2016-03-07(Mon)

JR東海認知症事故 最高裁判決 各紙社説等(2)

認知症徘徊事故 社会で向き合う契機だ 社会でリスクの共有を 被害救済の在り方議論も

-----認知症患者の家族が重い賠償責任を負わされるのでは、在宅介護は困難になりかねない。高齢化が進む中、熱心に介護する家族の現状に配慮した判決と言えよう。
JR側が損害を受けたのは事実だ。免責と被害救済のバランスについて、社会全体で向き合う時期に来ている。

----ただ、判決は被害者の損害の救済には触れなかった。家族に賠償責任がないとした以上、この問題にどう対処するかは、社会全体に投げかけられた課題でもあろう。
(北海道新聞)

----在宅介護に当たる家族の心理的負担が少しでも和らぐことが期待されるものの、加害行為を防ぐための監督が容易な場合は賠償責任を負うことがあるとも付言している。

----裏を返せば、十分な注意義務を果たさないまま事故が起きたと判断された場合は、家族が責任を負うケースが想定される。在宅介護を引き受ける家族が引き続き緊張を迫られる状況に変わりはない。

 認知症の高齢者は約520万人に達し、2025年には700万人を超えると予測されている。行方不明になる人は年間1万人を超えるとされ、今回と同様に列車や自動車にはねられるような事故も増えることが予想される。
(河北新報)

----ただ、生じた損害や被害の補償、救済をどうするかの問題が残る。家族が知らない間に車を運転して事故を起こすこともあるだろう。被害救済の公的な仕組みを含め、誰がどう負担するか、社会全体で議論を深める必要がある。
(信濃毎日新聞)

<各紙社説・論説>
北海道新聞)認知症事故賠償 社会で向き合う契機だ(3/2)
東奥日報)被害救済の在り方議論も/認知症事故最高裁判決(3/3)
秋田魁新報)認知症の徘徊事故 リスク共有する社会に(3/6)
岩手日報)認知症の徘徊事故 社会でリスクの共有を(3/2)
河北新報)認知症監督責任/在宅介護の負担軽減が急務(3/2)
信濃毎日新聞)認知症の事故 家族に重荷負わせない(3/2)
福井新聞)認知症徘徊事故 いまや社会全体の問題だ(3/2)




以下引用



北海道新聞 2016/03/02 08:55
社説:認知症事故賠償 社会で向き合う契機だ


 認知症男性の徘徊(はいかい)中の事故で列車会社に生じた損害を、どこまで家族に負担させるべきか。
 JR東海が損害賠償を求めた訴訟で、最高裁は男性を介護する妻と長男に監督義務はないとし、妻に賠償を命じた二審判決を破棄してJRの訴えを退けた。
 認知症患者の家族が重い賠償責任を負わされるのでは、在宅介護は困難になりかねない。高齢化が進む中、熱心に介護する家族の現状に配慮した判決と言えよう。
 ただ、JR側が損害を受けたのは事実だ。免責と被害救済のバランスについて、社会全体で向き合う時期に来ている。
 民法は、責任能力のない認知症患者が事故を起こした場合、被害者救済の観点から監督義務者が賠償責任を負うと定めている。
 監督義務者に過失がなければ免責されるとの規定もあるが、誰が監督義務者に当たり、どんなケースならば免責されるのか、これまで明確な基準はなかった。
 この認知症男性=当時(91)=は2007年、自らも要介護の妻(93)が目を離した隙に外出、電車にはねられて死亡した。JR東海は遺族に遅延損害金など720万円の賠償を求めていた。
 一審は妻と、離れて暮らす長男を監督義務者とし、全額賠償を命じた。二審は妻の監督義務のみ認め、360万円の賠償を命じた。
 最高裁は、家族が容易に監督できる場合は賠償責任を負うこともあると指摘。一方、今回のように体の不自由な妻や別居する長男は「監督可能な状況になかった」とし、賠償責任はないと判断した。
 「老老介護」や認知症患者同士の「認認介護」も増えている。家族らに過度の監督義務を課し、賠償を求めるのは現実的ではない。
 最高裁の判断は、こうした高齢化社会の現状を反映したとみることもできる。
 ただ、判決は被害者の損害の救済には触れなかった。家族に賠償責任がないとした以上、この問題にどう対処するかは、社会全体に投げかけられた課題でもあろう。
 認知症高齢者は現在の520万人から、25年までに700万人に増加すると予測されている。在宅介護には限界もあるが、施設の入居待機者も多い。判決が問いかける問題は決して人ごとではない。
 地域全体で認知症の人を支える仕組み作りは始まっている。それを充実させる必要がある。
 認知症と診断されれば自動的に加入できる賠償責任保険など、公的制度を整えるのも重要だろう。
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東奥日報 2016年3月3日(木)
社説:被害救済の在り方議論も/認知症事故最高裁判決


 認知症の91歳男性が徘徊(はいかい)中に電車にはねられ死亡した事故をめぐり、家族が鉄道会社への賠償責任を負うかどうかが争われた訴訟の上告審判決最高裁は、男性の妻や長男に民法が規定する監督義務はないとの判断を初めて示し、賠償責任を認めなかった。男性の妻に賠償を命じた二審判決は破棄され、JR東海の逆転敗訴が確定した。
 民法は、子どもや精神障害者といった責任能力のない人が事故などで他人に損害を与えたときには賠償責任を負わないとする一方で、被害救済のために親などの「監督義務者」が代わりに責任を負うと規定。その場合でも、監督責任を尽くしていれば、免責されるとしている。
 しかし認知症の人の事故をめぐり、介護する家族はどこまで責任を負うか、どのような場合に免責されるか、これまで最高裁の判断が示されたことはなかった。家族だからといって監督義務があるわけではなく、介護の実態などを総合的に考慮し、監督の困難さから賠償責任の有無を判断すべきだ-などとした今回の判断は、在宅介護の現場に影響を与えそうだ。
 事故は2007年12月、愛知県で起きた。死亡した男性は重い認知症。常に介護が必要な「要介護4」とされていたが、そばに付いていた当時85歳の妻がうたた寝をした隙に自宅を抜け出し、JR駅構内で電車にはねられた。家族は横浜市に住む長男を中心に家族会議で話し合い、長男の妻が男性宅近くに転居して介護に加わるなどしていた。
 JR東海は振り替え輸送の費用など約720万円の損害賠償を男性の妻や長男らに求め提訴した。一審は妻と長男に全額の支払いを命令。二審は妻にだけ約360万円の賠償を命じた。
 厚生労働省の推計によると、2025年には65歳以上の高齢者の5人に1人が認知症になるとされ、このような事故は多くの人にとって人ごとではなくなるだろう。
 国は在宅を介護政策の柱に据えているが、高齢者夫婦のみの老老介護も増え、介護の負担は社会全体に重くのしかかってくる。認知症の人が行方不明になるのを防いだり、早期発見したりする取り組みは各地に広がりつつあるが、万が一の事故被害を救済する補償制度をつくるよう求める声もある。超高齢化にどう向き合っていくのか、議論を本格化させる必要がある。
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秋田魁新報(2016/03/06 付)
社説:認知症の徘徊事故 リスク共有する社会に


 重い認知症の男性が徘徊(はいかい)中に電車にはねられ死亡した事故をめぐり、鉄道会社が遺族に損害賠償を求めた訴訟で、最高裁は「家族に賠償責任はない」との初判断を示した。
 認知症の人の行動は予測が難しい。徘徊を防ぐため家族が四六時中、目を離さずにいることなど、およそ不可能だ。家族というだけで責任を問われることになれば、在宅介護は立ち行かなくなる。厳しい介護の現実を踏まえた妥当な判断と言える。
 事故は2007年、愛知県で起きた。認知症の91歳の男性が、当時85歳だった妻がうたた寝したわずかな隙に外出し、立ち入った駅構内の線路で電車にはねられた。夫は「要介護4」、支える妻は「要介護1」。典型的な「老老介護」だった。
 JR東海は運転停止に伴う振り替え輸送費など720万円の支払いを求め提訴。一審名古屋地裁は介護に当たった妻の過失と、遠方に住む長男の監督責任を、二審名古屋高裁は妻の監督責任を認め、それぞれ賠償を命じた。
 いずれの裁判も、責任能力のない人が第三者に与えた損害は監督義務者が負うとする民法の規定をめぐり、家族が監督義務者に当たるかが争点となった。
 最高裁は「(認知症の人を)容易に監督できる場合は(家族が)賠償責任を負うことがある」と指摘する一方、今回のケースは男性の認知症の程度が重く、体の不自由な妻や別居する長男が「監督可能な状況だったとは認められない」としてJR側の請求を退けた。
 仮に最高裁が遺族に賠償を命じていたら、徘徊事故のリスクを避ける目的で施設へ入所させたり、自宅に閉じ込めたりする家族が増えかねない。その意味で今後に与える影響の大きい判断だ。
 ただ、現実に生じた損害を誰が賠償するのかという課題は棚上げされたままである。認知症の人が運転する自動車による人身事故も相次いでいる。被害を受けた人が泣き寝入りするような事態は許されない。国は家族へ最大限配慮しつつ、被害者救済の公的な仕組みづくりを急ぐべきだ。
 厚生労働省は65歳以上の認知症患者が12年の462万人から、25年には最大730万人に膨らむと推計する。
 社会の高齢化が進めば、認知症は誰にとっても身近な問題になっていく。認知症の人がいつ、どこで事件や事故の加害者となっても不思議ではない。自分や家族が認知症になる可能性があると思えば、愛知のような事故も人ごとではない。
 大切なのは、そうしたリスクを社会全体で分かち合うことではないか。家族だけでは認知症の人を支えられないというケースも増えるだろう。地域社会が見守っていくという機運を高めたい。それが将来にわたって安心して暮らせる地域づくりにつながる。
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岩手日報 (2016.3.2)
社説:認知症の徘徊事故 社会でリスクの共有を


 妻がうたた寝した数分の間に認知症の夫が徘徊(はいかい)し電車にはねられた事故をめぐり、家族が鉄道会社への賠償責任を負うかが争われた訴訟で、最高裁は1日、家族の免責を「監督が容易ではない場合」に限定し、今回のケースは責任がないとする初の判断を示した。
 どれほど家族が介護に心を尽くそうとも、24時間365日、本人を見守っているわけにはいかない。長らく在宅で介護している家族にとって、最高裁の判断は一筋の光となるだろう。
 だが、あらゆるケースで家族が免責されるわけではない。また、家族に責任がないとすれば、事故の責任は誰が負うのか。最高裁判断は、新たな課題を社会に突き付けたとも言える。
 超高齢化が進む日本で、2025年には認知症の人が約700万人、高齢者の5人に1人と推計される。当然、徘徊事故のリスクも増大することだろう。その際、損害を受けた側が泣き寝入りせざるを得ないというのも、おかしな話だ。
 認知症患者と共生する社会の実現には、リスクが伴うことも直視する必要がある。社会全体でリスクを共有していくため国民的議論が急務だ。
 事故は07年、愛知県で起きた。JR東海が運転停止に伴う振り替え輸送費用など損害賠償を求めて提訴。一、二審は家族に賠償を命令したが、最高裁は「容易に監督できる場合などは賠償責任を負うケースがあるが、今回はそれに当たらない」と判断し、賠償請求を棄却した。
 介護で疲弊する家族の心情に即した判断と言える。仮に今回のケースで賠償が命じられていたら、徘徊事故のリスク回避を最優先するあまり、本人を自宅に閉じ込めたり、施設へ入所させる動きにつながったことだろう。
 介護現場の課題は山積している。特別養護老人ホームへの入所待機者は50万人を超えるが、受け皿の整備は進んでいない。
 重労働の割に給与が低いため、介護職員のなり手が不足しているためだ。さらに、介護職員による虐待も増加し、被害者は認知症の人が約8割も占める。家族も、介護職員も、追い込まれている。
 しかも、厚労省推計によると、25年度に必要な介護職員が253万人に対し、現在の増員ペースでは38万人不足する見込みだ。
 そんな中、家族の負担を少しでも軽減し、認知症の人が住み慣れた地域で自分らしく暮らし続けるためには、リスク論議を避けては通れない。
 かねて「認知症の人と家族の会」が提唱しているように、公的な賠償制度の創設に向け議論を本格化させたい。
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河北新報 2016年03月02日水曜日
社説:認知症監督責任/在宅介護の負担軽減が急務


 認知症介護の苦悩と実態を踏まえるならば、至極当然の流れと言えるだろう。
 在宅の認知症男性がJRの列車にはねられて死亡した事故をめぐる損害賠償請求訴訟の上告審判決で最高裁がきのう、家族の責任を緩やかに捉える初の判断を示した。
 法的責任能力がない子どもが起こした事故について、最高裁は昨年4月、監督義務を負う立場にある親ら保護者の賠償責任をほぼ例外なく認めてきたそれまでの流れを変えて、偶発的事故では免責を認める判断を下している。
 認知症の人をめぐる賠償責任も民法の同じ規定に基づいており、同じように責任の範囲を限定するかどうかが注目されていたが、最高裁判決は引き続いて画一的な判断を避ける姿勢を明確にした。
 精神障害のある人が他人に害を及ぼすことのないよう保護者らに行動監視を伴う強い監督義務を求めていた精神保健福祉法の規定が既に廃止され、心身の状態を見守る配慮義務に改められている点を指摘。認知症でも家族らが直ちに監督義務者に該当するとは言えないと結論付けた。
 家族に一律に厳格な責任を課してしまえば、在宅介護は監禁に近い状態にせざるを得ず、施設入居しか選択肢はなくなってしまう。拘束のないケアを目指す施設介護の現場にも影響を与えかねない。
 「事故を起こさないように24時間、家に閉じこめておけと言うのか」という家族の悲鳴に耳を傾ければ、必要以上の家族の負担を回避した最高裁の判断は順当と言える。
 在宅介護に当たる家族の心理的負担が少しでも和らぐことが期待されるものの、加害行為を防ぐための監督が容易な場合は賠償責任を負うことがあるとも付言している。
 今回は妻や長男が普段から配慮をして不意の外出を防ぐための努力を続けていることも、免責の理由になった。
 裏を返せば、十分な注意義務を果たさないまま事故が起きたと判断された場合は、家族が責任を負うケースが想定される。在宅介護を引き受ける家族が引き続き緊張を迫られる状況に変わりはない。
 認知症の高齢者は約520万人に達し、2025年には700万人を超えると予測されている。行方不明になる人は年間1万人を超えるとされ、今回と同様に列車や自動車にはねられるような事故も増えることが予想される。
 賠償につながる事故はいつ誰の身にも起こり得るとの認識に立つならば、介護施設の慢性的な不足が続き、在宅介護に力点を置く福祉政策の中、悲劇を防ぐ役割を家族だけに求めるのは無理がある。
 外出しても安心なように地域ぐるみで声をかけて捜す訓練をしたり、所在場所を把握するシステムを取り入れたりする動きが一部自治体などで始まっており、広げる必要があるだろう。被害救済の点では、公的補償の検討が必要との指摘も出ている。
 在宅介護の負担をどう軽減し、認知症の人と家族を支える地域をどう築くか。訴訟で浮かび上がった課題がもはや先送りできない喫緊の社会的な宿題であることを再確認し、議論を深めていきたい。
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信濃毎日新聞(2016年3月2日)
社説:認知症の事故 家族に重荷負わせない


 認知症の高齢者を在宅で介護する家族らにとって、胸をなで下ろす思いの判決だろう。
 徘徊(はいかい)中に電車にはねられた認知症の男性の遺族にJR東海が損害賠償を求めた訴訟で、最高裁は遺族の賠償責任を認めない判断を示し、請求を退けた。
 家族の法的な責任を最高裁が判断するのは初めてである。民法が定める「監督義務者」にはあたらないとした上で、男性の心身の状態や介護の状況を踏まえても、賠償責任は問えないとした。
 事故は、同居の妻がうたた寝をした間に外に出た男性が、駅構内で電車にはねられて死亡した。JR東海は、世話をしていた妻と、介護の方針を決めていた長男に監督義務があったとして、振り替え輸送費などの賠償を求めた。
 民法は、責任能力がない子どもや精神障害者らが第三者に損害を与えた場合、監督義務者が責任を負うと定めている。ただ、認知症の高齢者の場合、介護する家族が監督義務者にあたるか、明確になっていなかった。
 1審は長男の監督義務と妻の過失を認定し、2審は妻に監督義務があったと判断した。認知症の家族らからは「四六時中、見張ってはいられない。厳格に責任を問われれば、介護が成り立たない」などと強い批判が出ていた。
 認知症の高齢者は500万人を超え、2025年には700万人に達すると推計されている。65歳以上の5人に1人である。高齢化の現実に向き合い、認知症になっても安心して暮らせる社会をどうつくっていくかが問われる。
 介護保険制度による在宅介護の支えは弱く、とりわけ認知症の高齢者をみる家族の負担は重い。さらに過重な責任を負わせるべきではない。最高裁が踏み込んだ判断を示した意義は大きい。
 ただ、生じた損害や被害の補償、救済をどうするかの問題が残る。家族が知らない間に車を運転して事故を起こすこともあるだろう。被害救済の公的な仕組みを含め、誰がどう負担するか、社会全体で議論を深める必要がある。
 認知症による行方不明者は年間1万人を超す。事故を防ぎ、認知症の人を守るために、行政機関や住民、企業などが地域の一員として何ができるかを考え、組織の垣根を越えて力を合わせたい。
 認知症の人を見守る活動が各地に広がるなど、理解や支援は進んできた。一方で、徘徊する高齢者を「困った人」と見るような意識がいまだ根強い現状を変えていかなくてはならない。
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福井新聞 (2016年3月2日午前7時30分)
社説:認知症徘徊事故 いまや社会全体の問題だ


 認知症患者を持つ家族にとって重い判決だ。91歳男性が徘徊(はいかい)中に電車にはねられ死亡した事故をめぐり、家族に鉄道会社への賠償責任を負わせるべきかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁は「家族に民法が規定する監督義務はない」との初判断を示し、賠償責任を認めなかった。増える在宅介護の現場に大きな影響を与えるだろう。
 これにより、男性の妻に賠償を命じた二審判決は破棄され、JR東海の逆転敗訴が確定した。
 民法は、責任能力のない人が他人に与えた損害は「監督義務者」が賠償すると規定。そのため子どもの事故で親の監督責任が問われることは多い。ただ、認知症患者の家族の責任に関して最高裁まで争ったケースはなかった。
 介護をする家族はどこまで責任を負うのか、どのような場合なら免責されるのか、その線引きが難しく、いわば法の想定外。最高裁は「家族が容易に監督できる場合などは賠償責任を負うケースがある」としながらも「今回はそれに当たらない」との判断を示した。
 事故は2007年12月に愛知県で発生。認知症が悪化し「要介護4」だった男性が駅構内で線路に立ち入り、電車にはねられた。介護の妻がうたた寝をした隙に自宅を抜け出した。
 男性は日常生活に支障を来すような症状や行動が頻繁に見られていた。家族は遠方に住む長男を中心に家族会議で話し合い、介護方針を立てたり、財産の取り扱いも決めていた。長男の妻も男性宅近くに転居し介護に加わっていた。
 JR東海は10年2月、運転停止に伴う振り替え輸送費用など約720万円の損害賠償を男性の妻や長男らに求め提訴した。一審名古屋地裁判決は妻の過失を認め、長男も監督義務を負っていたとして、2人に全額の支払いを命令。二審名古屋高裁判決は20年以上も別居していた長男に監督義務はないと判断する一方、民法の「夫婦の協力扶助義務」を根拠に妻にだけ約360万円の賠償を命じた。
 最高裁は妻について「要介護1」で、長男の妻の補助を受けて男性の介護をしていたとし「男性の第三者への加害行為を防止するための監督が現実的に可能な状況にあったとはいえない」などと判断。長男にも同様の判断を示した。
 厚生労働省によると、25年に65歳以上の高齢者は3657万人に達し、うち認知症の人が675万~730万人に上る。つまり約5人に1人が認知症になるということだ。老老介護や1人暮らしも確実に増え、それに伴って事故リスクも高まっていくだろう。
 超高齢社会。認知症に対する介護の負担は社会全体に重くのしかかる。
 認知症の人に対する早期発見の取り組みは全国各地に広がりつつあり、誤って他人に損害を与えることに備える「個人賠償責任保険」への関心も高まってきた。最高裁はさらにもう一歩踏み込み、法的な救済、補償の仕組みづくりが必要なことを提起したといえる。
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