2017-03-19(Sun)

福島原発事故 賠償判決 (1) 国・東電の責任は当然だ

東電への警告だ 原子力行政に強い警鐘 避難者目線で過失を追及

<各紙社説・主張>
朝日新聞)原発賠償判決 国と東電への警告だ(3/19)
毎日新聞)原発賠償判決 国に対する重い警告だ(3/18)
日本経済新聞)原発事故の過失認めた重み (3/18)
産経新聞)原発避難訴訟 予見判断の混乱危惧する(3/19)

東京新聞)原発避難者訴訟 国・東電の責任は当然だ(3/18)
北海道新聞)「福島」賠償判決 原子力行政に強い警鐘 (3/19)
河北新報)福島原発事故訴訟判決/避難者目線で過失を追及 (3/19)




以下引用



朝日新聞 2017年3月19日(日)付
社説:原発賠償判決 東電への警告だ


 東京電力はもちろん、の原子力行政に厳しく反省を迫り、自覚を促す判決だ。
 福島第一原発の事故で避難生活を余儀なくされた住民が、東電に賠償を求めた集団訴訟で、前橋地裁は両者の責任を認める判決を言い渡した。
 根底に流れるのは、事故が起きれば甚大な被害をもたらす原発を「策民営」で推進してきた以上、事業者ももそうした事態を招かないようにする、極めて重い義務を負うという考えだ。うなずく人は多いだろう。
 一方で、刑事と民事の違いはあるが、東電の元幹部について検察が2度にわたって不起訴にした末に検察審査会が強制起訴の議決をするなど、事故をめぐる法的評価は定まっていない。
 今回と同じような集団訴訟は各地の地裁に起こされている。救済すべき住民の範囲や金額もふくめ、今後の裁判例の集積を注視する必要がある。
 判決を聞いて改めて思うのは、3・11前に関係者全体を覆っていた「慢心」である。
 地裁は、東電は遅くとも02年には大津波を予測できたのに簡便な対策さえ怠った、そしては必要な措置をとるよう東電に命じるべきだったと指摘した。判決には「経済合理性を安全性に優先させた」「国の不合理な態度も東電と同様の非難に値する」といった苦言が並ぶ。
 これは、事故翌年に国会の事故調査委員会が「東電や国がリスクを認識しながら、対応をとっていなかったことが根源的な原因」と指摘したのと重なる。
 にもかかわらず、この津波リスクの扱いについて、東電は今に至るも、きちんとした検証結果を公表していない。
 事故を防ぐには、いつ、だれが、どのような判断をすべきだったのか。いかなる組織だったらその判断が通ったのか。こうしたことを調べ、考え、他の事業者にも伝える。事故を起こした当事者が負う当然の責任を、東電は果たさねばならない。
 国の姿勢も問われる。
 原子力規制委員会ができて、態勢は強化された。だが近年、原発立地近くの活断層の認定や基準地震動の設定をめぐり、電力会社側が抵抗しているようにみえる場面が散見される。
 事業者優位といわれ続けてきた関係を脱し、新たな知見に基づき、迅速に対応させる。今回の判決を、規制業務のあり方を点検する機会にしてほしい。
 安倍首相はことしの東日本大震災の追悼式の式辞で、「原発事故」の言葉を使わなかった。だが、掘り下げるべき課題は、たくさん残ったままである。
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毎日新聞2017年3月18日 東京朝刊
社説:原発賠償判決 国に対する重い警告だ


 原子力政策における国の責任は極めて重い。司法からのそうした警告と受け止めるべきだ。
 東京電力福島第1原発事故によって避難した住民が東電と国に損害賠償を求めた集団訴訟で、前橋地裁が両者に、住民62人に3855万円を支払うよう命じた。司法が原発事故で初めて国の過失責任を認定した。
 この訴訟は、東電が津波を予測できたのか、国が東電に安全対策を取るよう規制権限を行使すべきだったのかが最大の争点だった。
 原告側が津波襲来を予見できた端緒として着目したのは、政府が2002年に公表した長期評価だ。三陸沖北部から房総沖でマグニチュード8クラスの地震が「30年以内に20%程度の確率」で発生するというものだった。
 東電は08年、この評価を基に福島第1原発で最大15・7メートルの津波を予測した。11年に実際に襲った津波は15・5メートルだった。長期評価や具体的な予測を踏まえ、東電が津波対策に取り組んでいれば事故は防げたというのが原告の主張だ。
 前橋地裁はその訴えをほぼ認め、東電は津波を予見できていたのに対策を怠り、安全性よりコストを優先したと厳しく批判した。
 国に対しても東電と同様に厳しい目を向けた。原発事故は取り返しのつかない被害を広域で生じさせる。東電の津波対策が十分に行われない状況だったのに規制権限を行使しなかったことは、原子炉等規制法などの趣旨に照らして著しく合理性を欠くとした。国の責任が東電と比べ劣らないとして、賠償額を同等と算定した意味も大きい。
 一方で判決は、個々の避難者への賠償については総じて厳しく認定した。東電から既に支払われた賠償金を差し引いたため、認容額は請求を大幅に下回った。
 原告は福島県から群馬県に避難した住民たちだ。「ふるさとや仕事を失うなど、甚大な精神的苦痛を受けた」として、自主避難者も含め慰謝料など一律1100万円の賠償を求めていた。多くの原告住民にとっては不満が残る内容だろう。
 同様の訴訟は全国で約30件あり、原告住民は約1万2000人に上る。今後も各地で判決が言い渡される。
 なぜ事故を防げなかったのか。責任はどこにあるのか。今も多くの国民が疑問に思っていることだろう。
 だが、政府や国会の事故調査委員会は解散し、事故原因の究明作業は止まっている。原子力災害の総括は不十分なままだ。
 原発事故がひとたび起これば、その影響は重大、過酷なものになるからこそ、原因究明をないがしろにしてはならない。
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日本経済新聞 2017/3/18付
社説:原発事故の過失認めた重み


 東京電力福島第1原発の事故で、福島県から群馬県に避難した住民らが「生活基盤を失い、精神的苦痛を受けた」などとして国と東京電力を相手に損害賠償を求めていた集団訴訟の判決が、前橋地裁であった。
 地裁は「国や東電は巨大津波の到来を予見することができ、事故を防げた」と指摘し、両者に賠償を命じた。事故をめぐる一連の裁判のなかで国や東電の過失が認められたのは初めてのことだ。
 従来の司法判断の流れからみれば大きく踏み込んでおり、唐突な印象も否めない。だが、つねに万一の事態を想定し、安全を確保するための備えを尽くすべきだとする裁判所の考えが明確に示されたことの意味は、重い。
 2002年に巨大地震発生の可能性を示す長期評価が出され、国と東電は津波が来ると想定できた。それを受け国は東電に対策を命じる権限があったのに、怠った。判決はそう結論づけた。
 国や電力会社は指摘を真摯に受け止め、原発の周辺住民に対する避難計画の策定といった安全対策に生かしていく必要がある。
 原発事故の避難者には、学識経験者らでつくる原子力損害賠償紛争審査会による指針にもとづいて、賠償が行われてきた。
 だが事故から6年たったいまもなお、多くの人が福島をはなれて暮らしている。今回の判決は、国や東電の対応に納得しきれないままたくさんの人たちが避難生活を余儀なくされている現状を、改めて示したといえる。
 今回の訴訟と同じような形で損害賠償などを求める訴訟は、全国各地で30件ほどが争われているという。強制起訴された東電の旧経営陣らに対する刑事責任の追及も今後、始まる。
 各地の原発の再稼働をめぐっても依然、様々な議論が続く。安全性をめぐる国民の不安は払拭されていないままだ。
 今回の判決はこうした動きに影響を与えることも考えられる。事態を注視していく必要がある。
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産経新聞 2017.3.19 05:01
【主張】原発避難訴訟 予見判断の混乱危惧する


 東日本大震災に伴う福島第1原発事故の影響で福島県から群馬県などに避難した住民らが、国と東京電力に損害賠償を求めた訴訟で、前橋地裁は「原発事故の予見や回避は可能だった」として両者に賠償を命じた。
 福島第1原発事故をめぐり国や東電の過失が裁判で認められたのは、これが初めてとされる。
 刑事訴訟では東電の旧経営陣3人が業務上過失致死傷罪で起訴され、東京地検は2度にわたり「事故の予見や回避は困難だった」と不起訴処分とし、検察審査会によって強制起訴された。
 検察当局が認めなかった予見や回避の可能性を、裁判所が認定したことになる。この「ねじれ判断」は、混乱を招かないか。
 全国に避難した住民らによる約30件の同種の集団訴訟で、これが最初の判決となる。今後は各地裁が個別に判断を下す。
 前橋地裁の判断が同種の訴訟や刑事裁判にどのように影響するかは未知数である。それぞれ異なった判断が出れば、混乱はさらに深まるだろう。
 判決は、平成14年7月に国の地震調査研究推進本部が策定した長期評価で「三陸沖北部から房総沖の日本海溝でマグニチュード(M)8クラスの津波地震が30年以内に20%程度の確率で発生する」と推定したことなどを根拠に、巨大津波を予見することが可能だったとした。
 国と東電は「長期評価は実証性を欠く仮説で、政府の中央防災会議でも採用していない」などと反論していたが、退けられた。
 原発事故により避難生活を余儀なくされた人々の苦難は、想像に余りある。避難先での原発いじめの頻発も明らかになった。深刻な事故を、なんとしても防いでほしかったのはもちろんだ。
 一方で、「3・11」が想定を大きく上回る巨大地震であったことも事実である。判決は、東日本大震災をこう表現した。「複数の震源域がそれぞれ連動して発生したM9・0の我が国で観測された最大の規模の地震である。本件地震に伴い発生した津波は、世界観測史上4番目、日本観測史上最大規模のものであった」
 未曽有の自然災害に対抗するには、政府や企業、国民が団結するしかない。裁判所の判断のねじれや揺らぎが分断に結びつくことを、何よりも危惧する。
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東京新聞 2017年3月18日
【社説】原発避難者訴訟 国・東電の責任は当然だ


 原発事故によって平穏に生きる権利を侵された。そう避難者が慰謝料を求めた裁判で前橋地裁判決は国と東京電力の過失を明白に認めた。生活は戻らない。原発の再稼働を急がず立ち止まるべきだ。
 どこに住むのか、どんな仕事を選ぶのか、人には自分の人生を決める権利がある。しかし原発事故でもたらされた放射能の恐怖や不安がそれをかなわなくする。
 「原発事故のために穏やかに生きることができなくなった」と国と東電の責任を正面から問うた裁判だった。
 判決は原発の電源を喪失させる大規模な津波発生など、事故を予見しながら適切な対策を怠った東電と、原発事業に対して適切に規制権限を行使しなかった国の責任を全面的に認めた。各地では約三十の同種の裁判が争われている。
 争点の一つは、原発の敷地地盤面を超え、非常用電源を浸水させるほどの巨大津波の発生を予見できたかどうかにあった。
 判決は「地震、津波は予見できた」と認めた。被害を防ぐ措置についても「一年でできる電源車の高台配備やケーブルの敷設という暫定的対策さえ行わなかった」と東電の対応のずさんさを断じ、「経済的合理性を安全性に優先させたと評されてもやむをえない」などと強い言葉で表した。
 原発事業の規制を担う国に対しては「東電に対して技術基準適合命令など規制権限を行使すべきで、権限を行使していれば事故は防げた」と、不適切な行政が事故を招いたことを認めた。
 慰謝料の算定で問題になってきたのが国の原子力損害賠償紛争審査会が決めた中間指針である。裁判では指針を上回る賠償が認められるのかどうかが注目された。
 判決は国と東電の過失は認めたものの指針の合理性を認めており、賠償額は低い。指針より上積みされた人がいる一方、半数が棄却されたのは残念である。
 原発事故がもたらした放射能汚染は甚大で、国が線引きした避難区域の内と外でその被害は本質的に違いはない。
 にもかかわらず、区域外の被害者にまともな賠償が行われないのは差別である。指針は是正されるべきである。
 原発事故は国策が招いた人災である。政府は原発回帰を強め各地で再稼働を進めているが、事故がひとたび起きればその被害は償い切れない。この判決を重く受けとめ、一刻も早い被害の回復にこそ努めるべきだ。
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北海道新聞 2017/03/19 08:55
社説:「福島」賠償判決 原子力行政に強い警鐘


 巨大津波は予見できた。なのに東京電力も国も無策だった。判決はこう断じた。
 東京電力福島第1原発事故の影響で福島県から群馬県などに避難している住民らが、国と東電に損害賠償を求めた訴訟で、前橋地裁は両者の賠償責任を認める判断を下した。
 安全対策を怠った東電はもちろん、監督権限があるのに東電に効果的な対策を求めなかった国の責任にも踏み込んだ。
 東電と国の法的責任を明確にした画期的な判断である。原子力行政が過酷事故を防ぎ切れない現実に強い警鐘を鳴らした。
 菅義偉官房長官は、判決が今後の原発政策に与える影響は「ないと思う」と述べたが、同種の集団訴訟はほかに、札幌地裁を含め約30件ある。
 政府は判決を重く受け止める必要がある。原子力政策をあらためて点検し、脱原発への道を探るのが福島の教訓を生かす道だろう。
 今回の訴訟の最大の焦点は、巨大津波の予見可能性だった。
 ポイントとなったのは、「マグニチュード8級の津波地震が30年以内に20%程度の確率で発生する」とした、政府の地震調査研究推進本部による2002年の長期評価である。
 国と東電は長期評価自体を「科学的に確立した知見ではなかった」と主張していた。
 しかし判決は、東電が08年、15メートル級の津波が起こって原発建屋が浸水すると予想していたと指摘し、国と東電の主張を一蹴した。
 その上で、東電が安全より経済的合理性を優先させたことは「特に非難に値する」と指摘し、国が東電に規制権限を行使しなかったことも「違法」とした。
 注目すべきは、国の責任について判決が「東電に対して補完的なもの」とはいえないと指摘したことである。国はその重さを強く自覚しなければならない。
 気になるのは、賠償が認められたのが原告137人のうち62人にとどまり、額も請求とはかけ離れたことである。
 判決は、平穏に暮らす権利がどれほど侵害されたかを、個々に検討して決めたとする。原告に避難指示区域内からの避難者と、同区域外からの自主避難者がいるという事情もある。
 ただ、避難指示区域の内外を問わず、原発事故によって地元を離れざるを得なかった事実は動かない。救済の範囲をもっと広げるべきだったのではないか。
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河北新報 2017年03月19日日曜日
社説:福島原発事故訴訟判決/避難者目線で過失を追及


 平穏な生活を破壊された原告の心情を思いやれば、国と東京電力の過失責任は当然至極かもしれないが、司法の場ではっきりと認められた意義はやはり大きい。
 6年前の福島第1原発事故によって福島県から群馬県などに避難した137人が、国と東電の責任を追及した訴訟で、前橋地裁が計約3900万円の損害賠償を認める判決を言い渡した。
 この裁判で最大の争点になったのは、原子炉3基の同時メルトダウン(炉心溶融)という、かつてない原子力災害をもたらした原因。
 事故直後、「想定外」という言葉によって対策を取りようがない天災だったかのような言い訳がはびこったが、地裁は「予見は可能だった」と一蹴。「経済合理性を安全性に優先させた」と東電を強く批判した。「行使すべき権限を行使しなかった」と国に対しても違法性を認定した。
 「安全優先」は名ばかりであり、実は安全性がないがしろにされていたことは国会が設置した原発事故調査委員会も指摘していた。今回の判決も同様の判断を示した。
 かつての原発訴訟で裁判所は、国などの主張に深く立ち入らないで同調するケースが多かったが、安全の中身を具体的に評価しなければ司法の責務の放棄に等しい。
 安全性の実質を見極め、どこまで真剣に取り組んだのかを追究する姿勢は、今後も切実に求められている。
 予見可能性の判断に当たって前橋地裁が重視したのが、地震調査研究推進本部による2002年の長期評価。三陸沖から房総沖にかけて、マグニチュード(M)8クラスの津波を起こす地震が起きる確率は「今後30年以内で20%程度」とみなされた。
 つまり東日本大震災の震源域に相当するエリア。長期評価で予見が可能になり、被災を避ける対策を取る必要に迫られたのに「1年で実施可能な電源車高台配備などの暫定的な対策さえ取らなかった」と判決は指摘した。
 東電の怠慢ぶりは「特に非難に値する事実がある」とまで厳しく批判されたが、避難者も同じ思いだろう。
 原発事故の結果に対し、誰が責任を負うべきか。東電はもちろん、原子力を推進し続けた国も免れようがない。東電と国は補償や賠償を行ってきたものの、その一方では、結果をもたらした直接的な原因と法的な責任は不明確なままだったきらいがある。
 司法の場で不法行為と損害賠償の責任を問い、だれがその責任を負うべきか、いずれはっきりさせなければならないことだった。
 原発事故から6年がすぎてもなお、8万人近くが避難生活を送っている。生活再建にはまだまだ困難が伴う。事故を引き起こした原因も東電と国にあると明確に認める司法判断が定着すれば、被災者の大きな支えになるはずだ。
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