2016-11-04(Fri)

憲法公布70年 権力への縛り緩めるな 普遍の理念生かす道こそ

憲法の“初心”生かすことこそ 社会に生かす努力こそ 原点に返り意義問い直す時 

<各紙社説・主張>
朝日新聞)憲法公布70年 何を読み取り、どう生かす(11/3)
朝日新聞)あす憲法公布70年 未完の目標に歩み続ける(11/02)
毎日新聞)憲法公布70年 土台を共有しているか(11/3)
東京新聞)憲法公布70年 感激を忘れぬために(11/3)
しんぶん赤旗)公布70年を迎えて 憲法の“初心”生かすことこそ(11/3)

北海道新聞)憲法公布70年 社会に生かす努力こそ(11/3)
河北新報)憲法公布70年/原点に返り意義問い直す時(11/3)
信濃毎日新聞)憲法の岐路 公布から70年 主権者の意思が問われる(11/3)
京都新聞)憲法公布70年  守り、守られる関係こそ(11/3)
神戸新聞)公布70年/まず理念を深めることから(11/3)

中国新聞)憲法公布70年 権力への縛り緩めるな (11/3)
西日本新聞)憲法公布70年 普遍の理念生かす道こそ(11/02)




以下引用



朝日新聞 2016年11月3日(木)付
社説:憲法公布70年 何を読み取り、どう生かす


 憲法を生かす。そのことによって、米軍普天間飛行場の辺野古移設計画をめぐる政府と沖縄県の対立を打開できないか。
 そんな視点から一つの案を示すのは、憲法学者の木村草太・首都大学東京教授だ。
 ■地域の民意を未来へ
 辺野古に新たな基地ができれば、地元名護市や沖縄県の自治権は大きく制約される。
 「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基(もとづ)いて、法律でこれを定める」とする憲法92条に沿えば、辺野古基地設置法のような法律をつくる必要がある。
 さらに憲法95条は「一の地方公共団体のみに適用される特別法」は、住民投票で過半数の同意を得なければ制定できないと定める。国がそうした法律をつくる場合は、名護市はもちろん沖縄県の住民投票も必要だ。それが木村さんの指摘である。
 こうした考え方を県は国との裁判で主張し、国会でも議論になった。だが首相は「すでにある法令にのっとって粛々と進めている」と、新たな立法も住民投票も必要ないとの考えだ。
 それでも、木村さんは言う。「憲法は、辺野古基地のようなものを造る時には自治権の制限について地元自治体の納得をえながら進めなさい、と規定していると読める。そういう手続きを踏んでゆけば、今のような国と県のボタンの掛け違いは起きなかったのではないですか」
 地域の民意を地域の未来に反映させる――そうした知恵を憲法から読み取り、現実に生かすことができないか。
 「健康で文化的な最低限度の生活」
 そんな題名の漫画が、青年コミック誌「週刊ビッグコミックスピリッツ」で連載中だ。憲法25条の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」からとった。
 テーマは生活保護。福祉事務所のケースワーカーが、受給者と制度のはざまで、悩み、そして前に進んでゆく物語だ。
 ■全ての人が人らしく
 作者の柏木ハルコさんは、取材を進めるほどに、憲法25条の文言が何を意味するのかを考えさせられたという。それはどのくらいの生活なのか……。
 「題名の言葉の意味を、読者にも一緒に考えてもらえたら」
 主人公と同様に、生活保護という制度も、前に進み、押し戻される経過をたどってきた。
 困窮者を政府が選別して救済する性格をもつ生活保護法(旧法)は1950年に改正され、憲法25条を具体化した生活保護法(新法)が生まれた。
 国家に国民の生活保障の義務がある。最も先進的な民主主義の理念が新法に反映され、一定の基準に満たない人は誰でも生活保護を利用できるようになったはずだった。
 だが、右肩上がりの経済成長に陰りがみえるにつれ「自助」が強調されるようになる。
 窓口を訪れた人に申請をさせない「水際作戦」が問題化した。「生活保護バッシング」が広がり、制度を利用しづらい空気が社会を覆う。
 子どもの貧困、非正規雇用の増加、格差の拡大……。すべての人が人間らしく生きられる社会という憲法がめざす地点に、現実はたどり着けずにいる。
 ■問われる幸福追求権
 福島県南相馬市が今年5月、憲法全文を収めた冊子2万部あまりを全戸配布した。
 同市では、福島第一原発事故によって、住民の多くが慣れない避難生活で体調を崩し、命を落とした。災害関連死者は全国最多の487人にのぼる。
 「憲法の保障するはずの『健康で文化的な生活を営む権利』が剥奪(はくだつ)された瞬間があった」と桜井勝延市長は振り返る。
 同市南部に出された避難指示は7月に解除されたが、1万4千人いた住民のうち戻ってきたのは約1100人に過ぎない。
 桜井市長は言う。
 「憲法がいう、国民が幸福を追求する権利とはどういうものか。もう一度、憲法を読み、みんなで冷静に考えようということです」
 憲法13条は、すべての国民が「個人として尊重される」とうたい、その「生命、自由及び幸福追求に対する権利」を最大限尊重するよう国に求める。未曽有の原発事故が、その意義を問い直している。
 平和主義、人権の尊重、民主主義。憲法には、人類がさまざまな失敗の経験から学んだ知恵と理念が盛り込まれている。
 戦後の平和と繁栄に憲法の支えがあり、憲法が多くの国民に支持されてきたのは確かだ。一方で、憲法の知恵と理念は十分に生かされてきただろうか。
 安倍首相が憲法改正に意欲を見せるなか、今月10日に衆院憲法審査会の議論が再開される。だが改憲を論じる前に、もっと大事なことがある。
 一人ひとりの国民が憲法から何を読み取り、どう生かしていくか。きょう公布70年を迎える憲法の、問いかけである。
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朝日新聞 2016年11月2日05時00分
(社説)あす憲法公布70年 未完の目標に歩み続ける


 広島市長だった秋葉忠利さんは、かつて「原爆の日」の平和宣言で憲法の条文をまるごと引用したことがある。
 9条ではない。
 盛り込んだのは99条である。「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」
 そこに「国民」の文字はない。憲法は、国家権力が勝手な行いをするのを国民が縛り、個人の自由や権利を守るためにあるという近代立憲主義の精神が、条文には込められている。
 秋葉さんが生まれたのは1942年11月3日。憲法が公布されるちょうど4年前だ。
 中学で憲法を学んだ。留学先の米国では、大統領が就任式で「憲法を維持し、擁護し、防衛する」と誓うと知った。市長3年目に米同時多発テロが起きた。99条の引用はその翌年だ。
 世界が憎しみと報復の連鎖に満ちていても、為政者は平和憲法に従う義務がある。この国を戦争ができる国にしてはならない――。安保法制が具体的に動き出そうとしているいま、当時の訴えはいっそう重く響く。
 ■「国民主権」の誕生
 70年前、天皇に主権があった明治憲法を改正する形式をとって、日本国憲法は生まれた。
 憲法を定めた者として、前文でその理念を説くのは「日本国民」である。冒頭で高らかにうたいあげる。「ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」
 だが46年6月に政府が当時の帝国議会に提出した案に、「国民主権」の言葉はなかった。天皇を中心とする国であることは変わらないとの立場から、「ここに国民の総意が至高なものであることを宣言し」と、あいまいな表現がとられていた。
 そのころ政党や民間がつくった憲法草案の中には、国民主権を明確に打ち出したものもあった。だが政府はその考えをとらず、主権者は誰なのかという議員の追及をけむにまき続けた。
 政府の担当大臣はこう答弁している。「天が動いておったか地が動いておったか。議論がいずれにあるにしても、動き方は古(いにしえ)より変わっておりませぬ」
 ■奥平さんの遺言
 それが今の姿になったのは、連合国軍総司令部(GHQ)が国民主権の明記を指示したからだった。「国民主権という言葉をはっきり出さぬと具合悪いのだ」。議事録に残る議員の発言に、本音がかいまみえる。
 「日本は立憲主義を語らずに立憲主義を実行した」
 昨年亡くなった憲法学者の奥平康弘さんは、こうした経緯を念頭に、憲法の出発点には禍根があると語っていた。
 だが同時に「憲法は未完のコンセプトだ」とも訴えていた。その意味するところを、一人ひとりがかみしめたい。
 憲法それ自体は一片の文書にすぎない。自由・平等・平和という憲法が掲げる普遍的な理念にむかって、誕生時の重荷を背負い、時に迷い、時に抵抗を受けながらも、一歩ずつ進み続ける。その営みによって、体全体に血が通い、肉となっていく。
 プライバシー、報道の自由、一票の価値、働く場での男女平等、知る権利……。社会に定着したこうした考えも、憲法という土台のうえに、70年の年月をかけて培われたものだ。
 「憲法はつねに未完でありつづけるが、だからこそ、世代を超えていきいきと生きていく社会を作るために、憲法は必要なのだ」。奥平さんの言葉だ。
 ■先祖返りを許さない
 この歩みを否定し時計の針を戻そうというのが、自民党が4年前に発表した改憲草案だ。
 冒頭で日本を「天皇を戴(いただ)く国家」と位置づける。西欧に由来する人権規定は、日本の歴史や伝統を踏まえて見直す必要があるとして制約をかける。家族の互助の大切さを打ちだし、憲法を尊重する義務を負う者として「国民」を書き加えた。
 いずれも、70年前の帝国議会で、敗戦前の日本への思いを断ちがたい議員らがくり広げた議論と驚くほど重なる。
 草案を支える人たちの根底に流れる考えを示す話がある。
 案の発表後、自民党議員らの政策集団・創生日本の会合で、元法相が国民主権、基本的人権、平和主義の3原則を挙げ、「これをなくさなければ本当の自主憲法にならない」と発言した。のちに金銭トラブルで離党する若手議員は、3原則が「日本精神を破壊する」とブログに書いた。創生日本の会長は安倍首相その人である。
 憲法に指一本触れてはならない、というのではない。だが、長い時間をかけて積みあげた憲法の根本原理を壊そうとする動きに対し、いまを生きる主権者は異を唱え、先人たちの歩みを次代に引き継ぐ務めを負う。
 憲法12条には、こうある。
 「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」
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毎日新聞2016年11月3日 東京朝刊
社説:憲法公布70年 土台を共有しているか


 国家のあり方が揺らいでいる。
 このところ顕著なのは、自由や人権、民主主義といった価値を先駆的に追求してきた国々の揺らぎだ。
 1年前に大規模テロが起きたフランス。難民の受け入れできしむドイツ。欧州連合から離れる英国。そして5日後に大統領選を迎える米国。
 そこにあるのは、グローバリズムのもたらす苛烈な現実を前に、理想を支えきれずにあえぐ国の姿だ。
 ひるがえって日本はどうだろう。所得格差の拡大やポピュリズムの浸透は各国の動向と無縁ではない。
 きょう日本国憲法は公布から70年を迎えた。地球規模で潮流が大きく変化する中での節目である。
内外の新たな政治状況
 カネやモノが自由に移動するグローバル社会は、一面で国境の壁を低くする。しかし、同時にグローバル化はナショナリズムを刺激し、国家意識を強めもする。
 その帰結が、各国で目立ち始めた自国第一主義の考え方であろう。フランスの著名な歴史人口学者エマニュエル・トッド氏は「グローバル化への疲れ」と表現する。
 こうした風潮は、国際主義の力を弱め、日本の憲法論議にも影響してくる可能性をはらんでいる。
 さらに今年は、7月の参院選を経て、憲法の改正に前向きな勢力が初めて衆参両院で3分の2以上に達した年だ。内外ともに新たな政治状況が憲法を取り巻いている。
 憲法とは国家の根本原則を定めるものだ。それぞれの国の理念や統治ルールの骨格が書き込まれ、すべての法律は憲法に従属する。
 したがって憲法が表現しているのはその国のかたちだ。同じ国でも時代の影響を受けて変わる。
 日本国憲法は敗戦前後の激動期をくぐり抜けて生まれた。ポツダム宣言の受諾が事実上の出発点だ。
 連合国軍総司令部(GHQ)は占領の開始直後に憲法改正を求めている。しかし、日本側作成の改正試案が明治憲法の修正にとどまっていたため、GHQ民政局のスタッフが直接原案作りに乗り出した。1946年2月のことだ。
 日本側は戸惑いながらも翌3月にGHQ案を基に憲法改正草案要綱を閣議決定する。4月の衆院総選挙をはさんで、明治憲法の改正案として帝国議会に提出されたのは6月。1条や9条などに修正が加えられて10月に議会を通過した。
 憲法公布日の46年11月3日、天皇は「国民と共にこの憲法を正しく運用し、自由と平和とを愛する文化国家を建設するように努めたい」との勅語を出している。
 こうした憲法の制定過程を踏まえて自民党内には「押しつけ憲法」論が根強く存在する。安倍晋三首相もその考えの持ち主だ。
 さらに首相を支持する右派の民間団体「日本会議」の中には、占領期に作られたから無効だとして「憲法破棄」や「明治憲法の復元」といった極論を唱える人たちもいる。
 復古的な主張は以前からあった。しかし、安倍政権下でそれが強まっているのは、グローバル化に伴う反作用と考えることができる。
 直視すべきなのは、この憲法が70年間改正されずに戦後日本を支えてきた事実の重みだろう。曲折を経ながらも、現行憲法の存続期間はすでに明治憲法を超えている。
「敵視」では前に進めない
 国会では今月から衆参両院の憲法審査会が議論を再開する。安全保障法制をめぐる混乱で休眠状態になった昨年6月以来だ。
 改憲を宿願とする安倍首相は再三、審査会への期待を表明している。しかし、屈折した感情のまま憲法を「敵視」するようでは、議論を前に進めることはできない。
 他方で改憲阻止を自己目的化する硬直的な「護憲」論もまた生産的ではないと私たちは考える。
 相互依存の関係が進む国際社会にあって、かたくなに日本の憲法だけを絶対視するのは、形を変えた自国第一主義ではないだろうか。尊重しつつも相対化してみることだ。
 憲法は国民が国家という共同体で幸福に暮らしていくためにある。権力が国民を管理する手段でもなければ、単なる権利章典でもない。
 大切なのは、現行憲法の果たしてきた歴史的な役割を正当に評価したうえで、過不足がないかを冷静に論じ合う態度だろう。
 70年のうちに時代は変わった。国民の意識も多様化している。「押しつけ」論と「護憲」論を延々とぶつけ合っていても、憲法に生命力を注ぎ込むのは困難だ。
 投票価値の平等をめぐり、その場しのぎの制度改正が繰り返される参院の役割はどうあるべきか。政府と沖縄県の深刻な対立を踏まえ、地方自治をどう再定義していくか。
 これらは憲法の問題として議論に値するテーマだと考える。
 衆院憲法審査会長に就任した自民党の森英介氏は本紙のインタビューに「『憲法論議に与野党なし』の精神を堅持する」と語っている。その考えに異論はない。
 まずは各党が憲法とは何か、その土台を共有することだ。左右の極論はその障害になる。節目にあたってこのことを強く訴えたい。
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東京新聞 2016年11月3日
【社説】憲法公布70年 感激を忘れぬために


 七十年前のきょう、日本国憲法が公布された。戦争犠牲者を思い、国内外に不戦と平和を宣言したのだ。その感激を忘れぬよう努めたいと思う。
 「今日は何といふ素晴らしい日であつたか」
 元首相の芦田均は憲法が公布された三日の夜、日記の冒頭にそう記した。「生(うま)れて今日位感激にひたつた日はない」と続く。
 その日は午後二時から東京の皇居前広場で祝賀大会が開かれていた。日記は描写する。
◆戦争犠牲者を忘れるな
 「秋晴(あきばれ)に推進されて数十万の民衆がこの広場に集つて来た。一尺でも式場に近附(づ)かうとして左に揺れ右に揺られつゝ群集は汗をふいてゐ(い)る」
 両陛下が馬車で二重橋を出ると群衆は帽子やハンカチを振った。楽隊が「君が代」を奏すると一同が唱和した。芦田は涙をこぼした。周囲の人も泣いていた。
 「陛下が演壇から下りられると群集は波うつて二重橋の方向へ崩れる。ワーッといふ声が流れる。熱狂だ。涙をふきふき見送つてゐる。群集は御馬車の後を二重橋の門近くへ押(おし)よせてゐる。何といふ感激であるだらう。私は生れて初めてこんな様相を見た」
 中部日本新聞(中日新聞)は翌日の朝刊一面に「憲法公布、感激裡(り)に挙式」、社会面に「都に鄙(ひな)に表情は明るい」と見出しを立てて報じている。
 芦田は憲法原案を審議した衆院小委員会の委員長であり、その年の八月二十四日には衆院本会議で次のように語っている。
 「戦争放棄の宣言は、数千万の犠牲を出した大戦争の体験から人々の望むところであり、世界平和への大道である」
 この憲法は多くの戦争犠牲者の上に成り立っていると同時に、当時の人々が強く平和を望んだ上に立ってもいる。それを忘却してはならない。
◆流血と無血二つの道
 終戦の一九四五年を中心として、コンパスを回すように歴史をさかのぼってみよう。
 ちょうど七十一年前にあたる一八七四年には台湾出兵があった。明治政府による最初の海外派兵だった。九四年からは日清戦争、一九〇四年からは日露戦争をした。ロシア革命を受けて、一八年からはシベリア出兵、二七年から三度にわたり中国への山東出兵…。
 三一年には満州事変を起こした。三七年からは泥沼の日中戦争へ、さらに四一年からは無謀な太平洋戦争へと突き進んだ。
 富国強兵策から「世界の一等国」になりつつ、結局は破滅の道をたどったのである。国内外での「流血の歴史」である。
 ひるがえってコンパスを四五年から二〇一六年の今日まで回してみれば、この七十一年間は「無血の歴史」である。根幹に平和主義の憲法があったのは疑いがない。
 先人たちは実に賢明であった。憲法の力で戦争を封じ、自由で平和な社会を築いたからだ。
 それを考えれば、今は大きな歴史の分岐点にある。歴代内閣が否定してきた集団的自衛権の行使を解釈改憲によって認め、安全保障法制を数の力で押し切った。
 軍事的価値を重んずるかのような政権である。次に目指しているものは、憲法改正なのは明らかであろう。
 国民が求めていないのに、受け入れられやすい改憲名目を探す。この「お試し改憲」は目的がないという意味で動機が不純だ。
 「改憲のための改憲」は権力の乱用であるという指摘がある。
 今、われわれが見ているものは、専制主義的な権力の姿ではなかろうか。
 「憲法の番人」たる内閣法制局、日銀、公共放送たるNHKの人事…。民主制度に仕組まれたさまざまな歯止めを次々とつぶしてから進んできた。いくら党是といえど、戦後でこれほど憲法を敵視する政権はなかった。
 明治時代には自由民権運動があり、さまざまな民間の憲法私案がつくられた。その中に植木枝盛(えもり)という人物がいた。思想家であり、第一回衆院選挙で当選した政治家でもあった。「東洋大日本国国憲按(あん)」という憲法案を書いた。
◆世に良い政府はない
 人民主権や自由権、抵抗権などを求めた先進的な案である。彼には「世に良政府なる者なきの説」という演説原稿がある。
 人民が政府を信ずれば、政府はそれに付け込んで、何をするかわからない。世に良い政府などないと説いた。一八七七(明治十)年の言説として驚く。こんな一句で締めくくられる。
 「唯一の望みあり、あえて抵抗せざれども、疑の一字を胸間に存し、全く政府を信ずることなきのみ」
 「疑」の文字を胸に刻んで、今の政治を見つめよう。
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しんぶん赤旗 2016年11月3日(木)
主張:公布70年を迎えて 憲法の“初心”生かすことこそ


 日本国憲法を守り生かすのか、それとも安倍晋三政権が狙う改憲で「戦争する国」に突き進むのか、憲法をめぐるせめぎあいが激しくなる中で、1946年11月3日の憲法公布から70年を迎えます。憲法は翌47年5月3日に施行されました。憲法が制定されてから70年間、一度も改正されず現在に至っているのは、日本国憲法が世界でも先駆的なもので、国民に定着し、度重なる改悪の策動にもかかわらず国民が改定を望まなかったからです。公布70年を機に憲法の値打ちを見つめなおし、“初心”を生かすことこそが重要です。
平和と民主主義が原点
 日本国憲法が制定・公布されたのは、2000万人を超すアジアの諸国民と310万人以上の日本国民が犠牲にされた、アジア・太平洋戦争での日本の敗戦から1年余り後のことでした。
 「日本国民は、(中略)政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」。日本国憲法が前文の冒頭に掲げるこの言葉は、まさに憲法の初心そのものです。
 当時の日本政府は、日本の非軍事化と民主化を受け入れて降伏したにもかかわらず、憲法については戦前以来の明治憲法の部分的手直しで乗り切ろうとしました。マッカーサーを最高司令官とする占領軍(連合国軍総司令部=GHQ)はそれを許さず、民間の案なども参考に草案を作成しました。日本政府はそれを受け入れて政府案を作成し、半年近い国会審議でも修正を加え、制定に至ったのです。
 憲法の制定作業を支え、憲法学者としても活動した佐藤功氏(故人)は、55年に出版しつい先日復刻された『憲法と君たち』の中で、日本国憲法は明治憲法のもとでの間違った政治を繰り返さないため、民主主義と基本的人権の尊重を原則にしたが、「一番ほこってもよい」のは二度と戦争をしないことをはっきり決めたことだと指摘しています。「ほかの国ぐにはまだしていないこと」を「日本がやろうというわけだ」―と。「憲法が君たちを守る。君たちが憲法を守る」。佐藤氏の言葉です。
 日本国憲法を変えてしまおうという改憲勢力はしばしば、憲法は「押し付けられた」ものだといいます。しかし、戦争に反対し、「国民が主人公」の政治を求め続けてきた戦前・戦後の国民のたたかいを振り返れば、日本国憲法を「押し付け」などと描くのは一面的です。戦前戦中、命懸けで戦争に反対した日本共産党が、戦後も他党に先駆けて「新憲法の骨子」を発表(45年11月)し、「主権は人民にある」と主張、その後の憲法制定議論に影響を与えたといわれていることも特筆すべき事実です。
初心否定する改憲許さず
 今年、教育学者の堀尾輝久氏が、戦争放棄、戦力不保持をうたった憲法9条を46年1月に提案したのもマッカーサーではなく、当時首相だった幣原(しではら)喜重郎だったという史料を発掘して話題になりました。改憲勢力の「押し付け」憲法論はいよいよ通用しません。
 日本国憲法の平和主義、民主主義、基本的人権の尊重の原則を丸ごと踏みにじっているのが自民党の憲法改正草案です。憲法の“初心”を踏まえ、なによりこの改憲案は許さないことがいま重要です。
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北海道新聞 2016/11/03 08:55
社説:憲法公布70年 社会に生かす努力こそ


 憲法が公布されてから、きょうで70年となった。
 平和、自由、民主の国へと再出発した戦後の日本を支え、今も暮らしや社会の基本となっている。その価値は色あせていない。
 一方で、自民党などは改憲への動きを強めており、国会では近く、衆院憲法審査会が再開される。
 改憲は本当に必要か、むしろ憲法を生かすことが大切なのではないか。こうした時期だからこそ、私たちは主権者として、国を形づくる原点を確かめておきたい。
 憲法は戦後の1946年11月3日に公布、翌年5月3日に施行された。戦禍と人権抑圧から解き放たれた多くの国民に歓迎され、後の日本社会に定着していった。
 それは現代にも受け継がれている。たとえば25条の生存権だ。社会保障の水準低下が深刻となり、非正規労働が広がる今、国が負うべき責務を明確にしている。
 個人の尊重、男女の平等、戦争放棄、幸福を追求する権利。憲法がさまざまに示す「あるべき形」を社会の現実へと生かす努力は、今でも求められている。
 70年を経た憲法は、決して時代遅れになっていない。
 振り返っておきたいことがある。10年前、憲法公布60年のころだ。それは第1次安倍晋三政権が発足したすぐ後に当たる。
 当時、安倍首相は海外メディアとのインタビューで、憲法9条を「時代にそぐわない典型的条文」として、改憲の重要な項目に掲げた。「任期中に憲法改正を目指したい」とも述べた。
 そして今年初めにも、自民党改憲草案に関して「9条についても、2項は変えていくと示している」と発言。改憲を「私の在任中に成し遂げたい」と語っていた。
 ところが先の参院選で勝利し、改憲発議に必要な議席を確保するとトーンを弱める。いま首相は「静かな環境で議論したい」と、前のめりの姿勢を隠している。
 経過を見れば、首相の狙いが9条にあることは紛れがない。党総裁の任期が延長されたのも、これと無縁ではないだろう。
 政治的な意図を表に出さず、反発を避けながら実現を図る。姑息(こそく)な政治手法と言うほかない。
 最近の世論調査では、改憲を認める回答が58%を占めた。だが安倍首相の下での改憲への賛成は42%にとどまった。世論の多数は、不透明な改憲論議に懐疑的だ。
 憲法を議論する機会は今後も増えるだろう。そこに危うい主張はないか、目を凝らし見極めたい。
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河北新報 2016年11月03日木曜日
社説:憲法公布70年/原点に返り意義問い直す時


 日本国憲法は1946年に公布されてから、きょうで70年を迎えた。
 この間、日本は一度も戦渦に巻き込まれることはなかった。憲法9条が掲げる「平和主義」が防波堤になったことは言うまでもない。
 「国民主権」と「基本的人権の尊重」とともに3原則が自由を謳歌(おうか)できる社会を築き、経済的発展の礎となってきたことにも異論はなかろう。
 これまで一言一句変えられないまま、戦後を歩んできた憲法が公布70年の節目の今、重大な岐路に立たされていると言っても過言ではない。
 過去を振り返れば、改憲論争は度々繰り返されてきたが、今度は現実味を持って語られるようになった。改憲勢力が衆参両院で、発議に必要な3分の2を占めたからだ。
 「改憲温度」がここまで高まった背景には、「在任中に憲法改正を成し遂げたい」と強い意欲を示す安倍晋三首相の存在がある。
 祖父、岸信介元首相も成し遂げなかった自主憲法の宿願を実現しようという思いかもしれない。だが、どの条文をどう変えていくのか、7月の参院選でも口をつぐんだため全く伝わって来なかった。本心を隠しているのでは、という疑念が払拭(ふっしょく)できないのだ。
 だからこそ、国民は警戒感を持っている。共同通信の世論調査によると、安倍首相の下での改憲に55%が反対し、賛成の42%を上回っている。
 自民党の改憲草案は9条を改正し、自衛隊を国防軍と明記。さらに国民の人権を「公益」を理由に制限したり、国旗・国歌尊重の義務を課したりする、時代に逆行するような復古調の内容だ。
 安倍首相は自民党草案についてこだわらない旨の答弁をしているものの、論議のベースにしたい意向は変わらないようで、野党の取り下げ要求にも応じていない。
 本来、権力を拘束するはずの憲法が、安倍政権の手で逆に国民を縛るような内容に改正されるかもしれない-。こんな危惧が国民の意識のどこかにあるのではないか。
 自民党の現憲法批判に、連合国軍総司令部(GHQ)による「押し付け論」がある。
 ただ、国民が太平洋戦争の惨禍を経験して、「戦争はもうごめん」「日本の政治は間違っていた」という共通の価値観があればこそ、新憲法を受け入れたのは間違いない。
 しかし、戦後70年余、戦火をくぐり抜けた生き証人たちは年とともに、減少の一途にある。憲法の崇高な理念も下支えしてきた「体験」という土台が弱まってくれば、形骸化しかねない。最近の改憲論台頭と無縁ではなかろう。
 衆院憲法審査会が10日再開される。現状で改憲を急ぐ理由は見当たらず、国民からも望む声は乏しい。国際情勢が緊迫する今だから、70年前の原点に立ち返って意義を問い直す必要がある。現状維持の選択があってしかるべきだ。
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信濃毎日新聞 (2016年11月3日)
社説:憲法の岐路 公布から70年 主権者の意思が問われる


 きょうは文化の日。敗戦から1年余を経た1946年のこの日、現憲法は公布された。それから70年。私たちはいま、改憲がかつてなく現実味を帯びる中で、この日を迎えている。
 7月の参院選を経て、与党の自民党を中心とする改憲勢力は衆参両院で3分の2を超す議席を占めるに至った。改憲案の国会発議に必要な議席数である。
 安倍晋三首相はかねて、在任中の改憲に意欲を隠さない。党総裁任期の延長による、さらなる長期政権が視野に入った。その状況で、衆院の憲法審査会が動きだす。
 振り返れば、公布60年の2006年当時も安倍氏は政権の座にあった。憲法改正の手続きを定める国民投票法を成立させ、改憲に道筋を付けている。
 憲法審査会は、この法律に基づいて衆参両院に設けられた。過去に置かれた憲法調査会とは位置づけを異にし、改憲原案を審議する役割を担う。
   <土台掘り崩す動き>
 当時の安倍政権下で改定された教育基本法は、「愛国心」を教育の目標に据えた。憲法と理念を共有する基本法の根幹を変えることは、改憲の一里塚でもあった。
 12年末の総選挙で政権を奪い返した安倍首相の下、勢いを増して進むのは、憲法と民主主義の土台を掘り崩す動きである。特定秘密保護法を制定したこと、歴代内閣の憲法解釈を一方的に変更して集団的自衛権の行使に道を開いたことは、その最たるものだ。
 秘密保護法は、防衛、外交など政府が持つ広範な情報を「特定秘密」に指定し、漏えいに重罰を科す。知る権利や報道の自由を侵害するばかりか、市民活動の抑圧に悪用される懸念も大きい。
 集団的自衛権をめぐる憲法解釈について、首相は国会で「最高責任者は私だ」と述べた。権力を憲法で縛る立憲主義を軽んじる発言と批判されている。大多数の憲法学者らが違憲と指摘する声にも耳を貸さず、安全保障関連法は与党の力ずくの採決で成立した。
   <覆される根本理念>
 自民党は民主党政権下の12年、新たに改憲草案をまとめている。「わが党の案をベースにしながら、どう3分の2を構築していくかが政治の技術だ」。7月の参院選の翌日、安倍首相は語った。
 いよいよ具体化の段階に入ったという意気込みがにじむ。だが、自民党草案は改憲論議のベースになり得る内容ではない。
 憲法13条は、すべて国民は「個人として」尊重される、と定める。草案はこれを「人として」に改めた。わずかな違いのようだが、根本的な隔たりがある。
 多様な個人をかけがえのない存在として尊重する。それが人権保障の大前提だ。個ではない「人」と捉えるのでは、人権を守る憲法の核心が失われる。
 草案に鮮明なのは、「公益、公の秩序」を個人の権利に優先させ、国家を重視する姿勢である。憲法の前文が「日本国民は」で始まるのに対し、草案は「日本国は」で始まる。基本的人権は永久に侵すことができないと宣言した97条は、丸ごと削除している。
   <次の世代への責任>
 国民主権、平和主義、基本的人権の尊重―。憲法の3原則を草案はことごとく覆しかねない。9条2項「戦力不保持」の規定は削り、「国防軍」を明記した。天皇を「元首」とし、日本は「天皇を戴(いただ)く国家」と位置づけている。
 自民党は先月、草案を憲法審査会に出さないことを決めた。事実上の棚上げだが、撤回したわけではない。党が草案に沿って改憲を目指すことに変わりはない。
 もとより憲法は、国内外の状況の変化を踏まえて、改めるべき点があれば改め、足りないところは補っていくべきものだ。その判断をするのは主権者の国民である。議論は大いにあっていい。
 大事なのは、何のために憲法はあるか、という根本に立ち返って考えることだろう。歴史の教訓が憲法には刻まれている。国民主権や人権の保障は、専制政治や独裁に人々が苦しんだ時代を経て獲得されてきた普遍的な価値である。ゆるがせにはできない。
 9条の平和主義の背後には、戦争と核がもたらした惨禍への痛切な反省と不戦の願いがある。武力なき平和を目指す理念を手放すわけにはいかない。この憲法に立脚して世界の平和にどう貢献するかを考えるべきだ。
 であればこそ、安倍政権下で進む改憲の動きの危うさに目を向けなければならない。底流にある憲法観、歴史観を含めて、何が変えられ、どんな社会がつくられようとしているのかを見極め、声を上げたい。
 それは次の世代に対する責任でもある。憲法が脅かされる現在の状況は半面で、主権者である私たちが憲法の価値を自らのものとする機会になり得る。問われるのは、一人一人の意思である。
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[京都新聞 2016年11月03日掲載]
社説:憲法公布70年  守り、守られる関係こそ


 その日の京都新聞1面のトップ記事は「日本国民の大きな歓喜と深い決意を込めて、新憲法公布の意義深い式典は…」と書き出す。
 70年前のきょう、日本国憲法が公布された。国民主権(民主主義)、基本的人権、平和といった理念は、暗く息苦しい戦争の時代をくぐり抜けた当時の人々にまぶしく見えたに違いない。
 京都市内では府知事や市長も列席した公布記念式典が大々的に開かれた。府内各地で憲法を解説する講習会や、移動映画、紙芝居、チラシ配布なども行われた。
 当時の興奮を想像すれば、憲法が国民の意に反してGHQ(連合国軍総司令部)に「押しつけられた」とする論がいかに表面的かが分かる。京都市出身で、内閣法制局参事官として憲法制定過程に深く関わった故佐藤功・上智大名誉教授も、押しつけ憲法論は「愉快ではない」と憤っている。
 憲法解釈の第一人者だった佐藤氏が青少年向けに書いた「憲法と君たち」(時事通信社)がこのほど復刻された。憲法がやぶられる場合について言及している。
 <国会や内閣が、事情が変わったということで、また、へりくつをつけて、作られたときとは別のように憲法が解釈され、無理やりにねじ曲げ>られてしまう。そのやり方は<多数党が、少数党の反対の意見など初めから聞こうともせず、ろくに議論さえもしないで、数で押し切ってしまう>と。
 まるで現在の政治状況を予知していたかのような卓見である。出版は、自民党が結党された1955年。復古的な改憲論が現れ、護憲派と世論を二分していた。そうした状況も現在と重なる。
 愛国心や公共精神の強調(教育基本法改正)、知る権利の制約(特定秘密保護法)、集団的自衛権の行使容認(安全保障関連法)…。延べ5年近い安倍晋三首相の在任中、憲法の理念にそぐわない法律がさまざまな「へりくつ」を付けて与党の数の力で成立した。そして今、憲法自体の改正が現実味を帯びる。
 佐藤氏は改憲の可能性を認めつつ、戦争の犠牲の上に築かれた憲法の民主主義、基本的人権、平和という3原則は「どうしても変えてはならない」と訴える。信じ難いが、改憲草案をめぐる自民党内の議論では3原則に批判が相次いだ。そうなれば憲法の改正ではなく破壊である。
 佐藤氏は著書の末尾に記した。<憲法が君たちを守る。君たちが憲法を守る>。憲法と国民が、ずっとそんな関係であり続けたい。
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神戸新聞 2016/11/03
社説:公布70年/まず理念を深めることから


 日本国憲法が公布されて70年になる。憲法は、平和と経済発展の道を歩んできた戦後日本の土台である。だが、夏の参院選により憲法改正に賛同する勢力は、衆参両院で国会発議に必要な3分の2を超え、改正はより現実味を帯びている。
       ◇
 まず70年前の原点を見つめたい。
 「未曽有の敗戦により帝都の大半が焼け野原と化し、寡婦と孤児の涙が乾く暇なき今日、いかにして希望の光を与えることができるか」
 1946年8月24日、衆院本会議場。憲法改正案を審議してきた特別委員会の委員長、芦田均が報告を行った。「改正憲法の最大の特色は戦争放棄を宣言したことだ」とし、思いの丈を述べる芦田に大きな拍手が何度も起き、すすり泣きが漏れた。
 「平和的、民主的、責任政府を樹立することはどうして達成できるか、これらは民主的憲法の制定と、新憲法の裏付けとなるべき国民文化の向上とによってのみ成し遂げ得る」と演説は続いた。
 対米開戦に反対し、大政翼賛会にも抵抗した芦田は、戦後初の帝国議会で敗戦を招いた原因と責任の所在を明らかにするよう政府に迫った。
 一方で戦争放棄をうたう憲法9条の後段に「前項の目的を達するため」を挿入した「芦田修正」でも有名だ。この文言で自衛のための戦力保持が可能になったとされる。修正にはさまざまな議論があるが、芦田が平和を願い、新憲法制定に尽くしたことは確かである。その言葉には当時の熱気が反映されていた。
改正への強い風圧
 だが憲法が古希を迎えた今、改正への風圧はこれまでになく強い。
 安倍晋三首相は、9月の臨時国会所信表明演説で、憲法改正について「その案を国民に提示するのは、国会議員の責任だ」とし、衆参両院の憲法審査会で議論を深めるよう呼びかけた。1年以上の機能停止が続いていた衆院憲法審査会は今月10日の再開を予定する。自民党は議論を進め、改正項目の絞り込みを狙う。
 改憲を悲願とする安倍首相。その動きが具体化したのは第1次安倍政権下の2007年のことだ。強行採決で改正のための国民投票法を成立させ、衆参両院に憲法審査会を設置、道筋をつけた。
 衆参ねじれ国会や民主党政権誕生で論議は途絶えるが、安倍首相は政権奪還後、改正の発議要件を緩和する96条改正を主張した。続いて閣議決定で9条の解釈を変更し集団的自衛権の行使を容認、昨年は安全保障関連法を成立させ、9条の歯止めを外した。憲法の空洞化である。
 正面突破を避けながら勢力を拡大し、改正への機運を高めていく。今夏の参院選のように選挙戦では憲法問題を前面に出すのを避けるが、勝利すると改正に前のめりになる。
 そうした危うい姿勢を国民も冷静に見ている。共同通信社の世論調査で、安倍政権下の改憲に55%の人が反対したのはその表れではないか。憲法学者の多くが「違憲」とする安保関連法を強引に成立させたことへの警戒感もあるだろう。
戦後を見つめ直す
 一方で世論調査では改憲そのものに前向きな答えが過半数という結果も出た。公布70年。時代の変化に対応すべきとの意見も根強い。
 「不磨の大典」のように扱うべきではないが、拙速な議論は望まない。それが民意であろう。
 気がかりなのは、自民党が12年に発表した「日本国憲法改正草案」を国会に提案しないとしながらも「公式文書」としていることだ。
 草案は、交戦権を否定した9条2項を削除して国防軍創設を掲げ、天皇を「元首」とするなど保守色の強い内容になっている。
 特に問題なのは13条の「すべて国民は、個人として尊重される」の「個人」を草案は「人」と改めた点だ。自民党発行の「Q&A」は国民の権利について「西欧の天賦人権説に基づいた規定は改める必要がある」と説明する。生まれながらにして自由・平等を享受する権利を持つという考え方を否定するのでは近代憲法の流れから大きく外れる。
 現行憲法は、基本的人権の尊重、国民主権、平和主義の三大原則を掲げ、戦後日本の在り方の基本となった。そうした国の根幹が揺らぐことを国民は望んでいないだろう。
 新憲法が公布された1946年11月3日の翌朝、芦田均はラジオ放送でこう呼びかけた。「憲法は国の骨組みを定める青写真にすぎませぬ。この憲法が日本再建の基盤となって、血が通い、肉がつくのでなければ、日本の将来に期待がもてない」
 この70年間、私たちは平和国家の建設を目指し、憲法に血を通わせ肉をつける努力を重ねてきた。
 改正論議もそうした理念を深め、生かしていくことが前提になる。その上で改めるべき点はあるのか。幅広い視点で冷静に考えたい。
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中国新聞 2016/11/3
社説:憲法公布70年 権力への縛り緩めるな


 終戦から10年の1955年、子ども向けに出版した「憲法と君たち」が先月復刻された。筆者は10年前に亡くなった佐藤功氏。内閣法制局で日本国憲法制定に携わり、その主張は今も色あせない。本では子どもたちに身近な生徒会やクラスの規則を例に、やさしい言葉でつづる。
 <君たちのおとうさんや、おにいさんや多くの日本人が、あの戦争で命を捨てた。原子爆弾で二十何万の人が死んだ。平和のために、あの犠牲があったのだ。こう考えれば、今の日本の憲法をどんなふうに変えてもいいということにならないのが、君たちにもわかるだろう>
 きょうで憲法公布70年を迎えた。改正発議に必要な衆参議席の「3分の2」がそろい、改憲が現実味を帯びる中、あらためて憲法とは何か考えたい。
 第一に戦後の日本社会を形づくったことだ。自由が抑制されて多くの犠牲を払った戦前のような時代に戻らないという、国民の決意と希望から生まれた。
 とりわけ9条が定める戦争放棄と平和主義である。戦地に赴いた経験がある佐藤氏はこれこそ他国の手本となると訴えた。
 だが現代の日本は逆の方に向かいつつあるのではないか。
 安倍政権は集団的自衛権の行使を巡って無理な解釈改憲に踏み切り、さらに強引に安全保障関連法を制定した。
 自主憲法制定を掲げて自民党が誕生したのは、この本の出版の年である。<へりくつをつけて、憲法がつくられたときとは別のように憲法が解釈され、むりやりにねじまげて憲法が動かされるということがある>。こう記す佐藤氏は将来を予見していたのかもしれない。
 憲法の本質は権力を暴走させないための縛りとされる。言い換えれば、国民の自由を守るとりでである。多くの民主国家では常識だ。わが国も99条で天皇や国会議員、公務員らに憲法擁護を義務付ける。為政者が憲法を軽んじる現状を考えると、その縛りが危機に直面していると言わざるを得ない。
 むろん憲法には改憲発議の規定がある。不磨の大典とはいえまい。国際社会における日本の立場は変わり、国民の意識や価値観も多様化する。とはいえ1強政治の下、数の力で押し切る今の政治手法で改憲論議を前に進めることは許されない。
 特に憲法11条をはじめとする基本的人権への向き合い方だ。野党時代の4年前に発表された自民党の改憲草案を読む限り、個人の自由や権利より「公益や公の秩序」を優先させているように映る。野党などの反発で草案は「棚上げ」の扱いになったが、党としての主張のベースにあることは変わるまい。
 自民党にとって本丸のはずの9条改正論議を避け、さまざまな「お試し改憲」の案がある。国民が今すぐにと望むものなのか。改憲ありきで前のめりになる前にやるべきことがあろう。雇用不安や格差拡大が深刻化する中で、憲法で定める基本的人権の確立が道半ばであることを忘れてほしくない。
 10日から衆院で憲法審査会が再開され、追って参院でも開かれる。各党で意見の隔たりを抱える中、「憲法制定の過程」などを話し合う。まず憲法の意義に向き合い、国民本位の議論を求めたい。主権者たる私たちも無関心であってはならない。
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=2016/11/02付 西日本新聞朝刊=
社説:憲法公布70年 普遍の理念生かす道こそ


 「歴史とは現在と過去との間の尽きることのない対話である」
 英国の歴史家、E・H・カーが残した意味深長な言葉です。
 「国のかたち」の礎である憲法を今、なぜ、見直すのか。
 戦後民主主義の起点となった日本国憲法の公布から、あすで70年になります。折しも、国会では改憲に前向きな与野党の議席が衆参両院で3分の2を占め、発議への議論が始まりつつあります。
 そこには民意との乖離(かいり)がありはしないか。私たちは憲法が持つ普遍的な意義、役割を今の政治に照らして再確認したいと思います。
 ●そもそも誰のものか
 共同通信社の憲法に関する直近の世論調査では、改憲論議に関心を持つ人が78%に達しました。
 改憲については「必要」20%、「どちらかといえば必要」38%、「どちらかといえば不要」25%、「不要」15%‐でした。
 戦後70年余を経て、国内外の情勢は変化し、憲法を巡る論点は多岐にわたっています。国民の関心の高まりは当然といえます。
 ただし、気掛かりなことがあります。そもそも、憲法は誰のものか。安倍晋三首相は自分が主役である、と勘違いしていないか。そうであれば「主客転倒」です。
 憲法は国民の権利を守るために為政者の権限を縛るものです。政治家が思い描く国家像を具現化するための道具ではない、と確認しておかなければなりません。
 国会の役割は、基本的に憲法の理念に沿った立法作業であり、改憲については発議までの権限しか与えられていません。あくまで主権者は国民である、からです。
 ●もはや「古い」のか
 安倍政権への疑念は消えていません。いわゆる「解釈改憲」による集団的自衛権の行使容認、それに基づく安全保障法制の転換という一連の独断的な国政運営です。
 首相は、衆参の選挙で与党が連勝を重ねていることで「国民の支持は得られている」という立場のようです。果たしてそうか。
 選挙で改憲や安保法制見直しを正面から訴えたのであれば、筋が通ります。実際は消費税率引き上げを延期する公約などを前面に掲げ、有権者をけむに巻きました。
 世論調査では、改憲の必要性を認める人が6割近くに上る一方、首相の下での改憲に「反対」が55%を占めました。首相に対する不信感の表れといえるでしょう。
 今の憲法は「もはや古い」と改憲勢力は訴えます。諸外国では時代状況に応じて何度も改憲が行われているのに、わが国では一度もないというわけです。この主張も実は説得力を欠いています。
 憲法では、確かにプライバシー権や環境権といった権利は記述されていません。それでも個人情報保護法や環境基本法など、憲法がうたう基本的人権や幸福追求権などに沿った新法が次々に生まれています。そこに鑑みれば、憲法がなお息づいているのも事実です。
 ●新聞の過ち見据えて
 日本が抱える諸問題は、憲法の条文の過不足に由来するのか、それとも憲法の精神が生かされていないことに起因するのか。冷静かつ複眼的な視点が必要です。
 世界有数の経済大国を自任しながら「格差」や「子どもの貧困」が叫ばれています。相次ぐ災害による被災地の苦境、沖縄の基地負担、ヘイトスピーチ、性的少数者の差別…。これらも憲法が保障する基本的人権に関わる問題です。
 衆参の選挙制度を巡り「1票の格差」の違憲性を問う訴訟も続いています。国と地方の関係では憲法に地方分権の理念を明記すべきだ、という声もあります。
 今の憲法をどう生かすか。そして改憲を目指すならば、国民主権をいかに明示していくか、という姿勢こそが肝要です。国民の権利がいたずらに制限され、国家権力が一人歩きしたことで何が起きたか。新聞がそこに加担し、未曽有の惨禍をもたらした過ちも改めて見据えたい、と思います。
 70年前の西日本新聞を開くと、1面の見出しにはこうあります。
 「民主の礎・日本國憲法けふ公布」「壽(ことほ)ぐ・新日本の黎明(れいめい)」「新憲法の理念實(じつ)現~われらの努力次代にも」-。当時の記者たちの自戒と高揚が伝わってきます。
 憲法は国民のものである。そして国民は未来への責任を負う、と歴史は熟慮を求めています。
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