2017-07-08(Sat)

公文書保存期間 基準明確化へ ガイドライン見直し

政権の勝手は許されぬ 公文書管理 抜け穴許さぬ法改正を 公務員はだれのために

◇「個人的メモ」増え骨抜きの恐れ 公文書廃棄基準見直し
----行政文書の保存期間を各省庁が判断する際の基準となるガイドライン(指針)が見直される。各省庁の裁量を制限し、安易な廃棄を防ぐ方向だが、政府内には、公開の対象となる行政文書の範囲自体を狭めようとする声もあり、「骨抜き」への懸念が残る。
(朝日新聞 2017年7月8日04時56分)

<各紙社説>
朝日新聞)加計文書問題 政権の勝手は許されぬ(7/8)
毎日新聞)安倍政権と官僚組織 過剰な情報統制をただせ(7/5)
北海道新聞)公文書管理 抜け穴許さぬ法改正を (7/3)
朝日新聞)憲法70年 公務員はだれのために(6/25)
東京新聞)週のはじめに考える 政治家と官僚と国民と(6/25)
信濃毎日新聞)あすへのとびら 日本の公文書管理 「由らしむべし」が脈々と(6/25)
高知新聞)【文書管理見直し】後ろ向きは許されない(6/25)




以下引用

NHK 7月7日 22時20分
公文書保存期間 基準明確化ガイドライン見直し
政府は大阪・豊中市の国有地売却をめぐる交渉記録を財務省が廃棄したことなどを踏まえ、公文書管理の適正化に向けて、どのような文書を1年未満の保存期間とするのか、基準明確化することなどを盛り込んだガイドライン見直しの考え方を示しました。
政府は大阪・豊中市の国有地売却や国家戦略特区での獣医学部の新設をめぐって、公文書管理の在り方が議論となったことなどを踏まえ、管理の適正化に向けてガイドラインを見直す方針で、7日に開かれた有識者でつくる公文書管理委員会の会合で、見直しの考え方を示しました。
 それによりますと、大阪・豊中市の国有地売却をめぐる交渉記録を財務省が、保存期間を1年未満とする省の規則にしたがって廃棄したことなどを踏まえ、どのような文書を1年未満の保存期間とするのか、基準明確化するとともに、特に重要または特別な文書については1年以上保存するとしています。
 また、歴史的な価値を有するものとして、国立公文書館に移して永久保存する文書の選別基準をより明確化するとしています。
 これに対し、有識者からは、国家戦略特区での獣医学部新設をめぐって、議論になったメールなどの電子データのうち、どこまでを一定期間の保存が義務づけられる行政文書として認定するか、検討を進めるべきだなどといった意見が出されました。
 政府は、公文書管理委員会での議論を踏まえて、ことし中にガイドラインを改正し、各府省庁に示すことにしています。


朝日新聞 2017年7月8日04時56分
「個人的メモ」増え骨抜きの恐れ 公文書廃棄基準見直し
行政文書の管理が問われる発言が相次いだ
 行政文書の保存期間を各省庁が判断する際の基準となるガイドライン(指針)が見直される。各省庁の裁量を制限し、安易な廃棄を防ぐ方向だが、政府内には、公開の対象となる行政文書の範囲自体を狭めようとする声もあり、「骨抜き」への懸念が残る。
 「公文書管理制度は健全な民主主義の根幹を支える基盤。各省庁の公文書管理の質を高める不断の取り組みが重要だ」
 7日に開かれた内閣府の公文書管理委員会で、長坂康正政務官は指針を改正する意義を強調した。
 2011年に施行された公文書管理法は5年後をめどに指針を見直すよう促しており、内閣府は今年初めから検討を始めていた。
 現在の指針は、行政文書の種類や性格で保存期間を定めている。ただ、分類できない文書については省庁の判断に委ねられ、役所が都合の悪い文書を廃棄できるとの見方も根強くある。
 実際、財務省は、学校法人「森友学園」への国有地の売却の過程の記録について、廃棄が容易な「1年未満」に分類。「売買契約後、すみやかに廃棄した」と説明し、「やりとりを検証できなくなった」と国会で激しく批判された。
 公文書管理委員会は「1年未満」として扱える文書の具体例も示す方針だ。
 「1年未満」の文書を廃棄する際の判断も、これまでは各省庁の担当課任せだったが、今後は責任者を明確にする方向。南スーダンの国連平和維持活動(PKO)の日報問題で、「1年未満」として廃棄したと説明していた文書が後に見つかり、廃棄の責任の所在があいまいと批判されたことをふまえる。
 ただ、政府内には、行政文書自体を狭く位置づけようとする動きもある。
 加計学園の問題に関連し、菅義偉官房長官は、文部科学省の職員が作ったメモを当初、「怪文書」扱いし、7日の記者会見でも「政務三役が誰も知らない文書だった。(行政文書は)精査したものであるべきだったのでは」と述べ、職員の個人的なメモと行政文書を明確に区別すべきだとの考えを示唆した。
 公文書管理法は行政文書について、「行政機関の職員が職務上作成、取得した文書で、当該行政機関が組織的に用いるものとして、保有しているもの」と規定している。対象外の「メモ」扱いされる文書が増えた場合、今回の指針見直しの意義は大きく損なわれる。(平林大輔)


朝日新聞 2017年7月8日05時00分
公文書廃棄指針、見直しへ 保存「1年未満」縮小 内閣府管理委
 内閣府の公文書管理委員会は7日、行政文書の廃棄ルールを明確化する方針を固めた。学校法人「森友学園」への国有地売却の経緯を記した行政文書について、財務省は厳格な管理ルールがない「保存期間1年未満」に分類し、簡単に処分した。省庁の恣意(しい)的な判断を減らすため、公文書管理法のガイドライン(指針)を年内にも見直す。▼4面=文書公開「骨抜き」懸念、12面=社説
 有識者による委員会の7日の会合で、内閣府が指針の見直しの方向性を示し、委員が大筋で合意した。
 行政文書は現在、指針が定める種類や性格に沿って各省庁がそれぞれ文書管理規則を設け、保存期間を定めている。分類しきれない文書の扱いは、省庁の裁量に委ねられており、官僚の「フリーハンド」(公文書管理委員の三宅弘弁護士)と批判されている。
 見直しは、重要度が低いとして保存期間を「1年未満」に分類する文書を極力減らすことが柱。森友問題や南スーダンの国連平和維持活動(PKO)の日報問題を念頭に、「政策の企画・立案から実施の過程で国民に説明する責務を全うするために必要」な文書は、「1年未満」としないようにする方向だ。
 保存期間が1年以上の文書であれば、文書のファイル管理簿に載り、廃棄する際も首相の同意が必要になるため、こうした縛りの対象を増やすねらいがある。
 委員会は今後、指針の具体的な改定内容を検討し、年内に決める。これをふまえ、各省庁は行政文書の管理規則を見直す。(平林大輔)


毎日新聞2017年7月8日 東京朝刊
公文書:廃棄可能の範囲明確に 保存1年未満 管理、政府検討
 学校法人「森友学園」への国有地の格安な売却を巡る交渉記録を近畿財務局が廃棄した問題などを受け、有識者で構成する内閣府の公文書管理委員会(委員長・宇賀克也東京大教授)は7日、省庁の担当部署の判断だけで廃棄できる「保存期間1年未満」の行政文書の範囲を明確にし、必要な文書が捨てられないようにする検討を始めた。政府は公文書管理法に基づいて定められたガイドラインの年内改正を目指している。
 政府のガイドラインやそれに基づく各省庁の規則に沿って、省庁は行政文書の保存期間を原則1~30年と決めており、文書を廃棄する場合は内閣府のチェックを受けなければならない。ところが、ガイドラインや規則が示す文書に当てはまらないとして、省庁が保存期間を1年未満とした文書は、例外的に省庁の担当部署の判断で処分できる。
 財務省は、森友学園との交渉記録が残っていない理由について、保存期間が「1年未満」だったとし、売買契約成立後に廃棄したと国会で答弁していた。
 政府はこの日、公文書管理委員会に対して(1)1年未満の保存期間設定が許容される行政文書の範囲(2)通常は1年未満の保存となるものでも、重要・特別なものは1年以上の保存期間にすること(3)1年未満で廃棄する場合の責任の所在--などの明確化を検討するよう提案した。【青島顕】
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 ■解説
時間かけて調査・議論を
 保存期間1年未満の行政文書は、公文書管理法の枠組みから外れた「その他の文書」のような存在だ。文書リストにも載らず、内閣府のチェックを受けずに廃棄できる。森友学園の交渉記録や、南スーダンPKOに派遣された陸上自衛隊の日報が「1年未満」の文書だったことが明らかになるまで、ほとんど知られていなかった。公文書管理委員会委員長代理の三宅弘弁護士も「委員会でチェックした記憶がない」と話す。
 範囲を明確にするには、実際にどのような文書が1年未満になっているのか実態を知ることが必要だが、内閣府によると、量も含めて把握できていないという。
 委員会は秋ごろまでにガイドライン改正案を作るというが、膨大で種類もまちまちだとみられる「1年未満」文書の実態を短期間で把握するのは難しい。必要な文書が捨てられないようにするという目的のためには、十分に時間をかけた調査と議論が必要なのではないか。【青島顕】


時事通信 (2017/07/07-20:54)
短期保存文書の扱いに基準=「森友」問題が教訓-公文書管理委
 内閣府の公文書管理委員会(委員長・宇賀克也東大院教授)は7日、東京都内で会合を開き、各省庁の判断に委ねられている保存期間1年未満の行政文書の取り扱いについて、統一的な基準を年内に策定する方針を確認した。
 同委員会は、学校法人「森友学園」への国有地売却をめぐり、財務省が交渉記録を廃棄したとして詳しい説明を拒んだことを問題視。恣意(しい)的な廃棄を許さない仕組みが必要と判断した。

【共同通信】 2017年 07月 7日 21:10 JST
公文書ガイドライン検証へ
 有識者でつくる政府の公文書管理委員会は7日、中央省庁合同庁舎で会合を開き、現行の公文書管理のガイドラインが適切か検証作業を始めた。公文書を巡っては、個人的なメモとの線引きのあいまいさが学校法人「加計学園」問題で指摘されたばかり。政府は結果を踏まえ、年内にガイドラインを見直す方針だ。
 会合では、南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報問題や学校法人「森友学園」問題でも注目された公文書の保存期間について、「1年未満」と短く設定する場合の基準を明記できるか検討すると確認した。

東京新聞 2017年7月6日 朝刊
公文書館の研修受講率2%強 省庁で続くずさんな文書管理
 公文書のずさんな管理が問題になる中、全省庁を対象にした国立公文書館の研修受講率が2%強しかないことが分かった。各省庁でも独自に研修を行っているものの、防衛省や財務省などで公文書隠しとも言える事例が相次ぐ。専門家は「公文書管理への意識の低さが一連の問題の背景にあり、再発防止に向け受講率を上げるべきだ」と指摘している。 (桐山純平)
 国立公文書館の研修は、各省庁で管理責任者となる課長や室長などが対象。公文書館の職員や外部の有識者らが、文書管理の実務のほか歴史文書を保存することの意義などを教える。文書管理の初任者向け講習のほか、歴史文書保存に必要な知識を習得する専門家養成の講座もある。
 二〇一一年に施行された公文書管理法は、歴史文書への意識改革を図るため研修の実施を義務付けた。だが、二〇一五年度は、全体の受講対象二万三千九百四十一人のうち、実際に受けたのは2・7%の六百三十九人のみ。法律の施行以来、受講率は2%前後と低い水準のままだ。
 低い受講率の理由について、内閣府公文書管理課は「講師、受講者ともに通常業務があり、研修の日程に制約がある」と説明。さらに研修の実施と違って、職員の受講は法律で義務化されていないことも影響していると推測する。
 一方、公文書館に加えて、法律は各役所での研修実施も義務付けており、省庁の研修は一五年度で二万一千七百一回行われた。しかし、そのうち八割近くに当たる一万七千百七十回を実施した防衛省では、南スーダン国連平和維持活動の日報管理で問題が発覚している。同省は「日報の調査結果で、改善すべき点があれば取り組みたい」と話す。財務省も一五年度は研修を五百十九回実施している。
 政府の公文書管理委員会で委員長代理を務める三宅弘弁護士は「一連の問題から省庁での研修が内容をともなっているかは疑問だ。専門的な公文書館の研修をより活用することを検討すべきだ」と指摘している。

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朝日新聞 2017年7月8日05時00分
(社説)加計文書問題 政権の勝手は許されぬ


 公文書の扱いをめぐって、本来ゆくべき道の正反対をゆく、安倍政権の振る舞いである。
 国家戦略特区を使った獣医学部の新設が加計学園に絞られた経緯について、内閣府は「内部の議論だったので記録はとっていない」と民進党に答えた。
 信じられない話だ。口頭による報告と協議だけで、こんな重要な問題を決めたというのか。
 そればかりではない。
 文部科学省で見つかった「総理のご意向」文書などに対応する記録に関しても、内閣府は「存在しない」と言い続けている。「関係省庁や自治体との打ち合わせが極めて多く、多忙」と説明し、記録の欠如も当然といわんばかりの態度だ。
 あれもない。これもない。本当にそうならば、明らかに法令の趣旨に反する。
 国が持つ情報は、現在、そして未来の主権者のものだ。国民とその代表者はそこから経緯や教訓を知り、学び、めざす社会の姿を考える。公文書管理と情報公開が民主主義を支える車の両輪と言われるゆえんだ。
 だから公文書管理法は「国の意思決定の過程を後からチェックできるようにしなければならない」と公務員に義務づけ、それを踏まえたガイドラインも制定されている。つくったのは他ならぬ内閣府である。
 しかし現政権は、こうした道理をまったく理解しない。
 菅官房長官は、文科省で見つかった文書を「個人メモ」と決めつけ、各府省の文書管理規則の見直しに言及。これを受ける形で、松野文科相は「個人メモが省内のフォルダーやメールで共有され流出した」などとして事務次官らを厳重注意した。
 要は公文書の範囲を極力狭くとらえ、政権にとって不都合なものは職員個人の責任に押しつけ、存在しなかったことにしようという話ではないか。
 メモが公文書にあたるか否かは、それが作られた背景や利用状況から判断されるべきだ。今回の文科省の文書は上司への報告に使われるなどしており、公文書とみなすのが当然だ。
 このような政権の勝手を許せば、「きれいな記録」だけが残ることになり、公文書管理制度は骨抜きになってしまう。
 識者でつくる内閣府の公文書管理委員会がきのう開かれた。以前から予定されていたものだが、PKO日報、森友学園、加計学園と問題が続出したのを踏まえ、ガイドラインを明確・強化することが話し合われた。
 一連の経緯からくむべき教訓は多い。それを正しく生かすことが、委員会の使命である。
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毎日新聞2017年7月5日 東京朝刊
社説:安倍政権と官僚組織 過剰な情報統制をただせ


 東京都議選での自民党敗北の一因は、官僚組織に対する安倍政権の過剰な情報統制と見られている。
 政権に不都合な文書の存在を認めない。確認されると内容がうそだと言う。さらに都合の悪い情報に「守秘義務」の網をかぶせようとする。
 安倍晋三首相が「反省」を口にするなら、こうした「政と官」のゆがみを正さなければならない。10日に行われる予定の閉会中審査でまずそれが試される。
 学校法人「加計学園」の獣医学部新設に絡み、萩生田光一官房副長官が、文部科学省幹部に手続きを急ぐよう迫ったことを示す文書が判明した。その後、萩生田氏は「正確性を欠いたものとのおわびが文科省からあった。強い憤りを感じている」とコメントし、官僚批判を展開した。
 全体の奉仕者である公務員は、政治家とは立場が異なる。官僚作成の文書が政治家の意のままにならなくてもおかしくはない。
 不都合な内容だからといって政治家が一方的に官僚を攻撃するのは身勝手ではないか。
 これに先立って、義家弘介副文科相が、国家公務員法(守秘義務)違反を持ち出して、職員をけん制するかのような発言をしたのも不見識だった。「総理のご意向」と書かれた文書の存在を告発した職員が公益通報者に当たるかを国会で質問された際の発言だ。
 組織の不正を告発する手続きなどを定めた公益通報の制度と、守秘義務違反は、全く別の問題であり、論点のすり替えと言うしかない。
 刑罰もある守秘義務違反を問うハードルは高い。最高裁の判例では、罪が成立するのは、保護に値する秘密情報を漏らした場合だけだ。国家戦略特区をめぐる議論の過程は秘密ではないはずだ。
 一方、公益通報者保護法は、通報対象を刑事罰がある刑法など460の法律違反に限定している。それでも法律違反に限らず通報対象を幅広くとらえるのが法の精神だ。公文書の作成や公益通報など広く公共の利益にかかわる問題への政権の感度が問われている。
 萩生田氏は内閣人事局長として、今夏の官僚人事にもかかわっている。人事権によって行政をゆがめることは許されない。
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北海道新聞 2017/07/03 08:55
社説:公文書管理 抜け穴許さぬ法改正を


 国政への信頼を高めるには政策決定過程の透明化が欠かせない。
 だから、公文書管理法は公文書を「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」と位置付け、国に保存を義務付けている。
 情報公開法と併せ、国民と行政を結びつける車の両輪だ。
 ところが、その精神がないがしろにされている。
 財務省は、学校法人森友学園への国有地売却の記録について、保存期間を「1年未満」と定めた。既に廃棄したという。
 加計(かけ)学園の問題でも、政府は文部科学省にあった文書は「個人メモ」であり、本来は公開の義務がなかったと主張している。
 知る権利を保障する法律が骨抜きにされては、民主主義が成り立たない。政府は「1年未満」などの抜け穴をふさぐ法改正に早急に取り組むべきである。
 公文書管理法は各省庁に文書管理規則を設け、文書の種類ごとに保存期間を定めるよう求めた。1年以上なら文書管理簿に記載され、廃棄に首相の同意が必要だ。
 しかし1年未満なら管理簿に載らず、自由に廃棄できる。何が1年未満かの明確な基準もない。
 南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣した陸上自衛隊の日報も防衛省は当初、1年未満を理由に廃棄したと言っていた。
 どんな文書が作られ、廃棄されたかが分からない、ブラックボックスのような規定である。
 国民に知られたくない事実を「なかったこと」にできる仕組みとも言えよう。「1年未満の保存」を、「未満ならいつでも廃棄できる」と読み替える。官僚がよく使う手だ。
 行政文書の定義も、都合よく解釈している。公文書管理法と情報公開法が「組織的に用いるもの」としていることを根拠に、ここでも職員が個人的に作成したメモは公開しなくていいと読み替えた。
 加計問題で萩生田光一官房副長官の発言を巡る文科省の文書も、作成した職員は個人メモとの認識で、誤って職場の共有フォルダに入れた。これが政府の説明だ。
 だが、一般に政治家の口利きなど国民が見過ごせない重要な記録ほど、官僚は公開を恐れ個人メモにとどめる傾向があるとされる。
 「組織的」の規定を撤廃し、あらゆる文書を公開対象とすれば、行政に対する政治家の不当な介入を抑止する効果もあるだろう。
 公文書は、後世に伝える歴史の記録にもなる。制度に不備があれば改めるのは当然である。
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朝日新聞 2017年6月25日05時00分
(社説)憲法70年 公務員はだれのために


 公務員はだれのために働いているのか。そう嘆かざるをえないできごとが相次いでいる。
 安倍首相の妻昭恵氏が名誉校長としてかかわった森友学園への国有地売却で、財務省が異例の対応をしていた実態を示す資料が次々と明らかになった。
 首相の友人が理事長を務める加計学園の獣医学部新設計画では、内閣府が「総理のご意向」だとして文部科学省に手続きを促していたとする内部文書が判明した。
 公平、中立であるべき公務員の姿が大きく揺らいでいる。
 ■「全体の奉仕者」に
 明治憲法下における「天皇の官吏」は、新憲法のもとで、主権者である国民のために働く公務員へと大きく転換した。
 憲法15条が「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」と定めるのは、その宣言である。
 戦後70年余、多くの官僚の働きが日本を支えてきたことは確かだ。だが、官僚機構が総体として「全体の奉仕者」の使命を果たしてきたかといえば、必ずしもそうとは言えない。
 戦前の官僚主導の行政機構は戦後も温存された。占領当局が日本統治にあたり、国内事情を熟知する官僚に依存したこと、多くの政治家が公職追放を受けたことなどが背景にある。
 官僚が族議員の力を借り、省益や業界益の実現を図る。そんな政官のもちつもたれつの関係が成立した時代もあった。
 しかし政官の癒着やタテ割り行政のひずみが広がり、経済成長の鈍化も加わって、政治主導によるトップダウンの政策決定がめざされるようになった。安倍政権が2014年に内閣人事局を設置したのも、1980年代末からの一連の政治改革の延長線上にある。
 ■内閣人事局の副作用
 内閣人事局の設置で、中央官庁で働く約4万人の国家公務員のうち、事務次官や局長ら約600人の人事に首相や官房長官が直接かかわるようになった。
 それにより首相官邸が官僚機構の人事権を掌握したが、現状は副作用も大きい。
 多くの官僚が、官邸の不興を買うことを恐れ萎縮している。「官邸の意向」を過度に忖度(そんたく)し、「時の権力への奉仕者」と化してしまってはいないか。
 元自治省課長で総務相もつとめた片山善博・早稲田大教授は「今の霞が関は『物言えば唇寒し』の状況。内閣人事局発足以降、この風潮が強まっている」と朝日新聞に語っている。
 もちろんすべての官僚をひとくくりにはできない。加計問題で、「怪文書」と断じた政権に追従せず、「総理のご意向」文書の存在を証言した文科省職員らを忘れるわけにはいかない。
 とはいえ、衆参で与党が圧倒的多数の議席を占める「安倍1強」のもとで、国会による政権の監視が弱まり、立法府と行政府の均衡と抑制が機能不全に陥っている。そのうえに官僚が中立性を失い、政権と官僚の相互チェックが損なわれていることの弊害は極めて大きい。
 では政と官のあるべき関係とはどういうものか。
 政策決定に当たっては、選挙で国民に選ばれた政治家が方向性を示す。官僚は具体化するための選択肢を示し、政治家が最終判断する。それが望ましい政官関係のあり方だろう。
 同時に、官僚は政治家にただ従えばいいわけではない。政治家の過ちには異議を唱え、説得に努めることも欠かせない。
 「変化」に敏感で、状況に応じて方向を決める政治家。「継続」を重んじ、中立性を旨に行政を安定させる官僚――。両者の役割分担によって適切な緊張関係が生まれれば、惰性を排することにも、過度な振幅を抑えることにもつながる。
 ■「政と官」再構想を
 日本と同じ議院内閣制で、一連の政治改革のモデルとされた英国の事情はどうだろう。
 「英国では政策決定はトップダウンの政治主導だが、人事は必ずしも政治主導ではない」
 内山融・東大教授(政治学)はこう解説する。
 「省庁の次官や局長級人事については、政治の干渉を受けない国家公務員人事委員会が選考委員会をつくって候補者1人を首相に推薦する。首相はその人事を拒否できるが、その場合はもう一度、委員会で選考し直すことになる。そうすることで中立性が保たれる仕組みだ」
 日本の官僚機構に中立性を育むために何が必要か。
 まず政権が人事権を乱用し、官僚に過度の圧力をかけるようなことはあってはならない。
 そして、官僚は「全体の奉仕者」としての仕事ぶりを主権者である国民に十分に開示し、チェックを受ける必要がある。
 そのためにも、政策形成にかかわる公文書をより厳格に管理し、積極的に情報公開することから始めなければならない。
 そのうえで人事制度の見直しを含め、政と官のあるべき関係を構想し直す時ではないか。
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東京新聞 2017年6月25日
【社説】週のはじめに考える 政治家と官僚と国民と


 国会は閉じても加計(かけ)学園問題の幕引きは許されません。事の本質は、政治家と官僚が敵対する傍らで真に国民のための行政が蔑ろ(ないがし)にされていることです。
 「森友」「加計」問題と続いた一連の“忖度(そんたく)行政”ではっきりしたのは、安倍政権による霞が関支配の極端な強さでした。
 「総理のご意向」などを後ろ盾に、官僚を忖度の糸で操り、政権に歯向かう者には人格攻撃まで仕掛けて抵抗を封じる。ここまで強権の支配力は一体、どこからくるのでしょうか。二つの断面から切り取ってみます。
◆補い合う関係だった
 一つは歴史的な背景です。
 戦後日本の政治家と官僚は補い合う関係でした。復興期、官僚たちもまだ貧しい社会の一員に身を置いて、いつか豊かな時代を切り開こうと気概に燃えていたはずです。安定政権の高度成長戦略に呼応し、官僚は成長成果の公平な配分政策で支える。こうした関係が繁栄の礎にもなりました。
 けれど、成長が行き詰まるにつれ、この関係も崩れていきます。かれこれ四半世紀前の一時期。まず主導権を握ったのは官僚側でした。ヤマ場は、一九九四年二月三日、未明の記者会見です。
 非自民の八党派連立政権を率いる細川護熙(もりひろ)首相は突如「消費税を福祉目的税に改め、税率を3%から7%に引き上げる」国民福祉税の構想をぶち上げたのでした。
 消費税の増税を軸とする財政改革は大蔵省(現財務省)の悲願。対する連立の政権基盤はまだ薄い。細川氏や側近の回顧録によればこの当時、大蔵省の“豪腕”事務次官らが、新政権の中枢にしきりに接触してくる様子がうかがえます。
 細川氏の日記には、あまりに強硬な官僚主導に対し、首相が気色ばむ場面も出てきます。
◆敵対関係に駄目押し
 「大蔵省のみ残りて政権が潰(つぶ)れかねぬような決断は不可と強く叱正(しっせい)す」。民主主義の基本に沿えば官僚は、選挙を経た政治家の下に立って支えるのが、本来あるべき姿です。首相の叱正は、政治側の意地でもあったでしょう。
 結局、最後は官僚側に押し切られた末の未明の会見でしたが、強引さが批判され、細川政権はこの二カ月後崩壊。大蔵省もその後、政治側の“意趣返し”で本省から金融部局を分離され、権威はみるみる失墜していきました。
 こうして政治との敵対関係から始まった官僚の弱体化は、歯止めなく一方的でした。極め付きは二〇〇九年九月、官僚が事実上、閣議を振り付けていた「事務次官会議」の廃止です。歴史の振り子は勢いを増して、政治主導の極端へと振り切れていきました。
 そして、もう一つの断面。その振り子に駄目を押したのが、内閣人事局の存在です。縦割り行政打破の名の下に、国家公務員の人事を首相官邸で一元管理するため一四年に設置されました。加計問題で渦中の萩生田(はぎうだ)光一・内閣官房副長官が今の局長です。
 問題は、官僚側の命脈である省庁の幹部人事が一括、ここに握られていることです。それがために官僚たちは、省庁の行政判断よりも、政権の意向を忖度して動くことで組織を守ろうと考えるようになる。その結果が都合悪くなれば政権は「勝手に忖度した」官僚側の責任にもできる。となれば、これが加計問題に浮かんだ「官邸一強」のやはり正体でしょう。
 しかし、内閣人事局の仕事は何も幹部人事だけではない。本旨はむしろ、国の将来も見据えて行政基盤をしっかりと支えうる官僚集団を育成し、未来に引き継いでいくことです。次に続く人材を確保するためにも、官僚たちが士気高く働けるような環境作りが重要でしょう。
 その士気を高めるためにこそ、求められるのは政治側から官僚側への歩み寄りです。共に国民生活の向上へ。政治家は政策決定力を今以上に磨き、官僚も共感して情報力や知識力で支える。たとえばあの戦後のような補い合う関係に再び歩み寄れないものか。
◆今と将来に共同責任
 いま私たちが立ち返ってみるべきは、国民主権を謳(うた)う憲法上、政治家は「全国民の代表」であり、官僚は「全体の奉仕者」ということです。行政に携わる政治家と官僚には、今と将来の国民に負うべき共同の責任があるはずです。両者が敵対する関係では、到底その責任は果たしえないでしょう。
 歩み寄りなどとは対極の加計問題で、現政権が見せた一方的な官僚支配は、官僚たちの士気を高めるはずもなく、官僚を志す次代の若者たちをも遠ざけかねない。それは現代のみならず、未来の国民に対しても、国の行政基盤を築く政治の責任放棄として、禍根を残すのかもしれません。
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信濃毎日新聞(2017年6月25日)
社説:あすへのとびら 日本の公文書管理 「由らしむべし」が脈々と


 2009年12月、歴史や国際政治の研究者を驚かせる事実が明るみに出た。
 〈核密約文書が存在/沖縄めぐる日米首脳合意議事録/佐藤元首相遺族が保管〉
 信濃毎日新聞はこんな見出しで伝えた。
 沖縄返還交渉中の1969年、当時の佐藤栄作首相がニクソン大統領と、有事には沖縄に核兵器を持ち込むことで合意した。国民にも外務省にも知らせない秘密の合意だった。両首脳のサインがあるその文書を佐藤氏の遺族が保管していた、というのである。
 密約を結んだことは密使として交渉に当たった政治学者が94年出版の本に書いている。既に公知の事実になっていた。
 問題は文書が政府内で引き継がれず、私蔵されていたことだ。専門家はそこに驚いた。
 日本の公文書管理はそこまでずさんだったのか―。
 秘密合意であっても国同士の約束であることに変わりはない。破棄されない限り効力を保つ。
 「密約は今も生きている」。共同通信記者として、米国で日米関係の文書“発掘”の仕事を多く手掛けた春名幹男さんが「仮面の日米同盟」に書いている。
 日本側は密約を佐藤首相の「腹芸」で結んだが、米側は組織的に機関決定していた。米軍は密約に従い、沖縄で核受け入れ態勢を今も維持しているはずだ、と。
 日本の公文書管理の危うさを改めて映しだした出来事だった。
   <国民の知的資源>
 公文書管理法を開く。第1条に法律の目的が書いてある。
 公文書が「健全な民主主義の根幹を支える知的資源」であることを踏まえ、政府の活動について「現在および将来の国民に説明する責務が全うされるようにすること」とある。そのために行政機関の職員に対し、「経緯を含めた意思決定の過程」を後から検証できるよう文書を作成することを義務付けている。
 法の趣旨に反する扱いが後を絶たない。森友学園の問題では財務省は関連文書を「廃棄した」の一点張りだった。加計学園の問題では内部告発で明るみに出た文書を官房長官が「怪文書」扱いして闇に葬ろうとした。
 財務省が「廃棄した」としているのは国有地払い下げを巡る交渉記録だ。官房長官が怪文書扱いしたのは獣医学部認可を巡る文科省と内閣府のやりとりだ。
 何が公文書か。公文書法は、(1)職員が作成し(2)組織的に利用し(3)行政機関が保有するもの、と定めている。森友、加計の文書が公文書であるのは明らかだ。
 薬害エイズ資料、南スーダンPKO日報…。ずさんな管理の例を挙げればきりがない。身近なところでは長野冬季五輪招致委の帳簿焼却問題もあった。
 法律に従って仕事をする公務員にとって、文書は正当性を保障するために必須のはずだ。なぜいいかげんな扱いが続くのか。
 「官僚組織はかつて天皇に直結していた。国民への説明責任を考えず、自分たちの都合だけで文書を作り、廃棄してきた。その体質が今に続いている」
 この問題に詳しい県短期大学助教、瀬畑源さんの見方だ。
 10年前の消えた年金記録問題で原因を調べた検証委員会が報告書に書いている。
 「年金記録を正確に作成し、保管・管理するという組織全体としての使命感、国民の信任を受けて業務を行うという責任感が、厚生労働省と社会保険庁に決定的に欠如していた」
 身もふたもない報告だった。
 由(よ)らしむべし知らしむべからず、という言葉を思い出す。民には情報を与えず従わせればいい、との意味で使われている。
 先の戦争が終わった時には軍関係の文書が大量に焼却された。連合国による戦争責任の追及を恐れたのだ。それが“奏功”して、戦争指導者の多くが戦後も社会的地位を失わずに済んだ。
 旧軍の関係者は自分たちの行為を正当化するための文書は選び出して隠匿、保存し、連合国が立ち去るのを待った。戦争についての研究は、そうした偏った文書に基づいて進めなければならないのが現実という。
   <公開を要求しよう>
 どうすれば公文書の扱いをしっかりさせることができるのか。
 民進など野党4党の公文書法改正案が衆院で継続審議になっている。議事録作成義務を明記し、文書が廃棄されにくくすることなどを盛り込んでいる。与野党が歩み寄って成立させるべきだ。
 「今の法律の下でもできることはある。文書をちゃんと作れ、公開せよ、と国民が要求することだ」。瀬畑さんは言う。
 公文書を国民のものにするために声を上げよう、行動しよう。
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高知新聞 2017.06.25 08:00
社説:【文書管理見直し】後ろ向きは許されない


 「ない」といっていた文書が再調査するとすぐに出てきたり、重大な内容を含む文書を職員による「個人メモ」と強調したりする。
 学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設計画を巡る問題で、改めて浮き彫りになったのは、公開への姿勢を含めた、中央省庁が内部で作成した文書の取り扱いだろう。
 菅官房長官は各省庁の文書管理規則を必要に応じて見直す方針を示しているが、行政文書の範囲を狭めるような後ろ向きの見直しは到底許されない。
 公文書管理法は公文書を「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」と位置付けた上で、行政文書について定義している。「行政機関の職員が職務上作成、取得した文書で、組織的に用い、当該行政機関が保有している」ものだ。
 公文書管理法に基づき、各省庁は作成や保存、廃棄などに関する管理規則を設けている。その行政文書が情報公開法で原則公開の対象となっているのはいうまでもない。
 文部科学省が再調査で見つかったとした文書について、政府は明確には行政文書と認めていない。萩生田官房副長官の発言をまとめたとされる文書に関しては、菅官房長官らが職員による「個人メモ」と強調している。
 それらからうかがえるのは、文書の信頼性を少しでも低く見せようという姿勢だろう。職員が個人的にまとめた文書であれば大した問題ではない、といわんばかりだ。
 菅官房長官は文書管理規則の見直し方針を示した際、行政文書と個人メモについて「しっかり線引きをすべきだ」と明言している。線引きによって、行政文書の範囲が狭められる可能性は小さくない。
 こんな例がある。2008年に海上自衛隊のイージス艦が漁船と衝突した事故で、防衛相による事情聴取を職員がメモしていた。内閣府の情報公開・個人情報保護審査会はメモは行政文書だとする決定をしているのだ。
 たとえ個人的なメモであっても、政策の決定過程などを検証する上では重要な意味を持つ場合があるはずだ。作為的な除外がまかり通るようになれば、公文書管理法と情報公開法の趣旨に背きかねない。
 行政文書の保存期間にも問題がある。学校法人「森友学園」への国有地売却を巡る近畿財務局の交渉記録が廃棄され、南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報も一時「廃棄済み」とされていた。
 公文書管理法に基づく規則では、交渉や面会記録など「歴史的な価値のない」文書の保存期間は1年未満とされている。どう扱うかは各省庁に委ねられているから、重要な文書が秘密裏に消えていった可能性は大いにあるだろう。
 管理規則を見直すのであれば、行政文書の範囲を広げるなど、民主主義の根幹を支える役割をより高める方向でなければならない。後退はもってのほかだ。
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