を阻止する集団的自衛権の行使は憲法上許されないとの結論を導き出しているが、昨年七月の閣議決定は結論を入れ替え、憲法が認める「自衛」には集団的自衛権の一部も含まれると主張した。
 七二年見解は、それまで国会で積み上げてきた議論を基に組み立てられており、それ以降も自民党政権を含めた歴代内閣が四十年以上堅持し、定着したものだ。
 現行憲法が、他国同士の戦争に参戦する集団的自衛権の行使を認めていると読み解くのは無理がある。一内閣の判断で憲法を正反対の意味に強引に読み替える「解釈改憲」は到底許されない。
 集団的自衛権を行使しなければ日本の平和と安全を維持できないのなら衆参両院で三分の二以上の賛成を得て憲法改正を発議し、国民投票に判断を委ねるのが筋だ。
 憲法学者の多くが安保法案を違憲と批判したことを受けて、政府が再び持ち出したのが五九年の砂川事件判決である。
 首相は衆院予算委員会での答弁で「砂川判決で、自衛権はあると最高裁は判断した。判決では個別的自衛権、集団的自衛権について触れていないが、時々の内閣が必要な自衛の措置とは何かを考えるのは当然だ」と述べた。
 しかし、砂川事件では米軍駐留の合憲性が問われ、日本が集団的自衛権を行使できるか否かは議論されていない。判決が認める自衛の措置に集団的自衛権が含まれると解釈するのは強引に過ぎる。
 安倍首相は、国際情勢の変化を口実に、憲法解釈など変えてもいいと考えているようだが、そのようなことをすれば最高法規としての憲法の規範性が揺らぐ。憲法で国家権力を縛る立憲主義の本質にあまりにも無自覚ではないか。
◆憲政に汚点を残すな
 海外で武力の行使をしない「専守防衛」を貫いてきた現行憲法の平和主義は、日本国民だけで三百十万人の犠牲者を出した先の大戦の反省にも基づく。
 国会会期は現行憲法下で最長の九十五日間延長され、政府と与党は安保法案を会期内に成立させる構えだが、そもそも法案が根拠とする閣議決定自体に無理がある。
 安保法案の撤回、廃案はもちろん、安倍内閣は閣議決定を白紙に戻すべきである。国民多数が反対する法案の成立を強行し、憲政史上に汚点を残してはならない。
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しんぶん赤旗 2015年7月2日(木)
主張:戦争法案と世論 「違憲」の声は広がるばかりだ


 安倍晋三政権が今国会での成立を狙う戦争法案(安全保障関連法案)について、半数以上の人が「憲法違反」と答える世論調査が相次いでいます。今国会での成立に反対の人はいずれも約6割に上ります。今国会での強行が許されないのはもちろん、国民多数が「違憲」と考える法案は直ちに廃案にする以外にありません。
国民の中で政権は孤立
 ▽安保関連法案に関し「合憲」「違憲」の見解のどちらがより納得できるかとの問いに対し、違憲57・7%、合憲21・7%(「産経」6月30日付)▽法案は「憲法に違反している」56%、「違反していない」22%(「日経」同29日付)▽憲法学者の「憲法違反」との主張を「支持する」50%、これに反論する安倍政権の主張を「支持する」17%(「朝日」同23日付)▽「憲法に違反していると思う」56・7%、「違反しているとは思わない」29・2%(「共同」同21日配信)
 政府が提出している法案を「憲法違反」と考える人がこれだけ多くを占めるのは異例の事態です。法案を「合憲」と強弁する安倍政権は国民の中で孤立しています。
 国会審議でも議論をすればするほど法案の違憲性は明らかになるばかりです。日本共産党などの論戦や自民党推薦を含む憲法学者や元内閣法制局長官の参考人質疑により、憲法違反の問題が次々と浮き彫りになっています。
 日本共産党は、米国の地球規模での戦争で自衛隊がこれまで「戦闘地域」とされてきた地域まで出掛け、弾薬の補給や武器の輸送などの「後方支援」=兵たんを行うことについて、「他国の武力行使と一体でない後方支援は憲法に反しない」との政府の議論が世界で通用しないことなどを明らかにしてきました。小林節慶応大学名誉教授(憲法)も、自衛隊が行う「後方支援」は他国の武力行使との「一体化そのものだ」とし、「兵たんなしに戦闘はできない」「露骨な戦争参加法案」だと批判しました。
 国連平和維持活動(PKO)と関係なく、戦乱が続く地域に自衛隊を派兵して治安活動を行うことについては、宮崎礼壹(れいいち)元内閣法制局長官が、自衛隊に駆けつけ警護や任務遂行のための武器使用を認めたことで「停戦合意が崩れればたちまち深刻な混乱を招き、結果的に憲法違反の武力行使に至る恐れが大きい」と告発しています。
 集団的自衛権を発動して米国の戦争に自衛隊が参戦し、海外で武力行使に乗り出す問題では、自民党推薦の長谷部恭男早稲田大学教授(憲法)が「憲法違反」と断言し、政府に衝撃を与えました。阪田雅裕元内閣法制局長官は、政府がホルムズ海峡の機雷掃海を実例に挙げていることについて「わが国の重要な利益を守るために必要があると判断すれば集団的自衛権を行使できると言っているのに等しい。そうだとすると、到底、従来の政府の(憲法)解釈の基本的な論理の枠内とは言えなくなる」と指摘しました。戦争法案と憲法9条が両立しないのは明白です。
世論を広げ追い詰める
 政府の説明は完全に破綻しており、数の力で押し通すことなど絶対に許されません。法案に反対する声と運動は、学者、法曹界、若者、女性、地域などで大きく広がっています。反対世論を急速に広げ、安倍政権を追い詰めることが重要です。
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岩手日報(2015.7.2)
論説:滞る安保論議 「振り出し」に立ち返れ


 安倍政権は昨年7月1日の閣議決定で、歴代政権が「憲法上、認められない」としてきた集団的自衛権の行使に道を開いた。
 それから1年。国民の間に「政権の判断は憲法違反ではないのか」との疑念が高まる現状で、議論は振り出しに戻った感がある。
 それでも政府、与党は、集団的自衛権行使容認を前提とした安全保障法制整備法案の今国会成立にこだわる。会期も戦後最大幅の95日間延長したが、違憲の疑いに対し「合法性には確信がある」(安倍晋三首相)などとする観念的な答弁を続ける限り、どこまで行っても国民の理解は広がらないだろう。
 安倍首相は委員会答弁で、憲法解釈変更の正当性を国際情勢の変化に求めた。安保法制の恣意的運用が懸念される折から、その可能性を示唆しこそすれ説得力は乏しい。
 大多数の憲法学者や歴代内閣法制局長官ら専門家は、こぞって合憲性に疑義を申し立てている。共同通信をはじめ各メディアの世論調査の結果も、政府方針に批判的だ。
 もとより憲法に関わって、「数の力」で押し切るべき問題ではない。政府、与党は議論が振り出しに戻ったことを認めるところから出直さなければなるまい。
 ここに来て、このまま与党ペースで安保法案を成立させることに根本的な不安が顕在化した。意に沿わない報道に対する圧力を主張してやまない自民党議員らの存在だ。
 問題発言が相次いだ懇話会に集まったのは安倍首相に近い若手とされるが、同首相は与党の公明党・山口那津男代表に陳謝したにとどまっている。自民党の谷垣禎一幹事長は日を置かず、その権限で懇話会代表ら4人を処分。執行部は所属議員に、テレビなどへの出演自粛を求めた。
 この対応には、内部に不満がくすぶる。厳重注意を受けた議員の一人が「問題があったとは思えない」と正当性を主張したのは象徴的。処分された理由に本人の自覚がなければ効果がないのは、子どもをしかる場合と一緒だ。
 加えて党は他の議員にも一律に、テレビなどでしゃべるなという。表面化した発言は氷山の一角。同様の認識を持つ議員の裾野が広いことを、暗に認めるようではある。
 安保法案に関し、国民の多くが「説明不足」と認識しているのは世論調査に明らか。その責任に目をつぶり、嵐が頭上を過ぎるのをひたすら待つつもりなのだろうか。
 集団的自衛権や安保法案そのもの以前の問題として、政権を支え、法案を支持する議員らの基本認識に対する疑念が国民の不安をあおっていることを、政府、与党はもっと深刻に受け止めるべきだ。
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信濃毎日新聞 2015年07月01日(水)
社説:安保をただす 閣議決定1年 出発点の無理が鮮明に


 新たな憲法解釈の閣議決定から、ちょうど1年になる。
 「集団的自衛権が現行憲法の下で認められるのか、そうした抽象的、観念的な議論ではない。国民の命と平和な暮らしを守るため現行憲法の下で何をなすべきかの議論だ」
 安倍晋三首相は昨年7月の記者会見で強調していた。
 今、その正当性があらためて問われている。集団的自衛権の行使容認を「憲法違反」とする指摘が絶えない。出発点に無理があったことを示す展開だ。
 閣議決定以来、政府は「憲法解釈の基本的な考え方は何ら変わらない」と繰り返してきた。これに対して、憲法学者ら多くの専門家が「従来の政府見解の基本的な論理の枠内では説明がつかない」などと異を唱えている。
 どんな場合に集団的自衛権を行使するかは依然、曖昧だ。
 首相は「海外派兵は一般に許されない」とした上で、中東での機雷掃海を例外に挙げる。唯一の事例かとの問いには「安全保障において『これが全て』と言うことは差し控えたい」と、将来の拡大に含みを残している。
 政府の判断で武力行使を制約なく広げられるなら、憲法は無いも同然になる。
 1年前、首相は「今後とも丁寧に説明を行いながら、国民の理解を得る努力を続けていく」としていた。言葉とは裏腹に論点をすり替えるような発言が目立つ。
 自衛隊員のリスクが高まるとの指摘に「木を見て森を見ない議論が多い」とした。「戦争に巻き込まれるとレッテル貼りのような議論が行われるのは大変残念だ」とも述べている。海外活動を拡大する法案への当然の懸念なのに、正面から答えようとしない。
 これで国民の理解を得られるはずがない。世論調査では「十分に説明しているとは思わない」との回答が8割を超えている。
 中国の海洋進出や北朝鮮の核・ミサイル開発をはじめ、日本を取り巻く環境が変化しているのは確かだ。国際社会もテロや紛争などさまざまな難題を抱える。
 防衛上どんな課題があり、どう対処すべきなのか。国際社会の平和や安定にどう貢献したらいいのか。本来なら国民的な議論を深めるべきなのに、国会で堂々巡りが続く。論理的に説明できない法案がまっとうな論議の妨げになっていることを政府は認めるべきだ。
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[京都新聞 2015年07月01日掲載]
社説:集団的自衛権  根本の議論が足りない


 安倍政権が集団的自衛権の行使を認める閣議決定をしてから、きょうで1年になる。
 本来、必要なはずの憲法改正の手続きを経ずに解釈を変更し、国会審議もほとんどないままの決定だった。今国会で審議中の安全保障関連法案は憲法違反だとする声が憲法学者や内閣法制局の元長官から噴出しているが、問題の始まりが昨年7月1日の強引な閣議決定にあったことをあらためて確認したい。
 安倍晋三首相は「国際情勢に目をつぶって従来の解釈に固執するのは、政治家として責任放棄だ」とし、「決めるときには決めることになる」と今国会での成立へ強気の構えをみせている。
 だが政府は安保法案を「合憲」とする説得力のある説明ができていない。むしろ違憲の疑念は深まる一方だ。共同通信などの世論調査でも過半数が違憲とみている。
 ごり押しで成立を図れば、国民の憲法への信頼は崩れ、法治国家の土台を揺るがすことになりかねない。政府がなすべきことは、異論に耳を傾け、国民が納得のいくよう説明を尽くすことだ。それができないなら、閣議決定以前に立ち返って、法案を撤回した方がいい。
 そもそも、閣議決定に向けた進め方自体が乱暴だった。首相は人事権を使い、それまで行使容認ができないとしてきた内閣法制局の方向を変え、長年続いた憲法解釈を変えた。
 解釈変更の根拠とした1972年の政府見解にしても、必要最小限度の「自衛の措置」は認めても集団的自衛権の行使は否定している。なのに「安全保障環境の根本的な変容」を理由に同じ論理を使用し、真逆の結論を導きだした。環境で憲法解釈を大きく変えられるなら法治国家は人治国家に近づいていく。
 日本が攻撃を受けて発動する個別的自衛権に限った従来の専守防衛の解釈も広げ、武力行使の新3要件を満たせば、中東・ホルムズ海峡の機雷掃海のような集団的自衛権行使まで専守防衛にあたるとした。これなどは言葉の概念自体を変えるような解釈変更だろう。
 集団的自衛権の行使は、現実問題として本当に必要なのかという疑問も消えていない。政府が典型的な事例として持ち出す日本近海の米艦防護なども、従来の個別的自衛権で対応できるとの見解は根強くある。
 集団的自衛権の行使をめぐっては、根本的な議論がまだまだ足りない。
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山陰中央新報 ('15/07/01)
論説 : 集団的自衛権容認1年/看過していい憲法観か


 安倍内閣が、集団的自衛権の行使を容認した昨年7月の閣議決定から1年。今年2月には自民、公明両党が協議を再開し、その合意を経て、政府が5月に安全保障関連法案を国会提出。衆院平和安全法制特別委員会で審議が行われてきた。
 しかし、国会審議を重ねても法案に対する国民の理解は深まっていない。それどころか衆院憲法審査会で憲法学者3人全員が法案を「違憲」と指摘したことをきっかけに集団的自衛権の行使容認の合憲性があらためて主要な争点になっている。
 このため議論は、安倍晋三首相が、有識者懇談会の報告を受けて政府、与党に行使容認の検討を指示した昨年5月時点まで立ち戻った格好だ。
 論議がかみ合わない背景には、国際情勢の変化に応じて憲法解釈を変えてもいいとする安倍首相の考えがある。
 首相は6月18日の衆院予算委員会で、集団的自衛権の行使に関する考えを問われ、「国際情勢に目をつぶり、従来の解釈に固執するのは政治家としての責任放棄だ」と述べた。逆に読めば、状況の変化によって憲法解釈を変えるのが政治家の責任だという主張になる。
 しかし、この理屈を肯定すると、状況変化を理由にすれば時々の内閣が解釈を自由に変更できることになる。それでは最高法規としての憲法の規範性が揺らいでしまう。憲法で国家権力を縛るという立憲主義が民主主義国家で採用されているのはそのためだ。
 首相の主張の背景には独特の憲法観がうかがえる。2013年4月の参院予算委員会で安倍首相は次のように答弁している。
 「憲法というのは、権力者の手を縛る、為政者に対して制限を加えるという側面もあるが、実際は自由民主主義、基本的な人権が定着している今日、王制時代とは違うから、国の理想やかたちを示すものでもある」
 さらにその年末に出版した百田尚樹氏との共著では立憲主義について「ある意味、古色蒼然(そうぜん)とした考え方」と指摘している。立憲主義を、かつての封建時代の遺物とみているように受け取れる。
 また、解釈変更について首相は昨年6月の記者会見で「行政権は、内閣に属する」と規定している憲法65条を論拠に「行政権を執行するために憲法を適正に解釈していくことは当然のことだ」と強調している。
 これに先立つ国会答弁では、集団的自衛権の行使はできないとする内閣法制局の見解を念頭に「最高の責任者は私だ。政府の答弁に対しても私が責任をもって…。私たちは選挙で国民から審判を受けている。審判を受けるのは、(内閣)法制局長官ではない、私だ」とさえ強調している。
 一連の発言から浮かび上がるのは「そもそも立っている考え方の土俵が違っているのではないか」という懸念だ。横畠裕介内閣法制局長官の見解もそれを助長する。
 「昔、青いバラはなかったが、その後開発された」。横畠氏が6月26日の衆院特別委員会で、解釈変更の正当性を強調した答弁だ。しかし、仮に解釈変更が「開発」であるとすれば、今後もさらに「開発」つまり解釈変更が可能なことになる。このまま看過できない発言だ。
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愛媛新聞 2015年07月01日(水)
社説:集団的自衛権決定1年 首相発言で不安と疑念が強まる


 安倍政権が、集団的自衛権の行使容認を閣議決定してから、きょうで1年がたつ。
 国会審議を経ないまま改定した日米防衛協力指針(ガイドライン)や審議中の安全保障関連法案は、この閣議決定を出発点としている。憲法9条の解釈を変更、政権の思惑で強引に武力行使に道を開こうとする姿勢がますます鮮明になってきた。国民の声に耳を貸さず、多くの憲法学者が違憲だと批判する安保政策を推し進めようとする政府への不信感は高まるばかりだ。「戦争ができる国」へと一変させかねない閣議決定の撤回をあらためて求めたい。
 閣議決定前の昨年5月、安倍晋三首相は集団的自衛権行使の具体例として、朝鮮半島有事の際に避難する邦人を乗せた米艦防護の必要性を強調。「お子さんやお孫さんたちが(有事の)場所にいるかもしれない」と切実に訴えた。だが、内閣法制長官はおととい、自衛隊が米艦を防護できない場合もあるとの見解を示した。首相が力説した必要論は破綻し、議論が進むにつれ、不安と疑念が強まるばかりといえる。
 国会答弁では合理性に欠ける発言が目立つ。首相は「米国の戦争に巻き込まれることは、絶対にない」と繰り返すが、根拠を示さない。憲法が禁じる海外派兵の例外を「中東・ホルムズ海峡での機雷掃海は例外になり得る。現在、他の例は念頭にない」と述べた翌日すぐ、「安全保障において『これが全て』と言うことは差し控えたい」と、例外を拡大した。粗雑な主張は議論に値しない。
 本来無理なことを力ずくで進めるから、ほころびが出る。首相は、異論や慎重論に耳を貸さず、国民に約束した「丁寧な説明」を果たそうとしない。これでは議論が深まりようがない。国家の根幹を成す安保政策は国民の十分な理解と納得の上に成り立つものだ。誠実さに欠ける首相の姿勢では、国民の理解、納得は到底得られまい。
 政府は米国と約束した「夏まで」の法案成立を目指し、国会会期を9月27日まで延長した。しかし、今の議論をいくら続けても違憲の可能性は消えない。しかも政府は衆院通過後、参院が議決しない場合は「60日ルール」で衆院で再可決し成立させる日程を想定していることは明らかで、今後日程ありきで強硬に審議を進めるとみられる。期限を切り、野党の反対を押し切る強行採決に向かうとすれば、決して容認できない。
 憲法解釈は、国会での議論の積み重ねで確立されたものだ。首相は「従来の憲法解釈に固執するのは政治家としての責任放棄だ」と強弁するが、一内閣の判断で解釈を百八十度転換する暴挙はそもそも許されない。
 この1年間で、国民は法案の整合性のなさに気付いている。民意を無視した拙速な議論は、憲政史上に汚点を残す。やはり法案を撤回するか、廃案にするほかない。
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熊本日日新聞 2015年07月01日
社説:安保法案 「立憲主義」の基本に返れ


 安倍晋三政権が従来の憲法解釈を変更し、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を行って1日で1年がたった。昨年末の衆院選や今春の統一地方選への影響を避けるためか、行使を可能にする具体的な安全保障関連法案の提出は今国会に先送りされ、審議が衆院本会議で始まったのは5月26日だ。
 それから1カ月余り。3日に予定される集中審議を終えた時点で、審議時間は与党が採決の目安とする80時間を超える見通しとなった。与党は今国会での成立を確実にするため、7月中旬までに衆院を通過させる構えだ。だが、議論はかみ合わないままで、審議が深まったとはとてもいえまい。
 さらに、6月29日の衆院平和安全法制特別委員会では、首相が集団的自衛権行使の典型例に挙げ、法整備の必要性を強調する日本人を乗せた米輸送艦の防護について、横畠裕介内閣法制局長官は、行使要件を満たさず自衛隊が防護できない場合があり得るとの見解を示した。何のための法整備なのか、疑念は膨らむばかりだ。
 「国民の命と平和な暮らしを守る」ことの大切さは誰もが認めよう。南シナ海での中国の傍若無人な振る舞いや、北朝鮮の核・ミサイル問題など、安全保障環境が変容しているのも間違いはない。だが、それらを踏まえた上でなお、この国がどのような道を選ぶかという決断は、慎重の上にも慎重を期すべきだ。将来に禍根を残すことにもなりかねない法案の成立を急ぐべきではない。
 法案は、自衛隊の活動範囲を飛躍的に広げる。政府が「重要影響事態」と認定すれば、自衛隊は戦闘中の米軍など他国軍に後方支援ができるようになる。弾薬の提供や、戦闘行動のため発進準備中の航空機への給油も可能だ。しかも、そうした「事態」の認定は、政府が「総合的、合理的」に判断すると、あいまいだ。これでは「他国の武力行使との一体化」そのものではないのか。
 何より根源的な問題は、多くの憲法学者らが指摘した「違憲法案」との疑念が払拭[ふっしょく]されていないことだ。政府は合憲だと反論するが、根拠に乏しく説得力はない。衆院憲法審査会で長谷部恭男早稲田大教授が「どこまで武力行使が許されるのか不明確だ」と述べたのに対し、政府はいかなる事態にも備えるために、武力行使の新3要件は「抽象的な表現にならざるを得ない」としたが、裏を返せば実効性のある歯止めがかかっていない証しでもあろう。
 首相は「国際情勢に目をつぶり、従来の憲法解釈に固執するのは政治家としての責任放棄だ」と言う。だが、それは筋違いである。国家権力を憲法の枠内に制限するのが立憲主義だ。長谷部教授は、その理由を、政治家が「大事だ」と思うことを「政治の仕組みや国家の独占する物理的な力を使って社会全体に押し及ぼそうとすることは、大きな危険を伴う」からだ、と述べている(『憲法とは何か』岩波新書)。立憲主義の基本に立ち返るべきだ。
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