2016-05-04(Wed)

2016憲法記念日(2) 立憲主義を見失ってはならない

首相の姿勢 民主社会が壊される懸念  民主主義の土台崩してはならぬ
憲法災害 権力強化の改正は疑問だ 被災者の人権再認識を


<各紙社説・論説>
東奥日報)改憲の可否 冷静に判断/憲法記念日(5/3)
岩手日報)憲法記念日 「自主的」に向き合おう(5/3)
福島民報)【憲法記念日】被災者の人権再認識を(5月3日)(5/3)
新潟日報)憲法と災害 権力強化の改正は疑問だ(5/3)
信濃毎日新聞)憲法の岐路 押しつけなのか 礎となった歴史踏まえ(5/3)
信濃毎日新聞)憲法の岐路 首相の姿勢 民主社会が壊される懸念(5/2)

福井新聞)「お試し改憲」など論外だ 憲法記念日(5/3)
山陽新聞)憲法と国家緊急権 危うさにも目を向けねば(5/3)
愛媛新聞)表現の自由 民主主義の土台崩してはならぬ(5/3)
愛媛新聞)基本的人権の尊重 立憲主義を見失ってはならない(5/2)
愛媛新聞)改正論議 「変更しない」も立派な選択肢だ(5/1)




以下引用



東奥日報 2016年5月3日(火)
社説:改憲の可否 冷静に判断/憲法記念日


 きょうは憲法記念日憲法改正を「在任中に成し遂げたい」と明言した安倍晋三首相は繰り返し改憲への意欲を強調し、夏の参院選で争点に据える構えだ。
 さらに国民の合意を形成するためとして自民党は、野党時代の2012年にまとめた憲法改正草案の見直しを検討する考えを示している。改憲論議は加速しつつある。
 参院選の結果によっては、この流れが一層強まるだろう。今年11月3日に公布70年を迎える日本国憲法は重大な岐路に差し掛かろうとしており、有権者一人一人が、改憲は本当に必要かを主体的に判断することが求められる。
 9条改正によって自衛隊を「国防軍」として憲法に位置付け「普通の国」になることを悲願とする安倍首相は13年、衆参両院の総議員の3分の2以上による賛成という改憲発議の要件緩和を提起。しかし「立憲主義に反する」と猛烈な批判を浴び、狙いを憲法解釈の変更に転じた。
 そして14年7月、歴代政権が現行憲法で許されないとしてきた集団的自衛権の行使を可能にする憲法解釈の変更が閣議決定された。多くの憲法学者から「憲法違反」の指摘が相次ぐ中、成立・施行された安全保障関連法は、自国が攻撃を受けていなくても他国を守るために反撃する集団的自衛権の行使を解禁したほか、他国軍への後方支援や国連平和維持活動(PKO)で自衛隊の活動を飛躍的に拡大した。参院選で、その是非が問われよう。
 また自民党は、非常時に内閣に権限を集中させる「緊急事態条項」を憲法に盛り込むべきだと訴えている。大規模災害時や武力攻撃を受けたとき内閣に権限を集中させ、迅速に対応するという考えが背景にあり、自民党の改憲草案には内閣による法律と同じ効力の政令制定や、国の指示に国民が従う義務などが盛り込まれている。
 東日本大震災や熊本地震を受け自民党は必要性を強調しているが、内閣の緊急政令制定などは現行法でも可能との見方が広がっている。
 参院選挙区の合区解消を目指す立場から、都道府県単位の選挙区を復活させるため憲法に「地域代表制」を明記すべきだとの意見もある。改憲派らが提示する項目は多岐にわたるが、それぞれについて、必要か否かを平和主義と立憲主義という戦後の枠組みの中で、じっくり考えたい。
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岩手日報(2016.5.3)
論説:憲法記念日 「自主的」に向き合おう


 現行憲法は103条からなる。ある大学で約60人の学生を前に尋ねたら、知っていたのは1割ほどだった。その三大原則は▽国民主権▽基本的人権の尊重▽平和主義。学校で習ったはずだが、すっと文言が浮かばない人は多いのではないだろうか。
 憲法改正を党是とする自民党が、野党時代の2012年4月に決定した「日本国憲法改正草案」は全102条。内容を知る人の少なさは、現行憲法どころではあるまい。
 恐らく党内でも、中身に通じる議員は思う以上に少ないだろう。根拠がある。
 同党が政権復帰した直後、同党の有力幹部はマスコミ関係の会合で、草案に触れ「党内で十分もまれたものではない」と言っていた。野党時代の立案だけに、リベラル色が強い民主党政権への対抗上、保守色をより前面に押し出したのは想像に難くない。
 憲法をテーマに先頃開かれた共同通信加盟社の論説研究会で、同党の稲田朋美政調会長は改憲について「たとえ現行憲法と同じ内容になったとしても、自主的に制定することに意義がある」との趣旨を述べた。敗戦後、米国などの占領政策下で成立した現行憲法を「押し付けられた」とする考え方が土台にある。
 安倍晋三首相が好んで口にする「自主憲法制定」に通じる。まずもって「自主性」に重きを置くのが、現政権の主流的な発想と思われる。
 現行憲法は戦後の占領政策下、米国の関与を受けて制定されたのは事実。悲惨な戦争体験から、多くの国民が平和や自由を基調とした新憲法を歓迎したのも事実だ。
 当時の文部省は1947年の日本国憲法施行にあたり、全国の中学生向けに「あたらしい憲法のはなし」という読本を刊行している。平易な言葉で戦前の憲法との違いを解説。新憲法を前向きに捉える姿勢が鮮明だ。
 「自主性」をめぐる学術的な論争とは別に、制定後は国を挙げて憲法擁護の機運醸成に努めた証左だろう。
 以後、国内外の情勢変化を背景に憲法解釈は変転。今や大多数の国民が自衛隊の存在を是とする状況から、安倍首相は「憲法学者の7割が自衛隊を憲法違反と言う状況のままでいいのか」などと改正に意欲的だ。夏の参院選の結果次第で、改憲が政治日程に乗る可能性がある。
 「個人の自由」を基調とする現行憲法に比べ、自民党草案は公共性や公益を重視。家族を尊ぶ傾向が見て取れる。いずれも読むのに難儀するボリュームではない。
 現行憲法や改正草案は、ネットでも検索できる。双方の条文に目を通し、どんな日本でありたいか、「自主的」に向き合う姿勢を養いたい。
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福島民報(2016/05/03 08:45)
論説:【憲法記念日】被災者の人権再認識を(5月3日)


 きょう3日は憲法記念日だ。日本国憲法は昭和22(1947)年の施行から69年目を迎えた。制定過程などを巡り、さまざまな意見、評価があるものの、先進的な精神、価値観が戦後日本の発展や国際的評価の基盤となったことは間違いなかろう。
 しかし、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故という特異な災害に際し、憲法に基づく福島県民の権利はきちんと守られているだろうか。5年が経過し、社会から印象が薄れつつある原子力災害の不条理をあらためて強く訴えるため、見直してみたい。
 東電の推定によれば福島原発事故で放出された放射性物質は平成23年3月だけで約90万テラベクレルに及ぶ。チェルノブイリ原発事故の放出量の6分の1程度とされるが、県民は放射線の健康影響について、漠然とした不安やストレスを感じながらの生活を強いられている。県民は憲法前文にある平和的生存権を侵されていないだろうか。
 避難者は現在も県内外に約9万4千人いる。多くの家族が引き裂かれ、大切な時間を奪われた。放射線にまつわる根拠のない社会的差別もある。憲法13条にある幸福追求権が軽んじられている。
 仮設住宅には3月末でまだ1万7804人が暮らしている。自殺も含め、避難生活の長期化などで体調を崩し亡くなる震災(原発事故)関連死は増え続けている。25条にある「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」は満たされているだろうか。
 避難区域の住民にとって22条にある居住、移転の自由は奪われたままだ。たとえ避難指示が解除されても、住民の帰還の判断に周囲がとやかく言えるはずがない。
 東電が支払う賠償金が、29条で規定される財産権を満たしているとはとても思えない。国策として原子力行政を進めた国に対し、17条にある国家賠償責任は輪郭さえ見えない。
 時代の進展とともに社会は憲法の精神の実現に努力すべきなのに、原子力災害に対応できていない。県民は憲法に基づくこうした権利をもっと強く主張して良いはずだ。
 連合国軍総司令部による新憲法作りには、民間の研究者らによる憲法研究会がまとめた憲法草案要綱が大きな影響を与えたとされる。研究会の中心人物が現在の南相馬市小高区に生まれた憲法学者鈴木安蔵だった。
 のちの原発被災地の出身者の思想や軌跡を学ぶことも、現憲法の柱である基本的人権の重要性を再確認する機会となるだろう。(佐久間 順)
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新潟日報 2016/05/03 08:30
社説:憲法と災害 権力強化の改正は疑問だ


 69回目の憲法記念日はこれまで以上に改正への動きが現実味を帯びる中で迎えた。
 戦後日本の平和と繁栄を支えた憲法がいま大きく揺らいでいる。
 安倍晋三首相は国会答弁で在任中に改憲を成し遂げたいと述べ、強い意欲を示しているからだ。
 安倍政権や自民党は、有事や大規模災害の発生時に首相の権限を強める緊急事態条項の創設を改憲のテーマにしたい意向だ。
 首相は戦力不保持を定めた9条2項改正の必要性にも言及する。
 7月に予定される参院選で、首相は改憲を自民党の公約にするとしている。
 記念日に憲法について考え、改正論議の本質を見極めたい。
◆緊急事態条項が焦点
 憲法に緊急事態条項を創設するかが改憲の焦点になりつつある。
 菅義偉官房長官は熊本地震発生後、緊急事態条項の必要性を問われ「憲法にどう位置付けるか極めて重く大切な課題だ」と述べた。首相も前向きな答弁をしている。
 自民党は各党の異論が比較的少ない緊急事態条項を改憲の突破口にしたい思惑がある。
 緊急事態条項は自民党が2012年にまとめた改憲草案に盛り込まれた。首相は武力攻撃や内乱、大規模災害が起きた際に緊急事態を宣言でき、内閣は法律と同じ効力を持つ政令を制定できることなどが概要だ。
 本県を含む全国20を超える弁護士会は「災害対策としては有害無益で権力の乱用につながりかねない」と反対声明を出した。
 緊急事態条項が、日本国憲法の基本原理の一つである基本的人権の「保障を危うくする」と問題点を指摘する。
 緊急事態を宣言すると、基本的人権を「最大限尊重」としながらも国民に国の指示に従う義務を負わせることができる。人権の制限につながる恐れがある。
 三権分立の停止で、内閣が国会の持つ立法権を行使できるようになり、強大な権力を手中にする。
 災害時、国の権限を強めるのでなく、国は後方支援に努め、被災自治体に可能な限り権限を与えるべきだとの声が被災地の首長らから上がっている。
 事前の防災対策や現行法の拡充で対応すべきだとの意見に耳を傾けたい。
◆「違憲」拭えぬ安保法
 安全保障関連法を与党が強行採決し成立させたのは記憶に新しい。3月に施行された。歴代の政権が憲法9条の下で禁じていた集団的自衛権の行使が解禁された。
 従来、政府は「必要最小限度の自衛権の範囲を超える」として行使を禁じてきた。
 近隣国の軍拡や相次ぐテロなどを理由に安全保障の環境が変わったとして、行使容認を閣議決定し、法制化した。
 集団的自衛権は同盟国に対する攻撃を自国への攻撃と見なし反撃する権利だ。
 政府は、わが国の存立が脅かされる、国民に明白な危険がある、他に適当な手段がない、必要最小限度にとどめる-などの要件を付け「限定的」だと説明する。
 大半の憲法学者らは「違憲」と指摘した。自国の攻撃に対する個別的自衛権と根本的に異なるからだ。歯止めとする要件が曖昧だともいう。安保法は違憲の可能性が拭えないことを確認したい。
 政府は「駆け付け警護」など国連平和維持活動(PKO)新任務の運用を秋以降に先送りする。首相が約束した安保法の「丁寧な説明」は聞かれない。
 成立後も国民の賛否は分かれている。政権が頬かむりする姿勢は非難されよう。
立憲主義と三大原理
 特定秘密保護法や集団的自衛権の閣議決定、安保法など一連の安倍政権の動きに対して、立憲主義に反するとの批判が根強い。
 そもそも立憲主義とは何か。基本的人権と権力分立のため、憲法で国家権力を拘束して国民の権利、自由を守るという考え方だ。専制君主の圧政に対して市民が戦い、勝ち取った歴史がある。
 日本国憲法も立憲主義に基づくのはもちろんだ。
 軍国主義の暴走を止められず国内外に深刻な損害を及ぼした先の大戦の反省に立ち、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重を三つの基本原理とした。
 この憲法によって、戦後、日本が平和国家、経済大国として発展してきた事実は重い。
 立憲主義と三大原理をしっかりとかみしめたい。
 これに反するような改憲は到底認めるわけにいかない。国家のための国民か、国民のための国家なのか。過ちは繰り返さない。
 改憲の本質は何か。われわれ一人一人が問われている問題だ。
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信濃毎日新聞(2016年5月3日)
社説:憲法の岐路 押しつけなのか 礎となった歴史踏まえ


 嗚呼(ああ)戦いに打ち破れ敵の軍隊進駐す/平和民主の名の下に 占領憲法強制し/祖国の解体計りたり…。
 現憲法の公布から10年を経た1956年、後に首相を務める中曽根康弘氏が作詞した「憲法改正の歌」だ。
 憲法は敗戦後にGHQ(連合国軍総司令部)によって押しつけられた―。改憲派によるその主張は今なお命脈を保つ。安倍晋三首相は2012年の総選挙の際、「みっともない憲法だ」と述べた。
 日本の主権が制限された占領下に定められ、GHQが立案段階から深く関わったことは事実だ。けれども、制定に至る過程には多様な側面がある。「押しつけ」と決めつけるのは短絡的に過ぎる。
 当初、GHQから憲法改正を委ねられた日本政府は、天皇主権の旧憲法の基本的な枠組みを変えようとしなかった。方針を転じたGHQは1週間余で草案を起草している。離れ業を成し得たのは、民間で作られた草案を詳細に検討していたからだと歴史学者の色川大吉さんは言う(「五日市憲法草案とその起草者たち」)。
 とりわけ、在野の憲法研究者の鈴木安蔵らによる「憲法研究会案」は注目されていた。国民主権、天皇の儀礼的地位、法の下の平等、人権保障など、GHQ草案と重なる部分は多い。
   <民権思想の水脈>
 鈴木は、明治期に自由民権の運動家らが起草した「私擬憲法案」を研究していた。民権思想の水脈が、旧憲法下の弾圧を経て戦後再び表に出たのが研究会案だった。それが現憲法に生かされたことに目を向けておきたい。
 もう一つ重要なのは、占領当局が憲法を制定したわけではないことだ。GHQ案を基にした政府の改正案は、女性の参政権が認められた戦後初の総選挙後、議会で審議され、圧倒的多数の賛成で成立した。衆議院の採決は賛成421票、反対8票だった。
 議会会期は4回にわたって延長され、114日に及んだ。議会内外の議論による修正が大事な意味を持ったものも少なくない。
 政府案の前文で「国民の総意が至高なものであることを宣言し」とされた部分は、主権の所在が不明確と批判され、「主権が国民に存することを…」に改められた。憲法研究会の案にあった、健康で文化的な生活を営む権利は、衆院の審議で“復活”し、25条の生存権の規定が加わった。
   <重しとしての9条>
 戦争放棄を定める9条1項の冒頭「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」の文言も、衆院で追加された(古関彰一著「平和憲法の深層」)。この修正がなければ9条に「平和」の言葉がなかったことに目を開かれる思いがする。
 国民が直接、意思表示をする機会こそなかったが、多くの人々の意思とかけ離れたものだったわけではない。新しい憲法を押しつけられたのは旧体制の支配層であって、国民ではなかった。
 敗戦のとき中学生だった作家の半藤一利さんは、戦争放棄の条項を目にして「武者震いの出るほど、素晴らしいことに思えた」と書いている(「日本国憲法の二〇〇日」)。「焼け跡で見た悲惨な数かぎりない死を無意味にしないためにも、こよなく有意義なことと信じられたからである」と。
 そして何よりも、憲法は戦後日本の歩みの礎となってきた。冷戦下、米国の要求で日本は再軍備を進めるが、自衛隊は「戦力」ではなく、必要最小限の「実力」とされ、現在に至っている。矛盾は隠せないにしても、たがをはめた意味は大きい。憲法の重しがなければ、日本が今日たどりついた地点はまるで違っていたはずだ。
   <次世代に手渡す>
 国民の多くがこの憲法を70年近くにわたって支持してきたことは、自ら選び取ったことを結果として証明してもいるだろう。その重みも受け止めたい。
 過去の政権が一貫して違憲としてきた集団的自衛権の行使を安倍政権は解釈改憲で容認した。9条が、あってなきものにされかねない。ならば、「集団的自衛権の放棄」を明記すべきだという意見もある。憲法を守るためにこそ改正する―。「護憲的改憲」といわれる考え方の一つである。
 憲法には、戦争と核の惨禍を経験した国民の不戦の願いが込められている。2度の世界大戦を踏まえ、「武力なき平和」を目指す徹底した平和主義を掲げた意義はなお失われていない。安倍首相が言う「敗戦国のわび証文」などでは決してない。おいそれと手放すわけにはいかない。
 より確かなものとして次の世代に手渡すためにどうするか。主権者として自ら考え、周りと話し、声を上げたい。決める責任はわたしたちにある。だからこそ、押しつけ論のような狭量な歴史観、憲法観に陥ることなく、冷静で具体的な、実りある議論を深めたい。
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信濃毎日新聞(2016年5月2日)
社説:憲法の岐路 首相の姿勢 民主社会が壊される懸念


 中野市の中山晋平記念館に古いレコード盤が展示されている。1947(昭和22)年の憲法施行に合わせ、その意味を広めるために制作された「憲法音頭」のレコードだ。作詞はサトウハチロー、晋平が作曲した。
 〓(歌記号)古いすげ笠(がさ) チョンホイナ
 さらりとすてて/平和日本の
 花の笠
 盆踊りで使ってもらうための歌である。踊りも付いている。
 晋平の子息から寄贈された。最近はこのレコード目当てに記念館を訪ねる人も多いという。
   <解釈改憲の乱暴さ>
 参院選が7月に迫る中で、69回目の憲法記念日が巡ってくる。選挙結果によっては、改定を「私の任期中に成し遂げたいと考えている」と明言する安倍晋三首相の下で、改憲が一段と具体性を帯びてくる可能性がある。
 憲法の規定も時代に合わない面が出てくることはあり得る。本当に都合の悪いところがあれば惰性に任せず、改憲の是非を議論するのは構わない。
 ではあっても、私たちは自民党、とりわけ安倍首相が主導する形で改憲論議を進めることに反対する。理由を二つ挙げる。
 第一は、憲法に向き合うときの首相の姿勢が乱暴なことだ。
 安倍政権は2年前、集団的自衛権について憲法解釈の変更を閣議決定し、行使を容認した。歴代内閣が維持してきた「憲法に照らし行使できない」とする解釈の一方的な変更だった。
 「政府の法律顧問」とも呼ばれる内閣法制局長官の首をすげ替え、専門的立場からの異論をあらかじめ封じる強引さだった。
   <掘り崩しが進む>
 「最高責任者は私だ。政府の答弁に私が責任を持って、その上で選挙で審判を受ける」
 この発言も忘れるわけにいかない。憲法解釈の変更をめぐる国会答弁だ。選挙で勝てば全てが許されるかのような言い方は民主主義と相いれない。
 仮に条文に変更が加えられない場合でも、安倍政権が続けば憲法は掘り崩されていくだろう。首相による憲法秩序の破壊である。
 首相は2012年の総選挙の前、野党自民党の総裁だったときに改憲手続きを定めた96条の改定を目指す考えを表明している。
 こう述べた。「たった3分の1を超える国会議員の反対で発議できないのはおかしい。そういう横柄な議員には退場してもらう選挙を行うべきだ」
 どこの国も、憲法の改定には他の法律よりも高いハードルを設けている。憲法が国の在り方の根幹を定める以上、当然のことだ。
 日本の場合、衆参両院の総議員の3分の2以上が賛成しないと改定を国民に向けて発議できない仕組みになっている。
 改憲規定の見直しは憲法の安定性を損なう。改憲に反対する議員に「横柄」のレッテルを貼り、排除しようとするのは間違いだ。
 安倍首相主導の改憲論議に反対する第二の理由は、首相が憲法を変えることを自己目的化している節があることだ。どこをどう変えるかはっきり説明しないまま「任期中の改正」を繰り返す。
 首相は自著に書いている。
 「国の骨格は、日本国民自らの手で、白地からつくりださなければならない。そうしてこそはじめて、真の独立が回復できる」
 日本はこれまで独立国でなかったかの書きようだ。
 日本人は戦後、今の憲法の下で国造りを進めて、平和で豊かな社会をつくってきた。そうした努力をおとしめるかの首相の言い方は受け入れられない。
   <世の中が変わる>
 先の戦争に敗れ、今の憲法を持つことによって、日本は明治憲法とは別の基本原理を持つ国になった。天皇は「神聖にして侵すべからず」とされた存在から「象徴」になり、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重を三大原則とする国に生まれ変わった。
 安倍首相によって憲法が変えられれば、日本にはもう一度根底的な変化が訪れるだろう。その結果やって来る世の中がどんなものになるか。自民党の改憲草案を読むとイメージがわく。
 日本は「天皇を戴(いただ)く国家」になり、国民の権利には「公益および公の秩序」の観点から制限が加えられる。集会、言論など表現の自由も、「公益および公の秩序を害すること」を目的とする場合には認められない。
 世界の人々が長い年月をかけ、時には血を流して築き上げてきた民主的、近代的な価値観とは一線を画した国になる。その方向に進むのを許すかどうか、私たちはいま分かれ道にいる。
 69年前の5月3日、県内では施行を祝う演芸大会などが行われたと当時の本紙にある。戦争の傷跡が残る中、国民は平和憲法を心から歓迎した。そのことが持つ意味をいま、改めて思い起こしたい。
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福井新聞 (2016年5月3日午前7時30分)
論説:「お試し改憲」など論外だ 憲法記念日


 世の中にあふれる商品やサービス。業者が消費者に売り込む手段として使うのが「お試しサンプル」である。この手法を政治が使うとどうなるか。ほかならぬ憲法改正への動きだ。
 日本国憲法が公布されて11月で70年。「平和憲法」として国民に定着しているが、安倍晋三首相は「GHQ(連合国軍総司令部)の押しつけ」と断じて「自主憲法」制定を悲願にする。夏の参院選結果によっては改憲に動く可能性がある。国民は「お試し」でなく本質を吟味するよい機会だ。正面から向き合いたい。
 自主憲法制定を党是とする自民党は2012年に改正草案を取りまとめた。「占領体制から脱却し、主権国家にふさわしい国にするため」と位置付ける。
 しかし、性急な改憲には国民、知識人らの拒否反応が強く、まず「国民は憲法改正に慣れることが必要」との考えから案じたのが「お試し改憲」だ。中でも合意を得やすい論点が「緊急事態条項」の追加である。
 憲法54条は、衆院解散中に緊急の必要があれば、内閣が参院の緊急集会を求めることができると定める。だが、それは臨時的措置。大規模災害や武力攻撃を受けるなどの非常時には内閣に権限を集中させる「緊急事態条項」の新設が不可欠とする考え方である。
 熊本地震発生の際、菅義偉官房長官は「緊急時に国家、国民が果たすべき役割を憲法にどう位置付けるかは極めて重く大切な課題だ」と述べた。「こんな時に憲法改正を語ることなど、甚だしい場違いだ」との反発が出るのも当然だろう。
 災害対策基本法や災害救助法の現行法で十分対応できるとの指摘もあり、政府の権力強化や国民の権利を制限するような動きに危うさを感じる声は強い。
 自民党は改正草案で自衛隊に代わる「国防軍」や天皇の「国家元首」を明記、復古的なトーンを強めている。安倍政権は昨年9月、歴代内閣が禁じてきた集団的自衛権の行使容認を「明文改憲」を経ず「解釈改憲」で強行し、安全保障関連法を成立させた。国家権力の恣意(しい)的行為に歯止めを掛ける「立憲主義」の否定につながるものだ。
 その先にある「本丸」が戦力不保持を定めた9条の改正である。国会論議は足踏みが続いているが、在任中の実現を目指す安倍首相は改憲に積極的な発言を繰り返している。軍隊を保持することは「普通の国」になるという論理である。
 一般の法律よりも厳格な改正手続きを定めた「硬性憲法」。ネックがあるとすれば9条だ。自衛隊が2項で禁じた戦力に当たるかをめぐる論議は長く続いている。放置したままでは真の平和憲法になり得ない、との考え方も成り立つ。
 民進党も「未来志向の憲法」を構想、改正論議をタブー視してはいない。参院選は改正に賛同する勢力が衆院に続いて参院でも国会発議に必要な3分の2以上に達するかが焦点になる。
 共同通信の世論調査で、安倍政権下での改憲に反対する数は過半数の56・5%に達した。なぜ国民に拒否反応があるのか、本当に改憲は必要なのか。「国民主権」を追求していく中に、その答えはあるのだろう。
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山陽新聞(2016年05月03日 07時31分 更新)
社説:憲法と国家緊急権 危うさにも目を向けねば


 憲法改正という重大なテーマが現実的な課題となる中で、日本国憲法はきょう、施行から69年を迎えた。夏の参院選で自民党をはじめとする改憲勢力が3分の2を占めれば、過去一度も手が加えられることのなかった憲法の見直しへ、手続きが動きだす可能性がある。
 平和憲法の根幹である9条と共に、焦点となっているのが、国家緊急権を憲法に書き込むかどうかという問題だ。大災害や他国の武力攻撃などの際、政府に権限を集中させ、必要な措置を強力に進めるためのものである。
 自民党は2012年に発表した改憲草案で、緊急事態条項の条文を示した。首相が必要と判断すれば、内閣は法律と同じ効力の政令を定められる▽首相は地方自治体の長に必要な指示を出せる▽国民の生命、財産を守るための措置に国民は従わねばならない―などだ。緊急時に国会議員の任期が切れ、選挙ができずに議員不在となるのを防ぐ任期延長特例も加えた。
 一刻を争う事態に、法律が足かせとなってなすべき措置がとれない事態は起こりうる。それを解消する手だては基本的には有用だろう。
 緊急事態条項については14年11月の衆院憲法審査会で、共産党を除く7党が必要性で一致した。改憲を党是とする自民党は、これを糸口にしたい思惑もあるようだ。だが、改憲が現実味を増すにつれて風向きは変わってきた。与党の公明党も今は自民党案に慎重な構えだ。民進党やおおさか維新の会は、一般法で対応が可能だと指摘する。
 例えば、東日本大震災の後に改正された災害対策基本法では、放置車両が道をふさいで緊急車両の妨げになるような場合に、車両を強制撤去できるようになった。同法は緊急事態の際に、生活必需品の価格の上限を定めるといった権限も内閣に与えている。
 政府への権限集中を憲法で定めるべきかどうか。非常時という理由がつけば政府の一存で私権が制限され、政府と対等であるはずの地方自治体も指揮下に置かれる規定は危うさをはらむ。東日本大震災を経験した自治体には、緊急時は逆に地方に権限を渡すべきだという声も多い。
 最高法規である憲法にあえて緊急事態条項を書き込むとすれば、緊急事態発動の要件を厳格に定めるべきだろう。首相の判断の是非を事後に国会などで厳密に検証するといった仕組みも不可欠だ。
 山陽新聞社加盟の日本世論調査会が2月に行った調査では、緊急事態条項を優先する自民党の方針に賛成と答えた人が51%、反対が37%と見方が割れた。判断しようにも材料が乏しいと感じる人も多かろう。ここまでの国会の論議も生煮えの感が否めない。
 災害大国に必要な法の備えはどうあるべきか。過去の災害で浮かんだ具体的な課題と照らし合わせて丁寧に議論を進めることが求められる。
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愛媛新聞  2016年05月03日(火)
社説:表現の自由 民主主義の土台崩してはならぬ


 憲法施行から69年。憲法が保障する「表現の自由」と「知る権利」が脅かされている。
 安倍政権と自民党は、メディアへの介入を強め、報道番組へ圧力をかける姿勢をあらわにしている。施行から1年5カ月がたつ特定秘密保護法は、運用実態の不透明さが浮き彫りになってきた。民主主義の土台を揺るがす政権の暴挙に歯止めをかける必要がある。
 主権者の国民が政治参加するには、自由な議論や報道が前提となる。民主国家では政治が誤っていると気付けば、選挙で改めることができる。だが、肝心の情報が届かなければ、国民が考え、判断することはできなくなり、民主国家の根底は崩れてしまう。権力が表現の自由を奪い、戦争へと導いた過去を忘れてはならない。
 高市早苗総務相は、政治的公平性を欠いた放送局には「電波停止」を命じる可能性に言及した。そもそも公平性を判断するのは権力側ではなく、メディア側に委ねられるべきだ。
 権力に屈しないとのメディアの姿勢も問われよう。しかしNHKの籾井勝人会長は局内の会議で、原発報道に関して「公式発表をベースに」と発言した。多角的に物事を検証し、多様な情報を伝える重要な役割を放棄せよと言っているに等しい。籾井氏は就任会見で「政府が右と言うものを左と言うわけにはいかない」と述べるなど、政権の意向に沿った言動を繰り返す。報道機関のトップとしてあるまじき行為と言わざるを得ない。
 日本の表現の自由について調査した国連のデービッド・ケイ特別報告者は、政権による圧力などで「メディアの独立性は深刻な脅威に直面している」との懸念を表明した。国際社会からの重大な警告に対し、岸田文雄外相は「政府の説明が十分に反映されていない」と反論した。異論に耳を傾けようとしない政権の姿勢を深く憂慮する。
 特定秘密保護法は、当初から危惧された知る権利の侵害が現実味を帯びる。秘密指定の妥当性を検証する仕組みも機能しておらず、このままでは政権による恣意(しい)的な秘密の指定が際限なく広がりかねない。
 自民党の憲法改正草案では、表現の自由を保障すると書いてはいる。問題は、公益や公の秩序を害することを目的とした活動、結社を認めないとの規定を追加したことだ。表現の自由を否定するのも同然で、到底容認できない。
 草案の考え方は、旧憲法に通底する。国民に言論の自由はあるが「法律ノ範囲内ニ於テ」の条文が付いた。法律で例外をつくることができたのだ。言論や思想が政府の統制下にあった時代に逆戻りするのではないか、との不安にかられる。
 権力の監視はメディアの重大な責務であり、その結果を発信できる自由な言論空間は守らなければならない。政権は表現の自由と知る権利の重みを、改めて肝に銘じるべきだ。
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愛媛新聞  2016年05月02日(月)
社説:基本的人権の尊重 立憲主義を見失ってはならない


 「すべて国民は、個人として尊重される」。国は何より個人の自由な考え方や生き方を大切にしなければならないと、憲法13条は明確に示している。基本的人権の尊重は日本国憲法の根幹である。
 個人を守るために国家が存在する。だが、公権力は時に暴走し、人権を侵してきた。歴史の教訓を踏まえ、国民が生まれながらにして持つ権利を守るために、国家権力を縛る仕組みとして、憲法は制定された。その本質的意義を重く受け止めたい。
 社会に目を移せば、今、人権が守られているとは言い難い。
 経済成長の掛け声の下、大企業が優遇される一方で非正規労働者が増え、格差の拡大が深刻さを増す。貧困にあえぐ人々は「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(25条)を、子どもたちは「能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利」(26条)を脅かされている。
 東京電力福島第1原発事故では故郷を奪われ、見えない放射能におびえながら今なお避難生活を続ける人がいる。原発推進の国策によって、平和的生存権も幸福追求権も財産権も揺らぐ中、政府は経済を優先し、原発再稼働へ突き進む。
 一人一人の悲痛な叫びが切り捨てられる現状を憂慮する。政府は憲法に照らし、個々の暮らしを守らなければならない。それは憲法が国に課した義務だ。
 だが、こうした憲法の原理を現政権は根本から覆そうとしている。安倍晋三首相がよりどころとする自民党の改憲草案は、「現行憲法は個人主義に偏している」との党内の声を背景に13条の「個人として尊重」を「人として尊重」に変え、自由と権利は公益および公の秩序に反してはならない、とした。
 人権は誰もが当然持つ権利。国から恩恵として与えられるものではない。個人の権利より国の都合を優先し、国のためにならない者は人権を制限するといった暴論は決して許されない。そもそも個人主義とは代替え不可能な個を互いに尊重するものであり、身勝手な利己主義とは全く別物である。
 草案は国民に憲法順守をも義務付ける。安倍政権は戦争を放棄した9条の変更を目指すが、戦争という国策が現実になれば公益を理由に人権が制限され得る。さらには「家族は互いに助け合わなければならない」との道徳まで盛り込んで、国民に国の責務を転嫁する。
 国民が国の暴走に歯止めをかける立憲主義とは全く逆の発想に、強く異議を唱えたい。
 首相はかつて国会答弁で、立憲主義について「憲法が国家を縛るのは、王権が絶対権力を持っていた時代の考え方」と過去の遺物のごとく語った。憲法の本質さえ理解しようとしない政権の姿勢を危惧する。
 改憲論議の背後に潜むこうした危険を、国民はより注意深く見つめなければならない。憲法は人権を守る盾。かけがえのない支えをなくさないために。
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愛媛新聞 2016年05月01日(日)
社説:改正論議 「変更しない」も立派な選択肢だ


 改憲を「ライフワーク」と位置付け、在任中の実現を目指す安倍晋三首相の前のめりな発言が続く。おととい出演したテレビ番組の中でも、改憲に否定的な議員、政党を「思考停止している」と批判した。首相が「未来に向かって責任感の強い人たちと3分の2を構成していきたい」と話した参院選まで2カ月余り。「改憲ありき」の姿勢に改めて強い異議を唱えたい。
 そもそも、憲法を変えなければならない根拠がほとんど示されていない。国民の間に依然として反対が根強いなか、「今、なぜ」の部分の説明がないままでは議論にもならない。「変更の必要がない」も立派な選択肢だ。反対派を「思考停止」と決めつけるのは、それこそ首相が嫌いな「レッテル貼り」で、看過できない。
 言うまでもなく、憲法は国民を縛るためにあるのではない。権力の暴走を防ぐためにある。その縛りを自ら解こうとする現政権の姿勢こそを危惧する。
 手法にも問題がある。首相の狙いは憲法9条だろうが、政府や自民党は、最初はハードルが高いとみて、災害や武力攻撃時に首相や内閣の権限を強化する緊急事態条項や環境権などに優先的に取り組むとしている。国民の抵抗感が少ないテーマでとりあえず実績をつくろうという「お試し改憲」だ。
 一度やってしまえば、次からは反発が少なくなると考えること自体、国民を軽視しており、許し難い。現行憲法を尊重し、その範囲内で法律を改正する努力を最初から放棄している。立憲主義にもとる行為だと自覚しなければならない。
 例えば緊急事態条項は本当に必要なのか。先月の熊本地震で改めて疑念が深まった。
 最初に震度7の地震が起きた翌日、菅義偉官房長官は会見で緊急事態条項について「極めて重く、大切な課題だ」と述べ、検討する意義を強調した。しかし、安倍首相が出した屋内避難の指示は、余震を恐れる現場の反感を買った上に、結果的に誤りだった。災害現場から遠く離れた内閣が全権を握り、指揮権を振るうことがいかに危険かを如実に示したといえる。
 災害対策基本法は、国会閉会中でも内閣による生活必需品の統制が可能と規定している。東日本大震災で問題になった放置車両の強制撤去も、その後の法改正で可能になった。警察法でも首相が一時的に警察を統制できると明記している。なお不都合があれば、まずは法改正での対応を探るのが基本だ。
 緊急事態条項で政府に権限を集中させることは、権力分立を定めた憲法の原則に例外をつくることになる。乱用されれば独裁につながりかねず、人権を脅かしかねない。「一時的」な対応で終わらない可能性もある。
 憲法を論じる主役は国民でなければならない。説明を尽くさず、どさくさ紛れに改憲の必要性をアピールしようとする現政権は、やはり危うい。
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