2015-09-18(Fri)

戦争法案  (34)  参院委採決強行 民意に背く数の横暴 150918

国会と国民へのだまし討ちだ 民意無視の横暴に憤る 問題にふたの強行突破 民意に背を向けた政権

<各紙社説・主張>
朝日新聞)安保法案、採決強行―日本の安全に資するのか(9/18)
毎日新聞)安保転換を問う 参院委採決強行  民意に背を向けた政権(9/18)
東京新聞)「違憲」安保法制 憲法を再び国民の手に(9/18)
しんぶん赤旗)戦争法案強行糾弾 国会と国民へのだまし討ちだ(9/18)

北海道新聞)新安保法制 参院特別委可決 数を頼った強行認めぬ(9/18)
河北新報)安保法案採決強行/民意に背く数の横暴だ(9/18)
信濃毎日新聞)安保をただす 特別委可決 問題にふたの強行突破(9/18)
京都新聞)安保参院委可決  次代へ「負の遺産」になる(9/18)

神戸新聞)安保強行採決/民主主義を抜け殻にするな
中国新聞)安保法案可決 民意無視の横暴に憤る
西日本新聞)安保参院委可決 ごり押しは間違っている




以下引用



朝日新聞 2015年9月18日(金)付
社説:安保法案、採決強行―日本の安全に資するのか


 与野党の激しい対立と市民の反対デモのなかで、新たな安全保障関連法案が、自民、公明の与党などの賛成多数で参院の特別委員会を通過した。政権は成立を急いでいる。
 この法案は、憲法9条の縛りを解き、地球規模での自衛隊の海外派遣と対米支援を可能にするものだ。
 成立すれば、9条のもと、海外の紛争から一定の距離をとってきた戦後日本の歩みは大きく変質する。
 法案がはらむ問題は、その違憲性だけではない。
■9条の資産を生かす
 政権が強調するように、新たな法制で日本は本当により安全になるのか。そこに深刻な疑問がある。
 確認したいのは、安全保障政策は抑止力だけでは成り立たない、ということである。
 軍事的に一定の備えは必要だが、同時に、地域の緊張をやわらげる努力が欠かせない。
 無謀な戦争への反省から、戦後日本は近隣国との和解を通じて地域の安定に貢献してきた。その歩みこそ「9条がもたらした安全保障」である。専守防衛はそのための大原則だ。
 中国の軍拡や海洋進出にどう向き合うかは日本の大きな課題だ。だがそれは、抑止偏重の法案だけで対応できる問題ではない。仮に南シナ海での警戒・監視に自衛隊を派遣したとしても、問題は解決しない。
 これからの日中関係を考えるカギは「共生」であるべきだ。日中は経済はもとより、環境、エネルギー問題など、あらゆる分野で重要な隣国同士だ。
 必要なのは協力の好循環である。対立の悪循環に陥ることはお互いの利益にならない。
 もし東シナ海や南シナ海で日中が衝突すれば、米国を含む世界の悪夢となる。抑止と緊張緩和のバランスをとりつつ、アジア太平洋をより安定させる外交努力こそ、日本がなしうる最大の貢献である。
■新たな「安全神話」
 日米同盟を考えるうえでも、法案の問題は大きい。
 戦後の日本政府は、米国の数々の戦争に対して、真っ向から批判したことはない。
 イラク戦争という誤った戦争を支持し、復興支援のため自衛隊を派遣した。日本政府はまともな検証をしていない。法案にも、自衛隊の派遣に事後の検証を義務づける規定はない。
 米国が大義なき戦争に踏み込んだ場合、自衛隊の海外活動の縛りを解く日本が一線を画していけるか。これまで以上に難しい判断と主体性が問われる。
 安倍首相は審議でこう強調してきた。「日本が戦争に巻き込まれることはあり得ない」「自衛隊のリスクは高まらない」
 新たな「安全神話」である。
 法案が成立すれば、自衛隊は海外での戦闘を想定した組織に変質する。米軍などとともに、より踏み込んだ兵站(へいたん、後方支援)に参加し、発進準備中の航空機への給油や弾薬の提供も請け負えるようになる。リスクが高まらないはずがない。
 首相は過激派組織「イスラム国(IS)」に対する軍事作戦には「政策判断として参加する考えはない」と述べた。だが、法案では可能になっており、将来的に兵站で戦闘に巻き込まれる可能性は排除できない。
 海外で一人も殺さず、殺されないできた自衛隊が、殺し殺される可能性が現実味を帯びる。
 それなのに、自衛官が人を殺した時に対応する法制に不備がある。拘束された時に捕虜として遇される資格もない。そんな状態で自衛隊を海外の紛争地に送り出してはならない。
■揺らぐ平和ブランド
 国際社会における日本の貢献に対しても、軍事に偏った法案が障害になる恐れがある。
 貧困、教育、感染症対策、紛争調停・仲介など、日本が役割を果たすべき地球規模の課題は多い。いま世界が直面している喫緊の問題である難民対策も、日本がどう貢献していくかの議論が迫られている。
 こうした活動に世界各地で携わる日本のNGO(非政府組織)には、自衛隊の軍事面での活動が拡大すれば、日本の平和イメージが一変し、NGOの活動が危険になるとの声がある。
 混乱が続く中東では「戦後、海外で一人も殺していない」という日本の平和国家ブランドへの評価が根付いてきた。海外での武力行使に歯止めをかけてきた9条の資産といえる。
 法案によって、かえって日本の貢献の手足が縛られるとすれば、政権が掲げる「積極的平和主義」とは何なのか。
 法案には、国連平和維持活動(PKO)の拡充など検討に値するテーマも含まれる。ところが11本を2本にまとめた法案の一括成立にこだわる政権の姿勢で、議論は未消化のままだ。
 安全保障政策の面からも、この法案には危うさがある。広範な「違憲」との指摘に耳を貸さず、合意形成の努力も欠いたまま、成立させてはならない。
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毎日新聞 2015年09月18日 02時30分
社説:安保転換を問う 参院委採決強行
 ◇民意に背を向けた政権


 参院平和安全法制特別委員会は安全保障関連法案の採決を強行した。野党が抵抗する中、採決が行われたかどうかすらわからない、不正常な可決だった。
 衆参両院で200時間を超す審議を経ても、政府は法案の合憲性や「なぜ必要か」について納得できる説明ができなかった。にもかかわらず、与党は民意との乖離(かいり)を自覚しながら採決に踏み切った。これでは安倍晋三首相らが強調していた「民主主義のルール」を尊重した結論とは言えまい。
 ◇正常な手続きではない
 委員長の姿が見えない、異様な採決だった。鴻池祥肇委員長の不信任動議が否決され鴻池氏が着席すると、いきなり与党も含めた議員が取り囲んだ。委員長が採決する声も聞き取れなかった。国民の目にどう映っただろう。
 参院審議の状況は16日の地方公聴会の終了を境に一変した。与党は質疑の終結と採決を図り、野党はこれを阻止しようと対立した。
 国会周辺のデモなどの抗議活動は連日続き、各種世論調査では今国会成立に反対する意見が賛成派を大差で上回っている。27日の会期末を控え、与党が18日までの成立を急ごうとしているのは、週末や連休にかけて反対デモなどの運動が一層拡大することを警戒したためだとされる。世論をおそれたのであれば、ここで踏みとどまるべきだった。
 今回の法整備のそもそもの誤りは、中国の台頭など安全保障環境の変化に対応した冷静な議論もないまま、集団的自衛権の行使容認という結論を押し付け、実現しようとした安倍内閣の姿勢にある。
 議会制民主主義の下では、国民の代表である国会議員の手に立法機能が確かに委ねられている。だが、それはあくまで熟議を重ね、合意形成の努力が尽くされるのが大前提だ。
 しかも今回の法案の中身は平和国家を規定する憲法の根幹に関わる。政府は集団的自衛権行使を否定していた1972年の政府見解をねじまげて、行使に道を開いた。このため、憲法学者の多くは法案を違憲だと断じている。
 法整備の必要性も、政府は最後まではっきりと説明できなかった。最初は強調していたホルムズ海峡での機雷掃海は「具体的に想定していない」と後退した。審議が進めば進むほど説明はほころんだ。
 国会での議論を通じ、主要な野党と修正協議で接点を探る選択肢も与党にはあったはずだ。安保関連法案は11本もの法案をたばねたものだ。国連平和維持活動(PKO)に関する部分などは切り離すべきだった。
 そもそも、首相は国民と正面から向き合い、理解を得ようとする発想に乏しかったのではないか。
 昨年末の衆院解散・総選挙を首相は「アベノミクス解散」と命名し、「アベノミクスを前に進めるか、止めてしまうのかを問う」と訴えた。安保法制は多くの公約のひとつとされ、首相は今国会の施政方針演説でも安保関連法案を強調しなかった。
 ◇国民の分断を避けよ
 法案提出前から説明が不足していたうえ、国会で理解を深めようとする姿勢もあまり感じられなかった。
 安倍内閣は2013年、自民党公約になかった特定秘密保護法も強引に成立させた。あるべき安全保障の姿が現行憲法の枠を超えると仮に判断したのであれば、主権者である国民の投票による憲法改正というゴールを追求すべきだった。
 法整備に対し、学界、法曹界、地方議会に加え、幅広い世代を巻き込んだ広範な反対運動が起きている。選挙の争点ともならないまま政府が国の骨格を変えようとすれば、有権者が平和的なデモで意思表示することは限られた抗議の手段となる。学生団体「SEALDs(シールズ)」の奥田愛基(あき)さんが特別委の中央公聴会で「現在の状況を作ったのは与党のみなさんだ」と指摘したのは的外れではない。
 民主党など大半の野党は採決に強く反発している。論戦を通じ、野党が法案の中身や政権の姿勢の追及に一定の役割を果たしたのは事実だ。
 ただ、採決を阻止できなかった原因は議員の数不足だけではない。民主党は集団的自衛権の行使について結局、対案を示さなかった。法案への批判にもかかわらず、有権者の野党への期待はふくらんでいない。不正常な強行採決も与党が「政権を失うほどの打撃にならない」と野党の足元をみたことは否定できまい。
 首相にとって、批判の中での強行劇は祖父、岸信介首相がかつて実現した日米安保条約改定の再現なのかもしれない。
 だが、合意をないがしろにした政治は、国民を分断してしまう。政権の目的を優先させ、国民の理解を二の次にするような手法は政治への信頼を根底から損なう。
 国のありかたに関わる法律をこれほど乱暴な手続きで作っていいのか。成立に改めて強く反対する。
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東京新聞 2015年9月18日
【社説】「違憲」安保法制 憲法を再び国民の手に


 政府が憲法解釈を勝手に変えてしまえば、国民が憲法によって権力を律する「立憲主義」は根底から覆る。憲法を再び国民の手に取り戻さねばならない。
 安全保障法制をめぐる安倍政権の強硬姿勢は最後まで変わらなかった。国会周辺や全国各地で響きわたる「九条壊すな」の叫びに、耳を貸さなかったようだ。
 他国同士の戦争に参戦する「集団的自衛権の行使」を法的に可能にするのが安倍政権が進める安保法制の柱である。多くの憲法学者らがどんなに「憲法違反」と指摘しても、安倍内閣と与党側は「合憲」と強弁し続ける傲慢(ごうまん)さだ。
◆歴代内閣が見解踏襲
 そもそも集団的自衛権の行使を「憲法違反」としてきたのは、ほかならぬ政府自身である。
 戦後、制定された日本国憲法は九条で、国際紛争を解決するための戦争や武力の行使、武力による威嚇は行わないと定めた。
 日本国民だけで三百十万人もの犠牲を出し、近隣諸国にも多大な損害を与えた先の大戦に対する痛切な反省に基づく、国際的な宣言でもある。
 その後、実力組織である自衛隊を持つには至ったが、自衛権の行使は、日本防衛のための必要最小限度の範囲にとどめる「専守防衛」政策を貫いてきた。
 一方、国連憲章で認められた集団的自衛権は有してはいるが、行使は必要最小限の範囲を超えるため、憲法上、認められないというのが、少なくとも四十年以上、自民党を含む歴代内閣が踏襲してきた政府の憲法解釈だ。
 この解釈は、国権の最高機関である国会や政府部内での議論の積み重ねの結果、導き出された英知の結集でもある。一内閣が恣意(しい)的に変えることを許せば、憲法の規範性や法的安定性は失われる。そんなことが許されるはずはない。
◆「禁じ手」の解釈変更
 しかし、安倍晋三首相の内閣は昨年七月の閣議決定で、政府のそれまでの憲法解釈を変更し、違憲としてきた集団的自衛権の行使を一転、合憲とした。
 集団的自衛権を行使しなければ国民の生命や財産、暮らしが守れないというのなら、その賛否は別にして、衆参両院でそれぞれ三分の二以上の賛成を得て改憲を発議し、国民投票に付すのが憲法に定められた手続きだ。
 その労を惜しみ、憲法そのものではなく、閣議決定による解釈変更で、それまで「できない」と言い続けていたことを一転、「できる」ようにするのは、やはり「禁じ手」だ。憲法軽視がすぎる。
 首相は、徴兵制は憲法が禁じる苦役に当たるとして否定したが、一内閣の判断で憲法解釈の変更が可能なら、導入を全否定できないのではないか。現行憲法が保障する表現の自由や法の下の平等ですら、制限をもくろむ政権が出てこないとも限らない。
 政権が、本来の立法趣旨を逸脱して憲法の解釈を自由に変えることができるのなら、憲法は主権者たる国民の手を離れて、政権の意のままに操られてしまう。
 国民は、一連の国政選挙を通じて安倍首相率いる自民党に政権を託したとはいえ、そこまでの全権を委任したわけではない。
 報道各社の直近の世論調査でも依然、安保関連法案への「反対」「違憲」は半数を超える。今国会での成立反対も過半数だ。
 首相は十四日の参院特別委員会で「法案が成立し、時が経ていく中で間違いなく理解が広がっていく」と語った。どんな根拠に基づいて決めつけることができるのか。
 国会周辺をはじめ全国各地で行われている安保関連法案反対のデモは収束するどころか、審議が進むにつれて規模が膨らんだ。
 憲法破壊に対する国民の切実な危機感に、首相をはじめ自民、公明両党議員はあまりにも鈍感ではないのか。
 憲法はもちろん、国民のものである。特に、膨大な犠牲を経て手にした戦争放棄の九条や国民の権利を定めた諸規定は、いかなる政権も侵すことは許されない。
◆絶望は愚か者の結論
 私たちは違憲と指摘された安保関連法案の廃案を求めてきた。衆院に続いて参院でも採決強行を阻止できなかった自らの非力さには忸怩(じくじ)たるものがある。
 しかし、今こそ、英国の政治家で小説家であるディズレーリが残した「絶望とは愚か者の結論である」との言葉を心に刻みたい。
 憲法を私し、立憲主義を蔑(ないがし)ろにするような政治を許すわけにはいかない。ここで政権追及の手を緩めれば権力側の思うつぼだ。
 憲法を再び国民の手に取り戻すまで、「言わねばならないこと」を言い続ける責任を自らに課したい。それは私たちの新聞にとって「権利の行使」ではなく「義務の履行」だからである。
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しんぶん赤旗 2015年9月18日(金)
主張:戦争法案強行糾弾 国会と国民へのだまし討ちだ


 戦争法案を審議してきた参院の特別委員会は、前日の地方公聴会が終わった直後締めくくりの総括質疑と採決を強行しようとした鴻池祥肇委員長(自民)への不信任動議を自民・公明などが否決したあと、突然質疑を打ち切り、賛成多数で法案を採決したとして大混乱のなか散会しました。鴻池委員長が不信任動議を否決され席に戻ったあと、審議の再開も動議の提出も委員会室に聞こえていません。委員長席に殺到し、勝手に立ったり座ったりした与党の言語道断な暴挙です。広がる国民の反対世論を踏みにじった安倍晋三政権の暴走です。
国会ルールの乱暴な破壊
 本来法案の審議に役立てるべき公聴会が終わったあと質疑を打ち切り採決を強行しようとした鴻池委員長の議事運営は、国会のルールを完全に踏みにじる乱暴なものです。しかも日本共産党や民主党など野党の抗議で深夜未明まで委員会が開会できず、17日朝改めて理事会で協議することになっていたのに、朝になって理事会の場所を理事会室から委員会室に変更し、そのまま採決に突き進もうとしたのは文字通りのだまし討ちです。野党が委員長不信任動議を提出したのは当然過ぎる話です。
 不信任動議を数を頼んで否決したあと、与党がいっせいに委員長席に詰め掛け、質疑を打ち切り、戦争法案を採決したというのは、まったく審議などとはいえないものです。本来なら委員長不信任を否決した後、改めて理事会で日程を協議すべきです。それも行わず、委員会室でも、同時中継していたNHKでもなにがなんだか分からないうちに散会してしまったのは「採決」などとは呼べません。日本共産党など野党が採決の取り消しを求めたのは当然です。
 戦争法案は衆院でも特別委員会で採決が強行されました。法案提出から4カ月、参院で2カ月、審議すればするほど戦争法案の憲法違反の内容が明らかになり、安倍首相自身が集団的自衛権の行使を容認する立法事実さえ説明できなくなり、自衛隊の統合幕僚監部の内部文書などで法案を先取りした軍の暴走が明らかになるなど、文字通りボロボロの状態です。
 戦争法案に反対する国民世論は広がり、どの世論調査でも国民の過半数が戦争法案に反対、6割、7割が今国会での成立に反対しています。強行採決に次ぐ強行採決は、戦争法案を推進する道理のなさが明らかになり、国会の中でも外でも反対世論がますます広がるのを安倍政権が恐れたためです。特別委員会での暴力的「採決」にまったく道理はなく、このまま本会議に持ち込み成立させるなどというのは絶対に認められません。
違憲の法律は許されぬ
 質疑を打ち切り、採決したと称する与党の暴挙は、激しい雨の中、国会周辺に多くの人々が詰め掛け、「強行採決、絶対反対」「戦争法案ただちに廃案」の声をとどろかせる目前で行われました。連日連夜、全国で反対行動を繰り広げた国民の怒りの声を踏みにじった安倍政権の責任は重大です。
 国民は決して憲法破壊の暴挙を許しません。憲法の平和主義も、立憲主義も、民主主義も破壊する法律は、存続そのものが許されません。国民の怒りをさらに広げ、憲法違反の法律を許さないために力を尽くそうではありませんか。
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北海道新聞 2015/09/18 08:55
社説:新安保法制 参院特別委可決 数を頼った強行認めぬ


 与野党の議員が折り重なり、つかみ合い、委員長の声すら聞こえない。政府・与党はきのう、参院特別委員会で、戦後日本の平和主義を揺るがす安全保障関連法案を強行採決した。
 怒号飛び交う中での強引な可決を認めるわけにはいかない。
 国会前では多くの市民が抗議の声を上げ、世論調査では6割が今国会での成立に反対している。
 200時間を超える審議が法案の違憲性をあぶり出し、廃案を求める全国的な運動を生み出した。
 政府・与党はその民意を一顧だにせず、参院本会議での採決を目指す一方、「60日ルール」による衆院での再可決にまで言及した。
 なりふり構わぬ国会運営は、国民の政治不信に直結するものだ。
 野党側は安倍晋三内閣の不信任決議案を衆院に提出する方針だ。混乱や駆け引きばかりでは「言論の府」とは到底言えない。
 きのうの国会は、参院特別委の審議打ち切りや鴻池祥肇委員長への不信任動議の提出などをめぐり与野党の攻防と混乱が続いた。
 その責任は、委員長職権による一方的な審議設定など、数の力を頼ってきた与党の横暴にある。
 仮に「60日ルール」を使うとすれば参院の存在意義を否定するもので、国会の自殺行為に等しい。
 与党側は次世代の党など野党3党と法案賛成で合意したとして採決強行にあたらないと主張する。
 しかしその合意は、自衛隊の海外派遣に対する国会の関与強化の付帯決議などにとどまり、違憲性の問題は何ら解消されていない。
 最大の疑問を放置しながら、一部野党との形だけの合意で採決を正当化する与党の姿勢は、民意との乖離(かいり)を自ら裏付けるものだ。
 野党側は、法案の成立阻止に向けて連携するべきところが、逆に与党側に切り崩されてしまった。与党の一部にも法案への疑問がくすぶっていた。その追い風を生かせなかったとの指摘は免れまい。
 野党側はきのう、意図的に演説を引き延ばす手法で抵抗したが、時間稼ぎの域を出なかった。
 内閣不信任案を提出しても、数の論理では与党側の反対多数で否決される可能性が高い。
 だが「国のかたち」に関わる今回の法案の賛否は、政党の目先の利害より重要だ。与野党の議員はその点を重く受け止めるべきだ。
 政府・与党は、あくまでも法案の週内成立を目指す姿勢を変えていない。政権の暴走を止める役割がいま、国会に求められている。
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河北新報 2015年09月18日金曜日
社説:安保法案採決強行民意に背く数の横暴


 民意を顧みない、わが国憲政史における最大級の「汚点」と言わざるを得ない。
 空転していた参院平和安全法制特別委員会がきのう再開、混乱の末に自民、公明の与党が安全保障関連法案の採決を強行、与党などの賛成多数で可決した。衆院に続く強引な決着。法の内容、議事運営いずれも容認できない。
 憲法学者の大半が「憲法違反」と判断する集団的自衛権の行使容認を閣議決定による解釈変更で突破。政府の裁量幅を広く認める曖昧な表現で立法化した。政府、与党による暴挙との批判を免れない。
 学者ばかりではない。内閣法制局長官の経験者が、さらには「憲法の番人」である最高裁長官を務めた法曹界の重鎮までが憲法からの「逸脱」を言明している。
 各種世論調査を見ても、国民の多くが反対の意思を表明。デモが連日、全国各地で行われ、先月30日には12万人が国会を包囲した。学生や主婦らの参加者も目立った。6日に仙台であった集会では3500人が廃案を訴えた。
 法案はわが国の安全確保と、国際平和への貢献を目的に掲げる。要約すれば、日本が力の低下する米国を支援、国際秩序の維持に貢献するとともに、日米同盟の強化で抑止力を高め、台頭する中国を抑え込もうというものだ。
 得られる効果が不確かな一方で、日米の軍事一体化に伴い、自衛隊の派遣機会は確実に増え、「存立危機事態」という、輪郭のはっきりしない事態の認定で、他国を守る戦闘への参加に道を開く。「自衛」の名の下で、実態「他衛」の任務遂行は専守防衛の憲法に抵触する。
 民意は反対・慎重が大勢で、多くの専門家が違憲と指摘する法案である。
 その法に基づいて自衛隊を海外に派遣するとなれば、違憲訴訟が相次ぐことが予想される。政府にとっての厳しい判決が下される可能性も否定できない。
 「異議申し立て」のうねりを払いのけ成立させても、十分な成果は得られまい。予期せぬ派遣で身を危険にさらす自衛隊員も切なかろう。
 裁量幅の大きな法を政府が都合よく読めば、野放図な運用に流れる。無限定が現実化、派遣が相次げば当然、訴訟リスクが高まる。
 反対世論が高止まりすれば、抜けない宝刀にもなり得るが、厳格な解釈で法が凍結状態となっては、立法化の意義が問われ、米国からの派遣圧力にも抗しきれまい。
 日本の安全を保つため、集団的自衛権の行使が必要なのであれば、憲法9条の改正を発議し、国民投票に付して過半数の支持を得ればいい。それこそ本来たどるべき道だ。
 成立に向かう法案は立法事実を認め難い上、内容が抽象的で、法に求められる明快性の原則とも相いれない。
 派遣の是非は「総合判断」で決めるという。根拠となる情報も現地での活動内容も特定秘密保護法で十分に公開されない恐れがある。となればまさに「国民不在」。政治の独走を招く懸念が強まる。
 法的安定性を欠く法律は、法治国家の基盤を揺るがす。強引な裁決は遺憾である。
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信濃毎日新聞 2015年09月18日(金)
社説:安保をただす 特別委可決 問題にふたの強行突破


 安全保障関連法案が参院の特別委員会で可決された。疑問や懸念が山積みなのに、締めくくり質疑なしに審議を打ち切っている。乱暴極まりない。
 集団的自衛権の行使容認を合憲とする政府、与党の主張は破綻している。存立危機事態や重要影響事態は政府の判断次第、歯止めとしての国会承認の実効性も疑わしい。幅広い国民の支持も得られていない。とても採決できる状況ではなかった。
 問題の一つに「武器等防護」がある。何のことか分からない国民が大半なのではないか。国会審議で取り上げられてはいるものの、集団的自衛権などの陰に隠れてしまっている。
 武器等防護は、政府の憲法解釈上、自衛隊の武器使用が認められるケースの一つだ。日本の防衛力を構成する「重要な物的手段」である武器などを破壊されたり、奪われたりするのを防ぐために武器を使っても、憲法違反の武力行使に当たらないとされる。
 今回の法案は対象を広げた。日本の防衛に資する活動に従事している他国軍の武器などだ。例えば自衛隊が米軍と共同訓練中に国籍不明の武装漁船が米艦や他国軍艦を襲撃した場合、自衛隊が武器を使って防護できる。
 衆院特別委の中央公聴会で、公述人の憲法学者は「米軍などへの武器等防護は、集団的自衛権行使としての武力行使と違いがほとんどない」と指摘した。本来、憲法との整合性を厳しく問わなければならないものだ。
 政府は「国や国に準ずる組織による戦闘行為に対して武器を使用することはない」などと正当性を主張している。相手が国や国に準ずる組織でないと誰がいつ、どのように判断するのか。現実味があるとは思えない。
 米艦を守るために武器を使うのに、集団的自衛権とは違い、武力行使の3要件や国会承認は要らない。安倍晋三首相は「国会報告の対象ではないが、最大限情報を開示し、丁寧に説明する」と答弁した。しかし、特定秘密保護法の下では情報隠しの不安が拭えない。
 中谷元・防衛相は、南シナ海での米艦などの防護について「わが国の防衛に資する場合に限り、武力行使と一体化しない範囲で実施できる」と含みを持たせた。平時から有事まで切れ目なく米軍を守れるようになり、自衛隊が下請け化しかねない。
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[京都新聞 2015年09月18日掲載]
社説:安保参院委可決  次代へ「負の遺産」になる


 「他国で戦争をしない国」から「戦争ができる国」に変える-。日本の未来に向け、これが賢明な選択なのか。
 安全保障関連法案を審議していた参院の特別委員会が採決を強行した。学者や著名人に加え、子を抱えた母親や会社員、高齢者、学生らがさまざまな手段で痛切な思いを訴えている。そんな不安や怒りの声に耳をふさいだ。民主政治を損なう暴挙と言うほかない。
 衆参の審議時間は200時間を超えたという。だが、一つ一つが日本の国柄を変えるような法案を十把一からげに束ねる手法そのものが間違っている。国会で目立ったのは安倍晋三首相をはじめ、質問に窮した閣僚たちの右往左往と不明瞭な答弁ばかりだ。
 そんな中でもはっきりしたことは大きく三つある。
 「憲法違反」の土台
 まず、海外での武力行使を禁じた憲法9条に反する「違憲立法」ではないかという根本的な欠陥だ。与党は集団的自衛権の根拠に半世紀以上前の「砂川判決」を持ち出したが、自ら国会の参考人に推薦した憲法学者をはじめ、大多数の専門家から否定された。
 土台に大きな「穴」を抱えたまま構築された安保法制であれば、政府はまともに説明できるはずもないし、ましてや国民が理解できるはずもない。政権と世論との溝が生まれるのは必然だろう。
 二つ目が、この法案には実質的に武力行使の歯止めがないということである。「存立危機事態」「重要影響事態」「国際平和共同対処事態」といった、どうにでも解釈できる新たな概念を作り出した上で、「明白な危険」「他に適当な手段がない」「必要最小限」などの抽象的な言葉で「限定」したと主張する。
 曖昧を塗り重ねた果てに生まれるのは、時の政権の一存で、いつでもどこへでも自衛隊を海外に派遣できる「フリーハンド」体制にほかならない。
 危険増す米と一体化
 三つ目は憲法論だけでなく、国際政治や安全保障の観点からも今回の法案は、日本を自縄自縛に陥れて国民の安全を脅かすリスクが大きい点だろう。
 当初、政府が集団的自衛権を行使する事例に上げていた「ホルムズ海峡での機雷掃海」「邦人移送中の米艦防護」は、審議を通して必要性に乏しいことが露呈した。結局、法案は南シナ海で広がる中国の脅威を視野に入れていると認めざるを得なかった。
 世界の多極化や経済のグローバル化で相対的に力が低下し、過重な軍事予算の削減が避けられない米国には、日本の自衛隊で穴埋めをしたいとの思惑が透ける。それに追従し、米軍と自衛隊が一体化すれば「米国の敵は日本の敵」となり、他国からは「米国が敵なら日本も敵」とみられかねない。
 「米国一辺倒」への傾斜は、政権が言う「抑止力の強化」をはるかに上回る危険を、日本に呼び込む恐れが強い。事実上、時の政権ならぬ米政権の一存で自衛隊が使われる事態になれば、大量破壊兵器の存在を口実に突入したイラク戦争のような誤った武力行使に参戦することも、「あり得ない」とは言えないだろう。
 安倍晋三首相の言う「戦後レジームからの脱却」どころか、日本の自立性が危ぶまれる。「力には力で」と虎の威を借りる代償の大きさは計り知れない。
 先の大戦への痛切な反省から掲げた平和憲法こそが日本の抑止力であり、殺し殺されることのない国を作り上げてきた戦後70年の国民合意だったはずだ。
 その看板に覆いをかぶそうという安保法制である。
 法成立は断念せよ
 「戦争に巻き込まれることは絶対にない」「専守防衛にはいささかの変更もない」「徴兵制が敷かれることは断じてない」と国会で繰り返した安倍首相は、しかし、永遠に首相ではない。後に残るのは根拠のない口約束と、ずさんな法律だけだ。
 委員会採決の前にまとまった次世代、日本を元気にする会、新党改革の野党3党と与党との合意は、法案の修正に至らず、形ばかりと言わざるを得ない。巨大与党にすり寄り「与野党合意」を演出することで存在感を示そうというなら、あまりに情けない。
 <戦争は始まってしまうと、どうにもならない。否(いや)応なしに殺しても心が痛まない敵をつくり、こっちも殺されるから憎しみがこみ上げて、殺し殺されになってしまう>。「軍国少年」だったという脚本家の山田太一さんが共著「私の戦後70年談話」(岩波書店)に記している。
 本会議での採決を前に、国会議員に問いかけたい。
 今回の安保法制が、子や孫の世代にも胸を張って継承できるものなのか。民主主義と立憲主義を深く傷つけ、日本に発火装置を埋め込むに等しい中身を直視してほしい。間違いなく、次代への「負の遺産」になる。
 行政府の横暴をいさめ、ただすのは国権の最高機関たる立法府の責任である。憲政史に汚点を残す安保法案の成立は、断念するべきだ。国民は注視している。
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神戸新聞 2015/09/18
社説:安保強行採決/民主主義を抜け殻にするな


 これが「良識の府」と呼ばれる参院の姿なのか。多くの国民が目を疑ったに違いない。
 参院特別委員会できのう、安全保障関連法案が可決された。怒号が飛び交う中、質疑を突然打ち切り、自民、公明両党と次世代の党など野党3党の賛成で強行採決した。
 だが、忘れてはならない。世論調査では約6割が法案を「違憲」と考え、今国会での成立に反対している。政府の説明を約8割が「不十分」と捉えている。
 審議は尽くされたとは言えない。主権者である国民にはとても理解できない与党の対応だ。民意とのズレが決定的になれば政治に対する信頼が失われる。民主主義の土台が揺らぎかねない危機的な事態と言えるだろう。
 与党は深く反省しなければならない。将来に禍根を残さないためにも、あらためて国民の声に耳を傾け、法案の中身を見直すべきだ。
       ◇
 雨天にもかかわらず、国会周辺では連日、多くの人が詰めかけて抗議行動を繰り広げている。神戸、姫路を含め全国の地方都市でも、法案に反対する市民が声を上げている。
 先月末には主催者発表で12万人が国会を包囲した。これほどの人が国会を囲んだのは1960年の安保闘争以来という。
 確かなのは、反対の草の根の動きが広がっていることだ。
 【民意との「ねじれ」】
 一人一人が自分の思いで足を運ぶ。高校生や大学生、子ども連れの母親、高齢者など、顔ぶれはさまざまだ。その光景は市民が自由に参加する欧米のデモをほうふつさせる。
 とりわけ目を引くのは、政治に無関心とされた若者たちの姿である。
 「デモなんてやっても意味ないと思っていた」。そんな大学生らが「問われているのは主権者としての自分たちだ」と立ち上がった。
 若者は大人たちの言動に敏感だ。「国民の命と平和な暮らしを守るため」とする政府の説明に納得できないものを感じているのだろう。「戦争などで実際に傷つくのは自分たち」との思いも強くある。
 無理もない。憲法9条の制約によってできないとしてきた集団的自衛権の行使を、法案は可能にする。一内閣の判断で従来の憲法解釈を百八十度転換する乱暴なやり方に、多くの国民が不安を感じている。
 政府は憲法学者の「違憲」との批判にまともな反論ができていない。逆に説明をすればするほど、他国軍との武力行使の一体化や歯止めのない自衛隊海外派遣への懸念が募る。「丁寧に説明し理解を得る」という約束は果たされていない。
 深刻なのは、国会で多数を握る与党と民意に「ねじれ」が生じていることだ。与党が数の力で押し通せば民意との隔たりは大きくなる。政権の正統性が問われかねない問題と自覚する必要がある。
 安保政策の転換について、首相は「選挙で支持を得た」と語る。だが昨年末の総選挙で掲げた政策の中で「安全保障法制を速やかに整備」などの簡単な記載にとどまっていた。2年前の参院選の公約も同様だ。
 昨年の解散総選挙は「消費税増税の先送り」が大義とされ、政府の経済政策が主な争点となった。首相自身、会見で「アベノミクス解散だ」と述べていた。「支持を得た」とはとても言えない。
【混乱を重ねた審議】
 衆院での審議を含めれば、法案の審議時間は210時間を超えた。それだけを取れば十分に議論したように聞こえるが、審議を重ねるほど、政府の答弁はつじつまが合わなくなった。首相や閣僚の発言が以前と食い違う場面もたびたびあった。
 集団的自衛権を行使して邦人を救出する米艦船を守る。首相が掲げた事例ですら「必ずしも邦人が乗っている船が対象とはならない」とトーンダウンした。ではどんな場合に行使するかと問われると「総合的な判断」としか答えない。
 同じく集団的自衛権行使の典型事例とした中東ホルムズ海峡の機雷掃海活動も、首相自身が「現実には想定していない」と認めた。根強い反対の声を押し切ってまで法案を成立させる根拠が曖昧になった。
 「こんな状態でどうすれば国民は納得できるのか」。デモを続ける学生らは憤る。同じ思いを多くの国民が共有していることを、政府、与党は肝に銘じるべきだ。
 国会の多数決が民意を反映しない場合にどうするか。「それがルールだ」と開き直れば「抜け殻」だけが残り、「民主主義」という言葉の中身は消えうせる。慶応大の坂井豊貴教授は著書で指摘する。
 抜け殻の民主主義など誰も望まない。政府、与党は国民的な議論の場を設けて法案の問題点を真摯(しんし)に見直すなど、民意との溝を埋めるための努力を怠ってはならない。
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中国新聞 2015/9/18
社説:安保法案可決 民意無視の横暴に憤る


 何が起きているか分からないほど議場が大混乱する中の採決強行である。きのう参院の特別委員会で安全保障関連法案が可決され、最終局面の本会議に舞台を移した。このありさまで、「良識の府」といえるのか。
 普通の法案ではない。憲法9条で禁じられてきた集団的自衛権の行使を限定的とはいえ容認し、平和国家の流れを変える。日米同盟の拡大と専守防衛を是としてきた自衛隊の変容にもつながる。まさに日本の将来を左右するものと言っていい。
 審議が大詰めを迎えても国民の懸念が払拭(ふっしょく)されるどころか、今国会成立は見送るべきだという声が強まっていた。なのに会期末が迫る中、自民党と公明党が一部野党と組んで数の力で反対意見を押し切った。多くの民意を無視した巨大与党の横暴であり、憤りを禁じ得ない。
 ▽審議尽くされず
 これでは衆院とは別の視点でチェックする参院の役割を果たしたとはお世辞にも言えまい。委員長職権で質疑を終結させ、無理やり採決した稚拙なやり方も理解し難い。一方で、あの手この手で採決を遅らせた野党側の戦術への批判もあろうが、いま問われるべきは国会混乱の責任ではない。審議が到底尽くされていないことである。
 7月からの参院審議では法案の問題点や政府答弁のぶれが衆院以上に露呈し、速記を止める審議中断は100回を優に超えた。集団的自衛権の行使要件となる「存立危機事態」をどう認定し、自衛隊はどう武力を行使するか。肝心な点が曖昧だったことは決して見過ごせない。
 丁寧に説明し、理解を深めていく。政府与党はそう強調してきたのではなかったか。姿勢を一変させて異論を封じたのはあまりに身勝手だ。「憲法違反」との本質的な指摘も最後まで顧みることがなかった。国会に熟議を求めつつ最初から結論ありきだったとすれば議会制民主主義をないがしろにする話だ。
 ▽不十分な歯止め
 政府側からすれば政権に協力的な小規模な野党3党の賛成を取り付けて「強行」の色合いを薄めたつもりだろう。国会関与を一定に強化する付帯決議などの条件をのんだ。ただ中身をよく見ると、歯止めとして心もとない。緊急時に例外を認めるなど骨抜きの恐れがあるからだ。これで野党の声を取り入れたと胸を張ってもらっては困る。
 もし新たな歯止めが必要と本当に考えるのなら、付帯決議でお茶を濁すのではなく法案を撤回して出し直すのが筋だ。これほどの重要法案で生煮えのまま採決に踏み切ったことに、政治の劣化を感じざるを得ない。
 法案成立を当然視し、準備に前のめりの防衛省・自衛隊の勇み足も繰り返し指摘された。いざというときにシビリアンコントロールで大きな役割を果たすべき国会が時の政権の暴走に本当に待ったをかけられるのか。疑わしく思えてくる。
 1992年にできた国連平和維持活動(PKO)協力法を思い出す。あの折も自民党政権が強引に成立させた。国民に根強い反対があったが、自衛隊の海外派遣の常態化とともにPKO参加自体への異論は目立たなくなったのは確かだ。首相が「成立させれば国民の理解は得られる」と高をくくるのも、こうした経緯があるからだろう。
 ただ曲がりなりにも平和憲法の順守を大前提としていたかつての議論と、憲法解釈そのものを政治の力で変えてしまった現在とは状況が根本的に違う。
 ▽なし崩しの恐れ
 PKO法にしても今回の改正案で武器使用基準を緩和し、場合によっては他国軍の「駆け付け警護」を認めるなど自衛隊の活動内容が大きく見直される。リスクも当然増えることになろう。この事態を23年前に国民はどこまで予想していたか。
 いったん法律ができてしまえば将来、なし崩し的に活動が拡大していく可能性があろう。だからこそ、十分な歯止めのない法整備は禍根を残す。政府与党は、あらためて法案の中身を見詰め直すべきではないか。「平和の党」を標榜(ひょうぼう)してきた公明党はなおさらである。
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=2015/09/18付 西日本新聞朝刊=
安保参院委可決 ごり押しは間違っている


 審議を尽くした、となぜ言えるのか。これで参院としての責任を果たした、と言えるのか。言えるはずがない。むしろ、立法府の責任放棄と言わざるを得ない。
 日本の憲法と防衛の在り方を大きく転換する安全保障関連法案がきのう参院特別委員会で可決された。与党はきょうにも参院本会議で可決、成立を期す構えだ。
 衆参で審議時間が200時間を超えたから「もうよかろう」と与党は言い張る。逆である。これだけ審議をしても法案の必要性や有効性について理解は深まらず、むしろ疑問点ばかりが膨らんでいる。それこそが問題なのだ。だから国民の多くは納得していない。
 しかも、法案の修正すら一切していない。そもそも入り口の憲法解釈変更が疑わしいだけに修正の余地すらないのが実相だろう。結果として国の最高規範、さらに民意を軽んじた、ごり押しの姿勢は立憲政治の否定というほかない。
 与党は土壇場になって一部野党との間で、法運用に当たって国会の関与を強める閣議決定や付帯決議を行うことで合意した。それによって、与野党双方から法案への賛成を得る体裁を整えた。
 国会の関与を強めること自体、方向性として間違ってはいない。しかし、冷静に考えれば納得できる話ではない。付帯決議に拘束力はない。閣議決定といっても、憲法解釈を軽々と変更したのが今の内閣である。信じられるのか。
 一連の審議で明らかになったことは法案自体の違憲性に加え、いつ、どんな状況で、何をするのか-諸施策の説明の多くが曖昧で、政府に与えられた裁量の幅があまりにも広いということだ。私たちはこれを繰り返し指摘してきた。
 安倍晋三首相が「切れ目のない安全保障」を掲げるのに対し、法案は「歯止めのない安全保障」の危惧をさらしている。その落差は到底看過できない。そして国会と民意との隔たりも大きい。なぜここで踏みとどまれないのか。
 会期はまだ10日残っている。私たちは最後まで訴える。この道、このやり方は間違っている。
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