2016-01-01(Fri)

2016年1月1日 各紙社説等 歴史の岐路 民主主義を取り戻そう

戦後の曲がり角 格差と分断のない社会を 民主主義は機能しているか 「民主主義のすみか」堅固に

各紙社説・主張>
朝日新聞)分断される世界 連帯の再生に向き合う年(1/1)
読売新聞)世界の安定へ重い日本の責務(1/1)
毎日新聞)2016年を考える 民主主義 多様なほど強くなれる(1/1)
日本経済新聞)新たな時代の「追いつき追い越せ」へ (1/1)
東京新聞)年のはじめに考える 歴史の教訓を胸に(1/1)
しんぶん赤旗)16年新年の誓い 立憲主義・民主主義を取り戻す(1/1)

北海道新聞)岐路の年に 格差と分断のない社会を(1/1)
河北新報)歴史の岐路に立って/未来の扉、開くのは私たち(1/1)
信濃毎日新聞)ことし、動く 国民主権70年 「民主主義のすみか」堅固に(1/1)
神戸新聞)戦後の曲がり角/民主主義は機能しているか(1/1)
中国新聞)憲法公布70年 民主主義を鍛え直そう(1/1)




以下引用



朝日新聞2016年1月1日(金)付
社説:分断される世界 連帯の再生に向き合う年


地球が、傷だらけで新年を迎えた。
 民族や宗教、経済、世代……。あらゆるところに亀裂が走っている。国境を超越した空間を意味するはずのグローバル世界は今、皮肉なことにたくさんの分断線におおわれている。
 それを修復するために、和解を進め、不公平をなくし、安心できる社会を実現する――。
 それこそが指導者の使命であろう。だが、むしろ社会の分断につけこむ政治家や宗教者、言論人も登場し、しばしば喝采を浴びている。
 他方、亀裂を埋めて新しい連帯の形を探す。そんな動きも出ている。たとえば昨年末、パリでの国連気候変動会議(COP21)で、各国は地球温暖化対策で新しい枠組みに合意した。それぞれの思惑を超えた真の解決に向けて結束した。
 新年の挑戦は、連帯と共感の危機にひとつひとつ向き合うことから始まる。
 ■溝を深める政治
 「イスラム国(IS)」は、狂信的な教義を掲げて人々の分断を謀る過激派組織だ。
 支配地域で従わない人々を隷属化し殺害するだけではない。ほかの宗教や文化を憎悪の対象にしてイスラム教徒との間に深い溝を作ろうとしている。
 その刃を向けられた側は、どう応えようとしているか。
 欧州では、中東からの難民やイスラム系移民層への警戒感が急速に強まった。フランスなどで、排他的な右翼政党の支持が高い。米国では共和党の大統領候補選びで「イスラム教徒を入国禁止に」などと放言し続けるトランプ氏の人気が衰えない。
 分断に分断で対抗する。敵対し合っているはずの勢力が、世界を分断するという点では奇妙に共鳴し合っている。
 経済的な不平等の拡大による社会の亀裂も深刻化している。
 経済協力開発機構(OECD)の昨年の発表によると、2013年に、大半の加盟国(34カ国)の所得格差が過去30年で最大になった。また、資産は所得以上に富裕層に集中しているという。
 フランスの経済学者ピケティ氏は、世界的に注目された大著「21世紀の資本」のなかで、あまりに富の集中が進んだ社会では、人々の不満を強権で抑えつけるか、革命が起きるしかなくなる、と不平等がはらむ危険を指摘している。
 日本もこうした多くの亀裂を免れているわけではない。
 世界で数千万にのぼる難民の受け入れという点で積極的な国とは言えない。そこに連帯の危機への問題意識は低い。
 ■「同胞」意識の迷走
 経済的な不平等についても例外国ではない。それどころか所得格差はOECD平均を超えて広がっている。子どもの貧困率や雇用の非正規率も上昇している。かつての平等な国の姿はすっかり遠くなった。にもかかわらず、社会保障と税の一体改革もままならず、この国の社会的連帯は弱まるばかりだ。
 沖縄の米軍基地問題も日本に分断を生んでいる。県民の多くが本土に求めるのは、一県には重すぎる負担の分担だ。「同胞」から「同胞」への支援要請である。
 しかし本土の反応は冷たい。政治は問題を安全保障をめぐる党派的な対立の構図に還元してしまう。そこに「同胞」への共感と連帯をもたらす本来のナショナリズムは、見る影もない。
 「包摂」より「排除」に傾くナショナリズムは、ポピュリズムと同様に社会を統合するより分断する。
 克服には何が必要だろうか。
 COP21の合意は、自分の負担を避けようとするだけでは、問題のほんとうの解決にはつながらないと、各国の間で実際的な考えが共有された成果ではないだろうか。
 また、経済の視点から社会の分断を考察した「経済の時代の終焉(しゅうえん)」で大佛次郎論壇賞に決まった慶応義塾大学経済学部の井手英策教授も、実際的な考え方の重要性を指摘する。
 教授によると、日本では中高所得層と低所得層の間に溝ができ、人々の間の共感が消滅しつつある。修復には理念ではなく「お互い助け合った方が得をする、自分も受益者になる、幸せになるという視点が必要だ」と話す。
 理念より実際的な解決への理解を広める。連帯や共感の再生への取り組みを可能にするための重要な手がかりではないか。
 ■民主主義壊れる前に
 社会の分断は民主主義にとって脅威だ。「私たちみんなで決めた」という感覚がなければ、人々は政治的な決定を尊重しようとはしなくなる。そしてそれはさらに社会を細分化する悪循環を招く。
 私たちの社会が抱える分断という病理を直視し、そこにつけ込まない政治や言論を強くしていかなければならない。
 民主主義さえも台無しにするほどに深刻化する前に。
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読売新聞 2016年01月01日 03時04分
社説:世界の安定へ重い日本の責務


 ◆成長戦略を一層強力に進めたい
 国際秩序の安定をどう取り戻すか。世界は今、大きな試練に直面している。
 過激派組織「イスラム国」によるパリでの無差別テロは、国際社会に大きな衝撃を与えた。テロの拡散と、中東からの難民の激増を受けて、欧州や米国で排他的な動きが強まっている。
 ロシアのクリミア併合は長期化し、中国が南シナ海で人工島の軍事拠点化を進めるなど、力による現状変更の試みもやまない。
 自由や平等、法の支配といった共通であるべき価値観が揺らぎ、世界は分断へと向かっているかのようだ。国際秩序が崩壊すれば日本の安全も脅かされる。危機感を強めて向き合わねばならない。
 米国が大統領選を迎え、指導力が低下する今年、日本は主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)を主催し、国連安全保障理事会の非常任理事国に就任する。国際社会の結束や利害調整に、これまでにない重い責務が課される。
 国内では、人口減少が進む中で成長力の底上げが急務だ。「1億総活躍社会」を掲げる安倍政権は、今夏、参院選で有権者の審判を受ける。経済再生をより確かにする道筋を示す必要がある。
 鳴動する世界の中で、日本の未来を明るいものにするため、歩を進める年にしたい。
 ◆「対テロ」連携が急務だ
 「イスラム国」の過激思想に同調した若者らが、周囲の無防備な市民を殺傷するテロが世界に広がった。恐怖が、異質なものを排除する動きにつながっている。
 欧州連合(EU)では、国境検査を不要とするシェンゲン協定の原則に反し、検査を復活する動きが相次ぐ。統合理念である「人の移動の自由」が揺らいでいる。
 移民国家である米国でも、難民やイスラム教徒の受け入れを拒絶する空気が勢いを増した。
 人、モノ、資金の国境を越えた移動が脅かされれば、世界経済の不安定要因ともなる。
 「イスラム国」の脅威を除去し、暴力行為を封じ込める「テロとの戦い」に勝利しなければ、世界の未来はない。
 震源地であるシリアの内戦終結へ、米欧露、トルコなど関係国は、軍事作戦と体制移行をめぐる協調を急ぐべきだ。
 「イスラム国」は日本もテロの標的だと明言している。
 サミットを控えた国内テロ対策には不安が残る。過激組織の情報収集や、集めた情報に基づいてテロを未然に防ぐ手だてが不十分では、日本が対テロの国際的連携の空白地帯になってしまう。
 法制度に不備がないか点検し、改善するのが政治の責務だ。
 中国は南シナ海で、国際法上の根拠のない領海主張の既成事実化を図っている。海上交通路(シーレーン)の安全を脅かす行為は国際社会の利益に反する。
 米国は人工島周辺の艦艇航行などによる牽制に踏み出した。日豪印や東南アジア諸国連合(ASEAN)も連帯を強め、国際会議などあらゆる場面で中国に自制を求める行動を続ける必要がある。
 尖閣諸島周辺などでの中国の圧力に抗するには、安全保障関連法を適切に運用し、日米同盟の抑止力を高めねばならない。
 ◆安保法制の有効運用を
 世界2位の経済大国でもある中国の景気は減速を強めている。
 資源価格の下落などを通じて世界を混乱させかねない。中国経済への接近を強める英独も含め、先進国が足並みをそろえて、過剰な生産能力の解消など、構造改革を中国に促していくべきだ。
 北朝鮮の核・ミサイル問題、ウクライナ情勢などをめぐっても、日本はサミットや国連の場で、関係国の合意形成に努めたい。
 第2次安倍政権の発足から3年がたった。企業業績や株価は上昇したが、景気回復の実感は広がらない。「アベノミクス」による経済再生は足踏み状態にある。
 原因は、はっきりしている。人口減少に伴う潜在成長率の低下に対抗する成長戦略が、まだ十分に効果を発揮していないためだ。
 安倍首相は新政策目標「新3本の矢」を打ち出し、1本目に「名目GDP(国内総生産)600兆円」を掲げた。実現には成長政策を一段と強めるしか道はない。
 医療・介護、農業などの分野で規制緩和を進める。IT、ロボットなどの技術進歩を産業振興につなげる。昨年、大筋合意に達した環太平洋経済連携協定(TPP)を最大限に活用する。
 今までに打ち出された施策を深化させ、実効性を高めたい。
 さらに、約1700兆円に上る家計の金融資産や、350兆円に達した企業の内部留保などを、もっと成長に生かすための手段はないか。大胆で新しい政策に知恵を絞ることも重要だ。
 バブル経済の崩壊から約25年。長いデフレ下で家計や企業に染みついた後ろ向きの心理状態は、なお根深いものがある。雇用や賃金が増えても、家計は消費を増やさない。企業は過去最高水準の利益を上げても投資に慎重だ。
 ◆家計と企業の不安除け
 そんなデフレマインドを払拭し、前向きな行動を呼び起こすには、家計、企業それぞれの不安を取り除く政策が必要だ。
 雇用者に占める非正規雇用の割合は4割に達する。低賃金で身分が安定しない非正規雇用では、将来に不安が残り、賃金が増えても消費を増やす気にならない。
 新3本の矢の2、3本目の目標は「希望出生率1・8」と「介護離職ゼロ」の実現だ。子育てや介護の不安を解消し、女性を含む労働力の増加を目指す方向は正しいが、それだけでは足りない。
 若年層を中心に非正規から正規雇用への転換を進めねばならない。職業能力開発や長時間労働の改善などの働き方改革で、働く人に明るい未来を提示すべきだ。
 企業の不安は、人口減で国内市場が縮小し、投資しても利益が得られないとの見方に起因する。新市場創出を狙う規制緩和などは、企業の要望を広く吸い上げつつ進めることが大事だ。
 政府と経団連などとの官民対話で、法人実効税率引き下げの前倒しが実現した。今後も意見交換の場として有効活用したい。
 産業界は、経営コスト低減のため、高止まりした電力料金の引き下げを求めている。安全が確認された原子力発電所の再稼働や新増設を着実に進める必要がある。
 国民の将来不安の解消には、危機的状況にある国の財政の健全化を図り、安定した社会保障制度を維持することも欠かせない。
 政府は、2020年度に基礎的財政収支を黒字化する目標の実現へ、最近の税収増に気を緩めず、歳出効率化を進めるべきだ。
 社会保障財源である消費税の税率は17年4月に10%へ引き上げられる。軽減税率導入を含め、混乱なく実施しなければならない。
 内外に山積する課題をこなしていくには、政治の安定が不可欠だ。とくに国際政治の舞台で日本が役割を果たすには、各国首脳との意思疎通が円滑になる長期政権のメリットは大きい。
 ◆政権安定度占う参院選
 参院選は、安倍首相がより長期で安定した政権を維持できるかどうかを占うものとなる。
 自民党が単独過半数を占めれば27年ぶりだ。しかし、近年の自民党の復調は、連立を組む公明党との選挙協力に支えられている面が強い。勝利しても決して楽観できる情勢ではない。
 参院選では、自民、公明の与党に、おおさか維新の会、日本のこころを大切にする党なども含めた憲法改正に積極的な勢力で、3分の2を上回るかも焦点になる。
 憲法改正をめぐっては、賛否が大きく分かれる。だが、改正の是非で対立する以前に、憲法に今、何が求められるのかを具体的に議論する必要がある。大災害が発生した場合に備える緊急事態条項などは、真剣に検討すべきだ。
 米軍普天間飛行場の辺野古への移設は、沖縄県と政府の法廷闘争に持ち込まれた。在日米軍の抑止力維持と、沖縄の基地負担軽減を両立させるには、辺野古移設が最も現実的な選択肢だ。
 地元の理解を得る努力を続け、着実に前進させる必要がある。
 辺野古移設や安全保障関連法をめぐっては、野党などの反発も強い。憲法改正もそうだが、長期的視野が必要な問題では特に、具体的に問題の所在を議論し、合意形成を図っていかねばならない。
 野党も、昨年の安全保障法制の審議のように、情緒的な反対論ばかりでは困る。緊張感を持った実のある政策論議が求められる。
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毎日新聞2016年1月1日 東京朝刊
社説:2016年を考える 民主主義 多様なほど強くなれる


 18歳と19歳の若者が、今夏の参院選から初めて投票権を持つ。政治の新たな幕開けにあたり、民主主義とは何かを考えてみたい。
 昨年は、日本の民主主義の成熟度が試された年だった。象徴的なのが安全保障関連法をめぐる論議だ。国民の多くが「議論は尽くされていない」と感じていたが、安倍政権は選挙ですでに国民の信任を得ているとして、採決を強行した。
 民主主義とは選挙か、多数決か、少数派の尊重か、デモか。共通の答えを見いだせず、社会の分断は深まったまま、年が明けた。
社会の分断をどう防ぐ
 社会の分断をどう防ぐかは、グローバルな課題でもある。
 欧州では、難民の大量流入で、多文化主義が揺さぶられている。パリの同時多発テロが宗教間の憎悪をあおり、異なる価値観を否定する空気が各国で強まっている。
 昨年のクリスマス、英国国教会の最高位聖職者であるウェルビー・カンタベリー大主教は、過激主義者を「違いを憎む者たち」と呼び、多様性への不寛容さが欧州全体に広がることに警鐘を鳴らした。
 米国では、大統領選の共和党候補指名を争う実業家トランプ氏の極端に排外的な言動が世論を扇動し、社会に亀裂を生んでいる。
 ポスト冷戦後の21世紀の世界は、「モデルなき世界」である。欧州も米国も日本も、分断から融和への努力を怠れば、民主主義が漂流し、社会は危機に見舞われる。
 安全保障、原発、沖縄の基地、家族や地域共同体のかたちなど、私たちが直面しているのは国の行方を左右する、困難な問題ばかりだ。経済成長が矛盾を隠した過去の時代に、解決の手がかりはない。
 選択と決定の連続を、社会全体でどう乗り越えるか。それがこの先、問われているのである。
 全員が納得する決定はない。であるなら、可能な限り多くの人が受け入れ、不満を持つ人を減らす政策決定のあり方を模索しなければ、社会の安定は維持できない。
 だからこそ、選挙で多数を得た側の力は、相手を論破するためではなく、異論との間に接点を探るため使われるべきである。批判や反対にも十二分な検討が加えられた、と少数派が実感して初めて、決定は社会に深く根を下ろすからだ。
 国の未来に多様な選択肢が提示され、公平・公正な意見集約が行われる社会。その結果としての政策決定に、幅広いコンセンサスが存在する社会。それが民主主義が機能する強い社会と呼べるものだ。
 100年前の日本に、大正デモクラシーと呼ばれる時代があった。国民が政治の表舞台に登場し、本格的な政党政治が始まった。
 だが昭和に入ると、国際情勢の見誤りや経済政策の失敗もあり、民主主義は急速に衰退する。国民が自由に意見を言える社会ではなく、異論を認めない不寛容な社会になった。政党から闊達(かったつ)な議論が消え、日本は国策と針路を間違えた。
 社会が多様性を失えば、国が滅びることもあるのである。
二つの潮流の分かれ目
 日本の社会は今、二つの大きな潮流の岐路に立っている。
 一つ目は、政治でも経済でも、国が目標を掲げて国民を引っ張る、国家主導型の社会である。
 そうしたリーダーシップには、決断の正しさへの信念はあっても、国民への説明責任の意識は希薄になりやすい。国民が理解しなくても、歴史が評価してくれる、という独善に陥りがちな懸念がある。
 もう一つは、一人一人が自分で情報を集め、考え、発言し、決定に参加する社会を目指す流れである。それは、自律した個人の多様な声が反映される社会のことだ。
 民主主義を鍛え直すには、国民が決定の主役となる、後者の道を選びとるべきだろう。若者の政治参加もそのために生かしたい。
 メディアも、公平・公正な報道で民主主義の一翼を担う。
 民主主義に公平さ、公正さが欠かせないのは、政治的決定を社会に浸透させ、国論の分断を防ぎ、社会の融和を図るためである。
 従ってそれは、多数決ではなく、少数意見の側がその選択の過程に納得しているかどうかで測られる、とも言えよう。メディアの公平さ、公正さも、異論や批判を多様に吸い上げることで確保される。
 民主主義は、それ自体が目的ではなく、誰もが住みよい社会をつくりあげる手段に過ぎない。
 20世紀前半に多くの作品を残した英国の批評家・小説家のフォースターに、次の言葉がある。
 「民主主義には『万歳二唱』しよう。一つは、それが多様性というものを認めているから。二つ目には、それが批判を許しているからだ。この二つさえあればいい」
 「民主主義とは何か」の答えは、これで十分ではないか。
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日本経済新聞 2016/1/1付
社説:新たな時代の「追いつき追い越せ」へ


 2016年、新しい年があけた。日本経済は景気回復基調にあるものの、力強さに欠け、企業マインドも消費者心理もすっきりしない。将来に対する不安をぬぐい去れないためだ。世界的な競争に打ち勝ち、生き残っていくにはどうしたらいいのか。1歩、前に踏み出す道を考えたい。
ズレた自画像ただす
 まず大事なのは、おのれの姿を正確に知ることだ。というのは、思い描いている日本の自画像がズレているのではないかと考えられるからだ。こびりついている世界第2の経済大国の残像の修正からはじめる必要がある。
 国際通貨基金(IMF)がまとめている国別の1人当たり名目国内総生産(GDP)の統計がある。それをみると、がくぜんとする。14年、日本は世界で27位に沈んでいるのだ。東アジアでは香港に抜かれ、4位になってしまった。その上にはシンガポール、ブルネイがランクしており、韓国がすぐ後の30位に迫ってきている。
 1990年代半ばには3位を維持、90年代を通じてずっと10位以内だった。アジアではもちろんトップ。00年代に入ってから10番台になり、あっという間に20番台に転落した。
 もちろんGDPがすべてではないが、もはや日本は世界の中位国でしかない。
 ちょっと違う角度から、もうひとつのデータを見てみよう。世界銀行がまとめているビジネス環境ランキングがそれだ。税制や資金調達、電力事情など10項目を分析してビジネスのしやすさを順位づけているものである。
 安倍内閣は13年6月に発表した成長戦略で、20年までに先進国で3位以内になるとの目標をかかげた。ところが16年版では前年より順位を4つ下げて34位になってしまった。改革は進むどころか他国との比較でむしろ後退している現実がそこにある。
 なぜこんなことになっているのか。相変わらず高度成長期の成功体験の記憶にしばられて、グローバル化とIT化という時代の流れに乗り切れないことがある。少子高齢化はどんどん進んでいるものの、多様な人材の活用はなかなかはかどらない。縮む経済に歯止めをかけるための政策も時間軸の短いものしか実現できずにいる。
 そこでひとつの方法として、欧州に範を求めてはどうだろう。例えばスイスと日本は「資源がない」「自国通貨高に長年悩んだ」などの共通点が多いが、スイスの1人当たり名目GDPは8万ドルをゆうに超え、日本の倍以上だ。
 なぜこれほど差がつくのか。ひとつは優秀な人材を世界から引き寄せる国の魅力だ。ローザンヌ工科大学の外国人留学生比率は36%に達し、食品大手ネスレの経営幹部14人は7つの国籍で構成する。
 価格競争をはじめから捨ててかかる「割り切り経営」も注目に値する。その代表格が時計産業だ。陳腐化の早いクオーツ時計に背を向け、昔ながらの機械式にこだわり、ブランドに磨いた。知的財産の塊である製薬産業なども集積する。「スイス企業は高いコストのままで、どうすれば競争力を発揮できるかを考える」とスイスのビジネススクール、IMDの高津尚志北東アジア代表は指摘する。
範はスイス・オランダ
 次はオランダだ。農業である。国土の広さや人口は九州とほぼ同じ。国内市場に依存していては成長シナリオは描けない。そこで輸出に軸足を置いた「グローバル農業」を開花させた。
 加工食品を含めた農産物輸出額は米国に次ぐ世界2位。欧州域内の自由貿易制度を最大限に活用し、生産品目を野菜やチーズ、豚肉などに絞り込む。輸出を後押しするのは技術革新による生産性の向上や食品企業との連携だ。
 日本がコメの減反(生産調整)を本格導入した70年ごろまで、日本とオランダの農産物輸出額にそれほど差はなかった。その後、大きく水をあけられたのは日本が「ドメスティック農業」から抜け出せなかったことによる。
 日米など12カ国が参加する環太平洋経済連携協定(TPP)で、オランダのように農業を外に向けて伸ばすのが可能になるはずだ。
 明治、戦後と日本は2度にわたって外にモデルを求め、内を改め、世界に伍(ご)してきた。いままた新たな追いつき追い越せの時代がやってきている。
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東京新聞 2016年1月1日
【社説】年のはじめに考える 歴史の教訓を胸に


 新しい年は、大きな変化の年になるのかもしれません。歴史の歯車は静かに回り続けます。しかし、私たちが忘れてならないのは歴史の教訓でしょう。
 忘れまいと言うのは、残念ながら人間は忘れやすいからです。
 そう思い返したのは、最近亡くなった横浜在住の生物誌家S氏の観察年譜を読み返していた時でした。彼の家の周りの記録です。こうありました。
 <一九六四年、東京オリンピック。このころ環境は最悪。七五年環境好転の兆しか、京浜一帯のキンモクセイが二十年近くの長い眠りから目覚め花をつけ始めた>
◆5年を経る原発事故
 半世紀ほど前の環境悪化とその回復。観察者の彼はともかく、その時代を生きた者として当時の公害を果たしてどれほど覚えているだろうか。
 今、花開き香りをふりまくキンモクセイを見て、私たちはその花の閉ざしていたころをどれほど思い浮かべられるだろうか。
 キンモクセイに限らず、今、当たり前に見ていることほどその悪かったことは思い出しにくいものです。
 ことしで五年を経ることになる福島第一原発事故。災禍は今も進行形です。もちろん誰も忘れてはいない。しかしどうでしょう。避難者の多くは帰れず大地は元には戻らない。
 逆に、夜を昼とするように都会は電気を使い、手続きを経たとはいえ原発は順次動きだす。福島から、また原発立地地から遠いほど、ある種の忘却のようなものを感じさせないわけではない。
 忘れたと言っているわけではありません。だがもしも忘却に似たものがあるのだとすれば、私たちは五年前変えようとしたことを変えもしないまま、再びあやまちを犯すおそれがあるのです。
◆シリア内戦重ね見る
 もうひとつ重要な、忘れてはならないことがあります。
 戦争です。
 戦争をしてはならないということです。
 先の大戦を体験した人は少なくなり、戦争を知らない世代は、妙な言い方ですが、忘れないために記憶をつくらねばならない。聞き知り学ぶということです。
 昨年、戦争を知る人たちの訃報が相次ぎました。
 哲学者の鶴見俊輔、漫画家水木しげる、作家野坂昭如の各氏や銀幕の原節子さんら。
 この中の鶴見さんはベトナム反戦運動でも知られますが、戦争を忘れないよう、仲間の評論家二人と三人でかわりばんこに八月十五日が来るたびに、頭を坊主刈りにしていたそうです。満州事変来の十五年戦争だから十五年は続けようと。坊主頭にしてのこのこ歩くのはちょっと恥じらいがある、生き残った恥じらい、と話しています(「日本人は何を捨ててきたのか」鶴見俊輔・関川夏央)。
 鶴見さんらしいユーモアにも思われるが、そこには忘れてはならないという決意が感じられます。八月十五日には一食を抜いたそうです。
 頭を刈るぐらい、一食を抜くぐらい、簡単なように見えますが、そういうことを思いつき、実行することは易しくはないでしょう。しかしやってみればむずかしくもないということに、この運動のおもしろさはあります。一人ひとりが考えるということです。行動できるということです。
 戦争を知らない世代は、戦争を覚え続ける人たちを知って記憶をつくらねばなりません。戦争とは人を殺したり、殺されたりすることだ、と。
 そういう創造的記憶のうえに、今のシリアの内戦、またテロを重ね見るのです。流血に過去も今もありません。
 人類はやっぱり戦争を繰り返すのかと思えば悲観的にもなりましょう。だが戦争やテロを減らすには武力よりも、むしろ教育の普及や格差の是正が有用だという世界認識が広まりつつあります。
 国際紛争を武力で解決しないという憲法九条の規定は、非現実的との批判をしばしば浴びてきました。だが、実は時代を経るほどに現実味を帯びてきているのではないでしょうか。人類の歴史は戦争史といわれますが、武力に勝る手段は過去にもあったはずです。外交はもちろん、戦争を起こさせない不断の努力です。
◆日本の目指す方向は
 これから世界を武力の方向に傾かせるのか、それとも教育や格差是正の方向へと傾かせるのか。
 どちらに向かうか。少なくとも日本が目指すべき方向は私たち国民が決めねばなりません。
 その場合、見てほしいのは現在はもちろんだが、過去も忘れてほしくない。時代が揺れるほど、歴史の不動の教訓を胸に抱いていたいのです。
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しんぶん赤旗 2016年1月1日(金)
主張:16年新年の誓い 立憲主義・民主主義を取り戻す


 2016年の幕開けです。日ごろからのご購読とご支援に感謝し、新年のごあいさつを申し上げます。戦後70年の昨年は、戦争と平和をめぐり文字通り激動の1年でした。国会前やお住まいの地域で「戦争法反対」「アベ政治を許さない」と声を上げ行動した方もいらっしゃるでしょう。安倍晋三政権の戦争法強行の暴挙にたいし空前の規模で広がった国民的運動は、戦後史の画期となりました。歴史的なたたかいをさらに発展させ安倍政権を退場に追い込み、立憲主義、民主主義を取り戻す年にしていこうではありませんか。
憲法公布70年の節目に
 昨年は、2000万人以上のアジア諸国民、日本国民310万人以上を犠牲にしたアジア・太平洋戦争の敗戦から70年の節目でしたが、今年は、戦後日本の再出発の基礎となった日本国憲法などの法や制度が形作られてからちょうど70年にあたります。1946年11月3日に公布され、翌年5月3日に施行された日本国憲法は、戦争の反省のうえに主権在民・恒久平和・基本的人権の保障などの原則を高らかに掲げました。
 憲法公布に際し内閣が国民向けに発行した「新憲法の解説」(46年11月)には「明治新政府発足以来八十年に及ぶ軍国主義国家としての日本は、あけやすい夏の夜の夢と消え、ここに新しく、平和主義に徹した文化国家として起き上るべき時が来たのである」と熱い思いを伝える一節があります。日本国憲法こそ平和と民主主義の原点であり戦後の土台だったことを浮き彫りにしています。
 安倍政権が一昨年、一片の閣議決定で戦後積み重ねてきた憲法9条の解釈を乱暴に変え、昨年には日本をアメリカの戦争に参戦させる戦争法を強行したことは、憲法の根幹を破壊する歴史的暴挙というほかありません。海外での武力行使を可能にした戦争法によって、中東など戦乱続く紛争地で自衛隊が「殺し殺される」危険が現実のものとして迫っています。日本の平和と国民の命を危うくする戦争法と、大本の閣議決定を一刻も放置することはできません。
 憲法で権力をしばる立憲主義がひとたび壊されれば歯止めはなくなります。戦争法だけでなく、沖縄での米軍新基地建設、原発再稼働、環太平洋連携協定(TPP)推進など安倍政権の独裁的手法の暴走は各分野で加速しています。戦争法廃止をはじめ、立憲主義・民主主義の回復は国政の最優先課題であることは明白です。
 憲法公布70年の今年、すべての政党・団体・個人が力を合わせ憲法にもとづく政治を取り戻す転機にしていくことが求められます。
参院選で新しい扉を開き
 一人ひとりが立ち上がった昨年の戦争法反対の運動は、憲法の理念が国民に根を下ろし成熟していることを劇的に示しました。
 今年は参院選の年です。70年前の46年4月、史上初めて女性が参政権を獲得した戦後初の衆院選が行われました。日本共産党が初めて議席を獲得した選挙です。
 今夏の参院選は18歳以上に選挙権が拡大されることになり、新たな主権者の参加に注目と期待も集まります。歴史的な参院選で、安倍自公政権を少数に追い込み、戦争法廃止のための国民連合政府実現の扉を開くため、ともに力を合わせましょう。
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北海道新聞 2015/01/01 08:50
社説:岐路の年に 格差と分断のない社会を


 「国のかたち」を問う1年の始まりである。
 昨年は安倍晋三政権の強引さばかりが際立った。
 集団的自衛権の行使容認を軸にした安全保障関連法は戦後、追い求めてきた「平和国家」という理想を根底から掘り崩しかねない。その危うさに多くの国民が声を上げたが、数の力で押し切った。
 環太平洋連携協定(TPP)も同様だ。農業現場の不安を置き去りに突っ走った結果が、米国など11カ国との大筋合意である。
 原発もしかり。福島の事故はいまだ収束のめどが立っていない。それなのに、惨事を忘れたかのように再稼働へ突き進んでいる。
 いずれも明日の生活に直結する問題だ。にもかかわらず、国民的議論を脇に置くやり方は、民主主義のまっとうな姿とは言えまい。
 今年夏には参院選がある。世論を顧みぬ権力の振る舞いを正し、進むべき方向を探る。主権者である私たちの責任である。
■まだ終わっていない
 安保関連法の危険性はいまさら説くまでもない。対米追従をより強め、「殺し、殺される」状況にいつ巻き込まれるか分からない。
 安全保障は国の根幹である。だからこそ、国会で長年にわたり議論を積み重ねてきた。それを力ずくの議会運営で一方的に覆す。その荒っぽい手法は、憲法が権力を縛る立憲主義をも踏みにじった。
 一連の動きへの危機感の発露が国会を取り巻いた学生や若い母親も含む群衆だったといっていい。
 TPPにしてもそうだ。貿易自由化の流れは避けられない。人口減で縮む国内の需要を海外に求める狙いもあろうが、論議が不十分なままではしこりが残り、産業の淘汰(とうた)も招きかねない。
 安倍政権は安保法制はじめTPPも原発も「既に決着済み」と、やり過ごそうとしている。だが、すべてが終わったわけではない。
 安保関連法では、どんな状況で自衛隊を海外に派遣し、どう部隊運用するか―などといった具体的な判断はこれからだ。
 TPPへの対策や、そもそも協定を承認するかどうかの議論も今年行われる。
 原発も北海道電力の「泊」を含め大半が審査の途中である。
 つまりは現在進行形なのだ。
 夏の参院選は、選挙権年齢が18歳以上に引き下げられて初めての国政選挙である。安保法制、TPP、原発について民意をしっかり示す場としたい。
 同時に社会全体で取り組まねばならないのは格差の是正である。
 世界は今、新自由主義が生んだ弱肉強食型のグローバル経済にさらされ、格差が拡大。多様性を認める寛容さが失われつつある。
 それが従来の国際秩序を突き崩し紛争や大量の難民流入、そしてテロの土壌となっている。
■「成長」頼みでいいか
 日本も例外ではない。小泉純一郎政権以来、新自由主義がはびこり、給与など待遇が不安定な非正規が働く人全体の4割に達する。
 所得格差は教育格差や地域格差につながり、社会を分断する。「溝」を埋める仕組みづくりが急務だ。
 ところがどうだ。安倍首相が掲げるのは▼国内総生産(GDP)を600兆円に増やす▼希望出生率を1・8に上げる▼介護離職者をゼロに―などの政策だ。東京五輪が開かれる2020年以降を念頭にした「新3本の矢」である。
 急速に進む少子高齢化を考えれば、出生率や介護問題に注力することに異論はない。問題はそれらを経済成長の条件と位置づけていることだ。そして成長すれば、難題を克服できるとの論法である。
 成長を下支えする人口の減少が続く。いつまでも、成長こそが豊かさや幸福を実現するというGDP信仰にすがり続けていいのか。
■価値観を転換したい
 豊かさを測る新たな物差しを考えたい。価値観の転換である。
 心に響く言葉がある。2012年、ブラジルで開かれた国際会議でウルグアイのムヒカ前大統領が行った演説の一節だ。
 「貧乏とは少ししか持っていないことではなく、限りなく多くを必要とし、もっともっととほしがることだ」(汐文社「世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ」)
 物欲まみれの心こそ貧困と断じ、成長や競争に血道を上げる世界への警鐘である。
 もちろん競争や成長追求を一概に否定はしない。だが、行きすぎると息苦しさばかりが募る。
 目指すは、若者もお年寄りも安心して暮らせる社会だ。そのためにはまず雇用環境を整え、それを支える福祉の安全網を拡充する。
 その一方で、限りある資源を分かち合い、地産地消の視点を国全体に広げる循環型経済を構想してはどうか。食料基地・北海道を先駆けにしたい。
 岐路の年だ。前へ踏み出そう。
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河北新報 2016年01月01日金曜日
社説:歴史の岐路に立って/未来の扉、開くのは私たち


 「未来との対話」を本格化させる幕開けの年と位置付けたい。誠実に歴史に向き合う「過去との対話」を大事にしつつ、抱える根本課題を見つめ、全ての人の命が輝く社会への地歩を固める、という意味である。
 戦後、経済優先の国造りで多くの成果を手にしてきた。ただ近年、経済のグローバル化を受けて効率や速さを極度に求める市場主義に傾斜。そうした思想が広範な分野に浸透し、公平・公正の確保が危ぶまれる状況にある。政治にまで及び、民主主義の土台がぐらついてもいる。
 歴史の大きな岐路に立つ今、価値観を問い直し、進むべき社会のありようを探らねばならない。主導する政治のありようもまた掘り下げねばならない。
 大方、既に気付いていよう。
 さらなる物的豊かさの追求が幸せを完全には保障してくれず、市場に最適の解を委ねた新自由主義経済体制の下、非人間的な働き方を強いられ、福祉や教育の格差を広げ生存基盤が脅かされていることを。極端な経済格差や宗教を含めた偏見・差別が国際社会の安定を損ね、国内に跳ね返りかねないことも。
 混沌(こんとん)とした社会が向かう先が見えず、生活防衛意識も加わり、旧来の価値基準、仕組みにしがみ付きがちだ。政治はむしろ、押しとどめるふうである。
 世界的な経営学者ドラッカーは指摘する。日本の成功体験が知識社会移行など、大転換期への対応を難しくしている、と。
 工業社会に適した従来の手法にこだわり、そのことが新たな成長の足かせになる理屈だ。
 現行の経済体制は社会を豊かにもし、ゆがめもする。政治が適正な管理を欠けば、自然と人間の破壊を招く。豊かさと貧困の二つの過剰が個人でも地域、国でもあらわになっている。
 意識は社会を規定する。手に余るとして思考停止に陥ってはならない。政治は成長に固執し制御を緩める方向にある。政治参加の質を高めていかなければ、社会的矛盾は温存され、持続的な安定と繁栄を築けまい。
 安倍政権は「1億総活躍社会」を看板政策に掲げる。ばらまきとハコモノ事業の予算化が目立ち、人への投資はもたつく。もう一つの看板「地方創生」も従来の発想の域を出ない。
 人口減少と所有欲求の減退という低成長の根本要因を直視せず、目先の企業利益に固執、個人や地方を二の次にして国際競争をしのごうとすれば、社会の基盤を崩すことになろう。
 いびつな発展に伴う人口移動で社会との縁が薄れ、雇用の変質で会社との縁も細る。家族の絆も揺らいでいる。分断から連帯へ、個人の存在欲求に応えた関係の結び直しが要る。自然や都市と地方もしかりである。
 希望の芽はある。一部の若者は政治意識を高め、NPOが市民権を得て、社会的な課題解決を目的にしたソーシャルビジネスも広がりだしている。哲学者の内山節・元立教大大学院教授が指摘する、市場原理を超えた半市場経済の動きである。
 財政学の神野直彦東大名誉教授は、人を手段から目的に位置付け直し、共生意識を基盤に据えた「人間国家」を提唱する。
 多様で豊かな生き方と参加が保障される社会の創造へ。成長から成熟に向かう未来の扉を押し開く時である。心奪われるスマートフォンを、ときに脇に置いて、私事から目を転じ、思索を深め、一歩、前へ、である。
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信濃毎日新聞 2015年01月01日(金)
社説:ことし、動く 国民主権70年 「民主主義のすみか」堅固に


 部活動のユニホーム代を生徒会費から支出するのは是か非か―。
 放課後、松本深志高校の教室。防寒着姿の生徒50人余が白熱の議論をした。
 自治の校風が強く、生徒会費約1千万円の使い方をすべて生徒の話し合いに委ねる。このうち部や委員会などの活動費の配分を決める「折衝会」の風景だ。
 活動費予算の総額は650万円。各部などの要求額を足し上げるとかなり超過している。矛先は女子バスケ部のユニホーム代23万円に向かう。「古くなっているので買い替えたいのですが」。女バスの会計担当が説明に立つ。
 すかさず他の部の生徒が周囲に問う。「この中にユニホームを持っている団体はどれだけありますか」。あちこちで手が挙がる。
 「これだけ多くの部が要求し始めたら今後の折衝会はもっと苦しくなる。自己負担してください」
   <とことん話し合う>
 議論は収支の差がゼロになるまで続く。5日目の最終日が終わったのは午後9時を回っていた。
 一昨年1月のことだ。折衝会の模様は放送委員会制作班がビデオに収めて編集。作品は昨年のNHK杯全国高校放送コンテストで準優勝した。新聞委員で会の取材を続けた山内薫さん(19)=現信州大1年=は「お金の問題なので、責任を伴いながら合意をつくっていく民主主義のプロセスを肌で感じた」と振り返る。
 国民主権を定めた憲法が公布されてことしで70年。夏の参院選からは選挙権が18歳以上に広がる。節目の年に足元の民主主義を見つめ直したい。
 敗戦から4年。1949年に当時の文部省が著作、発行した1冊の本が県立長野図書館の書庫に残っていた。「民主主義のはなし」。文部省が48年から49年にかけて発行した教科書「民主主義」上、下巻の成人用ダイジェスト版だ。山里の風景を描いた表紙は赤茶色に変色している。だが、その中身は色あせていない。
 これまでの日本ではどれだけ多くの人々が、ただ権力に屈従して暮らすことに甘んじて来ただろうか。正しいと信ずることも主張しえず、泣き寝入りを続けて来ただろうか―。
 お役所とは思えない言葉で戦前の体制を批判。民主主義が〈人生のあらゆる方面で実現されて行かなければならない〉と説く。特に青少年に呼びかける。自分でできることを〈直ちに生活の中に取り入れて行っていただきたい〉。
 学校には生徒自らの手で生徒会が組織された。高校生は活動を校外にも広げていく。50年代の原水爆禁止運動で街頭署名に立ち、60年の日米安保条約の改定では反対集会やデモに参加した。
   <旧文部省の変節>
 学生運動が激しさを増し、高校に波及する中で文部省は一転、こんな通達を69年に出す。〈国家・社会としては未成年者が政治的活動を行うことを期待していないし、むしろ行わないよう要請している〉。校内外を問わず高校生の政治活動を禁止した。
 戦後、高らかにうたい上げられた民主主義は、同じ文部省によって箱の中に閉じ込められた。
 教員は授業で現実の政治問題を取り上げることに消極的になる。社研や新聞部などの活動は低迷し、文化祭で社会問題を取り上げる企画も少なくなった。
 国政選挙でそれまで7割近いこともあった20代の投票率はどんどん下がっていく。直近の一昨年12月の衆院選では、逆に投票に行かなかった人が7割近くになった。
 18歳選挙権が決まって文部科学省は昨秋、69年通達を改めた。校外の政治活動は容認したが、誰が判断するのか「学業や生活に支障がある場合」などは制限する。校内に至っては禁止のままだ。
 各地の高校で生徒会活動に関わってきた深志高の林直哉教諭(58)は疑問に思う。主権者教育とは、自分の社会の問題を解決する力を養うこと。その活動は政治そのものなのに―。
 文科省は教員に向けても通知や指導資料で、くどいほど「中立性の確保」を求める。山口県では昨年、こんなことが起きた。
 県立高校で安全保障関連法案について新聞2紙を参考に生徒が討論し、賛否を投票する授業が行われた。県議会で自民党議員が政治的中立性を問題視。県教育長は反論することなく謝罪した。
   <心の中につくる>
 物言えば唇寒し。そんな環境は、「民主主義のはなし」が戒めた戦前の姿に似る。
 「民主主義の幅の広さ」という項目ではこう書いている。
 〈民主主義は人々の心の中で作られる。それを求め、それを愛し、それを生活の中に実現して行こうとする人々の胸の中こそ、民主主義のほんとうの住み家である〉
 70歳の民主主義はしっかり息づいているか。学校だけでなく「あらゆる方面で」確かめよう。
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神戸新聞 2016/01/01
社説:戦後の曲がり角/民主主義は機能しているか


 「戦後民主主義到来の日」と呼ばれる日があることを最近知った。
 1949(昭和24)年7月19日。今井正監督の映画「青い山脈」が封切られた日だ。前、後編で3時間の大作は、昨年9月に亡くなった原節子さんが主演し、大ヒットした。
 「古い上衣(うわぎ)よ さようなら…」。原さんらがさっそうと自転車で走る姿がまぶしかった。明るく軽快な主題歌とともに、封建的な考え方に対する戦後民主主義の勝利をうたい上げた。敗戦から4年、新憲法施行から2年。国民はまだ厳しい暮らしを強いられていたが、新しい時代を表現した作品は希望を与えた。
 戦後70年が過ぎた今、その民主主義が機能しているのか、民意はくみあげられているのか-。あらためて問い直す必要がある。
       ◇
 「民主主義って何だ」
 昨年夏、安全保障法制に反対し、国会周辺を埋めたデモで繰り返し叫ばれた。中心となったのは大学生らでつくる団体「SEALDs(シールズ)」だった。「何だ」の問い掛けに、「これだ」と応じる。
 「こうして声を上げる私たち自身が民主主義の中心だ。主権者だ」との思いを込めたのだという。
 一方、安倍晋三首相は、法案採決前に「決めるべき時には決めていく。これが民主主義だ」と語った。
 安全保障関連法は数の力による強行採決で成立した。特に参院特別委員会の採決時は委員長周辺で怒号が飛び交う混乱状態だった。議事録には「議場騒然、聴取不能」とだけ記され、発言は記録されていない。
 実質11本の複雑な法案で「説明不足」とする国民は多かった。日本の安全保障政策の転換となる内容だが、熟議とは程遠い国会だった。
 戦後70年の節目に、民主主義は無残な姿をさらしたといえる。
目立つ逆行の動き
 もう一度、映画「青い山脈」に話を戻したい。
 男女交際問題で孤立した女学生を救うため、原節子さんふんする教師が教室で発言する場面が印象的だ。「家のため、国家のためという名目で、個人の人格を束縛して、無理やり一つの型にはめこもうとする。日本人の今までの暮らし方の中で、一番間違ったことなのです」
 男女交際などもってのほかとの考えが残る町と学校を女性らが変えていく。その姿が「戦後民主主義到来」を感じさせたのだろう。
 個人を尊重する。憲法は国民主権、国民が主役とうたう。「国が第一、私は第二」などという考え方を転換する-。そんな民主主義社会を築く努力を重ねてきたはずだが、流れに逆行するような動きもある。
 一つは1年余り前に施行された特定秘密保護法だ。情報が政府の都合で隠され、「知る権利」が侵される恐れがある。「由(よ)らしむべし、知らしむべからず」。国民はただ従わせ、説明する必要はない-という時代に戻りかねない危うさがある。
「日本が見えない」
 昨年12月、表現の自由を担当する国連の特別報告者が日本での現地調査を予定していたが、日本政府の突然の要請で延期された。「予算編成などのため万全の受け入れ態勢が取れない」との理由だった。これに対し「秘密保護法や、政府によるメディア介入が取り上げられるのを避けたのでは」との指摘があった。
 懸念の声が上がるのも無理はない状況がある。
 昨年6月、自民党所属国会議員の勉強会で報道機関に圧力をかける発言が相次いだ。報道番組の内容が問題として自民党がNHKと民放の幹部を事情聴取したこともあった。民主主義の土台である表現の自由や知る権利を揺るがす行為が目立つ。
 昨年、あらためて注目された戦没詩人竹内浩三の作品が思い浮かぶ。
 「日本よ/オレの国よ/オレにはお前が見えない」
 戦争末期に23歳で戦死した詩人は「自由でありたい」と願い、戦争の不条理、心の葛藤を表現した。
 その死から70年余り。日本は竹内が願ったような国になったのか。
 岐路に立つといわれる中、今年夏には参院選挙があり、選択の年となる。選挙権年齢は「18歳以上」に引き下げられ、若い世代が有権者として政治参加することにもなる。
 戦後71年目。日本の今を見詰め、民主主義、民意について考えたい。
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中国新聞 2016/1/1
社説:憲法公布70年 民主主義を鍛え直そう


 幾万の兵征かしめし宇品港知る人ありや釣り人並ぶ 藤岡礼子
 歌人道浦母都子さん(中国歌壇選者)が、1年間の選を振り返る中で挙げた一首だ。あの戦争を身をもって知る人々が、さらに少数派になっていく。そんな時の流れも痛感した戦後70年、ヒロシマにとっては被爆70年が過ぎ、明けて憲法公布70年の年を迎えた。
 だが日本政治は今、その70年の積み重ねを危うくしかねない現実に満ちてはいないか。一つには、「国権の最高機関であって国の唯一の立法機関」と憲法41条に規定される国会の威信低下があろう。
 昨年1年を振り返ると、安全保障関連法を審議中の5月、安倍晋三首相が「早く質問しろよ」と民主党議員にヤジを飛ばした。7月には礒崎陽輔首相補佐官が「9月中旬には審議を終わらせたい」と発言して物議を醸している。
 ▽臨時国会応じず
 安保国会の閉会後は、野党が憲法53条の規定に基づいて求めていた臨時国会の召集を、政府・与党は首相の外交日程などを理由にはねつけた。秘密交渉だった環太平洋連携協定(TPP)が大筋合意した直後にもかかわらずである。
 議員活動を大幅に制約しかねない特定秘密保護法の問題もある。憲法62条に基づく国会の国政調査権を侵す、との指摘が野党などから出ているのは見過ごせない。
 その憲法の改正を、安倍首相は宿願としている。7月の参院選の結果次第では、憲法改正発議が可能になるからだ。昨年11月の閉会中審査では自民党の改正草案にもある「緊急事態条項」新設の必要性を繰り返し強調した。大災害や他国による武力攻撃の際、首相の権限を強化することが狙いである。
 緊急事態条項は東日本大震災を機に与野党で議論されるようになり、改憲といっても国会での賛同を得やすいとの読みがあろう。さらに昨年11月のパリ同時多発テロ事件では、民主国家のフランスでも「非常事態宣言」が出された。私たちも、国家の非常時について議論することに異存はない。
 ▽権力を縛るもの
 しかし、それは改憲ありきではないはずだ。
 既に災害対策基本法などの個別法があり、必要とあらば、それこそ憲法53条に基づいて内閣が臨時国会を召集し、新たな法律を作ることもできよう。三権分立を揺るがしかねない首相権限の強化より先に、国会をどう機能させるべきか、考えるのが本筋だろう。
 皮肉なことに、多くの憲法学者から違憲と指摘された安保法の議論を経て、私たち主権者は「立憲主義」の意味を再認識した。憲法は人権を保障し国家権力の手を縛るものであることを指す。
 ゆえに憲法99条は「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他公務員」に憲法尊重擁護義務を課している。自民党の改正草案が国民に憲法尊重義務を課していることは、それと真反対だ。となれば本質において、もはや憲法といえるのかどうか、疑念がわく。手を縛られている側が改正を口にするのもいささか怪しい。
 だが、私たちも憲法が公布された70年前の息吹に思いをはせ、民主主義と民主政治を鍛え直すことが必要なのかもしれない。
 政治学者の宇野重規さんは「低成長の時代の民主主義は難しい」とみる。高度成長の時代は成長の果実を国民に再分配して政治や社会を安定させることができるが、低成長の時代はリスクと負担を再分配することになってしまう。
 安倍政権はアベノミクスという手法で成長を演出し、この矛盾を克服しようとする。それもおのずと限界があろう。その次の時代に民主主義は機能するのか、注視していかなければなるまい。
 ▽本質を理解する
 社会的立場の弱い人たちが生きにくい日本社会の現実を見据え、憲法13条が定める幸福追求権、25条が定める生存権などを、どう生かしたらいいか、あらためて考えてみよう。「ダイバーシティ(多様性)」という言葉が定着しつつあるように、そうした人たち自身も声を上げようとしている。
 さらに時間をかけて憲法の本質を理解することが肝要だろう。
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