2017-03-11(Sat)

東日本大震災6年 きめ細かな復興支援が大切だ 

 原発事故 福島の声をどう聴くか  「分断の系譜」を超えて 今ある痛みを共にしたい 実情に合った支援が必要だ

<各紙社説・主張>
朝日新聞)大震災から6年 「分断の系譜」を超えて(3/11)
読売新聞)大震災6年 きめ細かな復興支援が大切だ (3/11)
毎日新聞)大震災から6年 福島の声をどう聴くか(3/11)
日本経済新聞)険しさ直視し震災復興たゆまずに (3/11)
産経新聞))東日本大震災6年 今ある痛みを共にしたい 実情に合った支援が必要だ(3/11)
東京新聞))3・11とメディア 福島 もう一つの真実(3/11)
しんぶん赤旗)東日本大震災6年  国は支援を弱めてはならない(3/11)





以下引用



朝日新聞 2017年3月11日(土)付
社説:大震災から6年 「分断の系譜」を超えて


 どんなに言葉を並べても、書き尽くせない体験というものがある。東日本大震災福島第一原発事故がそうだった。だからこそ、というべきだろう。あの惨状を当時三十一文字に託した地元の人たちがいた。
 《ふるさとを怒りとともに避難する何もわりごどしてもねえのに》津田智
 戦後を代表する民俗学者で歌人でもある谷川健一さんは、亡くなる前年の12年、そうした約130首を選んで詩歌集「悲しみの海」を編んだ。
 震災から6年。
 いまも約8万人が避難する福島で広がるのは、県内と県外、避難者とその他の県民、避難者同士という重層的な「分断」である。
 朝日新聞と福島放送が2月末におこなった世論調査で、福島県民の3割は「県民であることで差別されている」と答えた。
 《「放射線うつるから近くに寄らないで」避難地の子に児らが言はるる》大槻弘
 同じデマがまだ聞こえるという事実が、心を重くする。
 ■外と内の「壁」
 原発、放射線、除染、避難、賠償……。これらは福島を語るうえで避けて通れない。そして語る者の知識や考えを問うてくるテーマでもある。福島問題は「難しくて面倒くさい」と思われ、多くの人にとって絡みにくくなっている――。社会学者の開沼博さんが2年前に指摘した「壁」はいまもある。
 県内では、沿岸部の3万2千人への避難指示がこの春、一斉に解除される。一方、2万4千人はいまだ帰還のめどがたたない。自主避難者への住宅無償支援は打ち切られる。
 戻る。戻らない。戻りたくても戻れない。
 避難者間の立場や判断の差が再び表面化し、賠償額の違いへの不満などから「あの家は……」と陰口がささやかれる。早稲田大の辻内琢也教授の調査では、首都圏の福島避難者のストレスは今年、上昇に転じた。
 ■「もやい直し」の試み
 この国の戦後を振り返ると、同じような分断とそこから立ち直ろうとする系譜に気づく。
 熊本県水俣市。
 チッソの排水を原因とした水俣病では、被害者とその他の市民が激しく対立し、「ニセ患者」「奇病御殿」などと中傷の言葉が飛び交った。そう言う人たちも地元を出ると、水俣というだけで差別された。
 民俗学者として各地を歩いた谷川さんは、その水俣で生まれた。「『お国はどこですか』と聞かれて『水俣病の水俣です』と答えるときの引き裂かれるような苦痛は、育ったものでなければ分からないでしょう」
 ふるさとを「福島」と言えずに「東北」とにごす避難者のせつなさに、きっと寄り添い続けただろう。
 分断の克服をめざして、水俣市が約20年前に提唱したのが「もやい直し」だった。
 船と船を綱でつなぎあわせるように、人のきずなを結びなおす。ごみ分別や森づくりなど住民が集まる機会を行政が仕掛け、思いがひとつになる小さな体験を重ねていく。「大切なのは、意見の違いを認めたうえで対話することだ」と当時の市長だった吉井正澄さんは言う。
 成果は道半ば、である。水俣病の公式確認から61年。だが風評は消えない。今年1月には、県内の小学生が水俣市のチームとのスポーツの試合後、「水俣病がうつる」と発言していた。
 「市民が必死に努力しても、簡単には解決しない」と水俣病資料館語り部の会の緒方正実会長は言う。「いま起きていることと向き合い、課題をひとつずつ減らしていくしかない。それが水俣からのメッセージです」
 ■復興に必要なもの
 谷川さんは終生、沖縄の島々を愛した。ここもまた米軍基地をめぐる「分断」の地である。
 米軍専用施設の71%が国土面積の0・6%の県に置かれ、その中で「平和だ」「経済だ」と対立してきた。
 しかし各地の風土は多彩な魅力を持っている。それを知る谷川さんは、たとえ地元に良かれという「正義感」からでも、福島=原発、沖縄=米軍基地といったキーワードばかりで語られることを好まなかった。「(外部の支援者は)『水俣病の水俣』しか関心がない。水俣そのものの存在が忘れられるという事態が起こったのです」。重い言葉である。
 地元不在の一面的な議論ばかりでは、福島を「難しくて面倒くさい」と思っている多くの人々を引き寄せられない。その結果、全国で共有すべき問題が、特定の地域に押しつけられたままになる。メディアにも向けられた言葉として受け止めたい。
 《世界的フクシマなどは望まざり元の穏やかなる福島を恋う》北郷光子
 福島沿岸部の復興は、まさに始まったばかりだ。ともに長い道のりを歩き、寄り添い続ける。そういう心を持ちたい。
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読売新聞 2017年03月11日 06時00分
社説:大震災6年 きめ細かな復興支援が大切だ 


 ◆街の再生計画に工夫凝らしたい◆
 1万8000人を超える死者・行方不明者を出した東日本大震災から6年を迎えた。
 壊滅的打撃を受けた被災地が完全に再生を果たすまで、国を挙げて支援を継続する。その誓いを新たにしたい。
 5年間の「集中復興期間」が昨年度で終了した。政府は今年度から2020年度までを「復興・創生期間」と位置付ける。その1年目が過ぎようとしている。
 被災地の自立につながり、地方創生のモデルとなる復興を実現する――。政府は、新たな5年間の目標をこう説明する。
 ◆解消が進む仮設住宅
 復興予算の全額を国が賄った集中期間には、計画が過大になりがちだった。今後は、予算規模も縮小される。真に役立つ事業を吟味し、予算を重点投入する。メリハリをつけた支援が必要になる。
 岩手、宮城、福島県などを襲った大津波は、沿岸部の人々から住居を奪った。安定した生活拠点の回復のために計画された復興住宅の完成率は、今月末で83%に達する。高台などの集団移転地の造成も、70%近く完了する。
 暮らしの基盤再生は、ようやくヤマ場を越したと言えよう。
 復興・創生への道筋を具体的に示し、被災地のこれからの歩みを後押しする。復興庁を始めとする政府の責務である。
 JR仙台駅から南に約4キロの街中に、2万4000平方メートルの更地が広がる。仙台市内最大の仮設団地だったが、昨年10月に解体作業が始まり、今年2月には地権者に土地が返還された。
 3県の各地でプレハブ仮設の解消が進む。ピーク時には12万人近くに上った入居者数は、約3万5000人にまで減った。手狭な仮設団地がなくなった光景は、復興の証しの一つだろう。
 ただ、移転先の復興住宅などでは、コミュニティーの構築が、必ずしも順調には進んでいない。
 仮設住宅では、行政とNPOなどの民間団体が手を組み、住民同士の交流を促す活動を展開してきた。高齢者らの買い物をサポートする団体もあった。仮設から移り、こうした取り組みが減った、と岩手県内の被災者の一人は語る。
 NPOなどとの連携は、復興庁が重点的に手がけてきた手法だ。引き続き積極的に活用して、住民の孤立を防いでもらいたい。
 ◆にぎわいを創出しよう
 無論、住宅再建がスムーズに進んでいる地域ばかりではない。岩手県大槌町では、今も人口の2割近くが不自由な仮設住まいを余儀なくされている。
 従来に増して、復興の進捗度に応じたきめ細かな支援を実践すべき段階に入ったと言える。
 各自治体が直面する問題が、住民の流出だ。それをどう克服するかは「創生」の核心でもある。
 宮城県山元町は、移設されたJR常磐線の新駅周辺など3か所に住宅地を造成し、昨年10月に「まちびらき」の式典を催した。12月には、常磐線の運行再開で仙台への通勤路線も復活した。
 町は子育てのしやすさをPRする。転入した新婚夫婦らに対して、最大300万円を補助する定住促進事業も打ち出している。
 約740戸分の宅地と復興住宅は、ほとんど埋まった。
 順調のように見える山元町でも、住宅地の1か所では、宅地の分譲数を計画の5分の1に縮小している。被災地全体でも、集団移転などの計画戸数は、希望者の減少に応じて縮小されてきた。
 規模が小さくなった街で、いかに魅力を高めるか。自治体は工夫を凝らした青写真を描きたい。
 宮城県南三陸町の仮設商店街「南三陸さんさん商店街」が今月、常設の商店街に生まれ変わったのは、明るい話題だ。
 こうした例はまだ少ない。住宅再建が優先される中で、市街地再生が遅れ、テナント施設が不足していることが一因だという。
 にぎわいの創出は、街を魅力的にする重要な要素だ。
 ◆子供の心に目配りを
 復興への息の長い取り組みには若い力が欠かせまい。その意味でも、福島県で小中学生の不登校が増えているのは気にかかる。
 昨年度は1862人の不登校が報告され、4年連続の増加となった。幼少時に経験した震災の明確な記憶がなくても、不安定な避難生活や家族の混乱を感じ取っているケースがある。
 専門家による継続的な心のケアが求められよう。
 原発事故に伴う避難指示の大幅な解除で、福島は復興の正念場を迎えた。子供たちのためにも、支援を強化せねばならない。
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毎日新聞2017年3月10日 東京朝刊
社説:大震災から6年 福島の声をどう聴くか


 死者と行方不明者合わせて2万人近くが犠牲になった東日本大震災からあすで丸6年になる。
 被災地は復興の途上にあるが、東京電力福島第1原発事故に見舞われた福島県の苦難は現在進行形だ。
 震災前202万人だった福島県の人口は190万人を割り込んだ。県内外に今も8万人近くが避難し、避難先は全都道府県にわたる。原子力災害の悲惨さは、6年の歳月を経てなお目の前に立ちはだかる。
 この1年で最も被害の奥深さを気付かせられたのが、原発事故後に家族とともに避難した子供に対するいじめの問題だ。
避難いじめの深刻さ
 避難者いじめの問題を提起したのは、福島県から横浜市に自主避難してきた中学1年の男子生徒のケースだった。生徒は小学生時代に「菌」扱いされ殴られたり、150万円ものお金をせびられたりしていた。
 「いままでなんかいも死のうとおもった。でも、しんさいでいっぱい死んだからぼくはいきるときめた」
 生徒はそう手記に書いた。
 いじめの背景に何があったのか。
 生徒と接触を続ける飛田桂弁護士は「学校は社会の縮図。子供は大人を見て弱い者を狙う」という。
 避難してほどなく、生徒の家族は嫌がらせを受けていた。ゴミが福島ナンバーの車の上に捨てられたり、ポストに「福島県民は出て行け」との文書が投げ込まれたりした。
 横浜の避難いじめが表に出てから、同様のいじめが次々に明らかになった。千葉では子供が「放射能がきた」といった心ない言葉を同級生から浴び、新潟では児童が担任に「菌」を付けて呼ばれていた。
 福島県から全国に避難している児童・生徒は、昨年5月時点で約7800人に上る。表面化していないいじめがある可能性がある。
 福島からの避難者の相談に乗る弁護士によると、差別や嫌がらせを避けるため、福島から来たことを悟られないようにひっそりと生活する人は今も多いという。
 原子力災害により、古里を追われたうえに、いわれのない差別やいじめといった二重の被害を受ける。それは理不尽というほかない。
 この春には、自主避難者にとって大きな制度の変更が迫っている。
 福島県が避難先の自治体を通じて行ってきた住宅の無償提供が今月で打ち切られるのだ。避難者の帰還を促すのが目的とされる。
 しかし、自主避難者の相談に乗る「避難の協同センター」の瀬戸大作事務局長の携帯電話には、「家が決まっていない」といったSOSが先月から相次いで寄せられている。
 無償提供打ち切りの対象となる自主避難者は、福島県の集計で約2万6600人だ。福島の避難者全体の3分の1に及ぶ。
 避難指示区域の避難者と異なり、自主避難者には東京電力からの定期的な賠償金はなく、住宅の無償提供が公的支援の柱だ。福島県は一昨年6月に打ち切りを決めた。除染が進み生活環境が整ったとの理由だが、仕事や子供が学校に慣れたことを理由に帰らない決断をする人もいる。
 福島県いわき市から自主避難し、埼玉県毛呂山町に子供2人と住む河井加緒理さん(35)は、子供の学校を優先してとどまることを決めた。苦しい生活の中で、住宅の提供を受けることの意味は大きかっただけに、打ち切りはショックだった。
復興に必要な地域の絆
 河井さんのような母子避難や二重生活を余儀なくされている人も珍しくない。避難者の生活実態に即した対応が必要だ。
 福島県が無償提供を打ち切った後、独自の予算で4月以後も無償提供を続けたり、有償での優先入居枠を設けたりするなど支援を継続する自治体もある。このままでは、避難先によって避難者間に大きな差がつくことになる。国が調整に乗り出すべきではないか。
 一方で、政府指示の避難区域で新たな動きがある。
 飯舘村や浪江町などの避難指示が近く、帰還困難区域を除き解除される。対象は3万人以上だ。だが、既に避難指示が解除された地域の帰還率は1割程度にとどまる。
 南相馬市の小高区は昨年7月に先行して避難指示が解除された。いまだ人の姿はまばらだ。震災当時のままの荒れた家屋も目立つ。帰還するのは高齢者ばかりだと町の人は言う。戻った人の生活と健康を守る取り組みの必要性を痛感する。
 それでも地域の営みは少しずつ戻りつつある。小高区では小、中、高校が4月に再開する。
 将来の町づくりのため、福島に暮らす人と避難者の結びつきをどう保つのかも問われている。
 小高区に長く住む広畑裕子さんは、小高で働く人たちを紹介するカラーのパンフレットを毎月発行し、県外避難者らにも送り続けている。小高のいまを知ってほしいとの思いからだという。
 帰った人、これから帰る人、帰らない人……。原発事故さえなければ、同じ故郷で暮らしていたはずの人たちだ。問われているのは、その人々の声を、政府が、自治体が、そして私たち一人一人がどう聴くかだ。
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日本経済新聞 2017/3/11付
社説:険しさ直視し震災復興たゆまずに


 東日本大震災からきょうで6年になる。東京電力福島第1原子力発電所の事故が重なり大きな被害が出た福島県では、なお8万人近くが避難を続ける。宮城、岩手県などの津波被災地でも、復興住宅が完成したのに入居が進まないといった課題が浮かんでいる。
 年月を経て見えてきたのはコミュニティーを再建することの難しさだ。復旧の進捗も地域によって差が出ている。国や自治体はこれらの現実を直視し、実効性の高い復興策に見直していくときだ。
帰還しやすい街に
 福島第1原発から20キロ圏にある福島県楢葉町。2015年9月に避難指示が解かれたが、約7千人いた町民のうち戻ったのは1割にとどまる。役場近くにできた仮設商店街は、復旧工事の作業員が立ち寄るほかは人影は少ない。
 福祉施設や金融機関も多くが町外に移転したままだ。「住民がもっと戻らないと店舗などを再開できない。再開しないうちは住民も戻らない」と、町の職員はジレンマを打ち明ける。
 原発周辺の放射線量は徐々に下がり、これまでに楢葉町を含め5市町村で避難指示が解除された。だが田村市東部で7割の住民が戻ったほかは、帰還率は1~2割に低迷している。「子どもへの放射線の影響が心配」「避難先で生活再建にメドが立った」などの理由で戻らない住民も多い。
 政府は4月1日までに川俣町、飯舘村など4町村でも避難指示を解除する。事故直後に比べると、避難指示が出ている地域の面積や対象人口は約3分の1に減る。
 残った帰還困難区域についても「拠点地区」を定めて除染を始め、5年後をめどに避難指示の解除をめざす。だが、この区域でも帰還を望む住民が少ないうえ、拠点地区以外の地域が切り捨てられるのではという懸念も出ている。
 帰還を希望する人が戻りやすいように、町役場などを中心にコンパクトな街をつくり、その地区以外からの避難者も移り住んでもらう方策が必要だ。企業や工場を誘致し、とくに若い世代の雇用を確保することも欠かせない。
 帰還を諦めた人への支援も忘れてはならない。現状では東電からの賠償金は避難指示解除から1年後に打ち切られる。移住先での生活再建が軌道に乗るまでは、就労支援策などを続けるべきだ。
 福島第1原発の廃炉はこれから難関に差し掛かる。作業を滞らせてきた汚染水の量が減り、地下水の流入を防ぐ凍土壁もひとまず効果を上げつつある。だが事故で溶け落ちた「デブリ」と呼ばれる核燃料が原子炉のどこに、どんな状態で残っているのか、いまだにわかっていない。
 政府と東電は今年中にデブリの回収方法を決め、21年に作業開始をめざしている。デブリは極めて強い放射線を出し、人が近づけないどころか、ロボットも故障が相次いでいる。回収の難しさがわかってきたが、国内外の技術を集め総力を上げて進めてほしい。
 津波で甚大な被害を受けた岩手県や宮城県では復旧がほぼ終わり、各地で高台の宅地や災害公営住宅が完成した。だが、すでに空き地や空き家が目立ち始め、ここでも「戻らない被災者」が問題になっている。
地域の持続力高めよ
 人口の約1割が犠牲になった岩手県大槌町では、町の中心部の約30ヘクタールの土地を平均2メートル程度かさ上げする事業が大詰めを迎えている。しかし、そこに戻る予定の被災者は当初想定の半分程度にとどまる見通しだ。高齢などの理由で自力で家を建てるのを諦めたり、避難先で暮らし続けると決めたりした人が相次いでいるからだ。
 新たに整備した土地や公営住宅を使って、街のにぎわいを取り戻したい。被災者以外の住民にも利用を求め、福祉施設や観光客向けの貸家として有効活用すべきだ。
 新たな街では住民同士の交流を促す仕組みづくりや、高齢者の足の確保も必要になる。バス路線などの開設が難しければ、自家用車で客を送迎する「ライドシェア」を導入すべきではないか。
 住民から買い取った沿岸部の土地をどう活用するのかも今後の課題になる。公園や遊歩道などに利用する場合が目立つが、避難路を確保したうえで、産業再生の拠点としてもっと生かしたい。
 被災地の共通点は、元から人口減少や高齢化に直面し、震災が追い打ちを掛けたことだ。政府は16年度から5年間で6兆5千億円の復興財源を確保している。被災地が持続可能な地域として再生できるように事業を再点検し、無駄のないよう予算を使ってほしい。
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産経新聞 2017.3.11 05:02
【主張】東日本大震災6年 今ある痛みを共にしたい 実情に合った支援が必要だ


 6年がたった。
 何年たとうが、鎮魂の念を持ち続けたい。
 犠牲になるいわれの何もなかった人々である。その遺志を継ぎ、東日本大震災で被害を受けた東北に尽くすことは、私たちの責務にほかならない。
 同時に、時間の経過とともに復興の進み方に差が生じていることに、注意を払いたい。
 新しい家に入った人がいる。一方で、岩手、宮城、福島の3県では2月末現在、それぞれ1万人以上の人がなお、応急仮設住宅での暮らしを余儀なくされている。
 広い被災地の各地で、異なる現実がある。実情に合わせた支援が必要なのは、いうまでもない。
 見えにくくなる心の傷
 物的な復興ばかりではない。
 ある現実を報告したい。
 2月末、平日の午前中。福島県内の仮設住宅から、50代の男性がふらつきながら出てきた。
 朝から飲酒していた。被災者を支援する集いに連れて行こうと、「相馬広域こころのケアセンターなごみ」の職員が肩を支えた。
 午後、改めて訪ねた。布団は敷いたままで汚れ、床に菓子パンが無造作に置いてあった。男性は、東京電力福島第1原発事故で避難指示が出た飯舘村から家族で仮設に入った。父親は震災の約1年後に病死したという。
 酒が続くようになった。
 飯舘村の避難指示は、今月末で一部を除き解除される。しかし男性は村に帰るかどうか、揺れている。今の暮らしは気楽で、離れたくないという思いがある。
 一方でつぶやいた。「もう一回やり直さないと。父ちゃんとやってた農業やりたい」。前を向く気持ちを、なくしてはいない。
 被災者の心の傷は、年月とともに見えにくくなった。しかし震災が人々になお精神的な影響を与えていることに、敏感でいたい。
 福島県では毎年、原発事故の避難住民を対象に心の健康の調査が行われている。平成27年度に電話支援した一般人約2600人中、100人以上が、震災を思い出して恐怖を覚えるなど心的外傷(トラウマ)反応を見せた。
 福島県だけではない。宮城県の27年度健康調査でも、プレハブ仮設に住む18歳以上の7・5%が、強い心理的苦痛を感じている。
 東北3県では震災に関連する自殺も多い。今年1月末までで福島88人、宮城49人、岩手42人。
 他方、全国の自治体から派遣される職員やボランティアは減っている。各地では、「震災いじめ」が表面化している。寂しい現実である。
 自立した、あるいは自立に向かう被災者も多いだろう。しかし、今も困難を抱える人が置き去りにされてよいはずがない。
 それぞれにできること
 「なごみ」は、被災者のもとに出向いて支援を続けている。訪問相談は年1000件を超える。
 「人生どうでもいい」「働く気になれない」「寂しい」。そんな声が被災者から聞かれる。「死にたい」という声もある。アルコール依存も深刻な状態が続く。
 「回復できる人とできない人の二極化が進んでいる」と、「なごみ」の米倉一磨センター長は指摘する。物的な復興と同様に、精神面の復興でも差が広がっているのが、被災地の現状である。
 「福島はどうせ忘れられる」という声もある。孤立感を深め、心身の健康を損ねかねない人がいることを、忘れてはならない。
 被災者の心のケアは、平成7年の阪神大震災で定着した。災害があると専門家や自治体が即応し、支援体制が組まれてきた。
 しかし制度や専門家が必要であっても、それだけが人の心を癒やすのではない。
 阪神大震災でケアの方法の原型を築いた精神科医がいた。奔走する一方で、医師は、ケアとは方法だけの問題ではないと訴えた。
 今ある痛みに共感することを、医師は出発点に置いた。
 「“心の傷を癒すということ”は、精神医学や心理学に任せてすむことではない。それは社会のあり方として、今を生きる私たち全員に問われている」(安克昌(あん・かつまさ)『心の傷を癒すということ』)
 被災者を孤立感から救うのも、社会から見守られているという意識にほかなるまい。
 関心を持ち続けよう。
 私たちそれぞれが東北にできる支援を、考え続けよう。
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東京新聞 2017年3月11日
【社説】3・11とメディア 福島 もう一つの真実


 トランプ米大統領のオルタナティブファクト(もう一つの事実)。米国だけの問題ではない。原発報道には以前からあった。どう伝えるかを考えた。
 福島県立福島高校のホームページに先月、「福島第一原子力発電所見学報告」がアップされた。昨年十一月に見学した。
 報告書を読むと、生徒たちは日ごろから放射線量の計測をしたり、国際ワークショップに参加したりしている。事前に学習会を開き、質問事項も考えていた。
 「今、大きい地震が来たときの対策は取られているのか」「賠償は最後の一人になるまでと聞いたが、どこまでいったら最後の一人なのか」-。被災地に生きる高校生ならではの問いが並ぶ。
◆高校生の鋭い観察眼
 見学中、路上に配線や配管が多かったことから「冗長性」も尋ねている。冗長性とは、異常時に備えて、あえて付加した余裕の設備などだ。「原子力発電所は二重、三重にするのが基本的な考え方だが、今の1F(第一原発)では二重が限界。あわてて作ってきたので、本当に二重になっているかは怪しい」と本音を引き出した。
 高校生が第一原発に入るのはこれが初めて。全国紙の記事がインターネットのニュースサイトに載った。
 「高校生たちは放射線や廃炉について自ら調べ、国内外に発信してきた」と紹介。参加したのは男女十三人だが、写真は壊れた原子炉建屋を背景にした女子生徒、記事中のコメントも女子生徒だった。好意的な記事だったが、インターネット上では「女子生徒の体が心配だ」といった声も出た。
 感心な高校生の記事と、放射能は怖いという感想。福島に関する記事ではよくあるパターンだ。
 生徒が見学によって被ばくした線量は四・三マイクロシーベルト。日本人の外部被ばくは一日二マイクロシーベルト弱で、二日分を余分に浴びたぐらいだった。
◆説明とデータが違う
 ある女子生徒は見学の前に言っていた。「私は放射線の勉強をし、自分の被ばく量も分かっていて、がんの心配はないと考えています。でも、母が気にしているので甲状腺がんの検診は受けます」
 甲状腺がんは多くの福島県民の関心事だ。チェルノブイリ原発事故では甲状腺がんが多発した。福島県では二〇一一年十月から、ゼロ歳から十八歳までの全員を対象に検診を始めた。生涯にわたってチェックする方針だった。
 よく言われたのは「子どもの甲状腺がんは百万人に数人」「チェルノブイリでは事故から五年後に急増した」だった。
 一回目の対象は約三十七万人。がんと診断された人は百人を超えた。専門家は「高精度の検査で、小さいがんを早くに見つけたためだ」と説明した。新たな患者は少なくなると考えられた二巡目の検査だが、昨年末までに四十四人ががんと診断された。前回は異常なしだった子どももいた。
 予想と違うデータに、記者会見では毎回、「多発は事故のせいでは」との質問が出る。だが、福島県の検討委員会は「チェルノブイリの知見から被ばくの影響とは考えにくい」の繰り返しだ。「がん患者が○人増加した」と「放射線の影響は考えにくい」という真逆にもみえることが一本の記事になる。「もう一つの事実」が真実を見えにくくしている。
 甲状腺がんが増える期間に入った昨年、検査の縮小を求める声が福島県内で強くなった。理由の一つに「国内外での風評につながる可能性」が挙げられ、それがそのまま報道されている。甲状腺がんの増加は風評ではない。事実を風評と過小評価してはいけない。
 昨年、「福島子ども健康プロジェクト」が発表した八歳ぐらいの子を持つ母親を対象にした調査では63・7%の人が「放射能の情報に関する不安がある」と答えている。放射線被ばくとがんの関係は研究者によって意見が異なる。それが県民を不安にしている。
 福島高校の原尚志(たかし)教諭は「生徒たちが県外で発表すると、質問は、あなたたちは福島県に住んでいて大丈夫なのかと、福島県の食品を食べているのか、ばかりなんです」と話す。
◆自分の目で見ること
 高校生の感想をもう少し。
 「誰かのフィルターをかけた1Fではなく、自分の目で見ることができてとても良かった」
 「私たちが直面している『偏見』も、今の時点で残っていることは何一つおかしなことではなく、これが恒常的なものになってしまうのかどうか、それを防ぐのかは、これからの私たち次第なんだと強く感じました」
 エールを送ろう。私たちは福島に寄り添う。忘れない。そして「何が本当のことなのか」。それを見極めて報道していく。
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しんぶん赤旗 2017年3月11日(土)
主張:東日本大震災6年  国は支援を弱めてはならない


 約2万人の死者・行方不明者をだした東日本大震災から6年です。大地震と巨大津波、東京電力福島第1原発事故が重なった大規模災害は広範囲に甚大な被害を与え、今なお12万人以上が避難生活を強いられています。復興の歩みも遅れ、避難の長期化の中で、被災者の抱える問題は複雑化し、深刻の度を増しています。
 安倍晋三政権が被災地への支援を縮小する動きに出ていることに、被災者の不安といらだちが募ります。支えを必要とする人がいる限り、政治が支援の手を弱めることがあってはなりません。
家賃の増加に将来不安も
 自宅再建が困難な被災者向けの災害公営住宅は、東北3県でもようやく目標の7~8割が完成しました。仮設住宅から真新しい住宅に移ったのも束の間、多くの被災者が「家賃支払い」の苦しさを訴えます。家賃のない仮設と異なり、公営住宅では家賃が発生するためです。国は“激変緩和”として10年期限の減免措置を設けましたが、入居6年目から段階的に上がり、11年目は今の3倍になる例もあります。年金暮らしの高齢者や仕事が確保できず収入が不安定な人たちは展望が見えません。国は減免延長や家賃補助など仕組みの見直しを急ぐべきです。
 老朽化がすすむプレハブ仮設住宅に3万5千人が暮らし続けています。住環境の改善など、きめ細かな対応が必要です。応急修理の制度を使ったため仮設や災害公営住宅に入れず、「壁が段ボール」「風呂は壊れたまま」などの状態で暮らす在宅被災者を放置し続けることはできません。「住まいの安心」を保障することなくして、被災地の復興はできません。支援金の引き上げや対象拡大など被災者生活再建支援法の拡充こそ求められています。
 長引く避難生活は被災者の心身を疲弊させています。宮城県民医連が県内4市3町の災害公営住宅で実施した被災者調査でも、生活上の不安のトップが「健康」でした。被災者支援に取り組む「みやぎ県民センター」には「津波ですべてを失いました。いま大腸がんで大変です」「職を失い、不安で精神安定剤が欠かせません」と悲鳴が寄せられ、医療費・介護利用料の軽減の切実さを浮き彫りにしています。国が打ち切った減免制度の復活は急務です。
 被災者への支援の立ち遅れがはなはだしいのに、安倍政権は「復興は新たなステージ」などと支援から手を引く姿勢です。16年度からは「被災自治体の『自立』」を理由に、復興事業費の一部を地元自治体に負担させています。
 収束しない原発事故でふるさとを追われた福島の被災者に対し「事故は終わった」と言わんばかりに、原発を推進し、避難指示解除と賠償・支援打ち切りをセットで押し付ける政府・東電のやり方は許されません。
従来の制度にとらわれず
 6年たって、住まいでも生業(なりわい)でも被災者の困難が打開できないのは、政治がその苦難に真剣に向き合ってこなかったためです。
 未曽有の災害には、従来の制度にとらわれない柔軟で大胆な見直しが必要なのに、怠ってきた政府の姿勢が問われます。「私たちの苦しみを繰り返してほしくない」。この被災地の声に応えるのが“災害大国”の政治の責任です。
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テーマ : 政治・時事問題
ジャンル : 政治・経済

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