2016-08-16(Tue)

戦後71年  戦争は今も続いている

終戦記念日 安保法下で問われる不戦  不戦の誓い今こそ新たに 戦争反省欠落の改憲を許さず

<各紙社説・主張>
朝日新聞)日本の戦後71年 記憶を新時代へ渡す責任(8/15)
毎日新聞)終戦記念日 歴史に学ぶ力を蓄える(8/15)
日本経済新聞)71年目の夏 戦後はいつまで続くのか (8/15)
東京新聞)終戦の日 戦争は今も続いている(8/15)
しんぶん赤旗)戦後71年 敗戦の日 戦争反省欠落の改憲を許さず(8/15)

北海道新聞)終戦記念日 安保法下で問われる不戦(8/15)
河北新報)終戦記念日/記憶の継承こそ風化を防ぐ(8/15)
中国新聞)終戦の日 山積する課題、直視せよ(8/15)
西日本新聞)終戦の日 不戦の誓い今こそ新たに(8/15)




以下引用



朝日新聞 2016年8月15日05時00分
(社説)日本の戦後71年 記憶を新時代へ渡す責任


 日本は静かに、そして間違いなく、戦争体験者のいない時代を迎えつつある。
 終戦の前に生まれた世代は人口の2割を切った。戦友会などは次々に活動を終えている。
 日本人が71年間、厳粛な気持ちで過去と向き合ってこられたのも、あの過酷な時代をくぐり抜けた人びとが身近にいたからだ。その存在があればこそ、戦争は遠い史実ではなく共通の体験として、「戦後」という言葉で間近に意識されてきた。
 戦争の「記憶」や「記録」は新たな時代へ、きちんと残されているだろうか。国内外の惨禍を二度と起こさないための教訓を受け継ぐ基盤があるか。いま点検しておく必要があろう。
 ■多様な過去への思い
 長野県阿智村の満蒙開拓平和記念館で7月23日、湯沢政一さん(86)が「語り部」として登壇した。
 満蒙開拓青少年義勇軍として15歳で満州(現・中国東北部)に渡った。まもなく終戦。仲間の少年が、食料を奪いにきた現地の中国人に銃で反撃した。少年はソ連兵に撃ち殺された。
 酷寒の収容所で大勢の少年が命尽きた。湯沢さんはたまたま出会った中国人の紙問屋に雇われ、生き延びた。
 「中国人を恨んでいないのか」。来館者の質問に湯沢さんは答えた。「ここに私がいるのは中国人のおかげなんです」
 戦争末期、満州に残された開拓団の逃避行は凄惨(せいさん)を極めた。ソ連軍の攻撃、地元民の襲撃、集団自決。だが、彼らの口からは中国人の土地を取り上げた罪悪感も時にほとばしり出る。
 敵が味方になる出会いがあれば、加害を担わされた人が被害者として苦しむ理不尽もある。体験した人の数だけ、戦争の姿がある。歴史の教訓とは、その多様な記憶の積み重ねから学ぶべきではあるまいか。
 ■記録の保存も急務
 いまも黙して語らない人がいることも忘れてはなるまい。
 生き残ったことへの心の負い目や家族への配慮から、記憶を封印する人がいる。「自虐的」といわれかねない、ぎすぎすした空気に尻込みする人もいる。
 元兵士の証言映像を記録する市民団体「戦場体験放映保存の会」(東京)の田所智子さんは「今までだれも自分に尋ねてこなかった、と打ち明けてから話し始める人が多い」と話す。
 彼らの記憶にきちんと向き合えているか。戦後に生まれ育った側の姿勢が問われる。
 いつ、だれが、徴兵、動員され、どこで、どのように亡くなったのか。こうした記録も戦争の実相を知るのに欠かせまい。
 だが、地方の役場がつくった公文書の多くが、戦後の自治体合併を経て、廃棄されたり、行方がわからなくなったりした。
 文書管理のルールを定め、歴史的文書は国立公文書館に移すことを決めた公文書管理法が5年前に施行され、記録を後世に残す態勢はようやく整った。
 だが、文書の所在を調べ、その価値を判断する人材が足りない。文書の保存状態もまちまちだ。欧米でアーキビストと呼ばれる、記録の収集、評価から整理、保存までを担う専門家が日本でも育成されるべきだろう。
 別の壁も立ちはだかる。閲覧を求めた多くの研究者が個人情報の保護を理由に門前払いされている。死者の情報は法律の対象外だが、「生存する遺族に影響する」というのが理由だ。
 東京都も空襲犠牲者の名簿を開示していない。東京大空襲・戦災資料センター主任研究員の山辺昌彦さんは、「空襲の全貌(ぜんぼう)や何が生死を分けたかを知る上で貴重なのに」と残念がる。
 記録の内容や閲覧目的などを考慮した上で、柔軟な対応が検討されてもいいのではないか。
 安倍首相は昨年、戦後70年の談話で「過去を受け継ぎ、未来へ引き渡す責任」を明言した。
 であればこそ、戦争の記憶や記録を財産として未来へ伝承する努力を政府としても支えてほしい。「日本は過ちを繰り返さない」という世界への強い態度表明にもなるはずだ。
 この71年間、日本は何とか平和であり続けたが、世界では幾多もの戦争が繰り返された。
 戦禍は過去のものではなく、現在も多くの悲劇を生み続けている現実を忘れてはなるまい。
 ■現代の戦争に学ぶ
 とりわけ難民たちは、各地で急増する犠牲者だ。
 NPO「難民支援協会」は日本に住む難民から体験を聞く会合を続ける。最近は少数民族として祖国ミャンマーで受けた迫害と難民認定までの苦労を語る男性の話に市民が耳を傾けた。
 日本が起こした戦争の教訓を思い起こし、そしていまも不条理な紛争が続く世界の姿とを併せて考えることが、グローバル化時代を生きる市民一人ひとりに求められる責務ではないか。
 この夏、まわりにいる内外の戦争体験者から話を聞いてみてはどうだろう。世代も国境も超えて戦争の愚かさを考え、明日の平和をつなぐ一歩として。
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毎日新聞2016年8月15日 東京朝刊
社説:終戦記念日 歴史に学ぶ力を蓄える


 私たちはどういう道をたどって今ここに立っているのか。日本赤十字の従軍看護婦の話から始めたい。
 野村田鶴子さんはフィリピン・バギオの第74兵站(へいたん)病院で働いていた。そこが米軍の猛攻撃を受けたのは1945年1月23日だ。屋根に大きな赤十字の標識があったにもかかわらず、米軍は容赦なく爆撃した。
 彼女は「白衣の看護衣を血で染めた若い看護婦達がいた。自分達と同じ赤十字の看護婦が、しかも年頃も同じ若い看護婦が、息もたえだえになっている。骨の髄まで氷るような思いだった」と衝撃をつづっている(「紅(くれない)染めし」77年刊)。
年々減り続ける体験者
 バギオが大空襲を受けた後、日本軍が8キロ離れた鉱山の坑道内に設けた臨時病院もむごかった。
 「下半身ギプスをしている患者が足の指の間が焼けるように痛いという。見ると油虫にかじられ、白い骨が見えていた。カンテラで照らしてみると、足を切断された患者の傷の中にも油虫が食い込んでいた」(同書掲載の清水直子さんの手記)
 37年に始まる日中戦争から終戦までに、日赤は延べ3万3000人の救護看護婦を戦地や病院船に派遣した。兵士と同様に、赤い「戦時召集状」で強制的に送り出され、殉職者は約1100人に上っている。
 その記録の数々は、戦争の愚かさや非人道性を伝えて余りある。
 日赤青森支部の花田ミキさんは、中国山西省の陸軍病院に勤務していた当時、憲兵の目を盗んで日記をつけていた。こんな記述がある。
 「風呂敷包み一つの私物をもって幼な児のように輸送されてくる人たちの、お母さんたちの心情のせめて万分の一でも我が心にそなわれ、我が手よ、母の手となれと願う」
 かつて日赤看護学校の出身者には「卒業後満十二年間戦時又ハ天災ニ際シ本社又ハ其所管地方部ノ召集ニ応シ救護ニ従事スヘキモノトス」という義務が課せられていた。
 このため、従軍看護婦には10代後半から20代の若い女性が数多く含まれている。結婚したてで乳飲み子と生き別れた母親も少なくなかった。
 戦後71年。終戦時に20歳だった人も91歳になる。殺し合いの最前線で命を守るという、究極の矛盾を体験した生存者の数は急速に少なくなっている。花田さんも2006年8月に91歳で亡くなった。
 政府は1998年から2013年にかけて、元従軍看護婦の人たちへの顕彰事業を実施した。申請に基づき約6600人に「その御労苦に対し衷心より敬意を表し慰労します」という首相名の書状が贈られた。ただ、窓口の総務省も日赤も現在の生存者数は把握していない。
 辛酸を極めた当事者の声が年々か細くなっていくからこそ、過去を知り、語り継いでいく必要がある。
 一人一人の人間は弱く、目の前の状況に流されがちだ。中国や北朝鮮の露骨な軍事力強化を見せつけられると、勇ましい声に引きずられる。その時に私たちを支えるのは過去との対話を通した理性だろう。
 安倍晋三首相の戦後70年談話をめぐって論争がわき起こった昨年に比べ、歴史認識の議論は落ち着いてきたように見える。だが、安倍談話は当面の摩擦を避けることに力点が置かれ、近現代史について国民の共通認識を形成したとは言い難い。
現実と理想の懸け橋を
 A級戦犯が合祀(ごうし)されている靖国神社を主要閣僚が参拝すれば、再び歴史が強い政治性を帯びる。靖国問題の根底には戦争責任を裁いた東京裁判観の分裂があるからだ。
 300万人を超す戦争犠牲者への追悼はどうあるべきか。政治家はこの困難な課題を克服する勇気と信念を持ち続けなければならない。
 戦後70年から71年にかけて特筆すべき出来事に、オバマ米大統領の広島訪問(今年5月27日)がある。
 1960年代に広島を訪れた米国の社会学者は、中学生から「平和の象徴」として千羽鶴を贈られ、「何とナイーブな」と驚いたという。米国の信奉する核抑止理論と、折り鶴がかけ離れていたからだろう。
 しかし、オバマ氏は4羽の鶴を折り、それを展示した原爆資料館の来館者は昨年より4割増えた。冷徹な国際政治と広島の祈りとの間の、ささやかだが意味のある懸け橋だ。
 政治には、高度なリアリズムが求められる。同時に、政治が理想への情熱に突き動かされる営みでなければ、人類は前に進めない。
 20世紀の2度にわたる大戦に打ちのめされ、安定と共存を求めたはずの国際社会で、再び国家のエゴが強まりつつある。米国のトランプ現象や英国の欧州連合離脱の背後に、排他的な「自国第一主義」が見て取れる。国連安全保障理事会による国際平和の理想も揺らいで久しい。
 今はリオデジャネイロ五輪の真っ最中だ。開会式では五輪旗を掲げた「難民選手団」にひときわ大きな拍手が送られた。ただし、難民選手団を結成する必要がなくなってこそ、五輪は真に平和の祭典になる。
 71年続く日本の平和は至高の財産だ。これが80年、90年と続くようにするには、やはり努力がいる。歴史に学ぶ力を蓄えること。きょうはその大切さを確認する日である。
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日本経済新聞 2016/8/15付
社説:71年目の夏 戦後はいつまで続くのか


 戦後71年目の夏である。安倍晋三首相の戦後70年談話の書きぶりが耳目を集めた昨年と比べ、今年のメディアの関連報道はかなり少なめだ。このまま戦後はわたしたちの日常生活から徐々に姿を消していくのだろうか。
 米首都ワシントン郊外にある海軍士官学校の壁面には米国の戦史が描かれている。米西戦争や2度の世界大戦。さらに朝鮮、ベトナム、湾岸と続く。米国に「戦後」という単語はない。
 日本が戦後を語れるのは、あれ以来、戦争をしていないからだ。この先、戦後80年、90年……。戦後はいつまで続くのか。平和が破られるまで、である。
 毎年ほぼ同じだった天皇陛下の終戦の日のお言葉に昨年、変化があった。「今日の平和と繁栄」の前に「平和の存続を切望する国民の意識に支えられ」というくだりが挿入されたのだ。
 平和は何もせずに得られるものではない。切望しなければ失われる。戦争の記憶が風化する中で、平和の重みを一段と強調する必要があると思われたのだろう。
 戦後はいつまで、には別の答えもある。さきの大戦にかかわる諸問題のうち、解決をみていないものがいくつかある。これでは戦後を店じまいできない。
 従軍慰安婦に関する日韓交渉は昨年、「最終解決」で合意した。にもかかわらず、合意の具体的な進展に時間がかかっている。日韓双方に言い分がある課題ではあるが、近隣諸国といがみ合いを続けるのは好ましいことではない。
 靖国神社をめぐるあつれきも解決する方法はないのだろうか。赤紙一枚で戦地に引っ張られた人々を悼むための場所に、誤った戦争へと導いた指導者までまつられていることには違和感がある。
 そこに首相・閣僚らが参拝すれば、「日本はあの戦争を賛美している」との誤ったメッセージを世界に広めることになる。
 天皇陛下が生前退位の意向を示唆された。平成の時代が遠からず終わるかもしれない。となれば、その前の昭和はますます記憶から遠のいていきかねない。
 高齢化社会といいつつ、戦前生まれは総人口の2割を切った。戦争体験者が急速に減り、世の中には勇ましい発言をもてはやす風潮もみられる。戦後がいつの間にか戦前にならないためにも、日本がなぜ戦争へと突き進んだのかを考え続けねばならない。
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東京新聞 2016年8月15日
【社説】終戦の日 戦争は今も続いている


 戦争はさまざまに語られるけれど、ではどれほどの実感をもって私たちは知っているか。防衛はただの外交用語ではむろんない。今も戦争は続いている。
 先月半ば、英国の新首相メイ氏が議会初演説をした。
 議題は英国唯一の核戦力である潜水艦発射型弾道ミサイル・トライデントを搭載する原潜四隻の更新の可否。核兵器の行使は首相のみが命令できる。
 野党議員の質問。
 <罪のない男女や子ども、十万を超す人を殺すかもしれないが、あなたはその(核の)スイッチを押す覚悟があるのですか>
◆メイ首相の核の即答
 メイ首相は、即座に堂々と答える。
 <あります。抑止力とはわれわれにその用意があると敵に知らせることです>
 敵がいるから抑止力は必要だ。理屈はむろんその通りであり、英国を含む同盟国は米国とともに冷戦時代はソ連と、今はロシアと核ミサイルを持ちつつにらみ合っている。
 首相の即答に対し、筋金入りの反戦主義者で労働党党首のコービン氏は問うた。
 <われわれは核兵器なき世界について議論してきました。その実現方法では意見が分かれても目指そうという決意では同じでした。大量破壊兵器による抑止が正しい方法とは思われない>
 採決は、労働党議員を含む断然多数で原潜の更新を認めた。
 二つのことに注目したい。
 一つは、核保有国の中に核をもたなくてもいいのではないかという議論が正面から出てきたことである。原潜基地が地元にある地域政党スコットランド民族党はこぞって反対した。
 原潜更新は、建造の巨費と雇用の創出を伴って国中の話題となっていた。軍事面ではBBC(英国放送協会)は核は必要とする意見と、抑止力は高度な通常兵器で十分という元軍幹部の賛否二論を紹介していた。
 核に対する異論は小さなうねりの始まりかもしれない。
 二つめは、議会で核兵器の使用はおびただしい無辜(むこ)の血を流させるという具体的な指摘がなされたことだ。戦争では兵士の死のみならず住民多数が巻き添えになる。
 戦争について、英国民の記憶になお新しいのはアメリカに引きずられるように参戦したイラク戦争だろう。兵士四万人以上を送り出し百七十九人が死亡した。連日のように盛大な葬列が進み、沿道は黙して頭を垂れた。
 英国での戦争の議論は常に肉薄したものにならざるをえない。
◆実際の戦争のむごさ
 日本の昨年の安保法議論を振り返るのなら、流血のまるで見えないような、法文言のうえでの理非整合を問うだけのような国会のやりとりは、果たして実際の戦闘のむごさをどれほど国民に意識させたであろうか。戦争を知る世代は、戦争を知らない世代たちの戦争議論をはらはらしながら聞いていたのではないか。
 想像すべきは、戦争の実相である。想像を超える戦場の現実である。核の非人道性はかつて広島、長崎に実在し、核の恐怖は核を持つ者に潜在し、中東で進行中の戦争は刻々命を奪い、テロは世界のどこにでも起こりうる。
 話を英国に戻せば、イラク戦争参戦の英政府の誤りを調べつくした独立調査委員会の報告書は先月公表され、内外でおおむね称賛された。
 しかし、英兵の死者は記しつつも、住民を含め十万人規模というイラク人死者にほとんど言及がなかったのはどういうことか。
 委員会の目的が自国政府の責任追及だったといえばそうでもあろうが、その政府の誤りによっていかに多くの無辜の人が死んだのかということに口をつぐんでいいものか。
 英国はもちろん特段に好戦的な国ではない。優れた議会制民主主義国でもある。それでも戦争をはじめてしまえば、味方にも敵にも、また住民にも多数の死者を出すことになる。戦争は悪ということである。英国という優れた「普通の国」が、平和と正義の名の下に戦争に突き進んでしまう。
 そこに戦争のワナはあり、世界の国々がそのワナにはまり、人類はそれを繰り返している。
◆英国とイラクの嘆き
 イラク戦争で英兵士の息子を亡くした父親は「無駄死にした」と嘆き、同じ嘆きはイラクには無数にあるだろう。
 戦争をなくすのは容易ではないが、なくそうという決意は増やすことができる。一人の決意は集まれば大きな力になる。
 八月十五日は先の大戦の犠牲者を悼む日である。同時に戦争の罪過をかみしめる日でもある。世界では戦争は今も続いている。
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しんぶん赤旗 2016年8月15日(月)
主張:戦後71年 敗戦の日 戦争反省欠落の改憲を許さず


アジア・太平洋戦争での日本の敗戦から、71年を迎えました。いまや「戦後生まれ」が圧倒的多数ですが、戦争の悲惨さを語り継ぎ、平和への決意を新たにする日です。7月の参院選で自民・公明など改憲勢力が参院でも改憲案の発議に必要な「3分の2」の議席を獲得し、改憲の動きがいっそう強まる中での「8・15」です。自民党の改憲案は、戦争への反省を全く欠落させているのが特徴です。戦争の惨禍を二度と繰り返さないため、戦後71年の「敗戦の日」を機に、日本を「戦争する国」に引きずり込む改憲を許さない決意を固めようではありませんか。
被害体験した国民の決意
 日本が侵略した朝鮮半島や中国、アジア・太平洋の国々の深刻な被害、アメリカの原爆投下や空襲で壊滅させられた広島や長崎、東京などの大都市、国内で最大の地上戦が繰り広げられた沖縄の甚大な被害、中国大陸やアジアの植民地からの引き揚げの塗炭の苦しみ、戦後の生活難―。アジア・太平洋戦争の被害と国民の苦難はどんなに時間がたとうと消えてなくなるものではありません。「日本国民は…政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し…この憲法を確定する」。敗戦の翌年11月に公布された、日本国憲法の前文です。
 1931年の「満州事変」に始まり、中国東北部から中国全土に侵略を拡大、41年12月以降はアジア・太平洋全域に広がった「15年戦争」の犠牲は、アジア・太平洋地域で2000万人以上、日本国民だけでも310万人に上ります。おびただしい人的被害と国土の荒廃は、二度と惨禍を繰り返さない、繰り返してほしくはないという国民の悲痛な叫びとして、憲法前文に書き込まれたのです。
 敗戦から71年、日本が自ら戦争を起こさず、「再軍備」によって発足した自衛隊も一人の戦死者も出さず、外国人の犠牲者も生まなかったのは、こうした憲法と国民世論があったからです。にもかかわらず安倍晋三政権は昨年、戦争法を強行しました。それにとどまらず、戦争を放棄し戦力は持たないと明記した憲法9条に狙いを定めて、改憲の策動を本格化させてきました。まさに、日本を再び「海外で戦争する国」「殺し殺される国」に変えてしまうねらいです。
 自民党が改憲のために作成した「日本国憲法改正草案」は、憲法前文から戦争への反省と不戦の決意をすっぽり削除しています。残っているのは「平和主義」の名の下、「世界の平和と繁栄に貢献する」という言葉だけです。安倍首相は昨年の戦後70年にあたって発表した談話でも、戦前の日本の「植民地支配と侵略」を認めず、自分の言葉で「反省」も「おわび」もせず、「積極的平和主義」の名で自らの活動を正当化しました。戦争への反省を欠落させた自民党改憲案と同じ立場です。
国際的にも孤立への道
 過去の侵略戦争を反省することなく海外での活動を正当化する立場が、日本国民にはもちろん国際社会でも通用しないのは明らかです。靖国神社への首相や閣僚の参拝が国際的な批判を浴びてきたとおり、戦争への反省を欠いた改憲策動は国際的孤立への道です。
 異常な改憲策動の中での「敗戦71年」―侵略戦争反省の欠落を許さないことが、いよいよ重要です
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北海道新聞 2016/08/15 10:30
社説:終戦記念日 安保法下で問われる不戦


 日本はアジア・太平洋地域で戦争を行い、1945年に敗北した。国民に降伏が伝えられた8月15日から、きょうで71年となる。
 今年の終戦記念日は、昨年までと様相が違う。「日本が戦争に巻き込まれる」などと批判された安全保障関連法が昨年9月に成立し、現に施行されている点だ。
 これに基づき月内にも、自衛隊の「駆け付け警護」など新たな任務の訓練が始まる。政府は今後、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)で任務に加える方向だ。
 日本は戦争をしない、という誓いをきょう新たにすることは、例年とは異なる重い意味を持つ。
 振り返ってみよう。安保関連法は「海外での武力行使に道を開く」などと批判され、幅広い反対運動が起きた。安倍晋三首相は「平和安全法制だ」と強調。与党は強行採決の末に成立させた。
 それでも国民の不安が解消されなかったことは、成立後の世論調査で、反対が多数を占めたことからもわかる。一方で、首相の説明を信じ「平和になるなら」と考えた人がいたのも事実だ。
 考え方の違いはあるが、共通するのは戦争を否定する気持ちだ。まずは、誰もが平和を求めているということを確認しておきたい。
■「平和」名目に戦った
 先の戦争では310万人の日本軍人、民間人が命を落とした。アジア諸国や太平洋の島々で。広島や長崎の原爆で。沖縄戦や各地の空襲で。北海道空襲でも3千人近くが亡くなった。
 アジア各国の死者は2千万人とも言われる。昨年の「戦後70年」を機に、日本の侵略による加害の証言があらためて注目された。
 戦争の否定で世論が一致している背景には、悲痛な経験の共有があるのだろう。戦争を直接知る人は年々少なくなっている。次の世代に語り継ぐことは欠かせない。
 戦争はしばしば「平和」を名目に行われた。
 2003年、米国がイラク戦争を始める直前の最後通告で、ブッシュ大統領は「自由と平和を推し進める」と胸を張った。この戦争による破壊と混乱が、テロの温床としていま世界を悩ませる。
 日本の戦争もそうだった。「勝ってくるぞと勇ましく」の歌詞で知られる軍歌「露営(ろえい)の歌」は、「東洋平和のためならば/なんの命が惜しかろう」と結ばれる。
 夫の戦死を歌った「皇国(みくに)の母」も、「東洋平和のためならば/なんで泣きましょう国のため」と自らに涙を禁じた。
 前線で死に直面する男たち、その身を案じる女たちが「平和のため」の戦争だと信じ込まされた。権力者が戦争の悲惨をごまかすために平和を強調したのだ。
 二度と戦争をしないと誓った私たちは、こうした言葉のマジックにも注意深くありたい。
■危険に目閉ざす政府
 いま戦争の危険の最も近くにいる日本人は、南スーダンPKOの陸上自衛隊ではないか。主に北海道の隊員で構成される。
 首都ジュバで大統領派と反政府勢力との衝突が繰り返された。現在は少し落ち着いたが、宿営地の外に出られない状態が続いた。
 PKO5原則では、武力紛争が起きたら部隊を撤退させなければならない。だが今回、政府は「武力紛争が発生したとは考えていない」と、活動を継続させた。
 撤退すれば、安保関連法の成立で幅を広げたPKOの足場が失われてしまう、という政治的な思惑があるからではないか。
 思い起こすのは、安保法制に関して「自衛隊員のリスクが増す」という指摘を安倍首相が認めなかったことだ。
 自衛隊を指揮する政府が、政治的な理由で現実の危険に目を閉ざす。安保関連法も南スーダンも同じだ。身を賭して任務に臨む隊員や家族はたまったものではない。
 こうした状況で「駆け付け警護」などの新任務を付け加えていいのか。危険を承知で働くのが自衛官だとはいえ、海外でのリスクをこれ以上大きくしてはなるまい。
■海外で血を流すのか
 「平和維持のため」「日本を安全にするため」という大義の下、若者が海外で血を流す危険を政府が事実上顧みない。安保関連法施行後のこの状況には、かつて行った戦争とよく似た構造がある。
 安保関連法により、日本人が戦争に巻き込まれる危険は、やはり増したのではないか。悲しい歴史を繰り返してはならない。
 確かに、北朝鮮の核による脅迫、中国による尖閣諸島付近での領海侵犯は非難されて当然だ。こうした点から安倍政権の安保政策を支持する声もあろう。
 ともあれ課題は外交的に解決するべきだ。関係国がそれぞれ国内での求心力を高めるため、互いに国際的な緊張をあおる。そんな火遊びは、愚かだというほかない。
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河北新報 2016年08月15日月曜日
社説:終戦記念日/記憶の継承こそ風化を防ぐ


 「今、多くの人たちにとって、原爆は遠い昔の出来事にすぎません。そして、どんな恐ろしい出来事も年とともに忘れられていくのです」
 「これでいいのかしら」
 「何だか、おじいちゃんやおばあちゃんが、かわいそうだね」
 戦争と核兵器をテーマにした黒沢明監督の作品『八月の狂詩曲』(1991年)の一場面。観光客でごった返す長崎市の平和公園で、訪れた子どもたちが原爆の実相に触れてつぶやく。今もなお、われわれが直面する「記憶の風化」を象徴するシーンだ。
 きょうは忘却とあらがう「終戦記念日」。先の大戦の犠牲者を悼み、惨禍を二度と起こさぬよう平和の誓いを新たにする日でもある。
 戦火を肌身で知る「生き証人」は減少の一途だ。戦後生まれは1億人を超え、人口の8割以上を占めるまでになった。戦後71年がたち、風化のスピードは一段と加速しているように見える。
 NHK放送文化研究所が成人2500人を対象にした調査(2013年)によると、太平洋戦争が始まった日を知っていたのは20.0%。終戦の日は67.5%だった。
 評論家の保阪正康さんの言葉を借りれば、太平洋戦争の受け止め方が「同時代史」から「歴史」に移行することを意味する。
 ただ、歴史には解釈が入り込む余地がある。権力者によって、歴史的事実が度々都合のいいように歪曲(わいきょく)されたことは、過去の例が証明している。保阪さんは「史実を正確に調べ、記憶と記録をきちんと残していく。それが歴史的な誠実さ」と指摘する。
 日本人は忘れっぽい国民である。5年前に起きた東日本大震災でさえ、被災地以外では何事もなかったように風化が急速に進んできている。
 だからこそ、これまで以上に大切になってくるのは過去に学ぶ歴史教育である。戦争を巡る記憶の継承こそが、風化を防ぐと信じたい。
 日本が先の大戦で犯したアジア侵略の歴史に真正面から向き合い反省し、個々の記憶の中に刻み込んでいく。さらに集団、社会、国家へと共通の記憶に高めていくことができれば、平和を進めていく大きな原動力となるはずだ。
 一方で世界情勢は緊迫の度を増している。尖閣諸島周辺への中国公船・漁船の侵入、北朝鮮の長距離弾道ミサイル開発、過激派組織「イスラム国」(IS)によるテロ…。対処を一歩間違えば、干戈(かんか)を交える危険をはらむ。
 安倍政権は、力による対抗を選んだ。専門家からの「違憲」との批判を押し切って集団的自衛権を容認して安全保障関連法を成立させ、日米同盟の強化にかじを切った。
 衆参両院で改憲勢力が発議に必要な「3分の2」を占めた今、憲法改正が俎上(そじょう)に載りそうな気配である。自民党の復古調の草案を見れば、最終目標は9条改正にも映る。
 歴史を振り返れば、戦後、日本が戦争に巻き込まれないよう「盾」となったのは、日本国憲法の平和主義だ。きょうは過去への悔悟から生まれたこの果実を、改めてかみしめる日でもある。
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中国新聞 2016/8/15
社説:終戦の日 山積する課題、直視せよ


 お盆休みににぎわう、呉市の大和ミュージアム。ことし特に目を引くのが、繰り返し上映される鮮明な映像である。1945年4月、米軍機の攻撃によって鹿児島県沖に沈んだ戦艦大和の様子をこの5月、潜水探査機で撮影したばかりだ。
 艦首の菊の紋章、直径5メートルの巨大なプロペラ…。海底で朽ちかかり、海の生き物に包まれる姿はリアルそのものだ。艦と運命をともにした3千人余りの叫び声が聞こえてくるような気がした。あの戦争を、そしてわれわれの死を忘れるな、と。
 きょうは71回目の終戦の日である。もはや日本人は5人のうち4人が先の大戦を直接、経験していない。その中で記憶が歳月とともに風化し、未来を担う世代が悲惨さを実感しづらくなっているのが現実だろう。
 社会全体にしても戦後70年を境に、日本の戦争と敗戦の意味を問い直す空気がじわじわと薄らいできたことは否めない。昨年を思い返せば「安倍談話」における歴史認識の是非、さらには集団的自衛権の行使と「不戦の誓い」の整合性などが活発に論じられていたはずだ。
 この流れのまま、戦争の惨禍が完全に過去のものになることを強く危惧する。少なくとも日本という国が、さまざまな問題を積み残している事実をまず肝に銘じておく必要がある。
 未解決の問題の一つが広島・長崎の原爆以外の「一般戦災」の民間人被害の救済だろう。死者が約10万人に上った東京大空襲をはじめ、呉、福山、岩国を含む列島の主要都市はB29の焼夷(しょうい)弾爆撃などで焼き払われた。沖縄は地上戦に巻き込まれた。
 しかし戦後、国の救済措置がないまま今に至る。元軍人軍属に総額50兆円を超す恩給や年金が支払われたことを考えると、明らかにバランスを欠く。超党派の国会議員で救済立法の動きもあるが、まだ成立には遠い。せめて国と自治体で被害の実態調査から手を付けるべきだ。
 アジアの被害にも目を向けたい。日本政府が一貫して個人への戦後補償は認めない中で、日韓の外交問題だった従軍慰安婦問題については韓国側の支援財団に日本政府が10億円を拠出することで一定の前進を見た。喜ばしいことだが、置き去りになった問題もまた少なくない。
 日本で労働を強いられた元徴用工を巡る歴史認識や補償だけではない。植民地下の朝鮮半島から戦地に赴き、命令によって捕虜監視などに従事してBC級戦犯として裁かれた人たちの存在も見過ごせない。講和条約で日本国籍を喪失したことを理由に援護から外されてきた。その一人が救済などを求める国会請願を今も続ける意味は重い。
 国内外に残る戦後処理の懸案を直視し、真摯(しんし)に向き合う。生存者がいるうちに検証し、一つずつ解決を図っていく。こうした姿勢に欠けたまま「戦後は終わった」と軽々しく口にすることが許されるのだろうか。
 この一年、漫画家の水木しげるさんをはじめ、戦争の悲惨さを訴えてきた著名人の死去が相次いだ。だからこそ私たちも身の周りの体験を語り継ぎ、未来への教訓とするために今からでも手を尽くしたい。国の腰が重いなら自治体や地域で、そして家庭で。証言や資料が埋もれていないか探し、あの戦争とは何だったのかを語り合いたい。
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=2016/08/15付 西日本新聞朝刊=
社説:終戦の日 不戦の誓い今こそ新たに


 いつになれば終わるのか。年々細りゆく記憶の糸をたどりながら、今なお国策の過ちを清算する営みが続いています。
 戦没者の遺骨収集、中国残留孤児の肉親捜し、旧日本軍の化学兵器の回収…。いずれも過去の話ではありません。そして投げ出すことのできない重いテーマです。
 戦争の代償がいかに大きく、後世まで尾を引くか。同じ轍(てつ)を踏まぬために何をなすべきか。終戦からきょうで71年。私たちは改めて歴史と向き合い、「不戦の誓い」を新たにしたいと思います。
 ▼進まない「戦後処理」
 今春、ようやく制定された新法があります。「戦没者の遺骨収集の推進に関する法律」です。遺骨収集を国の責務と位置付け、本年度から2024年度まで集中的に収集作業を行う内容です。
 遺族からすれば、遅きに失した感は否めないと思います。遺骨収集は1952年から始まったものの、根拠法がないこともあって遅々として進みませんでした。
 先の大戦での戦没者は日本だけで310万人、うち国内外の戦地で亡くなった人は240万人と推定されています。これまでに回収されたのは約127万柱にとどまり、アジア・太平洋の広範囲に及んだかつての戦地には未帰還の遺骨が眠ったままになっています。
 中国残留孤児の問題も現在進行形です。80年代から本格化した訪日調査などで2818人の孤児が確認されました。うち半数以上の1534人は身元が判明しないままです。厚生労働省は彼らの名鑑をホームページに掲載し、今なお肉親捜しの手掛かりとなる情報の提供を求めています。
 旧日本軍が中国に残した化学兵器(毒ガス弾)を巡っては、ガスの漏出で死傷事故が相次ぐなど「埋もれた戦争」とも呼ばれてきました。2000年以降、約5万3千発が回収されたものの、中国東北部の吉林省を中心になお30万発以上が残るとみられています。
 日本側は化学兵器禁止条約に基づき、全てを回収・無毒化処理する責務を負っています。これまでに約2千億円の国費を投じていますが、日本側の委託業者による不正が発覚するなど、事業は思うように進んでいません。
 ▼「対話」を重ねてこそ
 安倍晋三首相は「この道しかない」と譲りません。戦後処理が途上にある中で、外交・安保政策の転換を次々に進めています。
 武器輸出の緩和、他国軍への支援を可能にする「開発協力大綱」の策定、集団的自衛権の行使を容認する安全保障法の制定…。首相は先の参院選で衆院に続き、憲法改正に前向きな勢力が3分の2を占めたことを受け、任期中の改憲実現にも意欲を示しています。
 北朝鮮の核・ミサイル開発や中国の軍事大国化は確かに脅威です。米国との同盟関係を強化するなど備えは必要です。しかし、閣議決定による「解釈改憲」をはじめとした矢継ぎ早の改革は半ば強引で拙速と言わざるを得ません。
 むしろ、一連の施策で日本が国際紛争に巻き込まれ、新たな代償を背負うことはないのか。国民の間では懐疑心が消えず、改憲については「急ぐ必要はない」という声が大勢を占めています。
 アジアの緊張を解くためには、相手国との対話を軸とした非軍事の外交努力も欠かせません。そこで着目したいことがあります。アジアの隣国・地域を中心とした海外からの訪日客の急増ぶりです。
 昨年、約2千万人に達した訪日客の7割は中国、韓国、台湾、香港からの人々でした。今年もこの傾向は変わらず、訪日を通して平和を志向する日本人の国民性に触れ、反日から一転、親日感を抱く隣人が増えつつあります。
 国家間の対立は厳しくても国民同士の交流を広げることが“抑止力”につながる-。そんな視座に立つと、訪日客誘致を単に成長戦略と位置付ける安倍政権の姿勢には物足りなさを感じます。
 木を見て森を見ず-という格言があります。今の政治は大局を見失っていないか。主権者である私たちは今こそ熟考と監視を重ね、揺るぎない日本の針路を見いだしていく必要があります。
 折しも今年は平和憲法の公布から70年の節目に当たります。「この道」が「いつか来た道」に通じることがないように。メディアの役割も改めて肝に銘じます。
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