2016-03-15(Tue)

3・11東日本大震災・福島原発事故5年 各紙社説等(9)

生活再建に政策の軸足を 生活の再建を最優先に 復興と両立する廃炉を目指せ

<社説>
神戸新聞)復興基本方針/生活再建に政策の軸足を(3/13)
神戸新聞)原発事故5年/復興と両立する廃炉を目指せ(3/12)
神戸新聞)復興とは/人口減見据えたまちづくりを(3/11)
神戸新聞)孤立を防ぐ/体験と教訓を伝え続ける(3/10)
神戸新聞)心のケア/息長く寄り添い続けよう(3/9)
神戸新聞)被災地の経済/本格復興の足取りは鈍い(3/8)
<論説>
山陰中央新報)東日本大震災と国際協力/共生の理念深める機会に(3/12)
山陰中央新報)東日本大震災から5年/生活の再建を最優先に(3/11)
山陰中央新報)東日本大震災と政治/丁寧で細やかな政策を(3/10)
山陰中央新報)東日本大震災と防災対策/総点検し万全の備えを(3/9)




以下引用



神戸新聞 2016/03/13
社説:復興基本方針/生活再建に政策の軸足を


 東日本大震災から5年の「集中復興期間」が3月で終わる。政府は2020年度までの5年間を「復興・創生期間」とし、新たな基本方針の下で復興の総仕上げに取り組む。
 集中期間には約26兆円が予算化され、かさ上げ工事や防潮堤が姿を見せ始めた。安倍晋三首相は「復興は確実に前進している」と強調した。
 だが、5年を経て厳しい現状も見えてきた。復興事業は長期化し、完成しても住民が戻らないまちがある。仮設住宅にあと5年も住み続けなければならない人もいる。地域経済をけん引するはずだった新産業は思うように育っていない。
 被災者が思い描いていた復興の姿と、国の事業の進め方にずれがあるのではないか-。懸念は被災地内外に広がっている。日本世論調査会の全国面接調査で「復興が進んでいない」と答えた人が72%、国の取り組みを「評価しない」は52%だった。
 新たな基本方針は、5年で約6兆5千億円を投じ、半分以上をインフラ整備に使う。住宅再建や道路網の整備などの目標年次を明記する一方、被災者支援と産業・なりわいの再生の事業費は合わせて1割程度にとどまり、施策の具体性も乏しい。
 国は「被災地の自立」を名目に全額国費の方針を転じ、一部に地元負担を求める。被災3県の負担は計約220億円に上る見込みだ。
 インフラ優先の路線が変わらない中、人口減少が進む被災地では自立どころか、過大な事業費負担が重荷となって被災者の生活支援やコミュニティーの再生を妨げかねない。
 地域差は拡大し、被災者のニーズは刻々と変化する。国と自治体は被災者の声を聞き、これまでの事業を総括した上で、地域の実情に合わせて事業計画の修正を図るべきだ。生活再建に政策の軸足を移し、きめ細かく、利用しやすい支援策を充実させる必要がある。
 原発事故被災地の復興はさらに遠い。政府は基本方針で、21年度以降も「国が前面に立つ」とし、17年3月までに帰還困難区域を除いて避難指示を解除する目標を示した。
 だが、除染廃棄物を保管する中間貯蔵施設などはめどが立たず、帰還をためらう避難者は少なくない。
 一人一人が安心できる暮らしを取り戻してこその復興である。避難者の意向を丁寧に把握し、国の責任で支援を続けるべきだ。
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神戸新聞 2016/03/12
社説:原発事故5年/復興と両立する廃炉を目指せ


 原発事故で汚染された地域の再生と本格化する廃炉作業を両立させる。作業の安全を保つ。原発事故から5年となる福島の課題だ。
 除染が一段落した自治体は住民の帰還と復興へ踏み出した。水、土、空気の汚染に不安を残し、帰還をためらう人も多い。影響は深刻だ。政府は危険を直視し、「脱原発依存」の努力を怠ってはならない。
 廃炉作業も本格化する。使用済み燃料の取り出し、溶融燃料(燃料デブリ)の回収は危険を伴う。汚染土などを保管する中間貯蔵施設が住民の意思に反して固定化することは許されない。5年の節目にしっかりした方向付けが必要だ。
       ◇
 家を失い、土地を追われ、将来の見込みが立たない。渡部栄造さん(64)千恵子さん(64)夫妻は、多くの被災者と同じ悩みを抱える。
 東京電力福島第1原発から2・8キロの自宅と3ヘクタールの田畑は「帰宅困難区域」となり、環境省が進める中間貯蔵施設の建設予定地に入った。
 施設は30年の期限付きだ。環境省から「調査の承諾がほしい」と要請があり、昨年12月に調べていった。渡部さんは決心がつきかねている。
 「賃貸契約が切れ、土地が戻ったとして息子は70、孫は30歳。息子はやると言うけど、廃炉作業をやってる目の前だ。事故の記憶がない孫は『こんなところで』と思わないか」
 地権者2365件。交渉成立は2月末現在、やっと66件。遅れは職員不足だけが理由ではない。不在地主が多く、将来、土地がどんな形で戻るのかはっきりしないことも二の足を踏ませる。国が買いたたこうとしていることへの不満や、土地が国有化され、中間貯蔵施設が最終処分場になることへの警戒感もある。
 息子夫婦や2人の孫と離ればなれになり、渡部さん夫妻は原発から約40キロの田村郡三春町で過ごす。
 県内外での避難者がまだ10万人近くいる。事故の深い傷痕を思う。
■食い違う除染の根拠
 第1原発周辺では放射線量が高い帰還困難区域を除き、除染作業をおおむね終えた。田村市の一部地域や楢葉町などでは避難指示が解除された。南相馬市でも解除が予定されている。しかし、住民の帰還は思うように進んでいない。放射線量が年間1ミリシーベルトになるまで徹底除染してほしいという声は根強い。
 政府は国際放射線防護委員会の基準に沿い、年間20ミリシーベルト以下を避難指示解除の目安とする。平時で許容される1ミリシーベルトとは大きな隔たりがあり、被ばく線量を年間5ミリシーベルト以上とした白血病の労災認定基準とも矛盾する。除染の遅れや食い違いは原発事故を想定外とし、国が備えを考えてこなかった証しだ。住民の声を軽んじてはならない。健康への不安などに配慮する柔軟な姿勢がほしい。
 阿武隈山地は被災地の林業などに大きな役割を果たしてきた。その森林除染に国が応じてこなかったことも復興の遅れにつながっている。全村避難した飯舘村は夏に行政機能を福島市から戻し、来春の住民帰還に備える。基幹産業の山林や牧草地の除染が手つかずで将来像が描けない。98%が山林の川内村も同じだ。
 関係者の要求を受け入れ、環境省は森林除染に腰を上げたが、遅すぎる。5年の空白は人口減や過疎と向き合う地域の産業立て直しやコミュニティー再生にどれほど痛手か。
 帰還困難区域の除染にも同じことがいえる。第1原発がある大熊町は6割が帰還困難区域だ。沿岸部を南北に走る国道6号は開通したが、両側にバリケードが並び、区域内に原則立ち入れない。町は放射線量が比較的低い地域に復興拠点を整備中だが、バリケードを見ながらの暮らしは復興とは言えない。ここにも国と住民の目指す復興の違いがのぞく。
■作業の安全どう保つ
 安倍晋三首相は、帰還困難区域の一部見直しについて夏までに考え方を示すと語ったが、やはり遅い。
 第1原発の廃炉作業を安全に進める上でも見直しは必要だ。原発は帰還困難区域に囲まれ、毎日約7千人の作業員が働く。劣悪な労働環境を放置すれば作業の安全に影響が出ることを心配する声もある。
 深刻なトラブルが起きる不安を多くの県民が感じている。東電の事故対応や危機管理はそれほど問題が多い。判定基準の存在に気付かず、炉心溶融という重大事を過小評価していたことも最近、分かった。
 1~3号機と、廃炉研究施設に転用となる5、6号機の燃料プールには多くの使用済み燃料が残り、取り出し作業は失敗が許されない。その先に燃料デブリを取り出す最難関の作業が待ち受ける。廃炉には最長40年かかり、安全に作業を進める態勢づくりは急務だ。
 先の見えない避難生活は5年が限界という声を聞く。原発被災地の復興に、何が必要か。国と住民が目指す姿を一つにすることが重要だ。
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神戸新聞 2016/03/11
社説:復興とは/人口減見据えたまちづくりを


 「復興」とは何だろう。東日本大震災の被災地の現状を見ると、そんな問いを発したくなる。
 震災からきょうで5年となり、「集中復興期間」は区切りを迎える。阪神・淡路大震災の復興事業費の1・5倍を超える約26兆円がハード面を中心に予算化されたが、被災者には進展に実感がない。人口減少が再生への道をより険しくしている。
       ◇
 元通りに戻す復旧に対し、復興はより安全で、より水準の高いまちづくり、暮らしの再建とされる。災害の教訓を生かした、新たな視点からの地域再生でもある。
 東日本大震災後、政府は「単なる復旧ではなく、未来に向けた創造的復興」を掲げた。それは阪神・淡路大震災後に兵庫県が「創造的復興」を目指したことに重なる。
 だが、現実は厳しい。
 岩手、宮城、福島3県のプレハブ仮設住宅入居戸数は最大時の半分に減ったが、1月末時点でまだ約5万9千人が暮らす。約2万9千戸が計画された災害公営住宅(復興住宅)はようやく半分程度が完成した。集落がまとまって移る高台移転事業も宅地造成完了が約3割にとどまる。
 津波対策の大規模なかさ上げ工事に時間がかかったことに加え、資材費や人件費の高騰も影響した。
 阪神・淡路の場合、4年4カ月後に全復興公営住宅が完成し、5年の時点で仮設住宅が解消された。事情が違うとはいえ、仮住まいの長期化が過酷であることは確かだ。
■減少する帰還希望
 大災害が起こると、社会の抱える課題が浮かび上がるとされる。
 阪神・淡路のときは、高齢者が数多く暮らす仮設住宅や復興住宅が将来の高齢社会の「先取り」といわれた。これは東日本にも共通するが、東北の被災地は「人口減社会」という、より深刻な問題に直面する。
 2015年国勢調査の速報値では、震災前の10年に比べ、3県の人口はいずれも減少、被災42市町村は約10万6千人(4・1%)も減った。
 原発事故の避難区域を抱える福島県を除いても、宮城県女川町が37・0%減、南三陸町が29・0%減と沿岸部は急激に減った。中心市街地が津波に襲われた岩手県大槌町は約1万5千人だった人口が約1万1700人になり、町は「震災で人口減少が10年分進んだ」とする。
 阪神・淡路では当時の被災10市10町の推計人口が7年弱で震災前を上回った。人口回復は復興のバロメーターと見られた。その意味で人口減に苦しむ東日本の被災地は、従来の形での復興が難しくなっている。
 住宅整備やまちづくりが遅れる中、被災者が転居先で定住する傾向が強まって沿岸部の人口は回復せず、減少に歯止めがかからない。
 岩手県が内陸部や県外に転居した被災者に昨夏実施したアンケートで「(沿岸部の)元の市町村に戻りたい」と答えた人は2割を切った。逆に転居先に住み続けたいとの回答は5割を超えた。震災1年半時点では「戻りたい」と「転居先で定住」がともに3割余りだったが、帰還をあきらめる人が増えた。
 転居先に定住する理由は「利便性」「仕事の関係」「復興に時間がかかっている」などだ。「地元に戻っても仕事があるか不安です。故郷への思いは強くありますが」との被災者の声が5年の断面を物語る。
■「縮小」を乗り越え
 震災後、住宅再建や復興まちづくりを支援してきた宮城県建築住宅センター前理事長の三部(さんべ)佳英氏は「復興は、暮らし・なりわい・まちづくりの三位一体で行うべきで、地域性に応じた対応が要る」と話す。
 被災地の多くは過疎地の上、生活と生産の場が一体で被災し、震災後の人口流出や地域産業の停滞は予想されていた。しかし、「行政が縮小する形の復興プランを示すことは難しかった」と指摘する。身の丈に合った新しいまちづくりを考える-。5年はそんな時期だともいえる。
 もはや右肩上がりの時代の「復興」は難しい。「縮む社会」を見据え人口や経済の指標では測れない「豊かさ」を目指す。そうした復興の取り組みも始まっている。
 岩手県釜石市がまとめている総合戦略は、定住人口だけにこだわらず市外から地域に関わる「つながり人口」を増やすとの考え方が盛り込まれた。ボランティアや観光客などを対象に、繰り返し訪れる「釜石ファン」を増やし、つながりを強めることをまちづくりに生かすという。
 賛否はあるが、宮城県山元町が集団移転先を限定し、商業施設やJR新駅などを整備する「コンパクトシティー」構想を進めるなど、人口減への対応策が模索されている。
 地域の再生、暮らしの再生が正念場を迎えた被災地。そこには10年後、20年後の日本が直面する現実がある。私たちも自らの課題として直視し、支援を続けていく必要がある。
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神戸新聞 2016/03/10
社説:孤立を防ぐ/体験と教訓を伝え続ける


 東日本大震災の被災地では、自宅を失った人たちの仮設住宅での生活が、思った以上に長引いている。
 阪神・淡路大震災では5年で解消されたが、岩手、宮城、福島の3県では今も約5万9千人がプレハブ仮設で暮らす。全員の退去まで、さらに5年はかかる見通しだ。
 避難生活が長くなるほどストレスは蓄積する。健康を損なえば命に関わる恐れがある。気がかりなのは、高齢者など手厚いケアを必要とする人たちへの影響である。
 見守りやきめ細かな支援をこれからも継続しなければならない。
 阪神・淡路で問題になった「独居死」は東日本でも200人近くに上る。災害公営住宅への転居が進むが、そこでも既に10人以上が誰にもみとられず亡くなっている。
 被災者の孤立をいかに防ぐか。阪神・淡路の重い教訓を伝えようと、兵庫から多くの人が東日本に足を運び、支援活動を続けている。
 神戸市灘区で料理教室を主宰する本美(ほんみ)祐佳さん(55)は4年前から宮城県気仙沼市の仮設、災害公営住宅で毎年、教室を開く。現地で被災者支援の調整役を務めるボランティアと知り合ったのが縁だ。
 21年前の震災で被災し、避難生活を経験した。心を痛めたのは仮設などで相次いだ独居死だった。
 多くが50、60代の男性で、周囲との関わりをなくし、総菜を買って1人で酒をあおり、肝疾患などの病状を悪化させ、死に至る。「簡単な料理ができれば生活は変わったのでは」と考えた。
 気仙沼の教室では、中高年の男性に参加を呼び掛け、毎回4、5人が姿を見せる。火を使わない、10分間でできる…。なるべく簡単なメニューを用意して、一緒に作り、食べる楽しさを体験してもらう。
 人と人の交流を育む、自分で生活を維持する気持ちを育てる、災害時には命を支える力になる。料理の持つそうした側面を多くの人に理解してほしいと願う。
 絆づくりと生活改善を目指す活動を現地で引き継いでくれる人材の育成。それが今後の課題だという。
 阪神・淡路の被災地では今も公営住宅などで独居死が続き、21年間で千人を超えた。高齢化が進む地域の共通課題と言っていいだろう。二つの被災地が顔の見える交流を重ねることで、見守りの力を高めたい。
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神戸新聞 2016/03/09
社説:心のケア/息長く寄り添い続けよう


 東日本大震災の被災地で、住宅や生活の再建と同様、大きな課題となっているのが被災者の「心の復興」だ。時間の経過とともに、問題はより深刻化している。
 気になる数字がある。共同通信が昨年12月に行った被災者300人アンケート。震災発生当初を思い出して、今もつらいと感じる人が7割を超えていた。睡眠に支障を来している人もいる。
 東北大が2014年度に宮城県で行った1万7千人対象の調査でも、4人に1人が「抑うつ症状」を示していた。被災自治体では、うつ病など精神疾患を理由とした休職が震災前の1・6倍に増えたという。
 背景には、津波や地震による精神的な強い衝撃、家族や友人を亡くした悲しみが癒えない、ということがある。同時に、生活が元に戻らないストレスも大きい。仮設住宅の解消はその見込みすら立たず、心身への悪影響が指摘されている。
 特に大切なのは、子どもたちへのケアである。被災地では、小学校低学年のクラスで「津波」と聞くだけで体が固まり、動揺を隠せない児童が増えているという。仮設校舎や転校といったストレスがトラウマを呼び覚ましたり、問題行動となって現れたりするケースもある。
 「心のケア」という言葉が広く知られるようになったのは、阪神・淡路大震災がきっかけだった。神戸では地震の4年後に「あしなが育英会神戸レインボーハウス」が完成し、遺児家庭に寄り添ってきた。「一人じゃない」。ハウスに通い、そう思うことで生きる勇気につながった、と振り返る遺児は多い。
 教訓を生かし、レインボーハウスは2年前、宮城県や岩手県にも設置された。神戸の遺児も現地に通い、交流を続けている。
 阪神・淡路では、地震から5年、10年たって、当時のことを突然思い出し、パニックになる心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症する例があった。東北でも今後、注意深く見守る必要がある。
 故郷を離れ、慣れない土地で暮らす被災者が兵庫にも多くいる。彼らの孤立と焦燥に耳を傾け、「一人じゃない」と寄り添う。そんな交流の場はできるだけ多く、息長く続けたい。当然ながら当事者やボランティア任せにせず、資金面などで国や自治体が一層、後押しすべきだ。
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神戸新聞 2016/03/08
社説:被災地の経済/本格復興の足取りは鈍い


 東日本大震災から間もなく5年になる。応急的な事業再開、復旧段階から本格復興段階に入る時期だが、足取りは鈍いと言わざるを得ない。
 基幹産業である水産業や農業は、ハード面での復旧は進んだものの売り上げが伸び悩んでいる。
 被災3県の水揚げ量は震災前の8割程度まで回復し、水産加工施設も約8割が事業を再開した。しかし、売上金額が震災前の8割以上に戻った事業所は4割にとどまる。
 農業は津波被害などに遭った農地の約7割が復旧した。農業経営の強化や後継者不足などにどう取り組むか、これから正念場を迎える。
 中小企業の状況も厳しい。東北経済産業局の調査では、連携して事業再開するなどのグループ対象の補助金を受けた中小企業で、震災前水準に売り上げが回復したのは45%だった。震災前の半分以下という事業者も3割に上った。
 阪神・淡路大震災では、建設などの復興特需で一時的に経済成長が押し上げられた。だが、その後は「8割経済」と言われる停滞状態が続き、復興の壁は厚かった。
 震災で失った取引先や販路を取り戻すのは容易ではない。本格復興には、新たな販路開拓や付加価値の高い商品開発が求められる。国や自治体はそうしたソフト面の支援を強めなければならない。
 三陸の水産加工品は、輸出も視野に広域連携による統一ブランド構築の動きがある。被災地内外の産官学の知恵を結集し実現させたい。
 ただ、ここにきて人手不足が深刻化している。東北経産局の調査で「人材確保・育成」が経営課題のトップに挙がった。特に水産業は被災3県の漁業協同組合の正組合員が5年間で約23%減ったという推計もある。住宅再建の遅れや人口流出が背景にあり、対策を急ぐべきだ。
 人口減少が進む中、地域経済の担い手をどう確保するかは地方が抱える共通の悩みだろう。若者だけに頼らず、女性や高齢者の意欲や能力を生かす工夫も欠かせない。
 注目したいのは、仙台市のソーシャル・イノベーション(社会起業)特区だ。阪神・淡路でも地域ニーズに応える「コミュニティー・ビジネス」が生まれた。地域課題をビジネス手法で解決する。女性や高齢者による取り組みが広がれば、地域経済の浮揚につながるだろう。
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山陰中央新報 ('16/03/12)
論説:東日本大震災と国際協力/共生の理念深める機会に


 東日本大震災は大自然が起こした過酷な試練だったが、すさまじい経験の中で、人と人の心をつなぐ「絆」が、人々に温かさをもたらした。被災地には、国内はもちろん、海外からも多くの支援が寄せられた。
 外務省によると、緊急支援の申し出は163カ国・地域、43国際機関からあった。日本が長年、国際貢献として続けてきた海外への支援に対する「恩返し」と言える。
 猛威を振るう自然災害を前に人間ができることには限りがある。だから人々は力を合わせて災害と闘う。各国が災害支援で共通の利害を確認し、共生の理念を深めていけば友好は強まり、国家間の対立の解消にも役立つだろう。
 5年前の大震災の際、アジアや欧米など24カ国・地域の救助隊や医療チーム、5国際機関の専門家ら計約1200人と世界の救助犬約40匹が被災地などで活躍した。
 在日米軍は支援活動「トモダチ作戦」を実施。多数の兵士、艦船、航空機を投入して食料、水、燃料の輸送や行方不明者の捜索などを行った。
 当時の首相、菅直人氏は「まさかの友は真の友」という言葉を用いて「世界中からの支援」に感謝の意を表した。大多数の被災者や国民も同じ思いだっただろう。
 1999年9月の台湾中部大地震の際、日本は直ちに救助隊や医療・専門家チームを派遣したほか、阪神大震災で使用した仮設住宅1500戸を寄贈した。当時の台湾総統、李登輝氏は回顧録で「温かい友情」に感謝の気持ちを記した。
 東日本大震災では、台湾から世界でもトップクラスの額の義援金が届いた。台湾企業の出資により、被災地の仙台市と台南市の青少年が相互訪問する交流も始まり、日台の絆は強まった。今年2月の台湾南部地震に際しても、日本の各地で義援金が集まり、日台の「恩返し」は正の連鎖を続けている。
 2008年5月の中国四川大地震でも日本の救助隊や医療チームが山奥の現地に入った。救助隊が発見した遺体に黙とうする様子がテレビで放映され、中国人の日本への好感度は高まった。
 東日本大震災の際の海外援助受け入れでは、幾つか問題点も指摘された。(1)被災地が必要な物資と提供された支援品のずれ(2)物資の国内輸送手段の不足(3)救助隊と被災者側の意思疎通の制約-などだ。
 これらは今後も海外支援の受け入れや提供に際して起きうる問題だ。最も重要なことは、被災国と支援国の十分なコミュニケーションだろう。被災国はどんな支援が必要かを正確に伝え、輸送方法など細かい点も含めて支援国と入念に打ち合わせるべきだ。
 また救助隊や医療チームの活動には、被災地の自治体や住民との円滑な意思疎通が不可欠。現地入り前に通訳を手当てしておくことも大切だ。
 被災者の生存率は災害発生後72時間で1割を切るという。生存者捜索のための救助隊や救助犬の派遣はスピードが求められる。各国政府の担当部門は平時から連絡を密にし、いざというとき、相互の支援が速やかに実施できるよう万全の準備態勢を整えてほしい。
 今後も、より効果的な海外支援をするために過去の教訓を生かしたい。
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山陰中央新報 ('16/03/11)
論説:東日本大震災から5年/生活の再建を最優先に


 東日本大震災から5年が過ぎた。復興事業を国の全額負担で重点的に進める「集中復興期間」は3月末で終わり、被災地の自立に向け一部事業で地元負担を求める「復興・創生期間」に移行する。集中復興期間の事業費は25兆5千億円。その大半は道路や港湾施設の整備、高台移転など公共事業に費やされた。
 かつて民主党政権は無駄な公共事業を削り、社会保障や子育て支援などに財源を回すとして「コンクリートから人へ」というスローガンを掲げたが、それも、いつの間にか忘れ去られてしまった。この5年間、国は「震災復興」に「成長戦略」を絡めて予算をつぎ込んだ。
 道路や鉄道、上下水道といったインフラが急ピッチで整備され、学校や病院は9割方復旧した。宅地造成や堤防建設も各地で進む。ただ「人」に目を向けると、急激な人口減少と高齢化にさらされている被災地の現実は厳しい。自宅に戻れない人はピーク時の47万人から18万人に減ったものの、いまだに6万人がプレハブの仮設住宅で暮らす。
 仮設での孤独死も後を絶たない。被災者一人一人が生活再建を果たし、生きがいを手にするのをどう支えていくか。国はより個々人に寄り添い、きめ細かい支援に取り組むことが求められよう。さらに社会全体で、できる限り知恵を絞ることも忘れてはならない。
 復興庁によると、震災の避難者数は岩手、宮城、福島の3県で計17万8千人(今年1月時点)。うち3県以外の都道府県に避難している人は5万1千人に上り、故郷に戻ることを諦め、避難先での定住を決める人も徐々に増えているという。住まい再建などの見通しが立たないためだ。3県では災害公営住宅の整備などが遅れ、仮設住宅2万9千戸が残っている。
 狭い仮設でふさぎ込みがちになり、体調を崩す高齢者も少なくない。警察庁の調べでは、仮設の1人暮らしの死者は昨年末までに202人に上った。避難生活の長期化で人の流出が進み、高台移転や宅地造成などが計画見直しによって遅れ、それがまた人の流出を招くという悪循環につながっているように見える。
 生活再建の見通しが遠のくほど被災地は疲弊していく。そんな中、被災者生活再建支援制度の見直しを求める声が上がっている。この制度で最大300万円の支援金が支給されるが、基本的に全壊や半壊、一部損壊など住宅の壊れ方に応じた支援で被害の一部をカバーするにすぎない。
 住宅の被害判定をめぐっては多くの不満が寄せられた。さらに同じ半壊であっても、1階が浸水したため2階で暮らし続けたり、仕事を失い家族と離れて遠方に避難せざるを得なくなったりと、被災者によって受けるダメージは異なる。収入や仕事、年齢など一人一人の事情を把握した上で、支援を拡充すべきではないか。
 人手不足も深刻だ。5年を機に応援職員派遣をやめる自治体もあり、宮城県では沿岸自治体のうち14市町の4月1日時点の職員不足が前年比16人増の計340人に上る見込みだ。震災発生当初は1カ月で3県計18万2千人に達したボランティアも2千人台にまで落ち込んだ。手をこまねいていてはならないだろう。
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山陰中央新報 ('16/03/10)
論説:東日本大震災と政治/丁寧で細やかな政策を


 東日本大震災の発生から5年。政府は2016年度からの5年間を「復興・創生期間」として新たな復興基本方針の下で被災地支援に臨む。これまでの「集中復興期間」は国が全額負担してきた事業費も、一部は地元負担を求めることになる。
 新たな基本方針は、地震・津波被災地域では住宅再建や産業の再生が「着実に進展」し、復興は「総仕上げに向け新たなステージ」に入ると強調。東京電力福島第1原発事故による福島の復興・再生には21年度以降も「国が前面に立って取り組む」ことを盛り込む。
 ただ、震災から5年の間に被災地の復興は地域によって進み具合に差が生じ、それに伴い課題が多様化しているのが実態だ。インフラ再建が遅れている地域があれば、生活支援に重点が移っている地域もある。原発事故の被災地はまた別の課題を抱える。共通するのは息の長い取り組みが必要だという点だ。
 政府には、自治体や民間の取り組みの支援を含め、被災地の課題に丁寧に応える細やかな政策の実施を求めたい。
 大震災と原発事故に対する政治の対応を振り返ると、発生直後は党派を超えた連携が模索されたが成立せず、民主党政権の対応を野党の自民、公明両党は批判。政権交代後は、民主党など野党が「安倍政権からは被災者への思いが伝わってこない」と批判している。
 しかし、大震災と原発事故の前には与党も野党もないはずだ。日本世論調査会の全国面接世論調査では、復興が進んでいないと答えた人は72%、国の取り組みを「評価していない」は52%に上った。厳しく受け止めるべきだ。
 安倍晋三首相は国会答弁で「福島の復興なくして東北の復興なし、東北の復興なくして日本の再生はなしとの思いだ」と強調した。ただ、政権の対応には疑問符も付く。
 例えば担当閣僚の人選だ。安倍政権は昨年10月の内閣改造の際に決定した「基本方針」で、課題の筆頭に「復興の加速化」を挙げた。だが高木毅復興担当相はかつて原発推進の自民党議員連盟の事務局長を務めていた。福島の復興に適任と言えるか。国会では自らの政治資金問題の追及対応に追われている。丸川珠代環境相は国が定めた除染の長期目標には「何の科学的根拠もない」などと発言し撤回、謝罪した。
 政策の優先順位はどうか。1月の施政方針演説で首相はまず「1億総活躍」「地方創生」に触れ、震災への言及はその後だった。被災地は人口減少、高齢化、産業空洞化などの「課題先進地」とされる。被災地に集中すべき施策が1億総活躍の看板の下に後回しになっていないか。
 復興事業の検証も必要だ。集中復興期間の事業費は25・5兆円に上ったが、「全国防災」などの名目での被災地以外への流用も明らかになった。復興・創生期間は6・5兆円を想定する。事業の中身を精査すべきだ。
 新たな基本方針は、20年東京五輪・パラリンピックを「復興五輪」と位置付けている。しかし、五輪に向けた首都圏での建設ラッシュによる資材費の高騰や人手不足の影響が、復興事業にも及んでいる。政府の姿勢の整合性を問いたい。
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山陰中央新報 ('16/03/09)
論説:東日本大震災と防災対策/総点検し万全の備えを


 東日本大震災の教訓を受けて南海トラフ巨大地震、首都直下地震などに備えた防災態勢が整備されてきた。津波対策では、防潮堤だけで住民を守ることは難しく、揺れがあったらまず「逃げる」対応も組み合わせた取り組みが進んでいる。
 津波から逃げるための避難ビルの指定、避難タワーの建設、高台に逃げるための階段の整備などは、国の支援もあり充実してきた。課題は、家族が周辺にいない高齢者や障害者ら「災害避難時の要支援者」の避難だ。
 改正災害対策基本法では名簿の作成が義務付けられ、どこに住んでいるのかは分かるようになったが、まだ不十分だ。自ら逃げる「自助」に加えて、隣近所で助け合う「共助」が重要で、特に要支援者には共助が不可欠だ。
 しかし、若者の流出や高齢化によって、要支援者と一緒に行動できる人が限られている。消防団の人からは、津波の際に助けに行くのは命の危険もあり、団員に命令はできないという悩みも聞く。
 共同通信の全国自治体アンケートでは、要支援者は全国で少なくとも586万人に達する。一緒に逃げる人と、その避難先を明記した「個別計画」の策定済みは、全市区町村の1割超しかない。
 町内会や自主防災組織に支援を要請するしかないが、現状では限界があるだけに、てこ入れ策が必要だ。
 長期的には、まちづくりによって避難せずに済むようにすることが重要だ。老人ホームや病院、幼稚園、学校などの施設は、建て替えに合わせ、津波などの被害が想定されない安全な地域に移転することを原則とすべきだろう。
 被災地では、被害を受けた海沿いの集落を高台に移す事業も盛んだ。他の地域でも地震に備え、安全な場所に今から集団移転することも検討するべきではないか。
 大震災の記憶が風化するにつれ、避難や安全への意識が薄れるようでは困る。住民の生命、財産を守る責任がある自治体の長は、長期的な視点に立って、できるだけ安全な地域に人が住むように都市計画などの手法を活用し、誘導してほしい。
 東日本大震災では、仮設住宅だけで被災者を収容することができず、民間の賃貸住宅を借り上げる「みなし仮設」の制度が導入された。今後はみなし仮設に住む被災者への家賃補助をいつ打ち切るのかが焦点となる。もともと住んでいた地域の仮設住宅がなくなるタイミングに合わせるのが現実的な対応策だろう。
 全国の空き家は820万戸と推定される。巨大地震が起きた場合は、今後も仮設住宅の建設だけでは限界があり、空き家も活用した「みなし仮設」を中心とすべきだ。そのためには、入居ルールの明確化が必要だし、被災者の孤立を防ぐ方策も早急に整えるべきだ。
 震災を受け、火災を防ぐため揺れを検知し電気を遮断する「感震ブレーカー」の導入、3日分の食料や水の備蓄が提唱された。震災時に路上に放置された自動車や交通の混雑により消火や救急の活動に支障が出ることも懸念されている。これらの取り組み状況とともに、大規模な訓練を通じて、現在の防災体制の実効性をチェックし、万全を期してもらいたい。
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