2016-01-18(Mon)

阪神大震災21年 (1)都市型震災への備えを着実に

災害は姿を変えて来る 記憶をいかに継承していくか きめ細かな住宅支援を

<各紙社説・主張>
朝日新聞)「阪神」21年 災害は姿を変えて来る(1/17)
読売新聞)阪神大震災21年 記憶をいかに継承していくか(1/17)
毎日新聞)阪神大震災21年 きめ細かな住宅支援を(1/17)
日本経済新聞)都市型震災への備えを着実に (1/17)
産経新聞)阪神大震災21年 教訓を緊急事態に生かせ(1/17)
東京新聞)週のはじめに考える 「阪神」に思い出す防災(1/17)




以下引用



朝日新聞 2016年1月17日(日)付
社説:「阪神」21年 災害は姿を変えて来る


災害対応は、しばしばジャズの演奏に例えられる。
 ひとたび災害が起きると、想定外の事態や刻々と変化するニーズに即応しなければならない。そこが譜面にとらわれず、他の演奏者や観客との呼吸に合わせて即興で音を連ねるジャズに似ているというのだ。
 17日で発生から21年となる阪神・淡路大震災の被災地の自治体はいま、過去の経験にとらわれない、柔軟な防災体制作りに力を入れている。
 次の災害は決して前と同じ姿ではやって来ないからだ。
 神戸市がこのことを痛感したのは、東日本大震災の支援を通じてだった。同市は延べ1800人超の職員を宮城県などに派遣した。即戦力として働けるよう、阪神大震災の経験者を中心に選んだ。だが派遣職員からヒアリングをすると「過去の経験が通用しなかった」との声が少なくなかった。
 阪神より被害規模が大きく、指示や情報が伝わらない。車を動かそうにも給油ができない。住民の集団移転も初体験のことだった。これを教訓に神戸市が考えたのが、応援隊や物資の受け入れ態勢をあらかじめ決めておく「受援計画」だ。
 いわば助けてもらうための準備といえる。大災害が起きれば役所の業務は急激に増える。単独の自治体では乗り切れないとの考えに基づく備えだ。
 市は、支援してもらいたい130の業務を洗い出した。たとえば避難所では食料の配布や避難者名簿の管理を、広報部門では外国人向け情報のネット配信などを応援隊に担当してもらう。市内で震度6弱以上の地震が起きれば適用する。
 国は神戸市の実例なども踏まえ、災害対策基本法で全自治体に受援計画を作るよう促している。だが市町村で策定したのは14年時点で99カ所と、約5・8%に過ぎない。どの自治体もできるだけ早く整えるべきだ。
 新たな知見を踏まえた備えが必要なのは、行政だけにとどまらない。
 内閣府は昨年、南海トラフ地震の際、東京や大阪の高層ビルが長周期地震動で最大2~6メートルも横揺れすると公表した。このほか津波による地下街の浸水、石油タンクから漏れた燃料にがれき同士がぶつかった火花で着火する津波火災の恐れなど、対策が遅れている分野は多い。
 官民挙げて命を守る手立ての構築を急がねばならない。
 地域コミュニティーの活性化や防災教育の充実など、どんな災害にも役立つ力を磨き、被害を最小限に食い止めたい。
ページのトップへ戻る



読売新聞 2016年01月17日 03時04分
社説:阪神大震災21年 記憶をいかに継承していくか


 6434人が犠牲となった阪神大震災から、17日で21年が経過した。
 「あの日」の記憶をいかに次代へつないでいくか。復興を遂げた被災地が抱える課題である。
 神戸などで今年、市民が催す追悼行事は59件だ。昨年と比べてほぼ半減した。震災から15年だった2010年以降で最も少ない。
 担い手の高齢化が背景にある。調査した市民団体によると、発生から20年の節目が過ぎたのを機に、運営方法を見直したり、中止を決めたりする動きが広がっている。「体力の限界」「後継者がいない」といった理由からだ。
 被災地では、震災を体験していない人たちが増えた。神戸市民の4割超が、震災後の生まれか、他市町村からの転入者だ。
 市街地には、被災当時の惨状を伝える震災遺構と言えるものは、ほとんど残っていない。市民に防災の重要性を伝えるための知恵と工夫が求められている。
 神戸市は、横倒しになった阪神高速道路の高架など、地震発生直後の様子を撮影した写真を専用サイトに公開している。誰でもダウンロードして、二次利用できる。アクセス数は、開設から1年余りで約85万件に上る。
 被災直後の様子と現在の街並みを写真で比較できるスマートフォンのアプリも開発されている。防災教育に活用したい。
 被災体験を語り継ぐ人材の育成も重要である。
 神戸市内の防災研究機関「人と防災未来センター」は、震災を知らない世代に新たな語り部として活動してもらう事業を始めた。
 被災者から聞き取った内容を基に紙芝居を作成し、小学生に読み聞かせる。防災知識を楽しく学べるゲームを考案する。
 「伝えることを通じて、自分の中でも防災意識が高まった」。参加した大学生らからは、心強い感想が寄せられている。
 兵庫県立舞子高校に2002年、全国の高校で初めて環境防災科が設置された。生徒たちは、地震のメカニズムや災害ボランティアの活動状況などを学んでいる。消防士や防災関連のNPO職員として活躍する卒業生が多い。
 4月には、宮城県立多賀城高校に災害科学科が新設される。東日本大震災の被災地で、地域防災のリーダーを育てるのが狙いだ。舞子高校との交流も進める。
 今後も南海トラフ、首都直下などの大地震が発生する恐れがある。各地にも防災教育の拠点を整備していくことが必要だろう。
ページのトップへ戻る



毎日新聞2016年1月17日 02時30分
社説:阪神大震災21年 きめ細かな住宅支援を


 阪神大震災で自宅を失った被災者向けに自治体が民間などから借り上げた復興住宅が昨秋以降、返還期限を順次迎え、住民が退去を求められる事態も起きている。震災から21年がたち、被災者は生活再建を巡る新たな課題に直面している。
 自治体は、転居費用の補助や公営住宅への住み替えあっせんなどを申し出ている。しかし、高齢化が進んだ入居者にとって、住み慣れた生活拠点を離れることへの不安は大きく、転居先で孤立する恐れもある。それぞれの生活の実情に配慮し、きめ細かく対応する必要がある。
 復興住宅は約4万戸用意され、うち約8000戸は都市再生機構(UR)や民間から20年契約で借り上げた。恒久的な住まいとして新たに建てるのと比べ、借り上げ方式は建設費がかからず短期間に大量に供給できる利点がある。兵庫県や神戸市、同県西宮市など6市が導入し、現在約3900世帯が入居している。
 兵庫県と神戸市は財政負担が大きいとして、年齢や介護、障害の有無など条件を設けて継続入居を認め、県は有識者委員会の判定で基準に達していなくても認めることもある。全世帯の継続入居を認める自治体もある。西宮市は住み替え先のあっせんのほか要介護世帯などに猶予期間を設けているが原則は退去だ。自力再建したり転居に応じたりした被災者との公平性を考えたという。
 昨年9月、西宮市がURから借り上げている1棟の返還期限が来た。一部住民が転居に応じず、市は明け渡し訴訟を起こす議案を市議会に出したが、議会は住民との話し合いによる解決を求めている。約2200世帯が入居する神戸市は今月末に期限を迎える3世帯に退去を通知しており応じなければ提訴する方針だ。
 こうした問題が生じた背景には、入居時に期限に関する行政側の説明が不十分だったことがある。また、継続入居に年齢条件がある場合、1歳違うと認められない。機械的な線引きで退去を迫るのは避けたい。
 復興住宅では、住み慣れた地域を離れた被災者の閉じこもりや孤独死が社会問題になった。住み続けたいという高齢者の希望は身勝手ではない。意思の尊重はコミュニティーの維持につながるのではないか。
 東日本大震災では仮設住宅の約半数が自治体の借り上げによる「みなし仮設」だ。入居期間は1年ごとに延長されているが、東京電力福島第1原発事故の自主避難者については来年3月に打ち切られる。恒久住宅の確保は切実な問題となる。
 阪神大震災の住宅再建プロセスは東日本の被災地にとっても重要な教訓だ。長期的視野に立ち被災者が安心して暮らせる支援に生かしたい。
ページのトップへ戻る



日本経済新聞  2016/1/17付
社説:都市型震災への備えを着実に


 東日本大震災からまもなく5年になるが、地震への備えがなかなか進まない。とくに21年前のきょう起きた阪神大震災のような都市直下地震への対策が後手に回っている。2つの大震災の教訓を風化させず、着実に備えを強めたい。
 首都圏の4都県と5つの政令指定市は15日、マグニチュード(M)7級地震を想定した合同訓練を実施した。これらの自治体は災害時の応援協定を結んでいる。訓練では地震から18時間後の状況を想定し、負傷者の救護や物資の支援などで連携を確かめた。
 政府の想定によれば、M7級の首都直下地震が起きると死者は最大2万3千人、建物の倒壊などの被害は同61万棟にも及ぶ。とりわけ怖いのが火災だ。木造住宅の密集地で出火すると延焼し、最悪41万棟が焼失する恐れがある。
 地震による火災は石油・ガス器具が火元になると考えがちだが、近年の地震では電気製品からの出火が過半を占めている。阪神大震災では倒れた家具で電気コードが圧迫され、電気が復旧した際に漏電して起きる火災が相次いだ。熱帯魚水槽のヒーターなど思わぬ場所から出火することもある。
 火災を防ぐため、地震を感知して自動的に電気を遮る「感震ブレーカー」を広めたい。配電盤に付けるなど様々なタイプが市販され、手ごろな価格の機器もある。費用の一部を助成する自治体もあり、こうした制度を活用したい。
 帰宅困難者向けの避難所の確保もこれからだ。首都直下地震が平日の昼に起きると、最大800万人が家に帰れなくなる。勤務先や学校で被災した人は待機するのが鉄則だが、買い物客や旅行者らはどこに避難したらよいのか。
 東京都などは大規模ビルをもつ企業と協定を結び、一時滞在所とする計画だ。だが避難者の安全確保に誰が責任を持つかや、水や食料など備蓄物資をどう提供するかがあいまいで、協力企業はまだ少ない。国や自治体がルールを明確に定めて企業の協力を求め、共助の仕組みを整えたい。
ページのトップへ戻る



産経新聞 2016.1.17 05:02
【主張】阪神大震災21年 教訓を緊急事態に生かせ


 これはいつかあったこと。/これはいつかあること。/だからよく記憶すること。/だから繰り返し記憶すること。/このさき わたしたちが生きのびるために。
 神戸市長田区在住で、被災した詩人の安水稔和さんはこうつづった。
 6434人が犠牲となった阪神大震災から17日で21年が過ぎた。戦後最大の自然災害だったが、絶後ではなかったのは、5年前にさらに甚大な被害をもたらした東日本大震災が起きたことでわかる。
 いつかまた、必ずやってくる。あの体験を忘れずに、次に備えなければいけない。
 大規模な自然災害は国家の非常事態である。一昨年11月に亡くなった震災当時の兵庫県知事、貝原俊民さんは、著書で「阪神・淡路大震災において、わが国の危機管理についての多くの欠陥が露呈した」と指摘している。
 貝原さんは県庁への登庁に時間がかかり、自衛隊への派遣要請が地震発生から4時間もたっていたため、助かる命を救えなかったと批判された。
 「内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有する」(自衛隊法7条)村山富市首相も同様に非難された。長年、自衛隊を憲法違反としてきた社会党の委員長だったことから、出動を躊躇(ちゅうちょ)したのではとのうがった見方もあった。
 だが、問題はこうした未曽有の緊急事態に即応する仕組みが整っていなかったことにある。
 わが国の危機管理体制は分権型だった。戦後、警察は都道府県警になり、消防は市町村単位になった。災害対策も第一義的に自治体が担うことになっていた。
 貝原さんは「過度に政府の力を期待することは自助努力を怠ることになり、かえって被害を拡大する恐れすらある」とするが、初動期は別だ。何よりスピードが求められ、生死を分ける。
 「(立ち上がりが遅いという)分権社会の弱点を補強する仕組みが不十分であることに警告を発したといえよう」という言葉は、現場の責任者だっただけに重い。
 都市型災害だった阪神大震災は、想定される首都直下型地震など大規模な自然災害やテロなどに大きな教訓を残した。
 国民の生命と財産を守るため、一時的に権限を集めて機動的に対応する。憲法に緊急事態条項を定めるのは喫緊の課題である。
ページのトップへ戻る



東京新聞 2016年1月17日
【社説】週のはじめに考える 「阪神」に思い出す防災


 阪神大震災からちょうど二十一年。神戸市など被災地の街並みは復活しました。でも、地震国に生きる私たちには忘れてはいけない教訓があります。
 震災翌日、神戸市の被災状況を調査する福和伸夫・名古屋大助教授(当時)に同行取材しました。
 「全部、壊れているのにショックを受けた。それまで見た被災地は駄目なものだけが壊れていた」
 福和さんはそう言いました。
 この震災で死者・行方不明者は六千四百三十七人。約二十五万棟の建物が全半壊しました。
 二階建ての家がペチャンコにつぶれ、屋根が腰ぐらいの高さ。そんな住宅が国道の両側に並んでいました。死者の九割近くは家の中にいました。
◆壊れてはいけないのに
 福和さんがもっとも驚いた顔をしたのは、神戸市役所旧庁舎の中層階がつぶれていたのを見たときでした。「壊れてはいけないものまで壊れた」と表現しました。公共建築物、高速道路、鉄道などは、壊れてはいけないのです。
 その後、同程度の地震は十回ぐらい起きていますが、東日本大震災までは死者が百人を超える地震はありませんでした。
 「田舎は地震に強いんです」と福和さんは言います。
 地方では、地震や洪水などの被害がなかった場所が住宅地になっています。都市化が進むと、地盤が悪くてもビルが建ち、住宅ができます。
 東日本大震災で、津波被災地に「これより下に家を建ててはいけない」という趣旨の石碑が残っていることが話題になりました。教訓を守った集落は無事でした。過去に学ぶのは、津波には限らないのです。新築する際は、便利かどうかだけでなく、安全も考慮して場所を選びたいものです。
◆知識は役立たなかった
 日本建築学会の記者会見で、ショックだったことがあります。
 「新耐震に従って建てられた建築物では、住民らに大きな被害は出ていない。古い住宅で被害が出たが、法律はすでに出来上がっている建物には適用されない」。新耐震とは、一九八一年に改正された建築基準法施行令の耐震基準で、さかのぼって適用しないのは既存不適格という考え方です。法律的には正しくても、知識は防災に役立たなかったのです。
 その後、公共施設では耐震化が進んでいます。国土交通省は昨年末、既存の高層ビルについても、長周期地震動への耐震性を強化すると発表しました。今でも原則は既存不適格ですが、前進です。
 マスコミにも反省があります。
 現地で「神戸で地震が起きるとは思わなかった」という言葉を何度も聞きました。中には「東京はどれくらい大変なんだろうと思った」と言う人もいました。
 東京に拠点を置くマスコミが多く、当時の報道は首都直下地震や東海地震に偏っていました。結果として他地域に「安心情報」を流していたのです。
 震災とは、地震の被害のことです。大震災と名付けられたのは、関東大震災、阪神大震災、東日本大震災の三つです。関東大震災は火災、阪神大震災は住宅の倒壊、東日本大震災は津波、という厳しい教訓を残しました。
 次の巨大地震は、南海・東南海地震だと考えられています。最近、「西日本大震災」という言葉も見かけます。中央防災会議の想定では、三十都府県で大きな影響を受け、最悪で死者三十二万三千人、被害額は約二百二十兆円。東日本大震災より一けた大きい。
 西日本が危ない、という話は、他の地域は安全ということではありません。首都直下地震は、明日起きても不思議ではありません。いや、東日本大震災後、日本列島は地震・火山の活動期に入ったと考える研究者が少なくありません。家具の転倒防止とか、家族間の連絡方法の確認など、できることから始めましょう。
 「神戸に行って、人生、変わりましたか」と福和さんに尋ねました。返事は「はい」でした。
 「戻ってから、次の震災は名古屋だ。故郷のために頑張ろうと思いました」と言います。当時はゼネコンを退職、母校の名古屋大で宇宙構造学という新しい分野に取り組み始めたところでした。
◆産学官で地域を守る
 今、福和さんは名古屋大・減災連携研究センターの初代センター長です。減災館を拠点に産・学・官が連携して「その日」に備えています。
 他の自治体でも、産・学・官が連携して防災に取り組むことが望まれます。
 「命より大事なものはない」。これが震災が残した最大の教訓です。大地震が起きても、大震災にしない。そのために残された時間はそんなに長くはありません。
ページのトップへ戻る

/////////////////////////////////////////////////////////////////

関連記事

テーマ : 政治・時事問題
ジャンル : 政治・経済

tag : 阪神大震災 都市型震災

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

プロフィール

ajimu-ra

Author:ajimu-ra

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最近の記事
リンク
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ(タブ)
RSSフィード
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
カテゴリー
FC2カウンター
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
FC2ブログランキング
↓↓クリックお願いします↓↓

FC2Blog Ranking

ブログ内検索
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

フリーエリア
blogram投票ボタン