2015-08-07(Fri)

8・6原爆の日 被爆70年 (1)核兵器禁止条約へ動こう

被爆者の悲願に政府は応えよ 核廃絶へ世界を動かせ 被爆者と政権とのずれ

<各紙社説・主張>
朝日新聞)原爆投下70年 核兵器禁止条約へ動こう(08/06)
読売新聞)原爆忌 被爆地訪問で核軍縮に弾みを(08/06)
毎日新聞)原爆の日 被爆者と政権とのずれ(08/07)
毎日新聞)被爆70年の日本 核廃絶へ世界を動かせ(08/06)
日本経済新聞)被爆70年に改めて核のない世界を誓う (08/06)
東京新聞)原爆忌に考える ふり返って希望を語る(08/06)
しんぶん赤旗)広島・長崎被爆70年 被爆者の悲願に政府は応えよ(08/06)




以下引用



朝日新聞 2015年8月6日05時00分
(社説)原爆投下70年 核兵器禁止条約へ動こう


 今夜、広島が雨でなければ、そろいの赤い背番号「86」を着けたプロ野球広島東洋カープの選手たちが、本拠地マツダスタジアムを駆け巡るはずだ。
 公式戦での統一背番号はセ・リーグでは初めて。70年前の8月6日、広島に原爆が落とされたことを思い起こし、あるいは新たに知ってもらうための「ピースナイター」企画である。
 オーナーの松田元(はじめ)さん(64)は祖母と母が被爆者だ。東北出身の主力選手がブログに、カープに入って広島の女性と結婚して初めて「8月6日」を知ったと書いているのを読み、球団として「平和」や「被爆」の発信を意識するようになったという。赤い帽子に白いハトのあしらいや、きのうまでの原爆死没者数29万7684を記した袖のワッペンは自ら考えた。
 背番号86は企画をともにする地元中国放送の城(じょう)雅治・編成制作部長(52)の発案。ニュース部門にいた4年前、広島の原爆投下が8月6日午前8時15分と知っている小学生が33%、中学生で56%という市教育委員会の調査に触れた。その15年前は小学生56%、中学生75%だった。
 「急激な低下が衝撃だった。平和教育や原爆報道が盛んな広島でこれでは、全国はもっと知らないだろう。基本的なことだけでも、この球場から全国に、世界に発信できないだろうかと考えた」と城さんはいう。
 ■終末時計は残り3分
 広島と長崎への原爆投下から70年間、核兵器は戦争では使われなかった。東西冷戦が終わり、核戦争の恐怖は多くの人々の意識から遠のいた。
 だが、今も人類を破滅させるに十分な核兵器が存在し、多くが危険な臨戦態勢のままだ。パキスタンやインド、北朝鮮が核実験をし、ロシアが露骨に核戦力を誇示するなど、核をめぐる近年の状況は悪くなっている。
 原爆投下2年後、米科学誌が核による破滅までの切迫度を真夜中までの残り時間で表す「終末時計」の掲載を始めた。
 今年1月、3年ぶりに2分進められ、0時3分前になった。冷戦終結で一時は17分前まで戻されていたのが、米ソの水爆実験が相次いだ1953年の2分前に次ぐ時刻に進んだ。
 地球温暖化など肥大化した人類の活動による危機も総合した判断だが、対立する米ロによる核戦力近代化も強く警告する。
 ニューヨークで今年4、5月に開かれた核不拡散条約(NPT)の再検討会議では、危機感を強める非核保有国と一度手にした力を手放そうとしない核保有国が厳しく対立し、最終文書を採択できないまま閉幕した。
 ■「絶対悪」の規範を
 「我々の運命を、核保有国にゆだねていていいのか」
 行き詰まる核軍縮に、非核国の間ではここ数年、核兵器を条約で禁止しようという機運が急速に高まっている。
 国連総会から核兵器の違法性について問われた国際司法裁判所は96年、「核兵器の使用・威嚇は一般的に人道法違反」とする勧告的意見を出した。
 当時の裁判長で、その後アルジェリア外相を務めたモハメド・ベジャウィさん(85)は先月、広島でのシンポジウムで「核兵器は悪魔の兵器だ」と断言した。昨年までに3回開かれた核兵器の非人道性をめぐる国際会議では、核兵器が非人道的な兵器という国際規範を確立し、保有と使用を条約で禁止する「人道的アプローチ」をとるべきだという意見が大多数の国の支持を得たとも述べた。
 非人道性の議論に背を向ける核保有国にどう働きかけ、廃絶を実現するか知恵が必要だが、動き始めるべきときだ。
 ■被爆地から世界へ
 オスロにある国際法政策研究所の林伸生・上級法律顧問は「核兵器が戦略上、役に立つかどうかではない。広島市長らが再三演説で主張するように核兵器は『絶対悪』だ。核抑止の考え方は核保有国同士の国民だけでなく、第三国の国民も人質に取るものだ」と主張する。
 ベジャウィさんは、シンポジウムで初めて広島を訪れた。「原爆文学を読んでいたが、実際に訪れることは全く違った。比類ない体験だった」という。
 広島平和記念資料館を訪れる外国人は増えている。
 日本政府はNPT再検討会議で、世界の政治指導者や外交官、若者らが広島や長崎を訪ねるよう求めた。ならば来日する外国要人には必ず打診するなど、具体化を図るべきだ。
 広島の平和行政に携わった米国人のスティーブン・リーパー前広島平和文化センター理事長は「核兵器の非人道性で大々的なキャンペーンを展開できれば、核廃絶の国際世論は必ず盛り上がる。東京五輪はいい機会になるかも知れない」という。
 広島原爆の8月6日、長崎原爆の8月9日は、日本全国で覚えておきたい日付だ。原点である原爆の非人道性への認識を深め、そして世界に訴える。
 被爆国日本の責任である。
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読売新聞 2015年08月06日 01時41分
社説:原爆忌 被爆地訪問で核軍縮に弾みを


 広島に原爆が投下されてから、6日で70年が経過した。長崎は9日に原爆忌を迎える。
 人類史上、初めて核兵器が使用されたあの日から長い歳月が流れ、被爆者の平均年齢は80歳を超えた。
 今や、広島、長崎への原爆投下の日付を知らない人が約7割を占める。NHKの世論調査の結果だ。被爆の記憶を語り継いでいく重要性は一段と増している。
 広島と長崎の式典には今回、米国のゴットムラー国務次官が参列する。ワシントンから高官が派遣されるのは初めてだ。
 松井一実・広島市長は平和宣言で、オバマ米大統領ら各国指導者に被爆地訪問を呼びかける。来春、日本で主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)が開かれ、広島は外相会合の会場となる。被爆地の実相に接する好機となろう。
 ワシントンで、広島、長崎両市などが主催する原爆展が20年ぶりに開かれている。原爆投下の時刻で止まった時計や、広島出身の画家、丸木位里、俊夫妻の「原爆の図」などが展示されている。
 20年前には、展示内容を巡る論争があった。原爆を投下した爆撃機「エノラ・ゲイ」と共に、被爆者の遺品を展示する企画に対し、退役軍人らが「全米兵への侮辱だ」と猛反発した。企画は頓挫し、遺品は別の催しで公開された。
 米国では、原爆投下で戦争終結が早まり、多数の米兵の命が救われた、という歴史観が根強い。
 近年、変化もうかがえる。
 米政府は、原爆を開発したマンハッタン計画の関連施設を国立歴史公園にする予定だ。そこに広島、長崎の被爆資料を展示する案が浮上している。原爆被害の実態を正確に伝えてほしいという両市の要望に配慮したものだ。
 世界には今なお、1万5000発以上の核弾頭が存在する。昨年、ウクライナのクリミア半島を編入したロシアのプーチン大統領は後に、「核戦力を戦闘態勢に置く準備があった」と述べた。
 中国は核戦力を増強している。今年5月には、核拡散防止条約(NPT)再検討会議の最終文書案の作成過程で、世界の指導者や若者に被爆地訪問を呼びかける日本提案の記述を削除させた。
 中国は、日本が被害者の立場を取ろうとしていると非難した。核軍縮に歴史認識問題を絡めてはならないだろう。
 核兵器がもたらす惨状を世界に訴え、核軍縮や核不拡散に結びつける。それが唯一の被爆国である日本に課せられた使命だ。
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毎日新聞 2015年08月07日 02時30分
社説:原爆の日 被爆者と政権とのずれ


 原爆投下から70年を迎え、二度と悲劇を繰り返してはならないと誓う広島・長崎の被爆者の思いと、安全保障政策の転換を進める政権の姿勢とのずれがあらわになっている。
 広島市の平和記念式典のあいさつで安倍晋三首相は、1994年以降に出席した歴代首相で初めて「非核三原則」に触れなかった。被爆者たちの間には「なぜ盛り込まないのか」と戸惑いが広がった。
 式後、被爆者団体代表は安倍首相との面会で、政権が今国会での成立を目指す安全保障関連法案について「最近の政府の施策には被爆者の願いに反するものがあり、危惧と懸念を禁じ得ない。その最たるものが安保法案だ」と撤回を要求した。安倍首相は「戦争を未然に防ぐために必要不可欠だ」とかわした。
 閣僚からは被爆者たちの思いを逆なでするような発言も出ている。
 中谷元・防衛相は安保関連法案で拡大する他国軍への後方支援に関し、自衛隊が核ミサイルなど核兵器を輸送する可能性について「法文上は排除していない」と述べた。たとえ法律上の解釈の話だとしても、機械的に説明するのは無神経ではないか。こうした政権の姿勢に被爆者たちは不信感を強めている。
 広島市の平和宣言は直接には安保関連法案には触れなかったものの、「武力に依存しない安全保障の仕組みを創り出していかなければならない」と述べ、日本国憲法の平和主義の精神を世界へ広める努力の必要性を唱えた。
 9日の長崎市の平和祈念式典で読み上げられる平和宣言は、安保関連法案について、国民に広がる不安や懸念の声に耳を傾け、慎重に審議するよう政府や国会に求める。
 広島の平和記念式典への参列国は過去最多の100カ国となった。両市が呼びかけて2020年までの核兵器廃絶を目指す平和首長会議への加盟は世界6779都市に上っている。広島と長崎が発する核廃絶の訴えは、ゆっくりとではあっても世界に広がっていると信じたい。
 こうした流れを核軍縮・核廃絶につなげていくことが被爆国である日本の使命である。
 長崎の平和祈念式典では、原爆の熱線で背中を焼かれ、瀕死(ひんし)の重傷を負った谷口稜曄(すみてる)さん(86)が被爆者を代表し、2度目の「平和への誓い」を読む。長崎原爆被災者協議会会長を務める谷口さんは国内外で「核と人類は共存できない」「未来に生きる者たちのために、核兵器は一発も残してはならない」と繰り返してきた。
 被爆者たちの言葉は、すべての人類に向けた教訓である。被爆70年という節目にそれをかみしめ、核廃絶の誓いを新たにしたい。
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毎日新聞 2015年08月06日 02時30分
社説:被爆70年の日本 核廃絶へ世界を動かせ


 米国で生まれ広島市で育った据石和(すえいし・かず)さん(88)=米カリフォルニア州在住=は70年前のきょう、B29が飛び去った後の青い空に白い点を見た。近くにいた人に「何だろうね」と言いかけた時、閃光(せんこう)が18歳の彼女を包んだ。白い点は原子爆弾だった。3日後には長崎に原爆が落とされた。
 据石さんは一命を取りとめたものの、寝たきりの生活が約7カ月続いた。腰の骨が折れていて、歯茎からの血が止まらない。呼吸が苦しく体が冷えて、朝になると「今日は私が死ぬ番だ」と考えた。
 ◇核軍拡が止まらない
 奇跡的に回復した彼女は1957年、日系2世の男性と結婚するため米ロサンゼルスへ渡る。被爆による体調不良で医者に行っても当時は医療保険が適用されなかった。「敵国人(日本人)に州の金を使うな」と言う米議員もいたという。夫の正行さんも戦時下で米国による日系人強制収容を体験していた。
 だが、据石さんは米国を恨んだことはない。「米国広島・長崎原爆被爆者協会」の会長を務めながら、ママ、グランマ(おばあちゃん)として米国人に被爆体験を語ってきた。
 「私の体験を熱心に聞いて『申し訳ない。許してください』と言う人もいる。話せば分かるんです、米国人は。オバマさん(米大統領)の『核兵器のない世界』の呼びかけはなかなか浸透しないし、私の話もその場限りかもしれないけど、愛をもって語り続けるしかないんです」
 だが、世界を見渡せば殺伐たる状況だ。米露の核軍縮交渉は宙に浮き、クリミアを強引に編入したプーチン露大統領は核戦力の使用をちらつかせて「腕力で来い」と言いたげだ。中国やパキスタン、インドの大幅な核軍拡も伝えられる。
 北朝鮮は米国を攻撃しうる核ミサイルを開発中といわれ、まさに「核軍拡ドミノ」の趣だ。米国のシンクタンクは北朝鮮が2020年までに100発の核ミサイルを配備すると予測する。その脅威をまともに受けるのは日本だろう。
 核拡散防止条約(NPT)の空洞化も進んだ。インドとパキスタンはNPTに参加せず、北朝鮮は03年に条約脱退を宣言した。イランの核開発には米欧など6カ国が一定の歯止めをかけたとはいえ、NPT未参加のイスラエルが持つとされる核兵器が中東の不安要因になっている。
 しかも5年に1度、NPTの達成状況を検証するために開かれる再検討会議は今年5月、最終文書を採択できないまま決裂した。NPTにより核兵器を合法的に持てる国(米英仏露中)とそれ以外の国の温度差が、これほど開いた会議もあるまい。
 この会議では、最終文書で「各国首脳の広島・長崎訪問」を呼びかけようとした日本に中国が待ったをかけ、核軍縮に歴史認識を絡める展開となった。中国の強引さが目立つとはいえ、日本の根回しと詰めの甘さが露呈したともいえる。
 これが被爆70年のお寒い現実だ。謙虚に考えてみたい。核廃絶を訴えてきた日本の声が世界に正しく届いているか。「唯一の被爆国」と言いつつ米国の「核の傘」に頼る日本の立場を、各国は理解しているか。そして、終わりの見えない核拡散と核軍拡で世界が自滅しないために、日本は何をすればいいのか。
 ◇米大統領は被爆地へ
 これらの問いかけへの答えとして、日本政府はより真剣に、より積極的に核廃絶に取り組むべきだろう。第3の被爆を防ぐべく米国の「傘」に寄るのは、核抑止の上で間違いとは言えない。だが、米国の核戦略に遠慮して、言いたいことを言わないなら論外だ。日本はむしろ米国を説得し、世界を動かすことを真剣に考えるべきである。
 オバマ大統領にも言いたい。広島と長崎の式典に、駐日米大使に加え米高官も参列するのは朗報だが、大統領が「核なき世界」をめざすなら、恐ろしい兵器に倒れた市民への鎮魂は欠かせない。日本における来年の主要国首脳会議などの機会を生かし、大統領自身が被爆地を訪問してほしい。原爆をめぐる日米のミゾを越えての首脳訪問は、停滞する核軍縮、核廃絶の動きに弾みを与える機会にもなるはずだ。
 被爆者の平均年齢は今や80歳を超えた。70年の歳月は被爆の記憶をいや応なく風化させる。長崎市で市民団体「ピースバトン・ナガサキ」を主宰する調仁美(しらべ・ひとみ)さん(53)は、被爆体験を若い世代に引き継ぐ活動を続けている。被爆者がいなくなった時、核廃絶の声をどう上げていくか。それが問題だと彼女は言う。
 「被爆にまつわる生々しい、恐ろしい話を聞きたがらない人も増えています。若い人だけではありません。だから原爆に関する科学的な知識やエピソードを交えて、知ることへの興味を引き出し、基本的な知識を得る手助けをする。言葉では時に限界があるので紙芝居も使います」
 悲惨な現実を突きつければいいというわけではない。被爆直後の惨状を表現した「被爆再現人形」について、広島市の原爆資料館が常設展示から外す方針を示したのも時代の流れだろうか。被爆体験をどう語り継ぐか。これも「唯一の被爆国」だけが直面する大きな課題である。
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日本経済新聞 2015/8/6付
社説:被爆70年に改めて核のない世界を誓う


 70年前のきょう、広島市の上空で原子爆弾がさく裂し、その年の末までに14万人の命が奪われた。今も数多くの被爆者が後遺障害に苦しんでいる。
 私たちには、唯一の被爆国に生を受けた者として、惨禍をしっかりと学び、世界へ核兵器廃絶を訴え続けるとともに、次世代へ受け継ぐ責務がある。
 画家、丸木位里・俊夫妻は被爆直後の広島に入り、その後、30年以上をかけ「原爆の図」全15点を完成させた。全長7メートルを超える作品の数々は、罪のない市民らが言葉に尽くせない惨状に陥ったさまを伝える。うち6点が6月、米国へ渡った。初めての展示となる首都ワシントンからニューヨークなどへ12月まで巡回する予定だ。
 今年4月の調査でも「原爆投下は正当化しうる」と考える米市民はまだ5割超いる。ひとりでも多くの人が、この絵と向き合ってほしい。核兵器がもたらす恐ろしさを知り、惨劇を2度と繰り返してはならない、との誓いを新たにする一歩となるに違いない。
 市民レベルの動きとは異なり、国が前に出た核軍縮へ向けた交渉は滞りがちだ。今年5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議は、合意内容をまとめた最終文書を採択できずに閉幕した。核保有国と非保有国の考え方の開きは、残念ながら大きい。
 文書案には当初、日本側の演説を踏まえ、被爆地への指導者訪問を呼びかける内容もあった。しかし、中国から「日本は自らを被害者として描こうとしている」と注文がつき、削除された。人類普遍の願いを、歴史問題に絡めようとする姿勢には疑問符がつく。
 先立つ3月には、ロシアのプーチン大統領が昨年のクリミア半島併合をめぐり「核兵器を使う用意があった」と明かした。責任ある大国の指導者として、核兵器廃絶への潮流に反した、脅しめいた発言をするのは看過できない。
 一方、イランが核開発を大幅に縮小するとした7月の最終合意は、歴史的な意義を持つ。過激派組織「イスラム国」(IS)の台頭で緊張が高まる中東に、核開発の連鎖が起きる事態はひとまず回避された。地域の安定に資するものとして評価したい。
 丸木位里の母親で、やはり画家のスマの言葉である。「ピカ(原爆)は人がおとさにゃ おちてこん」。核兵器を作るも、なくすも人だ。歩みを止めてはならない。
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東京新聞 2015年8月6日
【社説】原爆忌に考える ふり返って希望を語る


 被爆と戦後七十年。この国はあの日のように、分かれ道に立っています。ヒロシマとナガサキの歴史に学ぶべきもの、それは、希望なのかもしれません。
 長崎の夏も暑かった。
 アスファルトが放つ熱にあぶられ、せめてもの涼を求めて、街かどのスターバックスに駆け込んだ。そのメッセージは店内の柱に掲げてありました。 
 <“ほっとする”“のんびり”“落ち着く”という言葉で表されるコーヒーは、実は世界でも危険(政情不安定)な地域からやって来ることもあります。戦争と平和というとあまり身近に感じないかもしれませんが、今のんでいるコーヒーやフラペチーノがのめなくなるかもしれないと思うと、平和について考えるひとつのきっかけになるのではないでしょうか。
 今年長崎は戦後七十年の夏を迎えます。あなたにとって“平和”とは何ですか>
 ちょうど七十年前の夏、その街の歴史に刻み込まれたものの大きさが、アイスコーヒーの冷気とともに身にしみました。
 長崎大学元学長の土山秀夫さんは、待ち合わせの場所につえをついて来てくれました。世界平和アピール七人委員会の一人として、核兵器の廃絶を訴え続けてきた人です。
 九十歳。長年の疲労が重なって腰椎を骨折し、少し不自由な体を押して、五月に発足した「平和憲法を守る長崎ネットワーク」の共同代表を引き受けました。この穏やかな老紳士を誰が、何が、行動へと駆り立てるのか。
 長崎医科大学(現長崎大学医学部)の三年生だった土山さんは直接の被爆者ではありません。佐賀県の脊振(せぶり)山のふもとの遠縁宅で療養中の母親を見舞うため、原爆投下の四時間前に長崎市を離れ、命拾いをした人です。
◆見過ごすならば加担
 爆心地から五百メートルの母校の木造校舎では、一、二年生合わせて約四百人が、基礎医学の講義を受けていました。そのほとんどが爆風でなぎ倒された校舎の中で瞬時に圧死しました。
 かろうじて校舎をはい出た数人も、全身にやけどを負っていて、時をおかずに亡くなりました。
 土山さんの命を救った母親は福井の士族の出身で、女学校時代にはガリ版刷りの文芸雑誌を一人で作って配っていたという、当時としては珍しい進歩的な人でした。
 「理不尽を黙って見過ごすことは、理不尽に加担するのと同じこと」
 やさしかった母親が、時に厳しく語った言葉が心を離れません。
 土山さんは今年も、九日に市長が読み上げる長崎平和宣言の起草委員を務めています。
 当初示された原案は、「安保法制」に触れてはいなかった。
 土山さんは、強く訴えました。
 「戦後七十年、被爆七十年の節目の年に、日本がどう変わるのか、極めて重大な岐路に立たされている時に、ただ海外に向かって核兵器を廃絶せよと絶叫しても、あなたの足元はどうなのか、戦争に巻き込まれてもいいのかと、言われるだけだ。節目の年だからこそ、よけいに避けては通れない」
 「安保法制」という文字は、かろうじて書き込まれることになりそうです。
 土山さんの原動力とは、長崎の街の隅々にまで刻まれた、歴史ではないのでしょうか。
 世界中でヒロシマとナガサキだけが、戦争の行きつく果てを知っています。その悲しくも正視すべき歴史を踏まえ、特に若い世代に訴えたい。
 戦後七十年の節目は、内憂外患の年になりました。
 核拡散防止条約(NPT)の再検討会議は決裂し、日本は戦争ができる普通の国になろうとしています。地球が逆回りを始めているようです。今を直視しようとすれば暗い気持ちにさせられるかもしれません。
◆歴史に学ぶことから
 歴史は絶対に変えられないし、変えていいものでもない。だが、歴史に学び、今に働きかける人が増えれば、必ず未来は変えられます。未来を生きる皆さん自身が、「希望」そのものだからです。
 きょう、節目の原爆忌。街かどのカフェで冷たいコーヒーでものみながら、さりげなく自分に問いかけてみてください。
 あなたにとって、「平和」とは何ですか。
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しんぶん赤旗 2015年8月6日(木)
主張:広島・長崎被爆70年 被爆者の悲願に政府は応えよ


 アジア・太平洋戦争末期の1945年8月、アメリカ軍が広島(6日)と長崎(9日)に投下した原子爆弾によって、二つの都市は一瞬にして壊滅し、無数の市民が犠牲となりました。史上初めて人類に使われた核兵器は、その年のうちに広島で約14万人、長崎で約7万4000人もの命を奪いました。生き残った人は心身ともに深く傷つき、苦難の人生を強いられてきました。被爆から70年、「二度と核兵器を使わせてはならない」と訴え続ける被爆者の悲願に、政府は真剣に向き合うべきです。
国際政治動かす被爆証言
 原爆が広島と長崎にどんな惨状をもたらしたか。被爆者の言葉ほど核兵器の非人道性と残虐性を伝えるものはありません。
 「首が飛び、腕が飛び、内臓が飛び出した遺体が転がっていた。電車のつり革につかまったまま亡くなっている人もいた」「川には焼けただれ水膨れの死体が一面に浮かび『地獄絵』とはこのことか」
 今年4~5月にニューヨークで開かれた核不拡散条約(NPT)再検討会議に向け、まとめられた被爆者証言の一部です。同会議では、被爆者が各国政府代表らに被爆の実相を語り、「核兵器廃絶はもう待てない」と心から訴えました。
 国連の潘基文(パンギムン)事務総長が「彼らは、核兵器の恐るべき人道的影響と、核兵器廃絶の緊急の必要性を思い起こさせる生きた証拠としていまこちらにきている」「彼らの警告に耳を傾け、結果を出すように求める」(NPT再検討会議へのメッセージ)とのべたことは、被爆者の声が国際政治を動かしていることを示しています。被爆者の体験と思いを受け継ぎ広げることが、被爆70年を「核兵器のない世界」への転機にしていくうえで、大きな力となることは明らかです。
 いま被爆者が胸張り裂ける思いでいるのは、憲法9条を破壊し日本を「戦争する国」にするため、安倍晋三政権が戦争法案を強行しようとしていることです。9条には、アジア諸国に大きな犠牲を生んだ侵略戦争への痛苦の反省とともに、広島・長崎の悲惨な被爆経験が刻まれています。憲法制定当時、政府自身こう説明しています。
 「原子爆弾の出現は、戦争の可能性を拡大するか、又は逆に戦争の原因を終息せしめるかの重大段階に到達したのであるが、識者は、まず文明が戦争を抹殺しなければ、やがて戦争が文明を抹殺するであろうと真剣に憂えているのである。ここに於(おい)て本章(戦争の放棄)の有する重大な積極的意義を知るのである」(46年内閣発行『新憲法の解説』)。戦争が文明破壊と人類死滅に行き着くことへの警告です。
 「人類死滅」の危機を、身をもって知る被爆者だからこそ「戦争反対」「9条守れ」の訴えは切実です。「ノーモア・ヒバクシャ」「ノーモア・ウオー」の声を重ね、戦争法案阻止の世論をさらに発展させようではありませんか。
時間はもう残されてない
 被爆者の平均年齢が80歳を超えるなか、原爆症認定制度をはじめとする被爆者施策の抜本的改善、原爆被害への国家補償は緊急課題です。国が始めた侵略戦争によってもたらされた原爆被害を、国家補償の見地で解決するかどうかは、戦後70年の今年、日本政府が過去の戦争にどう向き合うかということと一体で問われる問題です。もう残された時間はありません。
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