2017-03-12(Sun)

震災・原発事故6年 福島地元紙 これからが正念場だ

未来へ確かな一歩踏み出そう  帰還困難区域--復興拠点を希望の地に

<社説・論説>
福島民友)震災6年 再生可能エネ/「地産地消」へさらに弾みを(3/12)
福島民友)3.11から6年/未来へ確かな一歩踏み出そう(3/11)
福島民友)震災6年 産業の再生/変革と集積で復興けん引を(3/10)
福島民友)震災6年 被災地の医療/安心な暮らしへ再構築急げ(3/9)
福島民友)震災6年 廃炉と汚染水/英知集めて険しい山越えよ(3/8)
福島民友)震災6年 風評との闘い/克服へ「日本一」を増やそう(3/7)
福島民友)震災6年 避難指示解除/再建へ大きく確かな一歩を(3/5)

福島民報)【震災・原発事故6年】これからが正念場だ(3/11)
福島民報)【帰還困難区域】復興拠点を希望の地に(3/10)
福島民報)【いわきの沿岸部】進む復興さらに加速を(3/9)




以下引用



福島民友 2017年03月12日 08時35分
社説:震災6年 再生可能エネ/「地産地消」へさらに弾みを


 本県が再生可能エネルギーの先駆けの地になるために、地域の特性を生かして発電する地域エネルギー会社の育成に力を注ぎたい。
 31日に帰還困難区域を除いて避難指示が解除される飯舘村に、太陽光発電に取り組む地域電力会社がある。村民らが出資して設立した「飯舘電力」だ。
 1号機は2年前に発電を開始した。1基当たりの年間発電量は一般家庭15世帯分だが、既に13基が稼働した。ユニークなのは太陽光パネルの下の空きスペースで牧草を育てていることだ。ゆくゆくは牧草を使った村特産「飯舘牛」の復活にも寄与したい考えだ。
 県内では、喜多方市や南相馬市など各地で、太陽光や風力、バイオマスなどの再生エネで発電する「電力の地産地消」の取り組みが民間主導で進んでいる。
 この結果、2015年度の県内の再生エネの導入量は前年度に比べ4割近く増え、電力需要に占める割合が3割弱にまで伸びた。しかし、40年をめどに県内の電力需要の全てを再生エネで賄うという県の目標達成に向けては、再生エネの導入にいっそう弾みをつける必要がある。
 県は、再生エネの導入拡大を目指し、今春から推進体制を強化する。県の産学官連携を進めた「超学際的研究機構」の中にあった再生可能エネルギー推進センターを法人化し、企業や個人による再生エネの導入を促す考えだ。
 推進センターは、県の第3セクターの発電事業会社「福島発電」と連携し、他の発電事業者に対して、発電機器メーカーを紹介するなど相談支援を行う。連携態勢を軌道に乗せ再生エネへの参入企業を掘り起こすことが求められる。
 県内では、再生エネで発電した電気を消費地まで届けるための送電網の構築が課題になっている。このため県は今月、東京電力などと出資して送電会社を設立し、大消費地の首都圏への送電線を、阿武隈山地や浜通り沿岸部で増強する。できる限り早く課題を解消して環境を整え、発電事業者がフルに事業が展開できるよう後押ししなければならない。
 再生エネの活用では、最大1万キロワット級の水素を製造する工場建設に向けた作業が17年度に本格化する。東芝と東北電力、液化石油ガス(LPG)大手の岩谷産業は今夏以降に場所や規模などを具体化させる計画だ。
 政府は「福島新エネ社会構想」に「県産水素」の20年東京五輪・パラリンピックでの活用を盛り込んでいる。構想を着実に実現させ本県の復興を世界に発信したい。
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福島民友 2017年03月11日 08時41分
社説:3.11から6年/未来へ確かな一歩踏み出そう


 相馬市原釜の海辺に立つ市伝承鎮魂祈念館を訪ねた。辺りは静けさに包まれ春のにおいをまとった潮風が頬をなでる。祈念館を背に立てば、目の前には真新しい防潮堤、その向こうの高台には災害市営住宅が並ぶ。震災翌日の紙面にあったあの光景がうそのようだ。
 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から6年がたった。地震・津波被災地の復旧はハードからソフトへと移りつつある。一方で、原発事故の避難区域はようやく今春、住民の帰還と地域再生を本格化させようという段階だ。
 県内の復興は、6年の間に地域差が生まれて課題が多様化している。さらに原発事故の風評が根強く残り、県全体の復興を妨げている。しかし、あの日、産声を上げた赤ちゃんは今春、小学1年生になる。足踏みはしていられない。震災前を超えるような復興を遂げるために気持ちを新たにして7年目の一歩を踏み出したい。
 政府は、31日に浪江町、川俣町山木屋地区、飯舘村、4月1日に富岡町の避難指示を解除する。これによって12市町村に出されていた避難指示は帰還困難区域を除きほぼ解除されることになる。
 これらの地域では生活必需品を売る店や診療所などとともに、働く場所の確保が欠かせない。これまでに避難指示が解かれた地域を見れば、戻っているのは高齢者が中心だ。地域の将来をひらくためには、若い世代が安心して子どもを育て、教育できるような環境を最優先で整える必要がある。
 県内の除染で出た汚染土壌を運び込む中間貯蔵施設は、今秋には土壌貯蔵施設の運用が始まる予定だ。しかし用地が取得できたのは約2割にとどまる。貯蔵施設の整備の遅れは、帰還困難区域を除いて最終段階に入っている除染の遅れにつながっている。用地取得と整備を急がなければならない。
 風評被害がなくならない。消費者庁の最新調査では県産品の購入をためらう人は過去最少になったが、農産物は流通段階で風評の固定化が懸念される。風評対策は喫緊の課題であることを政府や県は改めて銘記すべきだ。風評を拭うためにはもちろん、第1原発の廃炉を確実に進めることが肝心だ。
 8万人近くの県民が避難を続けている。県内外の割合は半々だ。古里に戻る人、戻らない人。それぞれの道があるだろう。政府や自治体は人々の意思をくみ取り、生活再建への支援を続けるべきだ。
 苦難を越えて世界的医学者になった野口英世の言葉をいま思い出す。「過去を変えることはできないし、変えようとも思わない。なぜなら人生で変えることができるのは、自分と未来だけだからだ」。福島県の未来の扉を開けるためにみんなで力を合わせよう。
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福島民友 2017年03月10日 08時20分
社説:震災6年 産業の再生/変革と集積で復興けん引を


 県内のものづくり企業が持てる力を最大限に生かして変革を続け復興のけん引役を担ってほしい。
 「県内の企業には欧米でも通用する高い技術力がある。これら企業と連携して事業を育てていきたい」。3年前に福島市に進出した医療機器関連メーカーの社長は県内企業が持つ可能性を評価する。
 本県の医療機器産業の企業数や生産額はこの10年間で倍増した。企業数は73社となり、生産額は1300億円を超えて全国で3番目に多い。
 生産額の伸び率は全国を上回っており、国内有数の生産拠点に成長した。医療機器産業の本県経済への貢献度は高まっている。この勢いを県内の中小企業に広げていきたい。
 そのためには、中小企業が医療分野に挑戦しやすい環境を整えなければならない。
 県によると、中小企業の多くは東日本大震災原発事故の影響が続き、経営面のリスクを伴う新製品の開発を避ける傾向にあるという。しかし、その一方で県が中小企業の事業参入を促すために設けた補助金は本年度で終了する。県は新たな補助金の創設など、財政や技術面など幅広く支援する推進策を再構築すべきだ。
 産業復興の原動力として期待されているのは医療機器産業だけではない。浜通り地方を中心に新産業の集積を図る福島・国際研究産業都市(イノベーション・コースト)構想の主役ともいえるロボット産業の育成も着実に進めたい。
 県は新年度、ロボット産業への参入を目指す企業に参加を求め、ロボット産業推進協議会を設立する。150社の参加を目標にしており、企業が共同で研究開発や部品受注などを行う体制をつくる。
 県内の中小企業は、自社の技術をロボット製造分野のどこに生かすことができるのかについて考えるところまでいっておらず、事業参入への関心は高まっていない。県や協議会はロボットに組み込むモーターなど具体的な部品の事例や、参入した場合のメリットを示すことが求められる。
 イノベーション・コースト構想は新年度に産学官連携組織が発足する。南相馬市と浪江町につくられる実験拠点は今年夏ごろ着工、ドローン(小型無人機)などの開発試験ができる施設を整え、2018年度に利用を開始する予定だ。
 被災地の企業にとって、新分野への取り組みは事業進展への手段を多くすることになる。政府と県には、企業が技術力向上や事業化に向けて地力を高めることができるよう環境整備に努めてほしい。
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福島民友 2017年03月09日 08時40分
社説:震災6年 被災地の医療/安心な暮らしへ再構築急げ


 今春には東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示が帰還困難区域を除いて、ほぼ解除される。住民が安心して暮らすことができるよう被災地の医療の再構築を急がなければならない。
 東日本大震災と原発事故前、双葉郡の8町村では病院と診療所、歯科診療所合わせて80施設が診療を行っていた。しかし、いま診療しているのは震災前の約2割に当たる16施設にとどまっている。
 県立大野病院付属ふたば復興診療所(楢葉町)や、富岡町立とみおか診療所、浪江町応急仮設診療所など、自治体が震災後に新しく開設した医療機関もある一方、もともとあった民間の医療機関は、なかなか再開が進んでいない。
 被災地の医療機関の支援に当たっている福島相双復興官民合同チームによると、看護師などスタッフの確保難や、地元にどれほどの住民が戻るのか見通せない中での経営的な不安から再開をためらっている医療機関が多いという。
 医療機関の再開は、住民が帰還する上での大きな判断基準となる。県や合同チームは看護師の育成と求人、中長期的な経営へのアドバイスを強化して、民間機関の再開を後押ししてほしい。
 双葉郡内の病院で唯一、原発事故後も診療を継続してきた広野町の高野病院は、院長が亡くなったため一時常勤医が不在となった。被災地では医師不足が他地域よりも進んでおり、今後も同様のケースが起きないとも限らない。
 双葉郡内では現在、産婦人科や小児科など子育て世代に必要な診療を受けられる医療機関が不足している。人工透析ができる病院もないため、中通りや宮城県内の病院にまで治療に通っている患者もいる。
 県や医師会、福島医大など関係機関には被災地での安定的な医師の確保や、専門的な医療提供に向けた対策を重ねて求めたい。
 郡内では震災後、手術や入院に24時間対応できる2次救急病院もなくなり、いわきや南相馬両市など近隣の病院に頼っている。このため県は、富岡町に2次救急病院「ふたば医療センター(仮称)」を開設する。
 最前線で命を救う拠点であり、来年4月の開設に向けて着実に準備を進めてほしい。
 長期に及ぶ避難生活で体調を崩した住民も多い。住民が健康に暮らしていくためには、身近なかかりつけ医に加え、高度な治療や手術が受けられる医療機関が欠かせない。医療は住民にとって必要な生活基盤の一つであり、最優先で体制の充実を図りたい。
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福島民友 2017年03月08日 08時47分
社説:震災6年 廃炉汚染水/英知集めて険しい山越えよ


 「ようやく登山口にたどり着いた」。東京電力福島第1原発事故の廃炉作業に携わる東電や国、県の現状認識は一致する。
 しかし、登ろうとしている山の高さはまだ見通せず、登るための道具や方法はそろっていない。険しい山を登り、越えていくために国内外の英知を結集して、一歩一歩、着実に目の前にある課題を解決していかなければならない。
 東電は、溶け落ちた核燃料(デブリ)の取り出しの大前提である汚染水対策について「出口が見え始めた」と表現する。
 原子炉建屋に流入する地下水を減らすために設けている凍土遮水壁は海側でほぼ全てが凍結し、いまは山側の凍結を進めている。県によると1日当たりの流入量は156トンまで減ったが、目標とする100トンまでは届いていない。
 凍土壁の効果を確かめながら、地下水バイパスや建屋周辺の井戸「サブドレン」からの地下水くみ上げを組み合わせ最大限の成果を受けるようにすることが肝心だ。
 今後、課題になるのは敷地内に保管されている大量の水の扱いだ。汚染水は浄化施設で62種類の放射性物質を取り除いた後、タンクに保管しているが、トリチウム(三重水素)だけは分離できない。
 国内外の原子力施設ではトリチウムを含む水を基準に沿って放出しており、原子力規制委員会の田中俊一委員長も「薄めて海に放出すべき」との考えを示している。国は処理の仕方を検討しているが、地元漁業者らの理解を得るためには丁寧な説明が欠かせない。
 廃炉作業の最難関はデブリの取り出しだ。東電は、デブリの取り出しに向けて、2号機の格納容器内にロボットなどを投入したが、目標とした圧力容器直下までは進めることができなかった。
 しかし、放射線量が極めて高い場所があることや、デブリが飛び散った可能性があることなど、これまで推定するしか方法がなかった原子炉内部の状況を映像や線量計などで確認できたのは大きな前進といえる。
 ただ、今夏にも予定するデブリの取り出し方法の絞り込みに向けての情報はまだまだ足りない。調査を積み重ねて計画の具体化につなげなくてはならない。
 第1原発の敷地内は建屋付近を除いて放射線対策が進んでおり、特別な装備がなくても作業が行えるようになっている。
 この状況をどれくらいの国民が理解しているだろう。根強く残る風評を拭い去るためにも東電や国は第1原発の様子を適時的確に発信していく必要がある。
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福島民友 2017年03月07日 08時31分
社説:震災6年 風評との闘い/克服へ「日本一」を増やそう


 東京電力福島第1原発事故から続く風評を克服するために「日本一」をもっともっと増やしたい。
 「地道に、真面目に、こつこつと続けてきた。いつも同じ気持ちでお客さまをお迎えしている」
 2017年の「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で総合1位になった石川町母畑温泉「八幡屋」の女将(おかみ)、渡辺和子さんのもてなし方に揺るぎはない。
 36年連続で総合1位を誇る石川県の旅館を抑えての「日本一」は全国でも大きな話題になった。それでも渡辺さんは決して浮かれてはいない。「1位になった旅館の社員として、自分たちも向上しなくてはという意識が高まった」と感想も控えめだ。
 震災と原発事故後、県内を訪れる観光客は大きく落ち込んだが、県の調べによれば、15年には震災前の約9割まで回復している。しかし、教育旅行や外国人旅行者は依然、低水準だ。これらを含めて増やしていくためには「もてなし日本一」の県を、県民一丸となって目指すことが大切だ。
 本県で「日本一」と言えば、日本酒を思い浮かべる県民が多いのではないか。県産清酒は、全国新酒鑑評会で4年連続日本一を達成しており、全国の酒蔵が本県を目標にするまでになっている。
 県酒造組合会長の新城猪之吉さんは本紙の取材に「もちろん5年連続を目指すが、目標はもっと先にある」と話している。こだわるのは県産米を使った酒づくりであり、本当の意味での「地酒」をつくることだ。清酒日本一の向こうには酒米生産を通した本県農業の新しいステージも見えてくる。
 もちろん農業生産者も負けてはいない。昨年の県産モモの東南アジア3カ国(タイ、マレーシア、インドネシア)への輸出量は、都道府県別で「日本一」となった。全体の輸出量も震災と原発事故前の水準を超えた。
 本県のモモは、全国トップの山梨県に次ぐ収穫量を誇っており、「果樹王国ふくしま」を支える大黒柱だ。しかし震災前の主要輸出先だった香港や台湾へのモモの輸出は再開されていない。県産農産物は安全性が厳しくチェックされていることを理解してもらって輸出を必ず再開し、県産モモのシェアを広げなければならない。
 原発事故後、県民は風評と懸命に闘い続けている。日本酒、旅館、モモなど、次々に誕生している「日本一」は、血がにじむような努力の成果である。さまざまな分野で競争が激化する中、容易ではないが、一つでも多くの日本一をつくり風評をはね飛ばしたい。
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福島民友 2017年03月05日 08時37分 2
社説:震災6年 避難指示解除/再建へ大きく確かな一歩を


 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から6年を経て今春、原発事故による避難指示は帰還困難区域を除いて、ほぼ解除される見通しとなった。
 31日に浪江町、川俣町山木屋地区、飯舘村、4月1日に富岡町で居住制限、避難指示解除準備両区域の解除が予定される。これにより避難区域の面積は当初の約3分の1にまで縮小することになる。
 避難指示の解除は大きな節目であり、町や村の再建へ取り組みをスピードアップさせてほしい。
 しかし、立ち向かわなければならない課題はたくさんある。一昨年9月に避難指示が解除された楢葉町ではいまも帰還した住民は1割強にとどまる。昨年6月に解除された葛尾村も1割に届かない状況だ。
 楢葉、葛尾両町村役場によると、住民は古里に戻ることができない理由として、毎日の買い物や医療、教育環境などへの不安を挙げているという。避難指示が解除されても震災前と同じような「日常」を過ごすことができないことが大きな障害となっている。
 ただ、今春、避難指示解除を控える自治体も手をこまねいてはいない。浪江町は昨秋、仮設商店街が開業したほか、今月末には町営診療所が設けられる。飯舘村では復興拠点を兼ねた道の駅が8月にオープン予定だ。川俣町山木屋地区では食堂や日用品店などが入る商業施設が6月、富岡町では複合商業施設が今月末に開設される。
 それぞれの自治体には、これらの施設を核にして生活基盤を拡充し、住民たちが安心して暮らすことができる環境を整えてほしい。もちろん学校の再開や雇用の創出にも取り組まなければならない。
 各自治体が抱える課題は原発事故からの復興だけではない。少子高齢化など県内の他の自治体と同様の課題もある。政府や県は、一人でも多くの人たちが古里に戻ることができるよう支援策を充実させなければならない。
 帰還困難区域の再生も動きだす。政府は5年後をめどに避難指示を解除し、帰還した住民が住むことができるよう「特定復興再生拠点区域」を設けることを盛り込んだ福島復興再生特措法改正案を今国会で成立させる方針だ。
 道路や水道などのインフラ復旧と除染を国費で一体的に進めることができるようになる。浪江町は町内3地区に同区域を設定できるよう政府に求めている。双葉、大熊両町は駅周辺に広範囲での整備を望んでいる。政府は、各町の意向を十分踏まえて、柔軟に対応することが肝要だ。
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福島民報 ( 2017/03/11 09:06)
論説:【震災・原発事故6年】これからが正念場だ(3月11日)


 東日本大震災と東京電力福島第一原発事故という未曽有の複合災害が発生してから丸6年が経過した。県内のほとんどの地域では日常を取り戻しているが、8万人近くに上る避難者の生活再建や避難区域の再生、廃炉をはじめとする原発事故の後始末など課題は依然、山積している。再生・復興は、これからが正念場だ。
 今、最も大切なのは、改めて被災地・被災者の立場で現状を見ることだろう。避難者数一つとっても「ピーク時の半分になった」とみるか、「いまだに8万人もが不自由な生活を強いられている」と捉えるかでは大違いだ。基準値超の放射性物質が検出される農作物や魚介類はゼロになったとはいえ、販路が閉ざされたままでは農家や漁師の生活は成り立たない。明るい材料は前向きに受け止めるとしても、その先にある人々の生活を重ね合わせないと現状を見誤る。
 各地で進められている復旧・復興政策も同様だ。「3・11」以降、国は被災地向けにさまざまな施策を打ち出してきた。ただ、本紙連載「復興を問う」などからは政策・制度が実態に追い付いていなかったり、現実との間にズレが生じていたりする様子がうかがえる。被災地や被災者の状況は年を追うごとに複雑化している。縦割りや前例踏襲の取り組みでは対応が難しい場面も少なくない。政策・制度の不断の検証と見直しは欠かせない。
 被災地や被災者に今、どのような問題や課題が生じ、何が求められているのかをまずは見極める。そこから政策・制度を組み立て直し、発災当初に描いた復興の青写真との整合を図る。いわば「ボトムアップ」型の手法が重要だ。その際、もちろん現場が最優先されるべきであり、「青写真」の見直しもちゅうちょしてはならない。
 震災と原発事故は被災地の時間を20年先に進めたといわれている。人口減、少子高齢化、産業の衰退、医療・福祉の維持・確保の難しさ…。全国の市町村もいずれ一連の課題への対応を迫られる。福島の復興は被災によるマイナスをゼロに戻すだけの取り組みでは不十分であり、地方を再生させるモデルにするとの気構えを持つべきだ。
 「あの日」多くの命を失った。その後も古里に思いを募らせながら大勢の人が亡くなっている。それぞれの地域を再生し、全国に誇れる県土を実現する。それが残されたわれわれの責務であることを胸に刻み、午後2時46分を迎えたい。(早川正也)
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福島民報 2017/03/10 08:52
論説:【帰還困難区域】復興拠点を希望の地に(3月10日)


 東京電力福島第一原発事故後の政府による避難指示が今月から来月にかけて、相次いで解除される。避難指示区域は最も広かった面積の3分の1まで縮小する見通しだが、放射線量が高い帰還困難区域は解除対象ではない。残された地域の長期的な視点での対策が欠かせない。
 政府は帰還困難区域の復興を柱とした「福島復興再生特別措置法改正案」を先月10日に閣議決定し、今国会での成立を目指している。「特定復興再生拠点区域」(復興拠点)の整備を明記したのをはじめ、道路などのインフラ復旧と除染を国費で進め、5年後をめどに住民が暮らせるようにする方針だ。
 帰還困難区域といっても放射線量が一律に高いわけではなく、自然減衰で下がってきた区域もある。復興拠点をつくり地域再生への突破口とする考えは妥当と感じる。
 自治体が策定して提出する復興拠点の整備計画は政府の認定を受けなければならないが、認定基準には「住民帰還の見込み」も含まれる。
 復興庁が昨年11月に公表した双葉町の住民意向調査によると、避難指示解除後の帰還意向は「戻りたい」が13・4%で、前回調査とほぼ横ばいだった。一方で「双葉町とのつながりを保ちたいか」との質問には56・3%が「そう思う」と回答した。古里を離れて暮らす選択を迫られたが、捨てることはできないという苦悩が伝わってくる。
 事故後の6年間の現実を見れば、時間の経過とともに避難者の帰還意欲は低下する傾向がある。「費用対効果」を前面に出し、復興拠点の整備計画を絞り込むようでは本末転倒だ。認定基準の一つである帰還の見込みに縛られず、希望の地となるよう拠点整備に当たるべきではないか。
 元の住民がどれだけ戻ってくるか見通せないならば、廃炉の作業員や研究者らを住民に迎えることもあってしかるべきだ。医療機関や商店などができれば、生活空間が整っていく呼び水となるはずだ。
 復興庁は平成32年度末までに廃止される。帰還困難区域の中に整備された復興拠点の避難指示が解除されるのは5年ほど後になるのだろう。その時、復興をリードすべき組織は決まっていない。
 東日本大震災からあす11日で丸6年。除染とインフラ整備、住民合意などを踏まえれば、やむを得ないとはいえ、5年後はさらに遠い。復興庁の後継組織を議論しつつ、復興拠点の早期整備を図るべきだ。生活圏の環境整備を切れ目なく継続する責任が政府にはある。(浦山文夫)
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福島民報 2017/03/09 09:05
論説:【いわきの沿岸部】進む復興さらに加速を(3月9日)


 東日本大震災から6年を経て、いわき市の沿岸部は復興の姿が見えるようになってきた。津波被災地を中心にした防潮堤整備は新年度にも完了する。高台への集団移転や土地区画整理事業による宅地の引き渡しが進む。新たな道路や施設などにより活気づく期待も膨らむ。水産業や観光業の再生などの課題はあるが、沿岸部の特長と可能性を伸ばせる取り組みを望みたい。
 被災地では防潮堤のかさ上げなどとともに、宅地や道路・水路などが整備され、再び街を形成する基盤ができた。久之浜町は土地区画整理によって2月末までに引き渡された宅地152区画のうち、4分の1近くで住宅などが建ち始めた。昨年は防災機能と交流施設を兼ねた市の支所が開所している。4月には複数の飲食店と生鮮食料品店、美容室などが入る商業施設も誕生し、利便性が増す。
 先月26日に開通した6号国道久之浜バイパスは、再生が進む市街地に面した国道から離れた高台を通る。渋滞の解消などが期待される半面、市街地からにぎわいが遠のくことを心配する声もある。バイパスは海を見下ろす景観の評判がいい。今後、市街地への動線を含め活性化につながる対応が求められる。
 いわきの魅力は、やはり海だ。沿岸部の再生なくしては復興の印象は半減する。その意味で今夏の薄磯海水浴場の再開は朗報だ。震災前、市内で最多の入り込み客があり、夏の観光の要だった。津波で南隣の豊間地区とともに甚大な被害を受けた。かつて民宿や水産業で栄えた地域が、すぐに元通りになるとは思えない。それでも一歩ずつ生業を取り戻そうとする人々の努力を後押しすることは大切だ。
 市は津波被災地での事業再開や雇用を促進する奨励金制度などを設けている。さらに実態に応じた制度の拡充・見直しを図ってほしい。企業などには被災地支援として、地元の民宿、スポーツ施設などを社員の福利厚生に利用することも考えてもらいたい。
 新年度、市は震災メモリアル施設を薄磯地区に整備する計画だ。できれば単なる資料館ではなく、苦難に立ち向かう気持ちを高めるような工夫がほしい。避難所や仮設住宅で聞いて励まされた音楽、郷土愛を感じる映像などを生かすのも一考に値する。
 地元には航海を見守る塩屋埼灯台がそびえ、美空ひばりさんが歌った「みだれ髪」の碑が立つ。アクアマリンふくしまがある小名浜港、道の駅よつくら港などとも結ぶ通年型観光ルートに新たな魅力を加えたい。(浅倉哲也)
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